【上州征伐準備】鉢形城への間諜
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■ショートシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 88 C
参加人数:7人
サポート参加人数:5人
冒険期間:05月13日〜05月18日
リプレイ公開日:2006年05月22日
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●オープニング
――上州征伐は未だ始まらず。
源徳に連なる武士達の間に少しずつ、苛立ちが出始めている。
都の急変により、そちらに注意が向いているのは理解は出来る。が、心情的に納得できるものでもない。
「地盤の関東を固めずに、都の政に現を抜かすなど浅慮なり」
「足腰の弱った状態で、都の政情を纏められるとお思いか?」
「平織の動き次第では挟撃される可能性もある。最優先であるはずだ」
源徳家康の戦略に対する考えについても批判が出ている。どちらが正しいとも言い切れないが、ジャパン全体を視野に入れる必要のある摂政職と、関東の自分の領地に根を張る一介の領主達との思考の差はあるだろう。
中央政権の動向は無視できず、自己の基盤たる武士達にも気を回さねばならない。家康もさぞかし頭を悩ませていることだろう。
そんな苛立ちを抱える源徳武士達、とりわけ武蔵国北部の諸将の気がかりが鉢形城は長尾四郎左景春の動向であった。
いざ上州征伐が始まれば、四郎左の動向は不透明である。
当然、抑えの兵力が投入されることになるが、その為に出陣することはあまり魅力的なことではなかった。四郎左が攻撃を仕掛けてくれば、少数の味方でそれを撃退せねばならない。四郎左が攻撃を仕掛けてこなければ、合戦という場において手柄を立てる好機を失ってしまう。
諸将は皆、上州征伐という大舞台で大きな手柄を立てることを望んでいるのである。戦場で手柄を立ててこそ、恩賞に与ることができ、子々孫々へ財や地位を残すことができるのである。
だが、鉢形城の位置を考えれば、北武蔵諸将が抑え役に当たられることは十分に考えられる事態であり、むしろ当然の措置といえる。
そのような情勢により、苛立ちが募っているところに鉢形城の不穏な噂が流れてくる。
「鉢形城の長尾景春が兵力の増強を行っている」
容易に予想できた事態であるので、そのこと自体に動揺はない。だが、その規模や方向性の実態把握は今後の戦略を定める上で重要な作業であった。
そこで源徳家は、二つの手段で鉢形城に対して探りを入れることを決定した。
一方は北武蔵の源徳家臣である勝呂兵衛太郎恒高を使者として送りこみ、兵力増強について如何な意図を持つものか問い質すこと。
一方はそれを陽動とした、冒険者で構成した間者を送り込むこと。
前者は四郎左の建前を聞く為のものであり、後者はより本音に近い部分を探りだすのが目的である。両者は一体化した作戦であり、源徳家からの正式な使者が城を訪れることで、間者達による諜報の主要な対象である城の人間達の間にそれらの話題が増加することを狙っているのである。
情勢が情勢である。間者を務める冒険者達には長尾側に余計な刺激を与えることは避けるように厳命された。また、報告書も非公開とされる。
冒険者達には優れた韜晦の術が求められている。
●リプレイ本文
「せっかくお越し頂いたものの、ろくなお持て成しも出来ずに申し訳ない」
鉢形城内に入った勝呂兵衛太郎一行は二の曲廓にある建物に留めおかれた。そこで応対に出たのは景春の臣、金子掃助であった。
掃助が謝意を示したとおり、源徳家の使者として訪れた勝呂兵衛太郎恒高に対して、さしたる供応の支度はされていなかった。もとより詰問の為の使者であれば、供応を受けるような類の使者ではない。この時点で十野間空(eb2456)と風魔隠(eb4673)の当ては外れてしまったことになる。彼らは『源徳家の使者』という言葉にやや過大な評価を下していた節がある。源徳家の使者の為に臨時雇いが必要になるほど、城内が忙しくなると踏んで、城内に入り込む機会を窺っていたのである。
「お気遣いご無用。されば、早々に本題に入らせていただくが、鉢形城における兵力増員の由、いかな存念のあってのことか、お聞かせ願いたい」
兵衛太郎は掃助に問う。
「上州征伐に近ければ、別段、不審に思われる必要はない。‥‥我らも勝呂殿と同様の努力に努めているに過ぎない」
掃助は兵衛太郎の背後に控える冒険者達に目を向けた。明らかな外国人、加えてジャパン人ではほとんど見かけない銀髪の男。冒険者であろうと推測するのは容易である。
「冒険者まで雇いいれての兵力増強とは‥‥。勝呂殿、我らが兵力を蓄えるのもそこもとと同じ志を持ってのこと。勝呂殿にはご理解いただけよう」
「待って。私達はたまたま勝呂家にお世話になっているだけよ。後学の為、お供させてもらっただけだわ」
「そうだ。我々の目的はあくまでも遊学だ。長尾家や源徳家がどうであろうが、我々には関係ない」
フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)とレヴィアス・カイザーリング(eb4554)は、自分達が中立であると主張する。
「勝呂殿? このお二人は?」
「亡き妻の縁故を頼ってまいった異国の士分にある者達だ。日本の武家の政を学びに来ている」
「ああ、そういえば、勝呂殿の奥方は異国の方でありましたな」
「我ら兄妹が中立である旨、了承していただけたか?」
レヴィアスは掃助に自分達が中立であるということを強調する。
「私は了承した。‥‥老婆心から忠告させていただけば、世間からはそうは思われまい。他者のいらぬ誤解を招くのは得策でなかろう」
「恐れながら、申し上げます。他者のいらぬ誤解ということでは、長尾家も同じことでございましょう?」
雷秦公迦陵(eb3273)が声をあげる。
「今さらことさらに武威を示さずとも、景春殿のご高名、十分に知らしめられております。知将長尾景春様と難攻不落の鉢形城、と言えば江戸では三つの童でも知っておりましょう。にも関わらず、更なる兵力の増強とは、景春殿のような知将の雄心、凡人の私にも気になりますな」
迦陵は長尾景春を褒め称えながら、掃助の反応を窺っている。
(「景春本人でないのは残念だがな」)
「もとより得物が苦手であれば、私の性分は万事につけ平和的解決。かの和睦の件は大変賢明で御座いましたぞ?」
にこやかな笑顔を見せる迦陵。そんな迦陵を見て、掃助は侮りの表情を微かに見せた。
「我らの志は今さら申すまでも無きことと申し上げよう。兵力の増強は上州征伐が近い故のこと」
「それは恒高様と同じ志をもってのことと仰られるが‥‥金子殿の口から直接お聞きしたい」
「‥‥‥ところで、せっかく遊学中にこの城に参ったのだ。しばらくこの城に留まってはいかがかな? あなた方の後学の役に立ちましょう」
掃助は迦陵の質問には答えずに、フォルナリーナとレヴィアスに声をかける。
兵衛太郎は固辞したが、掃助もまた強引であった。
「勝呂殿も遠慮なさることはない。特別な歓待は出来ずとも、食事と酒を振舞うくらいは出来申す」
兵衛太郎が押し切られてしまったのは、好機があれば数日間、城の中で情報を集めたいという思惑があった冒険者達が積極的に反対しなかった為であった。
「源徳家からの使者の来訪があるなら、臨時雇いの口もあるかと思ったのですけれどねぇ」
前述したように、源徳家の使者の来訪に乗ずるという空や隠の目論見は外れてしまっていた。空は鉢形城に程近い宿場町でそんな嘆き声を出していた。
「はっはっは、今さら我ら長尾家が源徳に媚び諂う必要などはないさ」
そんな空の言葉を聞き取ったのか、通りすがった武士が大きく粗野な笑い声をあげた。
「っ! ‥‥長尾様の勢いはそれほどまでのものでござますか?」
大方、最近召抱えられた元・食い詰め浪人の類であろう。空はとっさに長尾家の情勢に関する話題を振った。
「おうよっ! 考えてもみろ? 先の合戦では源徳家の軍勢を相手に‥‥」
元・食い詰め浪人は嬉しそうに長尾家の自慢話を始める。おそらくこの男は先の合戦には加わっていないはずなのだが、まるで見てきたかの如く、あるいは自分の存在こそが勝利の鍵であったかの如く、自慢げである。
「うわぁ。すごいんですね。それでそれから?」
対する空は純朴な様子を装って、元・食い詰め浪人の話を熱心に聞いてみせ、また合いの手にすごいすごいと誉めてみせる。
それで男はますます饒舌になっていく。
(「長尾家中には源徳家にも引けをとることはないという意識が強くあるようですね。このお調子者さんのように、明らかに源徳家を下に見る者もいます。それだけで源徳家に弓引く意志ありと断定することはできませんが‥‥‥‥情勢次第で源徳家と対立することを恐れはしないでしょう」)
空は城に入ることには失敗したが、空は情報を引き出すことには成功した。怪我の功名と言うべきか? 城の中でうろちょろするよりも、城の人間が頻繁に訪れる店の周囲で待ち構えている方が、様々な身分の人間と会う機会が多く、融通が利くのであった。
一方、食い詰め浪人を装っての潜入を試みた鬼切七十郎(eb3773)は比較的容易に城に入ることが出来た。今、鉢形城に求められているのは、下働きの人間ではなく兵士なのである。
「新入り、ちょっと手伝えっ!」
「おうよ、何を手伝えばいいんだい?」
七十郎は城の人々に馴染むべく、精力的に動き回っていた。
「保存食作りだ」
「俺は料理など出来んが、迷惑にならんのか?」
「いらんいらん、料理の腕など」
七十郎を呼び出した鉢形兵は手をひらひらと振って苦笑いした。
七十郎が行ってみると、広場には味噌の香ばしい匂いが広がっている。
「ああ、味噌縄を作っているんだな」
猟師としての心得のある七十郎である。猟師にも携行食は必要なものであるから、知識は持ち合わせていた。
「里芋の茎を縄にして、そいつを味噌で煮しめて作る。作ったもんはそのまま、荷造りの縄になる上、湯に浸せば簡単な味噌汁になるってぇシロモンだ」
戦場で用いられる携行糧食である。
「おい、新入り。お前は向こうの水汲みだ」
「糒(ほしいい)づくりか。飯を水で通して乾かすんだな」
味噌縄作りを眺めていた七十郎に鉢形兵は仕事を命じる。糒は乾燥させた米飯で長期間の保存が可能である。
七十郎は水汲み役を押し付けられ、井戸と広場を頻繁に往復することになる。
(「兵糧作りか。合戦の準備と言う様子だな」)
水汲み役は移動する範囲がある為、限定的ながらも城のあちこちを見ることが出来た。鍛冶場なども忙しく職人達が仕事を行っている様子が見て取れた。
(「城の臨戦態勢としてはもう十分‥‥。それ以上‥‥どこかに向けて打って出ることも考えていそうだ」)
一兵卒という立場から見た鉢形城の様子であった。
小丹(eb2235)は当初、兵衛太郎に雇われた芸人という名目でついていこうとしたが、遊びに行く訳ではないと断られてしまった。
「勝呂のぼっちゃん殿は固いのぉ」
格式ばったことの嫌いな小丹にしてみれば、それくらい奇抜なことをした方が相手の隙も見出せるだろうという考えがあってのことだろうが、兵衛太郎にしてみればこれ以上、あからさまに冒険者に見える人間を率いていく気になれなかったのである。
加えて言えば、源徳家側の人間がわざわざ芸人を連れていくという長尾家に媚びるような真似が出来るはずもなかった。
「男性に変装する時は髭は必須でござる」
「わしは付け髭が趣味でのう。此度は怪しげなドジョウ髭じゃ」
先述したように女中としての潜入に失敗した隠、芸人としての随伴に失敗した小丹は、しかし、どういうわけか付け髭に対する拘りということから行動を共にすることになった。
二人は持ち前の身の軽さを活かして、二人組みの旅芸人として鉢形城に潜り込んだ。
二人が首尾よく鉢形城に入り込めたのは、隠が宿場町で鉢形兵の一人に仕事が欲しいとうまく懇願したことによる。
「鉢形城、隠密大作戦‥‥成功でござる!」
隠と小丹はともに付け髭をつけて、鉢形城に乗り込んだ。
「我が祖国の剣法。度重なる戦乱に『実』を追求しつづけた中で、ついには武踊にも通ずる境地をえたのじゃ。我が演舞とくとご照覧あれじゃ!」
動と静、攻と防が激しく入れ替わる剣法の流儀は小丹の言うように武踊にも通ずる。それに加えて軽い身のこなしによる軽業芸を加えて鉢形城の兵士達の目を楽しませている。
「‥‥向こうに注目が集まっていても‥‥無理はできぬでござるな」
人遁の術を使って、通された曲郭の中を動き回る隠。他の曲郭へ移動するには見張りのいる門を通らねばならない。物陰から門の様子を窺った隠は口惜しい思いで退散せねばならなかった。
結局のところ、陽動が功を奏しすぎて、隠の探索範囲の話題が小丹の技に集中してしまったのは誤算であった。
「随分、お疲れの様子ね。私は指圧とか疲労を回復が得意なの」
ささやかな宴席が設けられ、勝呂兵衛太郎の一行と冒険者達は一部の長尾家の家臣達と食事を供にすることとなった。
その中でフォルナリーナは家臣の一人に目をつけて、情報を引き出そうと色仕掛けをしてみせる。魅惑の香袋まで使った入念さである。
初対面の異国の女性に、このようなアプローチをかけられて悪い気のする男はそうそういないであろう。そうして二人きりになり、相手の心を読む魔法をかけるタイミングを計るフォルナリーナ。
「回復の魔法かけるわね。‥‥‥‥っ!?」
フォルナリーナがそう言って魔法をかけた。だが、この魔法は表層思考を読み取れるという程度のものでしかない。フォルナリーナの今の力ではそれも瞬間的なものでしかない。一人では適確に使うのは難しい。
女性と二人きりという状況で、指圧とはいえ女性に身体に触れられている感触、魔法を使ってまで親身になってくれている甲斐甲斐しさに中てられれば、男の頭の中に邪まな想いが生じていたのは不思議なことではない。
「ふ、ふ、ふっ、不潔だわっ!」
そうして彼女が見てしまった物は、箱入りのお嬢様には刺激の強いものであった。
「なんだ、どうした? んん?」
飛びのいたフォルナリーナににじり寄る男。
「‥‥やっ‥‥近寄らないでよ‥‥っ!」
脅える表情で不安げな様子のフォルナリーナ。相手は曲りなりにも一廉の武士である。本気で戦いになれば、フォルナリーナには勝てる相手ではない。
「おいおい、お前だってわかって『誘って』きたんだろう?」
「‥‥いやぁっ! 助けてっ、お兄さまっ!!」
腕に掴みかかられて、恐怖が限界に達した悲鳴をあげた。
「ぎゃっ!」
男が奇妙な声を出して、フォルナリーナの顔に生暖かい液体が降り注いだ。そして、彼女の意識はゆっくりとファイドアウトしていった。
「フォルナリーナっ! 貴様、妹に何をした!? 返答次第では‥‥」
レヴィアスが異母妹の悲鳴を聞きつけたものか、駆けつけてくる。
「落ちつけっ! 我が家臣が不始末を仕出かした故、これを成敗した。そなたの妹を助けたのだ、いま少し感謝の念があってもよかろう?」
レヴィアスに対するのは、懐紙で血に濡れた刀を拭いている武士の姿。
「それとも、欧州の士は礼儀も知らぬ蛮人か?」
「くっ‥‥妹をすまなかった」
レヴィアスはしぶしぶ頭を下げる。
「こちらこそ、家臣の不始末と無礼。この長尾四郎左、誠に遺憾である。許されよ」
四郎左は刀を腰に戻した。
「‥‥『敵の女を抱くことの意味を知らぬわけではあるまい、愚か者め』‥‥‥‥‥私は確かにそう聞いたわ‥‥」
意識を取り戻したフォルナリーナの言葉である。状況から見て、長尾四郎左の言葉であろう。
冒険者達はそれぞれに断片的な情報を集めることに成功した。断片ゆえに冒険者達は達成感を感じられなかったが、それらの断片をどのように繋ぎ合わせて有用な情報とするかは源徳家の情報能力にかかっており、冒険者は無事に仕事を終えたというべきであろう。