【秩父長瀞】河賊退治
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■ショートシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:7〜13lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 70 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月09日〜06月19日
リプレイ公開日:2006年06月23日
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●オープニング
荒川の上流、丹党の領する秩父にも、源徳家に対して反乱を起こして今も燻ぶる火種である長尾家の鉢形城にも程近い、その流域に「長瀞」という土地がある。
渓谷の間を流れる荒川は翠色に淀んだ長い瀞となり、景勝地と呼べる美しい場所である。
ここに賊が出没するようになったのは最近のことである。
丹党と長尾家の領地の境目に近い為、この賊に対して両者とも積極的な対策が取れなかったという面があった。
先日、近隣の村人達が冒険者に依頼を出して、これを退治しようと試みたが、求めに応じる冒険者がおらずに失敗している。
秩父。中村氏居館。
「あの河賊どもに長尾が息がかかっていると言うのか?」
黒髪を一つに束ねた少女が可愛らしい相貌に険しい表情を浮かべて聞き返した。
「そうだ。正確にはごく最近になって裏で取り込まれたようだ」
立派な口ひげを生やした厳つい顔立ちの男が応える。
少女は秩父領主の中村千代丸、男は岩田領主の岩田七郎政広であり、立場的には秩父丹党勢力のNO1、NO2の二人である。丹党は秩父地方の小領主の連合勢力であり、地縁と血縁によって結束している。
「あの河賊どもは堅牢な根城を要している。あそこに少数とはいえ、兵力を置かれると荒川の水利を長尾に独占されかねん。多少、強引でも今のうちに片をつけるべきだ」
七郎は河賊征伐を千代丸に進言する。七郎の所領である岩田は河賊の根城に近い。
「今、長尾とことを構えるのはまずいであろう? 七郎殿には何か腹案でもあるのか?」
「河賊と長尾が結んだことはまだ確証を得た情報ではない。同時にそれは未だ長尾は河賊に対して表立った行動を起こしていないということだ」
「あくまでも民の安寧の為に河賊を退治した。その一点に主張を絞り込むというのだな?」
「左様。いかがなされる、千代丸殿?」
七郎は千代丸に決断を仰ぐ。七郎にとって娘同然の歳の女子ではあるが、丹党の嫡流である中村氏に対してのケジメである。
「私が直に江戸に赴き、冒険者を集めてまいろう。河賊を潰すにしても冒険者を使った方が名目が立つしの。ただし、火急の折については七郎殿に任せる」
「あいわかった。引き受けよう」
「それと、舟の漕ぎ手や山歩きのできる樵や猟師を確保しておいてくれ」
千代丸は座を立ち、すぐさま江戸へと向かう準備をはじめた。
背後の崖と前面の瀞の狭間にある小さな土地にあった古い小屋を河賊達は根城にしている。手前には深い淵があり、そこに数艘の武装した舟を停泊させている。淵には蓋をするように、逆茂木状に組んだ筏を繋ぎ合わせて浮かべている。これでは直接、舟で乗りつけることは出来ない。小屋の背後は険しい山であり、最寄りの山道からでも山三つは越えなくてはならない。
今はここには鉢形の長尾家の武士が入り込んでいる可能性がある。今のところ、表立って長尾の名を出してはいない。何が起ころうとも、それは「賊を成敗した」だけのことである。
だが、先日までの単なる河賊より、はるかに手練の敵がいることが予想される。
気を引き締めて事にあたるべし。
●リプレイ本文
「今、山側に灯りが見えなかったか?」
「ああ、敵だと思うか?」
「思わなくても警戒しろよ」
「思うなら全員叩き起こすさ。思わないなら‥‥」
見張りの二人が話していると、先ほど見えた灯りが火線となって真っ暗な森を突き抜けた。乾いた音が響いて、近くの樹に火矢が突き刺さる。
「起きろぉ! 敵襲だっ!!」
河賊達が騒ぎ出したのを見つめる射手は、急斜面を根城から登った木の陰に潜んでいた。
「外したの!? 生木じゃ簡単に燃えないよね?」
サラ・ヴォルケイトス(eb0993)は河賊の根城にむけて矢を放ったが、闇に溶けていた立ち木に突き立ててしまった。
続いて第二射の用意を始める。油を染みこませた布は既に鏃に巻きつけていたが、位置を出来るだけ特定されない為に火はまだ点けていない。借りてきた懐炉の小さな火種を使って丁寧に火矢に点火する。
「今度こそ‥‥」
鏃が燃える矢をつがえ、渾身の力を振り絞る。サラの可憐な細腕にはあまる鉄製の強弓。ゆっくりゆっくりと引き絞っていく。
「いたぞっ! あそこだ!!」
第二射を放つ前に見つかってしまう。
「まてっ! 矢の飛んでくる間隔が長すぎる。伏兵がいるぞ。盾を用意しろ! 松明もだ!」
だが、敵がすぐに寄ってくることはなかった。接近戦に不安がさるサラとしては助かったとも言えるが、敵をひきつけるという任務の失敗は手痛かった。
額に汗を滲ませ、ようやく弓を引き絞りきった。引き絞りきれば狙いをつける余裕も生じる。一射目の火矢が生い茂る木々のシルエットを浮かび上がらせる。光源が明るい訳ではないので、生じたのは僅かな変化のみ。
「今度は見えるよっ!」
だが、サラにはその僅かな変化を見抜く鋭い瞳を持っていた。
放たれた矢は針となり、火線の糸が、木々の合間を縫って飛んでいく。
「火矢だっ!」
「消せっ、消せっ!」
「慌てるなっ! 板葺き屋根は簡単には焼けん! 下手に近寄れば灯り目掛けて矢が降るぞっ! 盾を用意しろ! 松明もだ! 河側にも見張りを出せっ! 交代で水を汲んでこい!」
優秀な指揮官がいるのだろう。河賊達の動きは予想以上に機敏である。
「よいか、松明を前に、その手前に盾を置け! 盾の影にこちらの姿を隠すのだ!」
河賊達の松明が彼ら自信を照らし出したのは束の間のことで、盾に遮られて松明の灯りはむしろ闇を濃くした。逆に近づく冒険者は照らし出されてしまう。灯りに指向性が付与されたことで、明暗がくっきりと分かれている。
「守りに入られたか、手古摺るか?」
天風誠志郎(ea8191)は河賊が手早く守りを整えた様子を見て、顔をしかめる。
「だが、それも既に打ち込まれた楔が無ければの話だの」
中村千代丸(ez1042)がにやりと笑いかけた。
「はい、白井さんは頑張ってくれますよ」
赤霧連(ea3619)が仲間の冒険者の名をあげる。
彼らは今、暗い森の中に伏せて、突入の機会を窺っている。急な斜面であるから攻めるに易いが、退くには難い。最良の時機を期して攻撃を仕掛けたい。
そんな彼らの期待を背負うのは、
「裏なんてよくわからないけど悪いコトするのは良くないもんね。みんなの安全を考えればやっつけておくにこしたことはないから頑張らないと」
小さな小さな呟きは口の中に留める。白井鈴(ea4026)である。鈴は黒装束を身に纏い、闇に紛れて少しずつ這い進む。サラの攻撃よりも前に、鈴は敵陣近くまで忍び寄っていたのである。
敵陣を目前にして、さすがに緊張に咽喉が渇く。
「河のほうに水を汲みにいった敵がいる。向こうは大丈夫かな?」
渇いた咽喉に水の変わりに言葉を口に含む。本当は舟に工作を行う河側から接近する冒険者達を気取られないように引き付けるのも、鈴の役割の一つであったが現状ではすぐには動けない。
「強そうなのはこっちに残ってくれたけど‥‥相手にするのは‥‥‥‥ボク一人‥‥」
鈴はニヤリと笑った。
「思い切りやらせてもらうよ」
印を組み、詠唱を始める。鈴は忍術に練達しているとは言えないが、だからこそこの攻撃を失敗させるわけにはいかない。その想いを焦りではなく、集中力に変える。
「ん‥‥? おい、そこに誰かいるのか?」
敵が鈴に気付き、槍を構えてまさに近づこうとした、その時。
「忍法、微塵隠れっ!!」
轟音とともに爆煙が舞い上がり、近づこうとした敵が吹き飛ばされ、並べられていた盾と松明の一角が吹き飛ばされる。
「突撃だっ! 領民を苦しめる河賊を残らず掃討せよっ!」
千代丸は抜刀すると、大きな声で口上を述べ挙げた。敵を河賊として駆逐することを明確に宣言したのである。
「がっはっは! 荒川の水の流れは清けれど、澱みて濁るは人の性(さが)なり! 平和を乱す河賊どもよ、わしが少林寺武僧・錬金であるっ! 仏に代わりて仏罰を下してやろうぞ!」
錬金(ea4568)が怒号とともに斜面を駆け下りる。
「くそっ! 敵は多いぞ! ばらけずにまとまって応戦しろ!」
すぐさま応じて守りに入る河賊達。大声を出した錬が目だったもののか、河賊の一人がそちらへ注意を向けた。その横っ面を水の塊が強かに打ちつける。マクファーソン・パトリシア(ea2832)の魔法である。
複数方向に気を取られた河賊達の注意の隙間を縫うようにして、前衛の戦士達が肉薄した。
磨きぬかれた褐色の刃がにぶく煌き、金属のぶつかり合う音が響く。
「ほう、今のを受けるか。賊にしておくには惜しい腕だな」
レイナス・フォルスティン(ea9885)は河賊の一人を鍔迫り合いながら、嬉しそうに頬を緩めた。
「ふ‥‥相手に不足なしっ!」
そう言って相手の河賊はレイナスをいなして鍔迫り合いを解き、間合いをとって中段に構える。
『手出し無用っ!』
レイナスと相手の河賊の声が重なった。
「蒸し蒸しした、この国の夏は苦手だけど、こうして飛ぶのは気持ちがいいね〜」
穏やかな瀞の水面を掠めるようにして箒が飛んでいく。その頬に当たる風が寒いロシア出身のジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)が日本にあってようやく心地のよいものであったようだ。
回り込んで河側から上陸し、河賊の舟を封じ込める工作作戦であった。
ジェシュファひとりというわけではない。時を同じくして、嵯峨野夕紀(ea2724)とマハラ・フィー(ea9028)が河賊の根城を迂回して、船着場に忍び込んでいる。
「長尾が絡んでいるそうですし‥‥千代丸様も大変ですね」
夕紀は物陰に身を隠して様子を探りながら、そんなことを呟く。
「ほんと、この前、和平させたばかりなのに、忙しいこと」
鉢形城の長尾家と源徳家の合戦は先日、千代丸を代表とし、マハラや夕紀も協力して和睦に取り付けたのである。だが、合戦は終わっても、今回の件も含めて長尾との緊張関係は続いていた。そのことに嘆息がでる。
「おい、このまま逃げちまわねえか?」
と、仲間のものではない声が聞こえてきた。河賊の一部がこちらに向かってきているのだろう。
「そうだな、そうしちまうか?」
物陰から様子を窺う夕紀。山側ではすでに戦闘が始まっている。サラの放った火矢の火を消すために水を汲みにきた者達である。
「奴らは強いからな。そんじょそこらの冒険者くれえどってことねえさ」
「そうだな、鉢形城の長‥‥んぁっ!?」
ふと視線が上に向けた河賊が驚きの声を挙げる。
「ありゃ〜、見つかっちゃった〜」
ジェシュファがフライングブルームで河賊の根城に辿り着いた時、ちょうど河賊達が船着場にあらわれた。ジェシュファは高度を上げて敵の視線から逃れようと図ったわけであるが、結局見つかってしまった。
「な、なんだ、てめえ‥‥」
河賊が薙刀を突き上げるように構えて、ジェシュファに誰何した時、背後から爆音が響いた。鈴の微塵隠れである。それによってこの場の河賊達は決定的な混乱状態に陥った。
手裏剣を投げられた手裏剣が河賊の肉に抉る。
「あなた方を逃がすわけにはいきません」
懐の手裏剣を取り出しながら河賊の前に立ちふさがった。
「う、うわぁ、へ、蛇が‥‥蛇がっ!!」
一方の河賊にはマハラのカラミティバイパーが絡み付いている。まるで生きている蛇のようなうねりのある鞭の表面は河賊を恐怖させるには十分である。
「どうやら、ここに元からいた河賊達のようね。聞いていたほど、腕利きというわけでもなかったわ」
マハラは倒した河賊を見ながら言った。
「はやいところ、この船着場を使えなくしておこう。向こうにいる河賊は挟み撃ちに出来るといっても万が一ってこともあるしね」
ジェシュファが水辺に立って言う。既に魔法を使う準備を始めている。
「はい、そうしましょう」
夕紀が応えた。
(「まるで引き込まれているようだ」)
誠志郎はそのように感じた。「勝利」のルーンを刻んだ西洋の剣を振るい、敵に確実に手傷を負わせている。戦況は味方が優勢である。
「うおおおっっ!! 最近の賊はまるで武士のような格好をするものよのぉ!」
錬金が雄叫びを上げて、敵を蹴散らしている。豪腕粉砕、烈蹴一閃! 左手の十手に攻撃が絡めとられたかと思うと、その刹那に重く硬い拳が返ってくるのである。軽装ながら鎧に身を固めた河賊がその痛みに顔を歪めるほどであった。
だが、そうしている内にも、河賊達は適確に戦線を交代させている。
時折、風を切る音が木立の間を抜けてくる。また、水が弾ける音も響く。サラの矢とマクファーソンの魔法による援護射撃である。
「深追いはするなよ、罠があるかも知れん!」
誠志郎にはそれが気にかかる。後でわかったことだが、森林の知識に長けたマクファーソンの尽力により奇襲は概ね成功しており、この時点は罠は存在していなかった。
「山中の道案内は任せて。その代わり、重い物は持てないわよ」
とは、マクファーソンの言である。
河賊達は強力な冒険者達と真っ向から戦う損害を鑑みて、舟で一時的に避難することを考えていたのである。誠志郎が引きこまれていると感じたのは、その撤退の見事さゆえである。
冒険者達は根城の建物と船着場へと河賊を追い込んでいった。
だが、河賊が頼みとしていた舟は既に氷漬けになったり、櫂や艪を流されていたりと使用不能な状態であった。加えて挟み撃ちとなり、河賊達はもはや如何ともし難い状態に陥った。だが、それでも最後まで抵抗は統率の取れたもので、冒険者達も最後の最後まで気の抜けない戦いが続いていた。
「もう決着はつきました。私が刀を抜く時は守るため、故に無益な殺生はいたしません」
連が追い詰めた河賊に降伏勧告をだす。
「これ以上は戦うまでもない、ということか。‥‥そうではあろうがな」
だが、河賊は武器をふるって連に斬りかかる。辛うじて受け流す連。だが、継ぎ手を出せない。河賊は構えなおし、連も隙を窺う。
「やっ!!」
気合とともに連が鋭い刺突を繰り出す。河賊はそれを二の腕で受け止め、そのまま筋肉を収縮させる。
「抜けないっ!?」
刺突は相手に身体につきたてる為、時に死に太刀となる。乱戦の中では特に注意が必要であるが、この河賊はまさに肉を切らせて骨を断つ反撃に出た。
「死出の旅路の供をせよっ!!」
金属の弾きあう音。千代丸が連を狙った一撃を防ぎとめていた。
「千代丸さんっ!」
「大丈夫だな? ‥‥さて、どうするつもりだ? 賊よ」
千代丸が河賊にむけて問いかける。
「罪を憎んで人を憎まず‥‥初めから悪い人なんていませんよ」
連はにっこりと微笑んだが、河賊はかぶりを振った。
「‥‥ふっ、私は罪人でも賊でもない。故に改心であるとか、更生であるとか、そのような問題ではない。それが貴様にわかろうか?」
河賊はそう言いながら身に纏っていた鎧を外しだす。
「貴様らの軍門に下ることこそ、主君に対する罪! 見るがいい、我が死に様を!」
河賊は腰にあった脇差を逆手に持つと、その刃を腹に突き立てた。
「む、ぐ、ぐううう‥‥」
そのまま、横一文字に掻っ捌く。
「‥‥っ!」
「‥‥天風誠志郎、介錯つかまつる」
連達の後ろから近づいてきた誠志郎が剣を構えて、そう申し出た。
かくして、冒険者達は河賊の殲滅に成功した。
長尾との関係性は自害した河賊の死に様から確信を持てたが、そのことは闇に葬られるのみである。