●リプレイ本文
●力の二郎
彼女の名は天乃雷慎(ea2989)。膳の上のおつまみを口に運びながら、憧れの冒険者の話を目をキラキラと輝かせて話していた。吟遊詩人は冷酒よりも、この少女はおつまみを喜びそうだと考え、店の看板娘に追加のおつまみを注文した。
「一郎さんと二郎さん‥‥ですか」
雷慎が憧れる冒険者の名前はそのように聞こえた。聞き間違えのようにも思えたが、あえて聞きなおさないことにした。ただ冒険者の語る冒険者を聞きたいので、真偽を確かめるつもりはなかった。故にこのまま、二郎と記す。
「特に二郎さんはね、愚直でホントまっすぐな人。無骨な生き方でね、まっすぐ過ぎてあっちにぶつかって、こっちでぶつかって、方向転換は弾き飛ばされた時だけかな?」
冗談交じりで雷慎は笑う。まるで周囲の反応を軽く流すように。雷慎が名前を上げた時の周囲の反応は、好意的なものだったのか、それとも‥‥。
「昔、とある村が野盗の集団に襲われようとしてたんだ。村を護るお侍さんもいないそんな辺境の土地」
それはある意味でありふれた依頼であったのだろう。
「状況を鑑みて、ボク達は村の人達の避難を最優先にした。けどね、そんな時、二郎さんは何をしたと思う? 村を蹂躙させたくないからって村の入り口に陣取って、真っ向からぶつかり合ったんだよ」
ぶつかったのは野盗だけではないのだろう。事前に村人の避難を決めていたものを一人で勝手に覆してしまったのだ。
「その時はホント、無茶で自分勝手で何考えているのか分らなかったよ」
雷慎でさえもそのように言っているからには、他の冒険者達との軋轢も生まれたに違いない。
「‥‥けどね、そこからなんだ」
雷慎の瞳が輝きを増した。
「その無謀で自分勝手な戦いぶりが、ボク達の心を熱くしたんだ。僕達の行動は妥当な判断だったけど‥ ‥村人のすべてを余すとこなく、救いたいっていうまっすぐな想いが!」
二郎の物語の真骨頂はここからなのだろう。
「そして、戦う事に怯えていたその村の人々まで次々に武器を手にし始めたんだ。結果は当然、村人達の加勢も加わって大勝利!」
雷慎の拳に力がこもる。おつまみが音をたてて握りつぶされた。
「あの人はたぶん、意識してないと思うけどああやって多くの人に勇気という芽を植えていってるんだ」
遠い眼差しをする雷慎。その瞳には人の勇気を奮い起こす二郎の背中が映っているのかもしれない。
「護られているだけじゃダメなんだ。例え、ただの村人でも、ね。人は自分の勇気を振り絞って戦わなくちゃ」
●小さなネズミを崇める、大きなジャイアント
少年の名はシクル・ザーン(ea2350)。人間の大人以上の体格に、まだあどけなさを残す面立ちをしている。
「私が出会った中で最も可憐なジャイアントの女性です」
そういってシクルは含羞む。
「ねずみ様というトーテムをあがめている、少しいたずら好きで明るく前向きな女性です」
エジプト出身だというが、トーテムというのは何か知らなかった。
ただ、身体の大きなジャイアントが小さな小さなネズミを崇めている姿は、きっと微笑ましいものであろうと思われた。
「これは聞いた話なのですが‥‥」
シクルはそう前置きをして語り始めた。
「彼女は大量に発生したゴブリンを退治する以来を受けました。他の冒険者とあわせてもたった6人で、その5倍もの数のゴブリンを殲滅する、危険な依頼だったそうです」
ゴブリンといえども、それだけの数がいれば侮りがたい。
「彼女はゴブリンの体格から、鶏を狙うと推理し、それを逆手にとって鶏小屋にゴブリンを誘き寄せました。そして自分は鶏小屋の上で見張りに立ちました。途中はしゃいで仲間の上に落っこちたのは愛嬌というものでしょう」
シクルが遠く見つめる眼差しになる。
「危険な依頼の中で、彼女のそんな快活さは仲間達を励ましたことと思います」
明るさとか快活さであるとか、そういったものがシクルにとって彼女に対する想いであるのだろう。
「勇気もあるんですよ。味方が集まるで、たった一人でゴブリンの群れを引き付けたりもしたそうです。仲間が来るまでの短い時間、仲間を信頼していたとしても‥‥勇気がなければ、やっぱり出来ないことですよね」
●栄光を極めたる者
彼の名はルカ・レッドロウ(ea0127)。万人が認めるナイスガイ。
そんなナイスガイの彼さえもが憧れる「それはそれは強くて立派な騎士の男」がいるという。
「正確には「元」冒険者なんだが、ある国の王に仕える騎士の話だ」
ルカは吟遊詩人が傾けた徳利から冷酒を受け取ると、咽喉を湿らせて語り始めた。
「俺は騎士も冒険者も、自分の信ずる何かの為に戦うという点ではどちらも同じだと思っている。俺達の稼業なんてのは因果なモンでさァ、ある時はその「何か」を護る為に自らの手を血に染めることだってある‥‥その男とて、例外じゃあなかったハズだ」
それは何の話であろうか?
「結局は、人間だってことさ。だが、それ故に強くなれるし、戦えるんだ」
ルカは英雄譚を語りだす。
「彼は何よりイギリスの平和を切に願っていた。だから、その男はデビルの大群を相手にしても――それは数百にも及ぶ大群だったが、怯むことなく立ち向かっていき、そしてなぎ払った」
ということはイギリスの騎士なのであろうか?
「槍を持たせたら、あの男の右に出る者は世界にいない。そう思わせる程の強さを誇る男も、娘の成長を優しく見守る父親の姿を持っていたりして‥‥。そうそう、槍だけじゃなくて料理も上手なんだよな」
騎士でありながら料理が上手‥‥なるほど元冒険者という経歴に相応しい感じであった。
「強さと優しさを併せ持つ伝説の英雄‥‥彼はきっと今もイギリスの空を見上げていることだろう」
そう言って、ルカ自身も天井越しにジャパンの空を見上げるのであった。
●秘密のある剣士(?)
彼の名はトマス・ウェスト(ea8714)。「ドクター」というのが、彼の愛称であるそうだ。
「けひゃひゃ、なにやら面白そうなことをしているようだね〜。どれ、冷酒一杯もらえるかな〜?」
吟遊詩人が徳利を傾ける。そのドクターはどんな話をするつもりなのか。
「ふむ、主人公は若い方がいいかね〜」
吟遊詩人は怪訝な顔をしたが、語りたい冒険者が複数人いるのだろうと解釈して、それ以上は語らなかった。
「我が輩がエゲレスで会った青年の話だ〜。普通にロングソードを持った黒髪の青年だったが、鎧を着けない、まさしく剣士だったのだよ〜。その剣を振るえば、時に鎧ごと敵を砕き、時に鎧の隙間を一突き! なんてこともあったね〜」
トマスは手に持った箸を不恰好に振ったり突いたりして、その剣士の腕前を表現しようとしている。
「ゴブリンでも、オーガでも縦横無尽に斬ってきた彼だったが、一つ弱点があってね〜」
ゲコっと一声鳴き真似をしてみせるトマス。
「カエルなのだよ〜。それも小さなアマガエル一匹でも怖気づいてね〜。オーガのほうがよっぽど怖そうなものだけどね〜、けひゃ」
トマスが聞いた話では、幼少時に顔に大きなカエルが乗ってきたのが原因と言う。命を懸けたオーガとの死闘よりも、時に生理的嫌悪感のほうが辛いこともあるのだろう。
「トマスさん、それで?」
「我輩をトマスと呼ぶんじゃないっ!」
トマス自身、トマスと呼ばれることを極端に嫌っている。その剣士のカエルと似たようなものだろう。‥‥抱える心の闇の深さは推し量りかねるが。
「まあ、そんなある日だ〜。ジャイアントトードの群れに入り込んでしまったことがあってね〜。もう、彼の取り乱しようと来たらだね〜」
落ち着きを取り戻したトマスは話を進める。
「カエルが二匹三匹と出てくると絹を裂くような悲鳴とともに炎が立ち昇り、トードたちは焼き尽くされたほどだったのだよ〜。そのときようやく我が輩たちは彼女であり、ジャパ〜ンから来た火の志士だったと悟ったのだよ〜。彼女の心構えなのかね〜、切り札として火の魔法を隠し持っていたのは」
と、トマスはちらりと、食べるのに夢中になっている一人の少女のほうを見た。
「だからといって、身体の凹凸まで隠す必要はないのだがね〜。おっと、そこの彼女は隠すまでもなく、凹凸がないのだがね〜」
●伸縮自在の婿殿
彼女の名は‥‥もとい、彼の名は沖田光(ea0029)。女性と間違えるような美丈夫である。
「イギリスの話をされる方が多いのですね。僕もイギリスで出会った彼の話をさせてください」
光が杯を手にそう申し出てきた。
「僕が彼に初めてあったのは、キャメロットについて間もない頃でした、右も左もわからなくて困っている僕の所に、何やら食材の沢山入った荷物を持って現れたんです」
『どうした少年、こんな所でぼーっとしてると日が暮れちまうぞ』
光は似ているかどうかはよくわからない口真似をしてニカっと笑ってみせる。
「それが彼との最初の出会いでした。親切なおじさんだと感謝しましたけれど、まさか冒険者とは思いませんでしたね。知った時はびっくりしましたよ」
語りながら、光は何かを思い出して微笑を浮かべた。
「‥‥あっ、すみません。その後、同業の縁ということで彼の家にしばらくご厄介になっていたんですが、彼の弱点はお姑さんでした。「婿殿、婿殿」って呼ばれる度に大慌てで駆けてく彼の姿を目撃しましたよ。お姑さんってそんなに恐ろしいものなんですかね?」
婿養子には怖いものであろう。とはいえ、光のそんな話だけを聞いていると、本当に冒険者であるのか疑問に思えてくる。どこにでもいる普通のおじさんであった。
「でもね、そんな人が本当に強いんです。人は見かけに依らないってことですよね。大いなる父に仕える神聖騎士の彼は、並み居る敵に、腕を伸ばすわ、足を伸ばすわ、当たるを幸いばったばったとなぎ倒す、そんな戦い方をしていましたよ」
光は自分の手を見る。自分もそのように強くありたいと願っているのだろうか?
「彼は今、ジャパンに来ていますよ。もしかしたら、あなたも会う機会があるかもしれないですね」
●誇り高き吟遊詩人
彼女の名前はネム・シルファ(eb4902)。吟遊詩人であった。
話を聞きたいと申し出た吟遊詩人は、彼女にだけは食事をすべてご馳走すると申し出た。
「吟遊詩人が物語を歌うことに対する礼儀‥‥ですか。わかりました、ありがたく頂戴しますね」
ネムは一礼して申し出を受け入れた。注文した食事が来るまでには、少し時間があるはずだ。ネムは物語を爪弾き始めた。
「わたしが心の師匠と仰ぐ方のお話です。その方も吟遊詩人なんですけれどね」
ネムは誇らしそうに言う。彼女を師と仰ぐのは誇らしい。そう思えるほどの人物であるようだ。
「冒険者としても一流、吟遊詩人としては超一流という方でした。類い希な音感と歌声、流れるように美しい指使いから紡がれる歌は、人々をとりこにしその調べにのせたメロディーの魔法は風に乗ってかすかに聞こえた程度の人にさえ、影響を与えたと言われています」
実際にそんなメロディーの魔法があったかはわからないが、そう思わせるほどの見事な歌であるのだろう。
「でも、ですね。吟遊詩人としては超一流だったのですが‥‥芸術家気質、とでもいいますか、一般生活ではそうとうな無能力者でしたね」
曰く、0.02Gを2Gと間違えて支払いしたり
曰く、家にある服を全部洗濯して、毛布にくるまって一日過ごしたり
曰く、掃除を始めたらどこもかしこも気になって、結局引っ越ししたり
「ある時なんか1ヶ月がかりの冒険の報酬を帰り道で見つけた楽器を買うのに、使ってしまったりしたそうです」
お金に頓着しない性質も、なるほど芸術家肌という感じであった。
「わたし、聞きました。これからどうやって生活するのかって。そしたら、なんて答えたと思います?」
その時、注文していた食事が運ばれてきた。
「ああ、そうか。あなたが言った吟遊詩人への礼儀と言うのも、あの人の考え方と同じ根っこなんですね」
ネムは運ばれてきた食事を見て、そう言った。
「その方は「酒場か広場ででも歌えばいいじゃないか」って答えたんです。「吟遊詩人はそれが本職だろう?」、そう言いたげな顔だったですね」
吟遊詩人としての仕事に誇りを持っているからこそ、自分以外の吟遊詩人に対してもその仕事に敬意を払う。
「吟遊詩人はなんのために歌うのか知ってるか? 吟遊詩人ってのはな、自分の歌を楽しんでくれる人のために歌うんだ」
ネムは普段の彼女とは違う口調でそう言った。
「その方がくれた言葉です。わたしも、こんなステキな吟遊詩人になりたいですね」
ネムは多くのジャパン人がするのに倣って、手を合わせて「いただきます」と言った。