【上州騒乱】千代丸、調停に走る

■ショートシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 45 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月10日〜07月17日

リプレイ公開日:2006年07月20日

●オープニング

 江戸に蔓延る流言飛語、とりわけ北武蔵諸将に関するそれは日を追って増している感すらある。
 北武蔵の諸将は源徳家臣ではあるものの、もともと源徳家の関東進出以前よりの土着の勢力でもある。源徳家直参譜代の御家人や旗本に比べれば忠誠や結束力に劣り、源徳家以上の「頼うだるひと」が現れたならば、北武蔵が第2の上州となる可能性は否定しがたい。
 その意味で、源徳家を切り崩す為に北武蔵諸将の動揺を誘う策は上策であると言えた。
 多少の識見があるものであれば、流言飛語の目的がそういうことであろう事は容易に想像のつくことであった。
 その為、特に風評被害の大きい勝呂兵衛太郎恒高などは源徳家に資金を献上して、流言飛語の取り締まりに協力していたが、これといった成果が上がっていないのが現状であった。かえって、兵衛太郎は意図的に役に立たない者を雇い、取締りの邪魔をしているなどという事実無根の噂までもが流れ出す始末であった。そもそも兵衛太郎は資金を献上したのみで具体的な方策には口出しをしていない。
 そこには利用できる話題はすべて利用して諸将を誹謗しようという執念すら感じられる。人間とは不思議なもので、明らかな嘘や出鱈目も次々に並べ立てられると「そのうち、二個か三個くらいは本当ではないか」と感じはじめてしまうものである。


「勝呂兵衛太郎様の領地にて、謀反でございます! 何卒、救援を! 首謀者は兵衛太郎様の叔父、横山家光殿!」
「勝呂兵衛太郎殿、謀反の兆しあり! 我が主の横山家光様、甥である兵衛太郎殿の不義悪行を戒めるべく、兵を挙げましてございます! 数日中には情勢も落ち着きます故、ひらにご容赦を」
 正反対の主張をする二人の使者が江戸城にやってきた。一人は勝呂兵衛太郎の家臣、もう一人は兵衛太郎の叔父である横山家光の家臣である。主張はそれぞれに異なるが、一つだけ間違いないことがある。
 兵衛太郎と家光の兵が戦闘状態にあるということである。
 家光は兵を挙げるのと同時に、周辺領主のもとへ使者を走らせている。
 即ち、兵衛太郎が長尾景春と通じて源徳家に対して謀反を企てたので、これを討伐するというのが家光の大義名分であった。
 周辺の領主達はこれに対する対処を決めかねてしまった。常からの兵衛太郎を知る者であれば、よもや謀反などありえないと考えたであろうが、家光が兵まで動員してみせた強引さに、ここのところの流言飛語に真実が含まれていたのではないかという疑念が生じてしまう。それ故にどちらにも手を出しかねる状況であった。


 戦況は家臣達が発った時点は膠着状態であったという。兵衛太郎は居館に篭もり、よく防戦していた。だが、家光勢は傭兵まで集めて兵力を増強しているという。陪臣に過ぎない横山家に、その兵力を中長期に渡って維持する財力はない。短期決戦を目指し、遮二無二な猛攻が行うであろう。
 源徳家はとにかくにも速やかに事態を収拾することを最優先とした。直ちに兵力を集めようとした時、折りよく丹党領内で育成した馬を源徳家に納める為、江戸にやってきていた中村千代丸が目をつけられた。数日間、江戸に滞在していた千代丸がちょうど秩父へ帰る為に出発しようとしていたところであった。
「中村殿、直ちに勝呂領まで走ってもらいたい!」
「何事があったのだ? 慌しいの」
 千代丸は突然の要請に戸惑ったが、事情を聞いて出発の準備に取り掛かる。といっても、出発の準備はすでに整っていたので、替え馬の準備だけを済ませるとすぐさま江戸を発った。
 周辺の領主に対して、後詰を要請できるように源徳家の正式な書簡を携えて。
「いざとなれば、実力行使も厭うな。至上目的は両軍の被害と周辺領主への動揺の伝播を最小限に留めることだ! 事後の裁定は我らが行う。我らの到着まで状況を確保せよ」


 江戸城を出て、江戸の街へ入ったところで千代丸は考えた。現状では人数的にも戦闘力的にも不安が残る。
「冒険者ギルド、冒険者酒場に一人ずつ駆けよ! 中村千代丸が助っ人を欲しておると触れてくるのだ! 依頼の内容は道すがら説明する! 川越に向かう街道を走っておる故、適宜に追いつけ!」
「ははっ!」
 千代丸の下命に配下の武士がそのまま乗馬の向きを変え、離れていった。
「さて、私の名前だけで、冒険者が馳せ参じてくれるものか?」
 千代丸は馬上で自嘲した。だが、江戸において手っ取り早く戦力を増強するのに冒険者が適していたのも事実であった。

●今回の参加者

 ea2766 物見 兵輔(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3402 エドゥワルト・ヴェルネ(19歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb0641 鳴神 破邪斗(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3843 月下 真鶴(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

グロリア・ヒューム(ea8729)/ 宮下 力子(eb1507

●リプレイ本文

●街道を行く
 千代丸の家臣の求めにすぐさま応じたのは4人の冒険者であった。
 愛馬や韋駄天の草履を乗り継いで勝呂領を目指すつもりでいたのは鳴神破邪斗(eb0641)と月下真鶴(eb3843)である。だが、彼らには不安があった。
 疲弊した愛馬の面倒をどうするかであった。街道筋の旅籠に預けるであるとか、愛犬に見張りを任せるであるとか、馬上で色々と考えていたようであったが、心配は無用であった。
 中村千代丸(ez1042)達、丹党勢の馬達の息が上がり始めると、千代丸は家臣に問いただす。
「この辺りから近い領主は誰か?」
「‥‥殿のお館にございます」
「よし、そこに馬を預けさせてもらおうぞ。真鶴殿、鳴神殿、おぬしらも馬を預けていくとよい」
 さすがに替え馬を借りることまではできなかったが、領主という立場の千代丸に対する信用、加えて源徳家の命で動いている事情もあって、その地の領主はさして躊躇うこともなく、馬の世話を引き受けた。冒険者酒場に顔を出すと、もっぱらからかわれてばかりのであるが、仮にも秩父の領主としてそれなりの立場にある武士である。こんな機会があれば、それを感じ取るということもある。
「春光丸、少しの間だから待っててね」
 そう言って愛馬の首筋を優しく撫でてやる真鶴。
「皆、出発するぞ!」
 馬の準備を終えると、すぐさま千代丸は再び馬上の人となった。千代丸の家臣も冒険者達も館の門に集まる。
「馬達のこと、よろしくお願いします」
 その館に奉公する人のよさげな馬飼いにもう一度声をかけると、真鶴はその場で足踏みを始める。韋駄天の草履の魔力が真鶴の身体に働きかけていく。
「さぁ、もう一息がんばりましょー!」
 自分に喝を入れて踏み出した真鶴の一歩は、常よりもはるかに遠くに届いていた。


●勝呂領にて
 勝呂領があるのは、川越からさらにもう一息先の地域である。
 川越に向かう街道と言ったには、江戸城の兄弟城である川越城の存在感や、その城主である河越太郎重頼に後詰を要請する為であった。もっとも、要請は一番年配で落ち着きのある家臣に任せ、千代丸自身は河越を素通りして勝呂領へと向かった。
「ついたぁ!」
 勝呂氏の館のある小さな丘が見えた時、真鶴は声をあげた。
 小規模ながらも合戦の様子が伝わってくる。
「とにかく、間に合ったようだな」
 物見兵輔(ea2766)が木々の隙間から見える両軍の旗印を見ながら、決着がついてしまう前に辿り着けたことに安堵する。だが、これから先こそが重要である。
「中村殿、ここからが正念場だな」
「何か策はあるか?」
 千代丸が尋ねる。
「とにかくこちらに注意を引き付けるべきだろう。こちらに太鼓など鳴り物を用意している」
 兵輔はなんと五張りもの太鼓を取り出してみせた。さすがに重かったようで、韋駄天の草履を使っていたものの、疲労の色は隠せない。
「よし、その策でいこう。旗印を立ていっ!」
 丹党の虎杖紋を掲げて、太鼓の音を響かせながら、押し進んでいく。
「私は中村千代丸、源徳家の下命を受けて、両軍の調停に参った! 両軍ともに剣をひけいっ!」
 千代丸が口上を述べ立てるが、合戦がやむ気配がなかった。
「敵の計略だぁっ! 惑わされるなっ!」
 寄せ手の横山勢から、そのような声があがる。寄せ手の勢いが止まらなければ、守り手も手を緩めることはできない。
「くっ、やはり、これだけでは収まりがつかないか」
「仕方ないよ。ここは一気に士気を挫いて、とにかく動きを止めよう!」
 真鶴は自身と刀身に闘気を纏わせて、最前線へと踊りこむ。
「露払いは任された! 中村殿は呼びかけを続けられよっ!」
 真鶴に続いて兵輔も駆け出す。
「この人数、本気で相手をしたら大変だね」
「ハッタリを利かせて、とにかく流れを止める。背後は任せろ、派手に頼むぞ!」
「どっちも刀をおさめて! 」
「この戦、源徳家が預かる! どちらも直ちに戦をやめよっ!」
 真鶴と兵輔がそう叫びかけながら、横山勢の側面に踊りこむ。
「くそっ! そんな話に騙されるかっ!」
 横山兵の一人が槍が繰り出そうと構えなおす。だが、その前に重い鎧をつけていない真鶴が機先を制した。
「やぁっ!」
 気合と共に振り下ろした黄色みを帯びた剣が槍の柄を斬り飛ばす。
「武器をおさめて! この戦は源徳家が公平に裁きにかけるよっ!」
 武器を破壊され、呆然とする兵に真鶴は呼びかける。
「うおおっ!!」
 だが、次の兵が真鶴に向かっていく。
「むん!」
 だが、そこへ兵輔がそれをフォローする。遠心力で加速した分銅が兵に向かって飛んでいく。兵は辛うじて鎖分銅の一撃を槍で受け止めるが、分銅は小さな弧を描いて武器に巻きついた。
「兵をひけっ!」
 言いながら、絡まりついた鎖分銅を引き寄せて兵の武器を奪い取る兵輔。
 そこでようやく、横山軍の動きが滞りを見せた。
「双方、武器をおさめよっ! 両者の言い分は問注所にて公平に裁定するとの源徳家よりの命令であるぞ!」
 千代丸が兵輔と真鶴の作った道を進み、両軍の間に辿り着き、再び口上を述べ上げる。
 兵輔と真鶴は千代丸の横で双方の軍に睨みを利かせている。無理に戦闘を継続しようとする輩に対する警戒である。
「‥‥‥恐れながら、中村殿に申し上げる。此度の挙兵は危急の事態であった為の源徳家への報告が事後になってしまったことは私に責がある。されど、この奇襲は機を逃しては謀反人に逃げられることを恐れて‥‥」
 千代丸に対して、横山家光が反論を始める。
 しばし、千代丸と家光の間で応答が続けられる。だが、横山勢は勝呂館に対しての臨戦態勢を解いてはいない上、チラホラと陣から兵士が数人離れていく様子が見て取れた。
「‥‥源徳の名前が出てきて、怖気づいた傭兵が? ‥‥斥候だろうか?」
 破邪斗はその内の一人に目をつけ、音もなく後をつけていった。


●決着
 破邪斗に後をつけられている兵士は篠山源之助と名乗る浪人者であるが、実際は農家の三男坊で名を与助という。昔から腕っ節が自慢で、家を飛び出ると家を飛び出た後、刀を片手に無頼の集団を渡り歩いてきた。金が溜められず、冒険者にもなり損ねた男であるが、今回の仕事では領主達のいさかいと聞いて、出世の好機と馳せ参じたものである。
 どこで手に入れたものか、武者兜に胴丸、面頬で防御を固めている。
「ふい〜、館の奴ら、まったくしぶといぜ」
 斥候にでて、周辺に援軍がないかを確認していた与助は、近くに沢があるのを見つけて一息つくことにした。
「源徳の調停がくるまで、粘りやがった‥‥厄介だぜ」
 兜と面頬を外し、屈みこんで沢の水を汲もうとする。本来、戦場で生水は危険であるが、身内同士の争いで自分達の領土を荒らすほど愚かではない。だが、それが与助の運の尽きであった。
 与助に気取られることなく、黒い影が与助の背後に滑り込む。
「むぐっ!? ‥‥っ!」
 与助は口をふさがれ、次の瞬間にはその咽喉を掻き斬られていた。
(「ちくしょ‥‥う‥‥」)
 それが与助の最後の思考となった。
「‥‥所詮、奈落に堕つるが運命。いずれ、そこで会おう」
 破邪斗は名も知らぬ骸に語りかけると、その衣服と鎧を剥ぎ取り始める。
 鎧は体格を覆い隠し、武者兜と面頬は人相を覆い隠す。そして、破邪斗と与助は身長が同じくらいであった。これが破邪斗が与助を狙った理由である。
 ここに篠山源之助が復活した。
「北の方角より大規模な軍勢がきているぞ!」
 源之助に扮した破邪斗はそのように報告し、横山家光を歯噛みさせた。
「南からも軍勢の接近を見つけました!」
 こちらは本物である。千代丸の家臣が要請した河越氏の兵が動いているのであろう。
 千代丸を相手に言を左右にして臨戦態勢を維持していたが、援軍の存在を知り、ここを潮時とせざるをえなかった。


●江戸にて
 馬は貴重な労働力であり、合戦においては重要な戦略物資でもある。
 それ故に簡単に貸し借りができるものではなかった。
 知り合い二人が色々と奔走してくれたが、結局、千代丸達に追いつく手段を確保することはできなかった。
「グロリアさんと宮下さんには悪いことをしちゃったよね」
 とぼとぼと歩くエドゥワルト・ヴェルネ(ea3402)はちょうど勝呂氏の江戸屋敷の前を通りかかった。
「‥‥っ? そこ、何をしてるの?」
 その時、エドゥワルトの超越的な視力が視界の端に引っかかった違和感を正確に捉えた。
 勝呂氏の江戸屋敷を取り囲む塀の上に怪しげな人影を見つけたのである。偽装していた為か、エドゥワルトでなければ見過ごしていただろう。
「‥‥ちっ!」
 人影はすぐさま逃げ去っていた。
「‥‥色々と、物騒になったよね」
 エドゥワルトはため息をついた。