【琥珀色の憂鬱】かわいい子犬と悪徳商人
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■ショートシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 88 C
参加人数:8人
サポート参加人数:8人
冒険期間:07月30日〜08月06日
リプレイ公開日:2006年08月08日
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●オープニング
武力衝突にまで発展した勝呂領の騒乱であったが、中村千代丸が停戦を実現し、当面の危機は去った。裁定は問注所に委ねられたが、結果は微妙なものであった。
双方にお咎めなし、すべては騒乱勃発前の白紙状態に戻すというものであった。
源徳家にしても、この騒乱について明確な判断を下しかねたということであった。状況を精査している余裕もなかった。江戸復興祭で各地の大名を招くにあたり、その通り道になることもある土地で、騒乱を引きずるのは得策ではなかったことが原因であった。
北武蔵を巡る情勢は未だ不安定である。
「うわぁ‥‥凄い‥‥お空飛んでる‥‥」
見上げた空に勇壮な幻獣、グリフォンが飛んでいく。
「琥珀も幻獣さんとか、精霊さんとお友達になりたいなぁ‥‥」
グリフォンの背中に人影が見えるのは冒険者であろう。最近、ペットを連れた冒険者が増えている。それもただのペットではなく、グリフォンであるとか、雪狼であるとか、水馬であるとか、ペットと言うには些か物騒なものもいる。
物騒でないにしても、珍しい幻獣、精霊の類を連れまわしていれば、その姿はいやがおうにも目立つもので、普段は人混みに近づけない、檻に入れて人目を避けるなどしていても、一度姿を見せれば畏怖と嫌悪、ちょっぴりの好奇心と共に人々の噂になっていることであろう。
「ユニコーンさんとか、フェアリーさんとか‥‥」
遠い母の国の御伽噺に聞いた幻獣達に想いをはせる琥珀。
「‥‥でも、お金くるしい‥‥」
源徳家臣である勝呂兵衛太郎の娘である琥珀は、お嬢様とか、時に姫様と呼ばれるような身分であるものの、一介の小領主の娘では無尽蔵に使えるお金があるわけでもない。珍しいペットを飼うには、色々と費用が嵩むものなのである。 冒険者ギルドにペットを預けて十両の単位で散財した話も伝わっている。
「‥‥‥はぁ、自分自身、嫌になってくる‥‥」
父親の脛を齧っている自分の身を考えた時、そんな贅沢をしたいと考えている自分がみっともないことくらい琥珀は知っているのである。
そんな琥珀のもとにやってきた悪意があった。
「キャン! キャンキャン!」
かわいらしい鳴き声を響かせるちっちゃな柴犬が勝呂氏の屋敷の庭に入り込んできた。
「あっ、かわいー」
ちっちゃな柴犬のかわいらしさに顔を綻ばせる琥珀。
「申し訳ありません、こっちに手前の犬が飛び込んできませんでしたか?」
それを追いかけるように、商家の手代風の男が入り込んできた。
「いやはや、お武家様の‥‥えっと、お武家様のお屋敷にとんだご無礼を申し訳ありません」
「‥‥」
琥珀の姿に一瞬、驚きを見せた男であったが、すぐに気を取り直して非礼を侘びる。だが、琥珀の方は見知らぬ男性がそばにやってきたことに怯えていた。
「まったく、こいつめっ!」
「‥‥きゅ〜ん‥‥」
男はちっちゃな柴犬を抱き上げると、その額を軽く小突く。じゃれつきの延長程度のものではあったが。
「あっ‥‥だめだよぉ‥‥いぬさんこずかないで‥‥」
琥珀が男に対して声を発することが出来たのは、一重にちっちゃな柴犬の愛らしさからである。
「いやはや、もったないお言葉で。おい、お前、お嬢様の恩寵の感謝しろよ」
犬に話しかける男。琥珀はその様子を羨ましそうに見つめている。
「‥‥随分、こいつのことが気になるご様子でございますね」
「うん、ちっちゃくてかわいいのは好き‥‥。‥‥けど、ほんとは精霊さんとかとお友達になりたい‥‥」
「おおっ、それはちょうどよかった。私は商いで珍しいものを取り扱っております。この度の非礼のお詫びとして精霊や幻獣の類をご用立てさせていただきましょう!」
「えっ、でも‥‥」
琥珀は急な申し出を断ろうとしたが、男はそれを許さなかった。
「いや、ご心配は無用です。小さいうちから育てていけば、主従の固い絆も出来て、幻獣の類も危険なことなどありません!」
立て板に水を流すように喋り続けながら、男は抱き上げたちっちゃな柴犬を琥珀の目線の高さに持ってくる。小さいゆえのかわいらしさ姿に琥珀の注意が向けられる。これでは反論することも非常に難しい。
「‥‥でも‥‥お金‥‥きついし‥‥」
「心配には及びません、手前がよい日銭屋を紹介いたしましょう。なぁに、若干の利子はつきますが大丈夫ですよ。ああ、字が書けなくても心配はいりませんよ。手前がすべて代筆いたしましょう」
お指を拝借と拇印を紙に押し付けようとまでする。
「やっ!」
琥珀は他人に触られることへの恐怖から、男の手を払いのけようとしたが、掴んできた手の力はちっちゃな柴犬を優しく抱き上げていた印象からは大きくかけ離れて暴力的なものであった。琥珀はそれでますますすくみ上がってしまった。
「きゅ〜んきゅ〜ん‥‥」
ちっちゃな柴犬がするりと男の腕から抜け出して、琥珀に擦り寄って慰めていた。
気がついた時には借金の証文をその手に握らされた琥珀だけが、その場に立ち尽くしていた。
侍女の明日奈が異変に気付いて庭先に出てくるまでの、短い時間でのことであった。
「その後、子猫と一握りのマタタビ、そして借金取りがやってまいりました」
冒険者ギルドを訪れた侍女の明日奈は憤りを顕わにしていた。
「どう考えても、値段相応のものであるはずもなく、また借金の利息はまともに抗議する気も失せる、馬鹿馬鹿しいものでございました」
明日奈の言を聞くと、なるほど子供が考えそうな発想の額である。
「馬鹿馬鹿しいと言えば、あの借金取りの言葉!」
『勝呂さんちには色々噂も立ってるし、ここは大人しく払っておいたほうがいいんじゃねえか? ぁあ? おっと戦の出費も馬鹿になってないんだったか? そうだ、あのお嬢ちゃんを売っちまったらどうだ? 大丈夫、勝呂さんちの名前には傷がつかないほど、ふか〜い裏社会で売るからよ。あの髪と目なら高く売れるぜ?』
「お嬢様を売るなんて‥‥そんな馬鹿馬鹿しいことっ!」
明日奈は思わず近くにあった壁を思い切り叩いた。
「‥‥失礼いたしました。本来、奉行所にて取り締まるべき事柄ではございましょうが、今は江戸復興祭のこともございまして、人手も足りない折でございましょう。そこで冒険者の方々のお力を借りたいとやってまいりました」
1.相手の犯罪性の証明、琥珀以外の被害の有無の確認
2.相手の捕縛、共犯者がいればそちらも捕縛
「それと‥‥これはお嬢様からの個人的なお願いなのでございますが‥‥」
届けられた子猫はけして特別なものではなく、その辺りの野良猫と大差のないものであった。だが、届けられた時にあまり元気とは言いがたい状態であった。
「最低だよ、自分の欲のために人を騙して、ねこさんも苦しめて‥‥ああゆう人って心がないんじゃないの?」
琥珀は弱った子猫を抱き上げて、強い憤りを口にした。
「‥‥だから‥‥人は嫌い‥‥みんな自分勝手で‥‥どうしてそいゆうことができの?」
あのちっちゃな柴犬のことも含めて、心の冷たい人間達に利用されている動物達に想いを寄せて、一人悲しみにくれる少女。
3.悪党に利用されている動物達を助けて欲しい
以上の三点が冒険者に依頼された事柄である。
●リプレイ本文
●
「おや? 貴殿が琥珀殿か?」
勝呂家の江戸屋敷。客間に通された桐沢相馬(ea5171)は、初めて顔をあわせた琥珀の姿に少しばかり虚をつかれたようであった。
聞いていた話から幼い子供だと思っていたが、意外にも世間的には「まだ若い」ながらも大人と認知される年頃のように思われたからだ。
「ほえ? ‥‥そおだけど‥‥」
相馬の反応に首を傾げる琥珀。
「いや、少し想像していた琥珀殿と印象が違ったのでな。」
「‥‥そおなんだ」
「聞いた話から、もっと小さな女の子と考えていたが、こんなにもかわいらしい女性であられたとは‥‥」
すっと近寄って琥珀の手を握ろうとする相馬。キザな仕草は欧州冒険者に学んだものか? だが、琥珀はその手を避けてしまう。
「‥‥どおせ、琥珀はこどもっぽいもん‥‥」
小さな女の子だと思われていたことに拗ねてしまったようだ。
(「ああ、中身は間違いなく子供だ」)
などと妙な具合の感心をしてしまった。
「ちょっと。‥‥まったく。ごめんなさいね、琥珀さん。不調法者がいて」
御陰桜(eb4757)は相馬を肘で小突きながら、非礼を詫びる。
琥珀は桜よりもやや年下で、普段はそういう相手には「〜ちゃん」付けで呼びかける桜であるが、こでは琥珀の自尊心に配慮して「琥珀さん」と呼びかけた。
「それよりも犯人の人相や服装を教えてもらえるかしら? 大丈夫、あなたが協力してくれれば、悪い人はとっちめるし、動物さん達もきっと助けてみせるわ」
桜は真剣な面持ちで琥珀に語る。彼女が琥珀に親近感を感じているのは、自分の飼い猫と同じ名前という理由があったが、あるいは母親譲りのジャパン人離れした容姿に対する共感もあったのかもしれない。もっとも、冒険者には同じようにジャパン人離れした人々は多いので、それが意識に上るより先に飼い猫が思い出されたのであろう。
「‥‥うん‥‥あの‥‥」
促されて琥珀は詳しい状況を訥々と話し始める。それによって、詐欺師の人相や服装、背丈や喋り方の癖などが明らかになってくる。
それはいい。だが、琥珀の話しぶりには自分の失敗をひどく気に病んでいる風であるのが、ありありと見えている。
「ね、琥珀さん。失敗することなんて誰にもあることよ。大丈夫、これから挽回すればいいじゃない」
桜はそんな琥珀に一喝をいれる。
「‥‥うん」
だが、琥珀の様子は芳しいものではのなかった。桜はずずいと琥珀の間合いに入り込む。
「大丈夫よ、琥珀ちゃん、こんなにかわいいんだもの。整った容姿や肢体は女の武器よ。琥珀ちゃんには素晴らしい武器があるんだもの。きっとこれから活躍するのよ」
「‥‥うぅ‥‥お姉ちゃんが言っても‥‥説得力ないよぉ」
と、琥珀が反駁する。
「あら? どうして?」
「だってえ‥‥琥珀とおねえちゃんじゃ‥‥全然、違うし‥‥」
頬に恥じらいの朱を浮かべつつ、ちらちらと盗み見るような視線は桜の胸元へと注がれていた。琥珀は着物を着ているので、はっきりとはわからないが、その部分に劣等感を抱えているのかもしれない。それに気付いてしまった桜の悪い癖が出る。
「ん〜? どうしてかしら、琥珀ちゃん」
呼び方も「〜ちゃん」付けに変えて、その豊かな胸を強調し、押し付けるように琥珀に密着する。
「‥‥うー‥‥」
琥珀の頬は桜の髪の色にも負けぬほどの色に染まっていったのであった。
●
一日限りの応援も駆けつけて、冒険者達は詐欺師、高利貸しについて情報収集する為に江戸の街へと繰り出した頃、空間明衣(eb4994)とローガン・カーティス(eb3087)の二人はもう一つの懸念を解決するべく、奮闘していた。
「ヒーリングポーションを混ぜながら、滋養のつく餌を与えよう」
「子猫は体が小さい故、あまり刺激の強い者は控えていただきたい。体の大きさが人間と違うことに留意してな」
「承知した。では、大蒜はすりおろした汁を薄めて使うとしよう」
人間の看護に詳しい明衣と、動物に詳しいローガンとが知恵を出し合って、子猫の看病を行っている。詐欺師から琥珀に送られてきた衰弱していた子猫である。
「ねこさん、大丈夫‥‥?」
二人の診療を見ていた琥珀が不安げに声をかける。
「自分で食事が出来ないほど弱らせるなんて、許せん所業だが‥‥琥珀殿が優しく慈しみながら、面倒をみてやればきっと大丈夫だ」
明衣はポーションと大蒜の搾り汁を混ぜて薄めたものを、丸めた布に染みこませて子猫の口元に運ぶ。
「やってみるといい」
そう手本を示してみてから、その丸めた布を琥珀に差し出す。
「ほえ、でもお、琥珀なんかには‥‥できないよ」
「恐れることはありません。私達も手助けする故、琥珀殿は子猫が安心できるように、温もりを与えてくれればよいのだ」
弱気にしり込みをする琥珀にローガンは励ましの言葉をかける。
「ワン! ワンワン!」
呼応するように桜が預けていった犬の桃が吠える。まるで琥珀を励ますようであった。
「‥‥うん‥‥やってみる‥‥」
琥珀は丸めた布を受け取ると、子猫の口元へと近づけていった。
琥珀が懸命にやっている様子を、明衣とローガンは優しく見守るのであった。
●
次の日以降。
初日の人数を多めに動因した探索によって、明らかになった情報を基にゴールド・ストーム(ea3785)と彼岸ころり(ea5388)は高利貸しの男を見張っていた。
「ま、他人を食い物にして儲けるような連中に手加減はいらないよねー♪ きゃははは♪」
楽しげに笑うころりであるから、
「話をめんどくせぇほうに持ってくなよ? 下衆な野郎は放ってはおけねぇけどな」
ゴールドが釘を刺す役に回らねばならない。確実に距離をとっての尾行は冒険者という身なりのであるからだ。
「ちっ! 胸糞悪い物を見せやがる」
ある商家の取立てにやってきたのを見て、ゴールドは近くの立ち木の上から商家の中の様子を探る。その下で周囲に目を配るのはころりである。
「きゃははは♪ 悪人が気持ちのいいものを見せてくれるなんてないっしょ? ‥‥惨殺する瞬間のあの顔とか‥‥はあるか」
ころりが物騒なことを言うのにも、そろそろ慣れてきたゴールドは耳から入る声を無視して、目で見ている声に集中する。ちょうど、ゴールドの位置から借金取りの喋っている様子が見えた。商家の主人は背中しか見えなかったが、威圧されて縮こまっている様子がわかる。ゴールドはその卓越した隠密技術に含まれる読唇術で、高利貸しの声を「見ている」。
『まあ、あれだ。最初に提示した利子は確かに暴利だった。でだ、俺達としても払えないものを無理やり払えとはいえねえからよ。‥‥どうだい、こんなところで手をうっとかねえかい? ‥‥おっと、こいつが払えないなんて下らねえことは言うなよ? ちゃんと調べはついてんだからな。‥‥その代わり、すべてはこれっきりになるぜ? 悪くない話だろう?』
最初に法外な利子と暴力で脅しをかけて、その後に譲歩してみせる。早く恐怖から解き放たれたい被害者はついそこで、その譲歩に飛びついてしまうのである。
神谷潮(ea9764)などは、
「そもそも『できた』金貸しはそんなに法外な利息は付けないのである。払えるぎりぎりで確実にしぼりと‥‥、こほん、末永くおつき合いいただくものである。楽して儲かるなどありえないと教えてやるのだ」
などと高利貸しを批判していたが、高利貸し側もそれはわかっていたようである。もっとも、それを差し引いても悪どいやり方には違いなかった。その潮は今、商取引や金銭の貸し借りに関して専門家の意見を聞いて回っているはずであった。
『じゃあ、確かに返してもらったぜ。こっちの証文はなかったってことでな』
高利貸しは懐の水入れを取り出すと、中の水で証文を湿らせてぐしゃぐしゃにしてしまった。被害者の手元には良心的とは言えないまでも、
「ああやって、証拠の隠滅もしてやがるのか。厄介だな」
「きゃははは♪ なら、直接、証拠を抑えないと駄目よねぇ」
木の上からするりと降りてくるゴールドに、ころりが言う。
「そういうことだな。尾行を続けよう。気付かれて拠点に戻ろうとしなくなったりしたら‥‥厄介だ」
レンジャーであるゴールドもそうであるが、泥棒という人様にはちょっと言えない生業を持つころりも、侵入という行動は得意とするところであった。
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「詐欺とはいっても、一応は動物を送りつけているんだよね。なら、その痕跡が現れているはずだね」
ネム・シルファ(eb4902)は事前の調査で絞り込んだ地域で流しの吟遊詩人として一曲一曲を爪弾く、その合間ごとに聴衆との雑談に興じた。
「私が住んでる長屋の近くに、性格の悪い野良猫が住み着いちゃってね。それで困ってるんだよ。どうして、ああ、狙い済ましたように人の迷惑と感じることをやっているのか、不思議なくらいだよ」
ネムは「動物による迷惑」の話題を振って、聴衆からの反応を窺う。詐欺師達詐欺行為に利用する動物達を飼っているとすれば、ある程度のまとまった数がいるであろうという推測である。そして、勝呂家に送られてきた子猫の様子を見れば、それは劣悪な環境であり、それは人間にとっても不快な気分を周囲に撒き散らすものになっているはずであった。
「へえ、あんたのとこも困ってるんだねぇ」
聴衆の一人であった町人姿の気のいいおばさんといった様子の女性がしみじみと言う。
「! ‥‥お姉さん。お姉さんのところでも、何かお困りごとがあるのかな?」
「あらやだ、お姉さんだなんてっ! それがねえ、動物で迷惑というかねぇ‥‥」
明らかにお世辞ではあったが、「お姉さん」と呼ばれて気をよくした女性は饒舌に喋り始めた。迷惑な飼い主についての話であった。
ネムはその情報を基に詐欺師の拠点を割り出し、まずは偵察として桜とともにその辺りにやってきたのである。
「桜さん、無理は駄目だよ」
「平気よ、男なんて単純だもん。ちょっと甘えてみせれば、口も軽くなるわ」
やがて姿を見せた詐欺師に偶然を装って接触を試みようと言う桜を心配するネムであったが、桜のほうは自分の容姿や男を垂らしこむ術に自信を持っていた。そして、桜は首尾よく詐欺師の男に接触してみせた。それは、距離を置いて観察するネムから見てもうまくいっているように思われた。
だが、男は人目の少ない小道に差し掛かった時、桜の腕を乱暴に引き寄せた。
「ちょっとぉ、女の子にはもっと優しく接するものよ」
苦言を呈する桜に男はその耳元に唇を寄せて呟いた。
「‥‥冒険者が俺の何を探りに来た?」
「っ!?」
桜の全身が緊張で固くなるのを男は見逃さなかった。次の瞬間、重い衝撃が桜の下腹部を襲い、桜の意識は闇に落ちた。
「こんな髪の色をした奴が一般人だなんて、誰も思いやしねえよ。‥‥勝呂のお嬢様みてえのもいるがな‥‥」
そのまま、詐欺師は桜を連れ去ってしまう。
「た、大変だ‥‥」
一部始終を物陰から見ていたネムは桜の連れ去られた先を見届けると、仲間達のもとへと急いだ。ただ、問題があった。ネムは極度の方向オンチであるということだった。
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各方面からの証拠集めを終えて、勝呂家の屋敷に集まっていた冒険者達がネムの報告によって総出で桜の救出と詐欺師の捕縛に乗り出した。
「きゃははは♪ なぁに、かえって手間は省けたじゃん♪」
ころりが笑いながら言う。
「ああ、ころり殿やゴールド殿が集めた証拠と併せて、拐しも行ったとあれば、悪事の照明としては充分だろ‥‥いっ!!」
相馬がころりに同意した瞬間、その後頭部を何物かに小突かれる。
「それも、桜さんを無事に取り戻せてからの話だ。わかっているかね?」
「そういうことだ」
ローガンが軽く説教をする。それに同意した明衣が相馬を小突いた犯人のようであった。
「えっと、こっちの道がそっちで、あっちの道がどっちで‥‥」
こそあど言葉全てを使って、ネムが悩んでいる。極度の方向オンチがここにきて痛手となった。
「どうしよう‥‥どうしよう‥‥」
焦るほどに景色が歪み、道が絡み合い、立ち並ぶ民家の軒先がネムを押しつぶすような圧迫感を発し始める。
「ワンワンッ!!」
その時、桜の飼い犬である桃が吠え、一匹で走り始めた。
『この子もきっと‥‥桜さんのこと、心配してるし‥‥』
そう言って琥珀が冒険者達に一緒に連れて行って欲しいと頼んだものであった。
「わかるの? 桜さんの居場所が‥‥」
「追いかけましょう。動物には人間以上の『勘働き』があるとも言われています」
ローガンが仲間達を促すと、冒険者達はその後を一斉に追いかけ始めた。
「動物を悪用したものが、飼い犬と飼い主の絆によって破滅する。まったく出来た話なのだ」
潮は感動の再会を果たした桜と桃の様子を眺めながら感心していた。
考えていた以上に、詐欺師とその仲間達の抵抗は激しかったが、最終的には冒険者達との地力の差に勝てるはずもなかった。
「殺されたくなきゃ、やってきたコトぜーんぶゲロっちゃいなよ♪」
ころりがとても嬉しそうに、捕縛した詐欺師で遊んでいた。
「きゃははは♪」
「いてぇ‥‥いてぇよぉ‥‥か、勘弁してくれぇっ!」
詐欺師がころりの執拗な責めに悲鳴をあげている。
「お困りのようなのだ。どうなのだ? ここに取り出したる傷薬はそこらのものとは違う超高級傷薬なのだ。いまならなんとこれを一人一つ五十両でお譲りいたすのである。心配には及びません、必要な金子は手前がお貸しいたしましょう。なぁに、若干の利子はつきますが大丈夫ですよ。ああ、(縛られていて_)字が書けなくても心配はいりませんよ。手前がすべて代筆いたしましょう。あとはお指を拝借して拇印で完了であるな。利息は良心的に『といち』にしておいてやるのだ」
そんな詐欺師に潮は一方的な商談を始めた。詐欺師にとって、それはどこかで聞いた覚えのある台詞ばかりなのであった。
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その後、冒険者達は詐欺師に囚われていた動物達の里親を探して、再び江戸の街を走り回ることとなったが、その甲斐もあって動物達は無事に優しい飼い主にめぐり合うことが出来た。
「‥‥よかった‥‥」
琥珀はその報告を聞き終わってほっと胸を撫で下ろした。
「そうそう、琥珀殿は精霊や幻獣に興味がおありだとか?」
「‥‥うん‥‥」
相馬の問いに琥珀は小さく頷く。
「なら、冒険者酒場に顔を出すといい。自慢のペットを見てもらいたいという者は少なくないだろうからな」
「‥‥うん‥‥考えてみるね‥‥」
「それじゃ、助けた動物さん達の幸せを祈って。一曲演奏させてもらうよ♪」
ネムは竪琴を手にすると、それを爪弾き始めたのであった。