ジャパンの片隅で愛に遊ぶ
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:恋思川幹
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 85 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月04日〜12月10日
リプレイ公開日:2004年12月10日
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●オープニング
江戸より程離れた、とある山間の武家の屋敷に、都から下向してきた貴族の兄妹が逗留していた。
「東国というのは、どうにも退屈なものだな‥‥ふわぁ‥‥」
扇子で隠してはいるが、口を大きく開いての大欠伸がでる。
「兄上さま、はしたないですわ。それほど退屈というのでしたら、江戸にでも行かれては、いかがですかしら?」
妹が兄をたしなめる。
「江戸は武家の街だろう? あのような猥雑な街は私の好みではない」
「そんなこと仰っても、東国は武家の勢力が強い地ですし‥‥」
「そうだな‥‥東国の鄙に相応しい、純朴で慎ましやかな美女でもいれば、この退屈も紛れようと言うものだな‥・・」
「兄上さま‥‥父上さまの女君に手を出したのがばれて、東国に追い出されたというのに、まだ懲りておりませんの?」
妹は額に手をやり、悩み顔である。
「さっそく退屈されているようですな、若君、姫様」
「おお、これは伯父上殿。お世話になりもうす」
兄妹が休んでいた部屋へ、二人の伯父が入ってくる。この屋敷の主人である。
「まったく、兄上さまの女遊びには困ったものですわ。今もまた、女人がいないかとぼやいている始末で‥‥」
「はっはっは、若君は父君のお若い頃に似てこられたようですな。では、ここより少し離れた村で評判になっている娘を紹介いたそうか?」
「ほお? 伯父上殿、それは興味深いお話ですな」
妹のぼやきをよそに、伯父と兄は女人の話で勝手に盛り上がっていく。
「叔父上さままで、兄上さまを焚きつけないで下さいまし!」
妹が江戸の冒険者ギルドへ使いを出したのは、数日後のことである。
さる高貴な家の子息の護衛。
その名目で集められた冒険者達、しかし、江戸から目的地である村へと向かう途中の村で、依頼人が直々に出迎えていた。
兄妹のうち、妹のほうである。彼女が今回の依頼人である。
近くにあった村の村長の家に一間を借りて話をすることとなった。
いかにも上臈の女性らしく、冒険者達と直接に対面するのではなく、御簾ごしに声をかけてくる。
「‥‥ということがありましたの。わたくしの静止も聞かず、伯父上さまが話を進めて、あちらのご両親とは話がついたのですけれども‥‥。実はその女人にはすでに将来を誓いあった恋人がいるらしいのですわ」
まず、妹はことの経緯を説明する。
「その女人の恋人が話を聞きつけて、そこへ向かう道中の兄上さまを待ち伏せして討ち取ろうとしているらしいのですわ。あなた方には道中での兄上さまの御身の安全を守っていただきたいのですわ」
そこまでは江戸で使いの者が話した通りの依頼内容である。
「‥‥それとこの依頼とは別に、並行して頼みたい依頼がありますの。それがわたくしがわざわざ、ここまでやってきた理由ですわ。兄上さまに聞かれてはならない話ですもの」
厄介ごとであるならば報酬の追加を要求せねばなるまい、と冒険者達が考えていると妹は続きを話しだす。
「可能であるならば‥‥兄上さまが相手の女人を諦めるように、仕向けていただきたいのですわ。これに成功すれば、別途で報酬を払いますわ」
さて、別途報酬ということであるが、どうしたものであろうか?
「此度の話は相手の女人を当家に正式に北の方として迎え入れる‥‥といった類のものではありませんわ。兄上さまの遊びですの。それでなくとも、兄上さまは都にも恋人を大勢残してきていると言うのに‥‥。まして、此度の下向は父上さまの女君に手を出したのがばれて、その償いとしてのもの。少しは懲りなさいと申し上げておりますものを‥‥」
妹はまた、兄のことを想って頭を抱える。
「そのような話でありますので、心に決めた恋人のいる女人が兄上さまの遊びに付き合わされるのは、憐れでなりませんわ。兄上さまに怪我さえさせなければ、手段は問いませぬ。少しは懲りていただかなくてはなりませんわ」
そして、最後に、
「兄上さまを懲りていただくのは、あくまでも副次的なものですわ。引き受けてもらえずとも、護衛の任を真っ当してもらえるのなら、それだけでも構いませぬ。どうぞ、よしなに」
と、結んだ。
●リプレイ本文
ジャパンにおける「家格」という物の重要性は、複雑怪奇な婚姻関係と勢力図から察することができるであろう。
地方の小規模な武家でも、機会があれば貴種の血筋を自分の家系に取り込み、家格をあげようと画策しているのである。その為に当事者の意思が必ずしも尊重されないことは、むしろ当然と言えた。
「‥‥というわけで、わしらには今回の話に反対する理由はありませぬ」
少なくとも娘の両親はそのように言っているのである。
だが、冒険者達は違う。依頼人である妹の「女遊びの過ぎる兄を懲らしめて欲しい」という追加の依頼を即座に引き受けた。
「それなら、先に相手の娘御のほうに話を通しておいたほうがよいだろう」
藍継海(ea6535)の提案により、冒険者達は寄り道をしていくこととなった。
「だけどね、あちらの妹さんが言うのには、あの貴族さんは女遊びで父親の不興を買った罰として、こっちに来てるんだ。そんな相手に娘を差し出すような真似したら、当代の心象は悪いんじゃないかな?」
娘の家族の説得しているのはレナード・グレグスン(ea8837)。彼の言葉に娘の両親はたじろぐ。
「悪いようにはしないと約束するよ。その言質はとってあるしね。だから、俺達に協力してもらえるかな?」
頭の中で損得勘定の算盤が弾いた結果、両親は冒険者達への協力を承諾した。
冒険者達は依頼人の兄を迎え入れる下準備を開始した。
一通りの準備を終えた冒険者達は、あらためて依頼人とその兄のもとへ訪れた。
「志士の周防でございます。此度の護衛を務めさせていただきます」
周防佐新(ea0235)は平素よりも丁寧な言葉使いで、依頼人の兄に恭しく挨拶を述べた。
「あー。よろしく頼む‥‥。‥‥ところで、そちらの女子達は異国の者であるのかな?」
男の佐新の挨拶などは適当にあしらった兄の視線は、高遠聖(ea6534)を含めた女性冒険者達に向けられている。銀髪の聖を含めて、ありふれたジャパン女性らしい風貌の女性がいなかった為か、兄は女性達を興味深げに見つめている。
「ふむふむ‥‥目の色、髪の色、耳の形‥‥ジャパンの女子とは一味違うよさがあるものだ」
その品定めをするような無粋な視線に、
「私達に目移りする程度の軽いお気持ちでしたら、わざわざ護衛が必要になるような相手のもとに通う意味はないのでは?」
リュドミーラ・アデュレリア(ea8771)が、
「今回の件、あなたを襲撃してまで恋人を守ろうという男性の気持ちを慮り、なかったことになさるのが男の株をあげることではないでしょうか?」
聖が、
「そもそも、恋人のある女性にも見境無く手を出さねばならぬほど、貴方は女性にお困りか?」
継海が、
畳み掛けるように兄を糾弾する。
それぞれに兄の所業に対する憤懣があるのであろう。
「ふふん‥‥かわいい娘達だ。実際に私に会って、私が他の女子と結ばれるのが惜しいのだな?」
言うだけのことはある容姿‥‥ではあるが‥‥
「おのれ‥‥騎士に対して侮辱は許しません!」
兄のふてぶてしい態度に、騎士として侮辱されたと感じたリュドミーラが感情を高ぶらせてしまう。金色の瞳が紅く染まっていく。
そんなリュドミーラと一緒になって他の女性陣も兄に対して抗議を行うのを、
「落ち着け! とにかく落ち着けってば!」
苦労症の佐新が身体を張って宥めなければ、依頼は失敗していたかもしれない。
‥‥幸か不幸か、
「ははは、本当にかわいい娘達だ」
などと、兄は彼女達の振る舞いに気を悪くした様子はなかった‥‥。
月冴ゆる夜空の下を、兄の乗る馬と冒険者の一行が行く。牛車を使うには路は悪かったようである。
先頭を行くのはグロリア・ヒューム(ea8729)。赤い髪の色にあわせたのか、赤糸威の大鎧が威風堂々と勇ましい。
『話が入り組んでいて、わかりづらいわね』
ジャパン語が話せないグロリアは、ラテン語の話せる聖の通訳を経て、状況は把握していたが、やはり自分自身の言葉で相談に加われないのは理解度に差を生じさせることになる。
『私はどうしようもなく彼らのもっているお金に惹かれているんだ。チャンスがあるなら逃しはしない』
などとグロリアが考えていた時である。
前方に一騎の騎馬武者が現れる。
「我が恋人を奪わんとする盗人の御一行とお見受けいたぁす!」
武者の大音声が野に山に響き渡る。
「盗人とは心外だな。相手の親の承諾は得ているし、私の子を為したならば家格はぐんと上がる。むしろ、功徳を施しているというものだ」
兄が武者に答える。
「戯れで彼女を奪い取ろうなど、例え誰が許そうとも、どのような理屈をつけようとも、私が指一本触れさせるものか!」
「聞き分けのないことを言う。恋だの愛だのにうつつを抜かして、家の興隆を妨げるか? 一角の家の人間がすることではないな」
二人の問答がしばし続く。武者の切々たる想いの丈と、兄の世慣れた諦観とが、交わることのない平行線を辿っていく。
「‥‥あなた様には‥‥心から一人だけ特別な‥‥この人しかいない、と想える者がいないのかしら?」
それまで沈黙を通してきた朱蘭華(ea8806)が、唐突に兄に対して質問を発した。
「‥‥あなた様の言葉を聞いていると‥‥まるで恋をする気持ちを必死に否定しているよう‥‥」
蘭華の言葉に、兄はその顔をまじまじと見つめる。
問答が止み、沈黙が場を包み込む。
「はぁっ!」
沈黙を破ったのは、武者の掛け声であった。乗馬の腹を蹴り、長巻を構えて突撃してくる。
だが、八人の冒険者の壁は分厚い。数合、刃を打ち合わせるものの、多勢に無勢ではどうにもならない。
武者は馬首を返して遁走する。
「彼の者はわしらに任せるのぢゃ。おぬし等は先に行くがよい」
郭培徳(ea7666)と佐新が武者を追って駆け出す。
「伏兵に気をつけてな」
レナードが声をかけて二人を送る。
そして、一行は再び歩みだす。
「女‥‥」
兄が蘭華に声をかける。
「‥‥仮にそんな相手が私に出来たとして‥‥それは空しく、恐ろしく悲しいことだ‥‥。惚れた腫れたで添い遂げる相手を選ぶ自由は私にはない‥‥」
漏れ出てきた兄の本音に、しかし蘭華は答えない。
『気持ちはわかりますけど、それなら、なぜ相手の娘やあの武者の気持ちを慮ることができないのでしょう?』
リュドミーラはそう思う。
だが、兄の口からそのような感傷を引き出せただけでも、武者の恋人を想う一途な気持ちを聞かせるという作戦は成功と言えるであろうか。
相手の娘の家に到着する辺りで、佐新が一行に再合流した。
「彼は腹を切って果てた。倍徳が遺体を埋葬してくれている。率いる郎党も、伏兵もいなかったのは家と縁を切っていたからのようだ。文字通り、すべてを捨ててもいい覚悟の恋だったんだな」
「‥‥そうか。ご苦労だった。後であの者の家には見舞いの品を送るよう申し付けておこう」
兄はそれでもなお、娘のもとへ行くのを止める気はないようだ。
娘の家族に迎えられて、兄は娘の寝所へと向かった。
娘は薄暗い寝所の奥に蹲っている。兄は甘い言葉を囁きながら、娘に近寄ってく。
屋外には月影があるが、その輝きはこの寝所の奥までは届かない。自然、兄は手探りで娘を探ることになる。
くせっ毛ではあるが、たっぷりと豊かな髪の毛。だが、どうにも顔の位置が探りきれない。
「顔を隠せるように伸びているのです‥‥ぢゃ」
娘の体つきはゴツゴツとした筋肉質である。
「お恥ずかしいですわ‥‥ぢゃ。東国の武家の娘如き、都の手弱女と比べられては太刀打ちなどできません‥‥のぢゃ」
「なんと奥ゆかしい女子だ。案ずることはない、お前のような心根のよい娘が醜いはずがあろうか。もっとよく顔を見せておくれ」
「ああ、いけませぬ‥‥のぢゃ。本当は、今のわたしの姿は‥‥死んだ恋人の怨霊によって‥‥」
「‥‥何?」
兄の背筋に冷たいものが走る。なぜ、恋人が自害したことを娘が知っているのか?
「怨霊によって、この様な姿になってしまったのぢゃー!」
地声で叫ぶのと同時に隠していた灯りを手元に引き寄せて、照らし出されたのは『可憐な娘』ではなく、『華麗なるひげもじゃ』培徳である。
本物の娘は今頃、恋人と互いの無事を喜び合っている頃であろう。
「うわわあぁぁ!!」
それに引き比べて兄は悲惨である。
逃げ出そうしたが、寝所の戸は外から冒険者達ががっちりと押さえていた。
「開けろ! 開けてくれぇ!」
必死になっている兄の力に戸を開けられそうになったのは継海である。
それを聖がフォローする。
「むぅ、君よりも体力がない‥‥という事実には‥‥へこむな‥‥」
「あはは、そりゃあ僕の見てくれが幾ら女の子みたいでも‥‥」
兄は他の戸にも駆け寄る、が‥‥
「郭‥‥身体張って‥‥勇ましいね」
「同情はするが‥‥まあ、自業自得だな」
「郭様、いい仕事ぶりです!」
「わしは最後までしても構わぬのぢゃ」
逃れ難い寝所の中でのた打ち回っていたのは、はたしてどれほどの時間であったのだろうか? 少なくとも、兄にとっては恐ろしく長い長い永劫に続くかと思われる時間であった。
一筋の蜘蛛の糸が垂らされる。
「ワタシ‥‥オカネ‥‥ホシイ‥‥」
「出す! 出すから助けてくれ!」
ジャパン語を話せないグロリアのたどたどしい単語の羅列に、兄は最後の救いの希望を託した。
「‥‥朝焼け?」
兄が一瞬、そう錯覚したのは、月影に照らされて輝く、グロリアの真っ赤な髪の色であった。
「‥‥コイ‥‥」
戸を開け放ったグロリアは兄を外に連れ出した。
だが、すでに懲罰は十分と考えたのであろう。他の冒険者達はあえてそれを追う事もなかった。
だが‥‥、
「ああ、小憎たらしい明け烏も、今夜はどれだけ待ち焦がれたか。お前の朝焼け色の髪を見た時、どんなにか私が救われたか‥‥。そう、お前は『明け烏の君』だ」
一息ついた兄が、グロリアの手を握り締め、そんなことを言う。
「?? カネ‥‥ヨコセ‥‥」
だが、グロリアには回りくどいジャパン語は理解できなかった。彼女が欲しているのはお金だ。
蘭華はことの経緯を依頼人にこう報告した。
「あなたの兄君の女誑しは‥‥兄君にとってすべてを投げ打つ覚悟を持てるほどの女性が現れないと治すのは難しいわね。あの心の渇きが癒えない限りは‥‥」
言葉を飾ってみたが、とどのつまり、兄はあまり懲りていないのであった。