【上州騒乱】秋空の猟犬
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■ショートシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:4〜8lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 32 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月22日〜11月01日
リプレイ公開日:2006年10月31日
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●オープニング
「長尾景春が欧州の魔術師数人を招聘したらしい。我ら日本の武士は正直なところ、西洋の魔術を交えた戦というものの経験に乏しい。そこで我らも冒険者に応援を要請したいのだ」
冒険者ギルドを訪れた畠山荘司次郎重忠はそう申し入れた。
「那須勢が沼田に攻め入った際も、冒険者の魔術師がたいそう活躍したという。景春めが雇った魔術師、大方冒険者崩れであろうが、敵にそういった者がいるのは源徳勢にとって大きな脅威だ」
ジャパンでは精霊魔法は神皇家の独占技術である。神皇家に仕える志士や欧州の魔術師の数が増えているとはいえ、これらを交えた合戦というものに多くの武士は慣れていないという現実がある。
その中で欧州の魔術師を招聘したという景春の戦略は大胆というべきであろう。
「さしあたり、その魔術師の排除を冒険者に要請したい。冒険者ギルドを介さずに騒乱の火種となっている長尾勢に与するような欧州人の数、そう多くはあるまい。なれば、招聘された魔術師達さえ排除すれば、当面の危機は去る」
長尾勢に招聘された魔術師の排除。それが冒険者達に依頼された任務である。
だが、その出発の準備が進められる中、江戸に急報が飛び込む。
「鉢形の長尾勢、熊谷郷に向けて出陣」
「‥‥中山道も封鎖せんと言う目論見か」
庄司次郎はじめ、源徳家の武士達は苦い顔を隠せなかった。
神聖暦1000年8月の新田・真田の反乱に端を発した上州の騒乱は、やがて上州全域を巻き込み、関東全域に少なからず波紋を投げかけ続けている。
とりわけ上州上杉氏の家臣であった長尾四郎左景春によって、上州の騒乱を持ち込まれた北武蔵にいたっては上州並みの騒乱状態に陥っていた。
一度は源徳家との和平が成立した鉢形城の長尾景春であったが、上州上杉氏の家宰であった長尾忠景の挙兵をきっかけに、再び交戦状態に入った。景春のもとには本来なら源徳家の家臣であるはずの武蔵武士も馳せ参じて、収集の付かない騒乱状態が発生したのである。
景春に助勢する武蔵武士の多くは、庶子にあたる者達で新興の長尾景春を担いで、新たな自分達の勢力を起こそうと野望するのであった。
さすがに江戸にいる源徳家直参の家臣達の結束を緩んではいないが、北武蔵諸将はそれぞれが小なりとはいえ、一個の独立した領主達である。揺れ動く情勢に家門を残すにはどうするべきかと悩み始めている時期であった。
そんな中、行方がわからずにいた上州上杉氏の憲政が、越後上杉氏の謙信を頼り、越後へ逃れていたことが判明する。源徳嫌いの謙信はそれまで上州情勢を静観していたが、同族である憲政の説得についに重い腰を上げた。
「越後勢、新田征伐の為に出陣」
上杉謙信は三国峠を越えて、支城・砦を難なく落とし、上州北部の要衝である沼田城へと迫る。
源徳家にしても、これは上州征伐の好機である。また、戦後の利権問題を考えれば、上州征伐の手柄を上杉氏に独占された場合、上杉氏の発言力が一方的に増大することになる。源徳・上杉連合軍という体裁を持って上州征伐を成し遂げる。これが妥当な戦略であろう。それすら、上杉家の発言力増大が危惧される状況である。
だが、源徳軍が上州へ向かうには大きな障害が存在していた。北武蔵に勢力を整えつつある鉢形城の長尾景春である。鉢形は交通の要所であり、鎌倉方面からの上州へ向かう街道、江戸から川越を経て上州へ向かう街道、この二つの合流点近くなのである。景春は一方で源徳家の上州征伐を妨害し、一方で謙信に上州征伐に協力する旨を伝えている。景春は北武蔵から南上州にかけて自分の勢力を築かんとしているのである。
源徳家の主力であれば、長尾勢の封鎖線を破ることは不可能でないが、そこに生じる犠牲と時間は如何ともし難い。
源徳軍に残される進路は中山道である。
中山道のうち、熊谷郷の辺りでは源徳家に忠を尽くす熊谷蓮生直実が、長尾勢に味方するその叔父の久下直光、どちらに付くのか動きを見せていない斉藤実盛らの武将がいる。
彼らの戦いは中山道の通行権を巡る源徳勢と長尾勢の戦いでもあるのだ。
「熊谷殿の屋敷が落ちれば、源徳軍が上州へ向かうのに大きな障りとなる。強行突破にせよ、迂回にせよ、だ。これより、熊谷殿の救援に向かう」
畠山荘司次郎を総大将とした救援部隊が急遽編成される運びとなった。北武蔵に早馬が出され、河越氏、比企氏なども増援に加わるという。
鉢形城から出陣した兵力はそう多くはなく、久下氏の兵力と併せても源徳勢が優位であると思われる。だが、それだけに魔術師の存在が気にかかる。
「兵力の少なさは、魔術師の特性を表していよう。多数の敵を同時に倒すような魔法の使い手‥‥あるいは熊谷館を容易に陥落せしめるものか‥‥」
それを防げるか否か、冒険者の働き如何で戦況が左右される可能性もあるのであった。
長尾軍という刀槍の林の中から獲物である魔術師達を猟犬のように見つけ出せ。
●リプレイ本文
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「今だ! 鬨の声をあげろ! 前進」
加賀美祐基(eb5402)の号令のもと、その配下として預けられた足軽隊が鬨の声をあげて死角となっていた小さな雑木林の陰から姿を見せる。足軽隊は手に手に炎を纏う槍を持っている。
「‥‥て、敵の妖術使いだぁッ!」
「炎の槍‥‥昨夜のやつだ!」
それを見た長尾軍の一角が動揺する。
祐基の使った魔法によって炎を纏った槍の数々、その威容によるものであろうが、実際には張子の虎である。持続時間が短いことから、森の陰に隠れて長尾軍の接近のギリギリまで引き付け、効率よく魔法を付与して、ようやくそのように見せている。実際には本格的に戦闘を開始するまで持続しないであろう。
「あは、昨日の俺の一当てが効いてるのかな?」
緋宇美桜(eb3064)はじっと身を隠しながら、そう呟いた。彼女は戦場の様子全体を窺い続けている。
昨夜の一当てとは、桜による単独での夜襲のことであった。
忍びの者である桜は夜陰に紛れて、火遁の術による攻撃を仕掛けている。源徳軍にも魔法使いがいると印象付ける為であった。祐基の提案で事前に熊谷館には魔術師風の扮装をさせた兵士を置いている。祐基が使った魔法も炎であることから、長尾勢は源徳軍の魔術師の存在を確信する。
これによって長尾勢の、自軍に魔術師がいる、という自信は薄らいでいる。
「うろたえるでない! 距離をとり、弓と礫で牽制しろ! 無理に相手をする必要ないぞ!」
長尾軍の大将である金子掃助が兵をなだめる。すると動揺は残っているものの、長尾軍はその指揮に従う。統率の取れた様子はさすがに勇将と讃えられる掃助の配下であるといえた。
「こちらには仕掛けてこないんだ。なら、それを利用させてもらうよ」
祐基は自分の部隊を指揮して、敵を威嚇して追い立てる。矢と礫が浴びせかけられるが、畠山荘司次郎から預けられた足軽達に怖じる様子はない。
「さすがは畠山さんの精兵だ。いくぞぉ!」
祐基に預けられた兵達は畠山勢の中の精兵である。
「囮なればこそ、弱卒であっては務まらぬ。囮とは虚を実と見せることだ。その為には相当の説得力が必要だ。捨て駒にするというのなら別だが‥‥そうではあるまい?」
それが祐基に兵を預けた荘司次郎の言葉である。
「そうさ、生きて役目を為すんだ! お前らは捨て駒じゃねぇぞ! それを心に刻め」
青黒い刀身を持つ刀を振りかざして祐基は戦闘に立った。
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祐基の隊に追い立てられるような形で、長尾軍は源徳軍の比企勢に横腹を晒す。
「それ! 横槍を入れよ!」
比企藤四郎の号令のもと、比企勢が長尾軍に突入する。
「左翼! 槍を構えなおし、踏み止まれ!」
「あまいぞ、こちらは勢いで押し切れる!」
足を止めて槍を構え直そうとする長尾軍に、勢いよく突進する比企勢。藤四郎が勝利を確信したその時である。
比企隊の先鋒の一角が爆炎に包まれた。数人の足軽が火だるまになって転げ回る。思わず、たたらを踏む比企勢に長尾軍の逆襲が迫る。
「一人目、みつけた!」
戦を遠くから見渡していた桜は、魔法が発動する瞬間に術者から発せられる光を見つけた。遠目には兵士達に紛れていたのは、敵が念入りに偽装を凝らした証拠であろう。
「敵もよく工夫してるね。みんな、魔法使いの相手は俺達に任せて!」
桜は放たれた矢のように飛び出す。忍術で強化された脚力で、力強く大地を踏みしめ、そして蹴る。一歩ごとに左右の景色が後方に流れ去り、視界の中央の景色が大きくなっていく。
「固まりすぎるな! 集団になると狙われるぞ! くっ!」
シンハ・アルティノ(eb4922)が比企勢の足軽達に注意を促したところで、第二の爆発が起きる。
「退く時はバラバラに! 戦うのなら、怯むことなく敵との間合いを詰めろ! ‥‥ああ、わかんなくなった‥‥!」
シンハは呼びかけながらも、敵陣に向けて突進する。だが、その途中で目標とすべき魔術師を見失ってしまう。人の顔を覚えるのが苦手なうえに、味方に気を配っていたこと、敵が偽装していることなどが重なった。
「シンハさん、俺が道を示すよ!」
人の顔を覚えるのが苦手でも、元来シンハは目がよい。桜の手に握られた特徴的な手裏剣を目に焼き付ける。
「てやぁっ!」
桜が投げ打った手裏剣は風を切って一人の足軽の姿をした男に突き立った。
「命中!」
「もう、のがさん!」
シンハは手裏剣を受けたことで、怪我を負った足軽を見定めた。
「勇敢な冒険者を見捨てること、まかりならん! 前へ出よ! 冒険者に手柄を独り占めさせてはならんぞ!」
比企藤四郎が将兵に呼びかけ、自身も馬の腹を蹴った。その時には祐基隊も長尾軍に迫っている。
それがシンハの為の道筋を開いた。
「受けよ! 我が獅子の牙を!!」
護衛の兵士の繰り出す槍を山羊を模った盾で払いのけ、ただ一筋に魔術師を目指す。桜もシンハに迫る敵を手裏剣で牽制して、突撃を助ける。
「ひいっ!!」
自分にむけてまっすぐ迫ってくる冒険者の出現に、おののきの声をあげた魔術師は呪文を唱え始める。
「間に合え‥‥っ!」
言いながらも、魔法による攻撃を即座に覚悟しているシンハ。そのまま突撃を続ける。だが、慌てふためいていた為であろうか? 魔術師の魔法は不発に終わる。
「おおおおっ!!」
シンハの渾身の一撃が、不恰好に顔を覆った魔術師の腕を蹴り砕いていた。
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比企勢と祐基隊が長尾軍を攻め立てているところへ、源徳軍の主力である畠山勢が駆けつける。両脇に山鬼を引き連れた畠山荘司次郎の姿は味方を鼓舞するものであった。
だが、長尾軍に助勢する久下直光の軍勢も同時に駆けつける。その為、一時的に長尾軍に対する攻め手が弱まった。その感激をついて、金子掃助は兵を返して熊谷館へと転進する。その用兵は見事であり、瞬く間の出来事であった。
久下勢のほうでも、しばし遅れはしたが掃助の意図を察して、源徳軍の追撃を阻むように立ち回る。
「野戦で魔法はほとんど使われていない。残る使いどころは‥‥城攻めか?」
天堂蒼紫(eb5401)は疾風となって大地を走っていた。不要な装備は一切もたず、わずかに忍び装束と頭巾のみを身につけている。非常に身軽であるところに、忍術によって脚力を増しているのだ。この速度であれば、長尾軍を追い抜いて熊谷館に先回りすることも出来る。
熊谷館で待機している飛麗華(eb2545)と合流すれば、城を攻めてくる魔術師を撃退することも出来るはずだ。麗華が熊谷館にいたのは、やはり魔術師対策の一環である。野戦で迎え撃ち、速やかに排除することがもっとも望ましかったが、相手は魔術師である。どのような虚をつかれるかわからない。それで冒険者として魔法が比較的に身近である麗華が残ったのである。
「敵がきたぞぉ!」
「こちらにも着ましたか。まだ、あちらの戦いが終わっていないようですから‥‥この館を短い時間で落す手段があるということ‥‥」
熊谷館で矢倉の上の兵士が叫ぶ。麗華はいよいよ自分の出番がやってきたと金属拳を握りこんだ。
敵勢に先駆けて、蒼紫が熊谷館に到着したことで麗華は安心する。残念ながら取り立てて優れた視力などを持ち合わせていない麗華にとって、蒼紫は優れた水先案内人となるはずであるからだ。
「蒼紫さん、よろしくお願いします」
「任せろ、俺が目となり、耳となろう」
「なら、私は拳ですね」
武道家としての自信の現れである麗華の笑みは、しかし上品で落ち着きのあるものであった。
熊谷館での攻防が始まる。押し寄せる敵が門を破壊しようと接近してくる。垣盾を抱え上げて頭上からの攻撃に備えている。矢と礫の雨、ちらほらと闘気の弾などが混じる猛烈な攻撃を潜り抜けてくる。だが、そんな中で館の門を打ち壊すのは至難の業である。
「だからこそ、敵の魔術師はここに来るはずだ」
蒼紫も麗華も必死に目を凝らして敵兵の中にいる魔術師を探す。
「‥‥いたぞ!」
「どこですか?」
蒼紫が指し示した先、垣盾を抱え上げた足軽に護られている一人の兵士がいた。何かの拍子に被り物を落したのであろう。それまで目につかなかった金色の髪の毛が陽光に煌いていた。
「敵の魔術師を見つけました! 突撃するので援護をお願いします!」
「任されよ!!」
矢をつがえていた武士が麗華の声に応じる。
そして、麗華と蒼紫の二人は館の塀の上から敵の中へと飛び降りる。二人とも身の軽さは折り紙つきである。
二人は拳と脚を奮って敵を散らして、魔術師目掛けて突進する。その道筋を熊谷館の武士達が援護する。矢に怯んだ敵が退いたことで二人は順調に魔術師に近づいていく。
「敵はまだ前にいますか?」
「いる! このまま敵を突き抜ける!」
視界が低くなったことで麗華からは魔術師が見えなくなる。だが、蒼紫の鋭い眼光は人の壁の向こう側にいる魔術師を捉え続けている。
だが、その時、魔術師の魔法が完成する。魔術師の身体が茶色い光に包まれる。
館の門周辺の重力が逆転した。その上で防戦していた武士、門の裏側で門を押さえていた足軽、そして門にかけられた閂が、すべて上空に向かって落ちていく。
「だが、二発目は打たせん!」
再び地上に向けて落下してきた閂が元の場所に戻り、その勢いのままに門に取り付けられた金具を破壊する派手な音を背に受けてなお、蒼紫は足を止めない。今は魔術師の排除が優先事項であり、慌てて引き返すべきではなかった。
だが、熊谷館は一時的に混乱しているのであろう。援護の攻撃が弱まっている。魔術師までもう一息であるのに、その手前の一隊を抜けることが出来ない。
「蒼紫さん!! 私を‥‥っ!」
麗華は目にもとまらぬ蹴りを繰り出して、蒼紫の前の敵を蹴散らし、蒼紫の前でその背を屈めた。
「任された!」
蒼紫は麗華の意図を察知すると、助走をつけて跳ぶ。
蒼紫の足が麗華の背を踏みしめ、さらなる高みへと跳び上がる。
忍術の力も借りたその大跳躍の行き着く先は‥‥敵の魔術師のもとであった。
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その後、久下隊を追い散らした畠山勢が熊谷館に追いつく頃には、長尾軍は撤退を始めていた。魔術師を失ったことで、それ以上の損耗を厭うたのであろう。
戦闘そのものは痛み分けであったが、戦略的には中山道を確保した源徳軍の勝利と言えるであろう。