女人の闇森人と婚せられ、‥‥‥‥し縁
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:恋思川幹
対応レベル:1〜3lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 1 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月16日〜12月24日
リプレイ公開日:2004年12月24日
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●オープニング
「お願いです! 私の子どもを助けて下さい!」
息も絶え絶えに江戸の冒険者ギルドに駆け込んできたエルフの男は、堪能なジャパン語で叫んだ。
見れば、金髪碧眼のエルフであるが、萎烏帽子を被りて筒袖の衣を着、括袴に脚絆と草鞋、という姿である。端々の挙動にも和装を着慣れた風が感じられ、なるほどジャパンにやってきてそれなりに長いのでは、と見てとれた。
「勾引かしですか? それとも、魔物の巣穴にでも入り込んでしまいましたか? とにかく、詳しいお話を聞かせて下さい」
ギルドの手代はとにかくエルフの男を落ち着かせる。
「す、すみません。そうでしたね‥‥順を追ってお話します」
自分が取り乱していたことに気づいて、エルフの男は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「‥‥私は五年程前にイギリスから月道を通ってやってきたレンジャーで、冒険者でした。三年前に怪物退治の依頼で訪れた山奥の村の長者の一人娘と‥‥その‥‥」
ポツリポツリ‥‥といった具合に話し始める。
「‥‥恋に落ちました‥‥。理由は‥‥今でもわかりません」
ただ、出会った瞬間に電撃の魔法を浴びたような衝撃が走った‥‥と言う。これは後で知ることになるのだが、相手の娘も同様であったというのだ。
そのような恋の前に、世間的な分別や妥協が入るはずがあろうか?
「無論、最初は周囲から大いに反対されました」
いや、あるまい。外国人であること、エルフと人間であること、そんな細々(こまごま)とした一切はエルフの男の頭から綺麗に消え去っていた。
エルフの男と娘は周囲の反対にもめげず、粘り強く娘の父親である長者を説得し続けたのである。その内容は形振り構わない一途なもので、数ヶ月後に及んだ結果、ついに長者も折れた。
「『異人』を婿に迎えるわけには‥‥と思っていたが、お前達の情熱にはほとほと参った。婿殿、娘とこの家をよろしく頼むぞ」
と言って、ついに二人の仲を認めたのである。
「それからの私達は本当に幸せでした。妻とは愛しあっていましたし、義父や義母との仲も良好でした。レンジャーとして培ってきた知識を村の人々に教え、村そのものも活気付かせることもしてきました」
この恋物語が、そのまま「めでたしめでたし」で終わっていれば、このエルフの男はこの場にはいないだろうとギルドの手代は思った。ただの誘拐や迷子なら、わざわざ詳しい事情を話し込む理由がない。
「やがて‥‥妻が身篭りました」
『禁忌の子』
その単語が手代の頭に思い浮かぶ。本来、子を為すことのないはずの異種族間の婚姻で子どもが生まれる。
西洋では、人間とエルフの間にのみ、ハーフエルフと呼ばれる混血種が生まれることが知られている。ジャパンではエルフがいなかった為、実際に禁忌の子が生まれることはあまり知られていないが、それでも異種族婚は古の時代から禁忌とされている。
余談であるが、この場合の異種族婚は、神話や伝説における異類婚(カミや動物との婚姻)とはわけて考えられている。
「最初は義父や義母、村の人々も妻が子を宿したことを祝福してくれました。しかし‥‥」
長者は娘の安産を祈願する為、近隣で名の通った高僧を招いて、加持祈祷を行うことにした。
「そこからすべてが狂い始めました。いえ、最初から狂っていたのかもしれません。ただ、それが発覚したのは間違いなく、その時でしょう」
やってきた高僧が、エルフの男を見て、一言言ったのである。
「エルフがこんなところに住んでいるとは珍しいな」
長者がエルフとは何かを尋ねると『異種族』であると答える。
「ほれ、耳が尖っているであろう?」
「あれは『異人』の目が青かったり、髪が金色だったりするのと同じことではないのございましょうか?」
「異国の『人間』には、目が青く髪が金色に輝く者もいるが、耳が長く尖っている『人間』はおらぬ。あれは『異種族』の特徴だ。小人族の耳が尖っておるのと同じだな」
「な、なんと恐ろしいことだ! では、私の娘は異種族との混血を身篭ったというのか!?」
そう、長者は大きな勘違いをしていたのである。
「義父は私を異種族と知っていて、その上で一度は結婚に反対し、そして許してくれたのだと‥‥そう思っていました。けれど、義父は私を異国の『人間』だと勘違いしていたのです。‥‥思えば、まだあの頃はジャパン語に堪能とは言い難かったです」
外国人との結婚に反対していたのは、慣れない存在に対する躊躇だけが原因であったから、長者も最終的には二人の仲を許したのである。
だが、異種族婚は違う。はるか古よりの明確に禁忌とされてきた事柄である。男がエルフという異種族であることを知り、大いに怒り、そして大いに畏れた。まして、自分の娘が異種族の子を腹に宿しているのである。
長者はエルフの男と娘は離縁させ、生まれてくる子どもは殺すとまで言い切った。
「お願いです。どうか、生まれてくる私の子を助けて下さい!」
エルフの男はギルドの手代に縋りつかんばかりの勢いで懇願したのである。
夫が異種族であったということは衝撃的な事実ではあったが、娘に後悔はなかった。
「わたしは来世でも、あの方を夫としたいと思います。異種族と結ばれ子を身篭った報いを受けて、来世で畜生の類に生まれ変わろうとも‥‥です」
毅然と迷いのない娘の姿は、親である長者とその妻にはかえって嘆かわしいものであった。
「きっと娘には前世に悪い因縁があったに違いない。だから、あのように恐ろしいことを平気で言えるのだ‥‥かくなる上は御仏の慈悲にお縋りする他あるまい」
長者とその妻は財産と土地をすべて投げ打って、寺の建立を開始した。
娘の前世からの悪い因縁を少しででも軽減したいという一心である。
自らも出家して、暖衣飽食を断ち、建立中の寺の中、粗末な衣服だけを着て、ひたすら経を読む日々を続けていた。
ただ娘を思う一途な親の姿だけが、存在していた。
●リプレイ本文
●救出作戦
「依頼人の奥さんがいると思われるのは‥‥ここと・…ここ‥‥それにこの建物ですね」
冴刃歌響(ea6872)は書き上げた見取り図に印をつけていく。
「寺の皆さんは長者さんが赤ん坊を殺そうってのは知らないみたいですねー。さすがに大っぴらには出来ないのか、旦那さんに言ったのはただの言葉の行き過ぎだったですかねー?」
柊彬(ea9488)は聞き出した情報を伝える。
忍者である二人が先行して偵察を行った成果である。歌響としてはもっと時間をかけたかったところであるが、あまり切羽詰ると母子の体への影響が強くなると判断された為、その時間は大きく削減された。結果、母子のいる建物は絞り込め切れていない。
「後は実際に潜入した際に確認するしかないですね。潜入は黎明。徹夜の見張りが必要な対象はそう多くはないでしょう」
歌響の提案で潜入のタイミングは決まった。
「そろそろ行こうか」
白翼寺涼哉(ea9502)が、ほんのり明るくなってきた山の稜線を眺めた。
薄暗い中を建立の寺へ向かう。
二人のハーフエルフは恐ろしく軽装であった。
「俺は忍び足も便利な魔法も持っていないからな、せめて重い装備でノロノロしないようにってな。それに奥さんを担ぎ出すのに余計な荷物は邪魔だろう?」
剣も鎧も身につけていないセルジュ・リアンクール(ea9328)はそう理由付ける。
レイン・フィルファニア(ea8878)も似たようなものである。
だからと言って、保存食も用意していなかったのは些か準備不足の感は否めない。幸いジャパンでは、ハーフエルフそのものに対する認知度が低い為、食料を売ってもらえない等の迫害の事例は稀である。依頼人が出してくれたこともあり、その都度の食事に困ることはなかった。
だが、混血種に対する忌避は厳然と存在する。
「はぁ‥‥、禁忌の子か‥‥。まあロシア以外じゃそんなものだってわかっているけど‥‥やっぱりいい気はしないわね、自分否定されてる感じで。この国じゃ、あんまり意識してなかったし・・‥」
ハーフエルフが知られていないからこそ、逆にその事が明るみになった時、未知への恐怖と相まって、今回の件のような激しい拒否反応になることもしばしばなのである。
寺の警備はそう厳重なものではない‥‥というより、まったくの無警戒であると言ってもよかった。
もともと、『敵』の存在を想定としているはずもない。僧兵などが詰めているのは「日常の用心」の域を超えるものではない。
ただ、一箇所を除いて。
「この時間でも見張りがいるのは、あの一箇所のようですね。間違いなく奥さんはあそこでしょう」
昼間のうちは絞り込みきれなかった母子のいる建物であったが、歌響の絞り込んだ候補のうちの一つ、寝ずの番と思われる僧兵が二人、立っていた。
「じゃあ、位置につきましょ」
レインの呼びかけで冒険者達は散開する。
「ん? 何者だ!」
突如、現れた涼哉の姿を見て、僧兵達は誰何する。
「寺に帰りな。腹の中にいるのは『人間』じゃないかもしれんが、救済すべき『人』であることに変わりはない。ココで母子を見殺しにしたら菩薩の戒律を破る事になるぞ」
伏し目がちに相手を見つめながら、答えるより先に痛烈な言葉を吐きかける。
「‥‥はぁっ? 何の話だ?」
「妙な言いがかりをつけて、何をしようと言うか!」
彬の報告にあったように、彼らは長者の思惑を知らないようだ。いきなり訳のわからない痛烈な言葉を浴びせられた理不尽に、強い憤りを覚える。
「まぁ一から修業のやり直しって所だな」
僧兵達の憤りを見て、涼哉はもう一度侮蔑の言葉を吐くと、背中を向けて歩き出す。
僧兵達は涼哉のふてぶてしい態度に戸惑いを隠せない。かといって見過ごすことも出来ずに武器を構えて距離をとって後を追う。二人とも持ち場を離れてしまったのは得体の知れない相手に対する恐怖であろう。
「きたわね」
工事現場の梯子を使って建てかけの建物の上で待ち構えていたレインは、涼哉と僧兵の姿を確認すると、精霊に向かって呼びかける。
レインの体を青い光が包み込むとともに、僧兵二人を深い霧が包み込む。
「な、なんだ!? この霧は?」
レインは建物の上を移動して、さらにミストフィールドを唱えて、霧の範囲を広げていく。
「あはは、それそれ〜♪ ‥‥あれ?」
呼子の音が霧の中から鳴り響いた。僧兵達が異変を知らせる為に吹いているのだろう。
「だけど、それは好都合だね」
母子の閉じ込められた建物から、この場所は遠い。さらに応援に駆けつけた者達がうっかり霧に迷い込めば一石二鳥である。
そして、すでに母子のもとへは、セルジュと歌響がたどり着いている。
「どなたです?」
外の騒ぎを目を覚ましていた依頼人の妻は、戸板を外して入ってきた二人の姿に身を強張らせる。
「安心してくれ。俺達はあんたの旦那に頼まれてきた者だ」
セルジュは優しく声をかけて、妻の緊張をほぐそうとする。
「これを旦那さんから託されました。どうか、信じてください。悪いようにはしませんから」
歌響が差し出したのは依頼人からの手紙であった。
「‥‥あぁ‥‥やはり、あの人は着てくれたのですね‥‥わかりました。どうかよろしくお願いします」
見慣れた筆跡を見て、安堵の声を洩らす妻。
「中身は確認しないのか?」
「私はあの人を信じていますから」
セルジュの問いに、妻は即答した。筆跡が確認できただけで十分だというのだろう。
(俺の両親もこれほど深い信頼があったから、俺を産み育ててくれたのだろうか?)
「さ、行きましょう。こんなもので申し訳ないのですが」
歌響が外した戸板へ妻をのせる。妊婦の負担にならないような姿勢をとらせる。
『陽だまりの料理人』と呼ばれる彼は、料理以外の家事にも多少の心得があった。今はまだ、妊娠や出産もそういった家事の一部として存在している。
歌響とセルジュは二人で戸板を持ち上げ、涼哉とレインが起こしている騒ぎを避けるようにして、寺を抜け出すことに成功したのである。
●問答
「なるほどな、わしの娘をさらったのは、お前の差し金だったか」
落ち窪んだ瞳でぎょろりと依頼人と冒険者達を睨みつけた長者の様子は凄絶であった。
「お義父さん‥‥今また、話し合う機会をいただき‥‥」
「娘が人質に取られているのだ! 止むをえまい。それより臨月の妊婦だぞ。人質にしたなりに問題はないようにしているのだろうな?」
依頼人が切り出した言葉を、長者は怒気を孕んだ言葉で遮った。
「その辺は心得のある人が二人いますから、概ね大丈夫かなぁ。けど、人質なんて人聞きが悪いですねぇ。僕らはあなたの“お孫さん”を保護しているだけですよー」
明るい調子で反論したのは彬である。
「孫などと言うな! 異種族婚は禁忌! 何が生まれてくるかわからんものを!」
「わからないことはありません。わたくしとこちらのステラさんがハーフエルフです」
「‥‥ハーフエルフ?」
ルゥナー・ニエーバ(ea8846)の口にした単語に長者が反応した。
「あなたのお孫さんと同じく、人間とエルフの間に生まれた存在です。少なくとも、オーガ‥‥こちらで言う鬼のような神に祝福されなかった存在ではありません。それはご覧になればわかりますでしょう?」
ジーザス教がハーフエルフに対して公式見解を出すことを避けているのも事実であったが、ルゥナーはその事には触れない。
「何より、わたくしは神聖騎士。神の御業を借りることができます。あなたの、このあかぎれた手も‥‥」
ルゥナーは、荒行によるものであろうか、長者のあかぎれだらけの手をそっと握る。
ルゥナーの体が白く淡く輝き、ついで長者の体が温かな光に包まれて、あかぎれが見る間に癒えていく。
「わたくしやお孫さんが禁忌の子であるというなら、何故わたくしは神聖魔法を使えるのでしょうか?」
「‥‥異国の神のことなど知らぬ。ここは日本だ」
長者はにべもない。
「あの‥‥私ごときが、話しかける非礼をお許し下さい」
ステラ・シアフィールド(ea9191)は極めて腰の低い態度で、長者に声をかける。
「例え禁忌の子としても、生まれ出命に罪などありません。ましてやそれが貴方の娘様の生む子供なればなおさらでしょう」
「ですよねぇ、生まれてたての子どもは何者も純粋無垢ですよ。どんな御子に育つかは、あなたも含めた回りの人達次第ですよね。もっともお爺様のあなたに毛嫌いされていたんじゃ、素直ないい子になるかはわかりませんねぇ」
ステラと彬は、生まれたての赤ん坊は、罪のない純粋無垢な状態である、という考え方を強調する。
「生きとし生けるもの全ては輪廻転生という魂の連鎖の中にある。前世の報いを現世で受ける。現世の報いを来世で受ける。生まれながらにして因縁から脱却している者などいようものか」
だが、長者の持つ世界観と冒険者の世界観には隔たりがありすぎる。
「混血種に生まれてくる以上、前世の業も相当に深かったに違いあるまい。どうして、純粋無垢といえようか? わしの娘も同様だ。前世の報いであればこそ、知らぬ間にこのような事態になってしまった」
このような宗教論争になっては話し合いにもならない。
「‥‥この寺は娘様の為に立てているそうですね。先ほど、娘様が妊婦であることを気にもかけておられましたし‥‥。本当はお孫様のことも‥‥気にかけていらっしゃるのでは?」
それでも、ステラは諦めきれないという風に言葉を継ぐ。
「赤子は産んでしまうほうが母体への影響は少ない。その為の心配にすぎん!」
だが、長者の意図は非情であった。
「殺生するべからず!」
話し合いの行き詰まりから沈黙が訪れようとしていた場に、声が響きわたった。
「母体の危機に水子を見捨てるのを、その子の前世の因縁の結果と認めたとしても、すでに生まれた子どもを、周囲の身勝手な理由で殺める事は罪と知れ!」
マケドニア・マクスウェル(ea1317)である。
「如何なる者も仏の前に区別なく、皆悟りの道を求むる事が出来る! それはこちらのお方も認めている!」
マケドニアの背後から一人の僧が入ってくる。
事件の発端となった高僧である。
「私もまだまだ未熟。不用意な発言でこのような事態を引き起こしてしまうとは。すまなかった」
高僧は素直に頭を下げる。
「そこで提案であるが、生まれくる子どもは仏門に帰依させてはどうだろうか?」
マケドニアが提案する。
「それでは親子が離れ離れになってしまいます!」
ステラがマケドニアの提案に反対する。
「だが、ハーフエルフが俗世で生きていくのは並みのことではない。違うか? 今回の一事をとってもそうだ」
「それは‥‥」
なによりステラ自身が知っていることである。
「世慣れた諦観と非難したくばすればよい。だが、宗教とは生き方の指針、道を見失いやすいハーフエルフにとって邪魔になるものではないはずだ」
高僧を連れてきたマケドニアによる妥協案を長者が受け入れるのに時間はかからなかった‥‥。
冒険者達の胸中にはほろ苦いものは残らざるをえなかったのではあるが。
女人の闇森人と婚せられ、混血の子を僧にせし縁。