【琥珀色の憂鬱】仕官を望む男

■ショートシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月21日〜02月26日

リプレイ公開日:2007年02月25日

●オープニング

 それは酒場で酒を飲んでいる時のことであった。
「どこか、仕官の口はないものか‥‥」
「それよ、今、関東は荒れている。その気になれば、どこにだって仕えることは出来るさ」
 二人の浪人者が酒場でくだを巻いている。どこにでもある光景であるから、その時はさして気にしなかった。
「戦時の臨時雇いなんて、足軽からがせいぜいだろう? 俺はごめんだぜ」
「そうだな。冒険者でもして地道に名声を高めるのがいいんだろうが‥‥」
「何かこう、ぽーんと手柄を立てられないものかな?」
「いや、手柄とまでいかなくてもいい。俺達の実力を示すことが出来れば‥‥」
 そこまでの話を聞いて、欧州人のファイターであるトゥーム・ストンは浪人者達のほうへ歩み寄っていった。


「人手が欲しい。荒事を厭わない冒険者だ」
 翌日、冒険者ギルドにトゥーム・ストンの姿があった。
 筋骨たくましく、野生的な印象を与える男である。それでいて瞳に奥には高い知性の輝きが感じ取れる。どこか、油断のならない感じがした。背中に担いだジャイアントソードが、その戦闘力をうかがわせる。
「具体的に何に協力させたいのか‥‥それによっても、冒険者の集まり方は違いますが、その辺りは秘密ということでしょうか?」
 ギルドの手代が問い返す。守秘義務があり、依頼の具体的内容が伏せられる依頼もないではない。
「いや、協力してくれる冒険者にまで秘密ということはない。が、事が成るまで口外は差し控えて欲しい」
「わかりました。まず、お話を伺いましょう」
 トゥームは、前日の酒場での浪人達の話を始めた。
「その浪人達は鉢形城の長尾家に仕官する為、その手土産に源徳の家臣を狙う計画を立てているのを、この耳で聞いたのだ。それを阻止したい」
「それは‥‥物騒な話ですが、狙われている家臣に通報すればよいのでは? 話が本当であれば、褒美だってもらえるのでは?」
 手代は疑問を口にする。
「俺は目先の褒美が欲しいわけじゃない。‥‥実を言えば、このジャパンで仕官したいと考えている」
 トゥームはそう語った。
「より恩を売るために、目の前で賊を退治してみせる。悪くない筋書きだ」
 トゥームはそう言って笑った。


 トゥームの話によると、狙われているのは勝呂兵衛太郎恒高である。
 武蔵国北部の領主である。北に松山城の比企氏、南に川越城の河越氏の領地があるという位置関係である。
 彼の娘・琥珀が江戸に住んでおり、兵衛太郎は定期的に江戸にやってくる。
 それを待ち伏せて襲撃するつもりらしい。
 話をしていたのは二人の浪人者だけであるが、仲間を集めてくる可能性は高い。
「俺の仕官に有利になるように、ただ助けるのではなく、出来るだけ劇的な、印象に残る助け方をしたい。仕官の為の先行投資だ、報酬は高めに払う」

●今回の参加者

 eb3757 音無 鬼灯(31歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb4994 空間 明衣(47歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb5401 天堂 蒼紫(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5402 加賀美 祐基(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


「医師の空間という者だ。以前、依頼を受けて来訪したことがある。近くに来たので挨拶をと参った次第だ」
 過去に勝呂兵衛太郎の娘である琥珀と面識のある空間明衣(eb4994)は、そのツテを頼りに勝呂邸を訪ねた。
 それを琥珀の侍女の明日奈が覚えていたので、明衣はすんなりと奥へ案内されることが出来た。もともと冒険者は外国人であったり、外国人の血を引いていたりで印象に残りやすいこともあったのだろう。
「にゃ〜ん」
 琥珀に会う為に奥の部屋へ向かう途中で、猫の泣き声がする。見れば、以前の依頼の発端となったあの猫であった。
「お前、元気にしていたか?」
 明衣は猫を抱き上げると微笑みかけた。男ならドキっとさせられる色っぽさであろう。
「だあれ?」
 その時、声を聞きつけた琥珀が紙障子を開けて、廊下に出てきた。
「久しぶりだが、覚えておられるかな? こいつの事が気になって寄ってみたのだがね?」
「うん‥‥ひさしぶりぃ」
 少し舌足らずな印象は変っていない琥珀は猫が明衣に懐いているのを見て、嬉しそうに笑うのであった。
 それから二人はしばし梅の花が咲いている庭先で歓談する。
「ほえ‥‥琥珀、狐さんて怖い印象があったけど、なんだかかっこいいね」
 連れてきた狐の天狐と琥珀を引き合わせると、琥珀はそんなことを言った。
「狐が怖い? それはまたどうして?」
「んとね、九尾の狐とか狐憑きとか‥‥そいゆうの」
「なるほどな。だが、そういった妖怪と実際の狐はまた別物だ。孤高の気高い生き物ではあるが、頭はいい」
「うん」
 琥珀は自分の手で天狐に油揚げを食べさせ、頭を撫でたりしてやった。
「ところで琥珀殿はお父君を離れて暮らしていて寂しいのではないかな?」
「うん‥‥でも、もうすぐ帰ってきてくれるし、平気だよ。でも、ちょぴっと寂しいかも」
「そうか。ならば、紹介したい男がいるのだが‥‥」
「ほえ?」
 明衣は兵衛太郎がやってくる日取りや邸内の様子などを確認することに成功したのである。



「この者が話していた絵師の加賀美殿だ」
「うん。よろしく」
「絵師の加賀美と申します。よろしくお願いします。琥珀さんのお父上は江戸から離れた地に御住いと聞いています。お父上への送り物として琥珀さんの絵を描いてはいかがということで参りました」
 加賀美祐基(eb5402)は明衣に付き添われて、絵師として勝呂邸を訪ねていた。
「うん」
「離れていても、側に絵でも置いておけば違うものですよ。俺‥‥いや、私も京の家族と離れているから、その気持ちもわかりますので」
 祐基は普段の口調よりも出来るだけ丁寧な物言いで落ち着いた様子を見せていたが、内心では胸が高鳴っていくのを感じていた。
 相手をよく知らないということは、必ずしも恋心を抱く障害にはならない。むしろ、知らないからこそ対象を理想化し、恋焦がれるということもある。少ない情報の断片は崇拝者の理想という接着剤で繋ぎ合わされるのだ。
 この祐基、いったいどこで聞いたものか、琥珀の噂を聞いて想いを募らせていたそうでである。なるほど、琥珀の両親の物語のような馴れ初め、気の弱い混血の美少女という外に漏れ伝わるような話は、少女を偶像化するのに充分な要素である。祐基はその憧れの美少女を目の前にしているのであった。
「うん、じゃあお願いするね」
 実際に会ってみると、舌足らずな印象を与える琥珀の喋り方は年齢以上に幼い印象があったが、それがまた彼女の儚げな印象を強くする。
「では、どのような絵にいたしましょうか? 何かご希望はありますか?」
「んっと‥‥楽しくてきれいなふいんきの絵がいいかなぁ‥‥お花とか動物さんとかもいっぱいで‥‥」
 加賀美祐基、二十二歳の誕生日。ヤル気は最初から最高潮であった。



「どうにも納得できんことが多いな」
「そうなのか? 天堂?」
 厠へ行くと言って中座した祐基は、手水で手を洗いながら、近くの茂みに隠れている天堂蒼紫(eb5401)と密談をしていた。
「まず、音無の提案が結局蹴られた。相手の浪人について調べられるのを嫌がっているようにも見える。一応の理由は筋が通っていないでもないがな」
 蒼紫は勝呂邸に潜りこんで内部に内通者などがいないか、また侵入者がいないかを警戒していた。また、勝呂邸内部と外部の連絡係でもある。
「万が一、ストン殿こそが勝呂殿を狙う敵であったとしても、実力は五分だ。守りきってみせるぜ」
 祐基が拳を握り締めて語る。依頼人と最初に会った時に腕比べをしている。武器を使えばまた違った結果になるだろうが、概ね同じ程度の実力ではないかという具合である。
「茶番なら気に入らない程度で済ませるがな‥‥そうそう、加賀美よ。いくら憧れていたからって、あまりお嬢さんの前でだらしのない顔つきをするもんじゃないぞ?」
 蒼紫はそれだけ言い置いて、祐基が反論するのも聞かずにその場を立ち去った。
(「しかし、気になるのは、依頼人のほうか‥‥」)
 勝呂邸の縁の下を這い回りながら、蒼紫は依頼人トゥーム・ストンと音無鬼灯(eb3757)のやり取りを思い浮かべていた。ただし、蒼紫は依頼人との接触を避けている為、これは盗み聞きをしている。

「襲撃すると言っていた浪人は何処にいたんだい? 特徴などを教えてくれると助かるんだけどね。僕が接触してみようと思うんだ、その情報を生かすも殺すもキミ次第だよ」
 鬼灯が情報収集を提案したのは、ごく当然の発想であろう。しかし、ストンはこれを断った。
「いや、賊への接触は無用だ。計画がバレているようなことを仄めかせば、相手も愚か者ではない。計画を取りやめる可能性がある」
「それならそれで事件が起こらない越したことはないんだけどね」
 鬼灯は苦笑いをする。
「空間さんも言っていたけど、未然に事を収めるのも力量を示す手段だと思うんだけどね」
「こちらの伝えた依頼の趣旨に変更はない。報酬分の働きに期待しているが‥‥」
 苦言を呈する鬼灯の肩に手を置き、言葉を続けた。
「余計な説教は必要ない。それと襲撃者への接触はやめるんだ。情報収集は重要だがな、状況と目的を鑑みれば下策だと俺が判断したんだ。いいな?」
 有無を言わせない強圧的な物言いのストンの言葉に、相手が依頼人であることもあって鬼灯は偵察の件についてそれ以上強く言い返すことはしなかった。
「狙われている人達のほうに怪我人を出すような真似だけは、依頼に失敗してもさせない。それは覚えておいてね」
 鬼灯はストンにそれだけは念を押した。



 嘴に薔薇を咥えた河童が、武家屋敷の屋根の上に絨毯を引いて座り、風に吹かれている。
 珍妙と言えば珍妙な気もするが、もともと何かを咥えているのは黄桜喜八(eb5347)の癖である。そして、薔薇も絨毯も今回の依頼の重要な小道具であった。
「さあてと、練習の成果はきっちり見せてくれよな。オイラもその為に頑張ったんだ」
 嘴に咥えた薔薇をピコピコと動かしながら、隣に同じく座っているストンに声をかける喜八。
「わかっている。それよりもタイミングをお前に任せるという話‥‥」
「オイラを信用してくれよ。仕官と人の命を天秤に掛けたとあっちゃ〜印象最悪だ。その辺りについて、オイラのほうがあんたよりも見極めが利くつもりだからよ」
 屋根の上に堂々と座っている喜八とストン。
「これから人を襲おうという人間だ。緊張で視野は狭くなるし、もともと人間の注意は上方へは向かないものだ」
 そのストンの提案を受けて、喜八の絨毯で昇ってきたものである。
「おっ、オイラの仲間達が敵を見つけたようだね」
 喜八が鬼灯からの合図を見つけてそう言った。
 蒼紫と鬼灯が変装して辺りを見回っていたのである。
 鬼灯はサラシでも隠し切ることの出来ない胸元から、貴金属と宝石に彩られた十字架を取り出し、喜八へ合図を送った。
 しばらくすると、喜八から反応がある。喜八のほうは水晶のダイスを使ったらしい。
 それから八回、合図を送る。敵の数を示したものである。
「敵の数は八人だそうだ」
 喜八はそれを読み取ってストンに伝えた。
 戦闘の準備は整った。



「勝呂兵衛太郎殿とお見受けする!」
 網笠を被った浪人達が刀を抜いて、やってきた勝呂兵衛太郎の主従四騎を取り囲んだ。
「名指しなれば、人違いではないようだな」
 兵衛太郎は馬上で抜刀し、応戦の構えを見せる。
「外が何やら騒がしいようですね。様子を見に行ってきましょう」
 そんな浪人達と兵衛太郎達の剣呑な様子が琥珀の部屋にも届いた。庭先のくぐり戸を抜けて祐基と明衣が外へ出た。琥珀の近くには蒼紫がいるはずであるから任せた。
 しばし乱戦となった。
「イギリスの戦士トゥーム・ストン、助太刀いたす!」
 斬り合いの最中、空から屈強の戦士がグレートソードを構えて降り立った。
「‥‥来たか」
 浪人の一人が小さく呟いたのを聞き取った者はいたかどうか。
「ここでキメっ!」
 喜八が事前の打ち合わせどおり、ストンの影で麗しき薔薇を使い、ストンを飾ろうとする。アオイのタズリングアーマーは全員の戦闘に支障が出るので見送られている。
「うおおおおっっ!!」
 ジャイアントソードを振りかざし、吶喊するストン。
「‥‥あっ‥‥オイラを裏切ったなぁ」
 一人薔薇を背負って華麗なポーズを決めた喜八、少々間の抜けた感じである。少しだけ振り向いたストンの口元に悪魔のような笑みを浮かべていた。冗談とか照れ隠しではなく、心の底から喜八を見下した笑み。
(「アレは嫌な奴だ」)
 それを見たことで、喜八は、祐基も見抜けなかった、ストンの本性を見た気がした。
 
 戦闘は瞬く間に片付いた。冒険者の手助けもあったが、ストンの実力も大きかった。敵に合わせて適宜、剣技を使い分けている。使い分けが出来る技の幅と咄嗟の判断力は大きいと言えた。地力もそこそこである。
 だが、敵の浪人に戸惑いが見えた。それも戦闘が瞬く間に終わった理由の一つであった。
「助太刀、感謝する。その方ら、礼がしたい。わしの屋敷がすぐそこ故、ついてまいるがよい」
 兵衛太郎は全員にそう声をかけた。
「恐れながら、このトゥーム・ストン、お願いの儀がございます」
 ここでストンが仕官の願いを申し出た。
「その巨大な剣をもって仕えたいと申すか?」
「否、この剣は我が裏芸に過ぎません。我が表芸は城取り、陣取り、軍配の道でございます」
 築城や陣地構築、そして軍略がストンの得意とするところだと言う。
「面白い奴だな。すぐには扶持をやることは出来ぬが、しばらく我が家の食客として滞在してみるがよかろう」
「ははっ」
 ストンは深く頭を下げた。
「先程の狼藉者、おぬしの差配によるものか?」
「ご慧眼で」
「なるほど、それで剣の腕ではなく、人を動かしてみせたということか」
 兵衛太郎は敵の浪人者達に戸惑いがあったことを見抜いていたようだ。
 兵衛太郎とストンの会話を聞いて、ある程度予想できていた事態とはいえ、冒険者達は苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
「あんな奴が琥珀ちゃんの傍にいるのは気にいらねえな」
「ああ、同感だっ!」
 憤りを顕わにする祐基と明衣。そして、明衣は考えるより先に手が動いていた。
 ストンの後頭部に明衣の拳骨がとんだ。
「これは私達を騙してくれた礼だ、ストン殿」
 笑い返したストンに悪びれた様子はなかった。



 蒼紫は逃げ去った浪人達を追った。
「‥‥不吉な臭いがする」
 ストンに斬られた浪人達は、傷の浅かったはずの者も含めて一日足らずのうちに全員が死亡していた。
 一体、どうしたものであるのか‥‥そこまではわからなかった。ただ、不吉な臭いだけを蒼紫は感じていた。