●リプレイ本文
●追撃
水上流水(eb5521)の愛犬・哮天が鼻を鳴らしながら、生い茂る草の下をかいくぐっていく。
ほとんど藪と区別のつかない獣道であるから、ともすれば哮天を見失いそうになる。しかし、そこは深い絆で結びついている主従と言うべきか、哮天はある程度の距離を進むごとに一声吠えて流水に位置を報せるのである。
「哮天には山姥のいた山小屋にあったものの臭いをかがせたが、うまくいけばよいのだがな」
哮天は牧羊犬として優れたボーダーコリーであるが、レトリーバーとしても狩りの手伝いを行えるという。
流水は歩きながら、その足裏の感覚から獣道くらいはあると察している。人間の視点からは草や低木が覆いかぶさって見えづらいのだが、完全な藪よりは歩きやすさを実感できる。
「そりゃ、山姥も歩きにくい場所を通ろうとはしないか」
哮天が進む方向が獣道にそっていることから、流水はふとそう感想を漏らした。
「山姥っていうくらいだからな。長く山に住み着いてりゃ、そういった知恵も身につけはするだろうな。獣だってそういうことはするよ、だから獣道だってあるんだしな」
鷹城空魔(ea0276)が推測で答える。ただ、獣については猟師としての心得が少しばかりあるので、そこからの類推である。
「ああ、そうそう。これは友達に頼んで調べてもらったんだけどな、土蜘蛛は毒に気をつけろってさ」
「地面に穴を掘って獲物を待ち構えて、しかも毒があるか。なるべく刺激しないようにしたいな。他には?」
空魔が友人に聞いたという話に、続きはないのかと流水は先をうながす。
「いや、出発間際に調べてもらったことだからな。それ以上はねえな」
「そうか。村人達の話ではこちらには近づかないようにしているらしい。土蜘蛛のほうから村を襲うという訳ではないようだからな」
流水は村についてから集めた話を話す。結局のところ、土蜘蛛について詳しいことはわからないが、大きな特徴だけは掴んでいる。後は――
「なる様になる。ならなければ、死ぬだけだ」
鷹碕渉(eb2364)がそう言った。家の再興を願う若い浪人であるが、生死の事柄には達観した様子も見せる。
「そういうこともあるだろうが、私は仲間が無駄死にするような真似が好かない。覚えておいてくれ」
流水はそう答えた。仲間を大切にする流水らしい意見である。
「ところで山姥のほうは何か調べてあるのか?」
「前に一度戦ったことあるけど、意外と強いんだ、アレ。振り回してくる山刀の切っ先、かなり速いよ」
山姥退治の経験がある空魔はそのように過去の依頼を振り返る。
「そうか。気を引き締めてかからねばな。そういえば、藤政さんが山姥の行動が気にかかると言っていたな」
流水は空を見上げた。
●偵察
流水が見上げた空の上。
上杉藤政(eb3701)が大凧に乗って、山姥を捜索していた。
「ううむ、思った以上に木々が生い茂っているな。山頂の方を探してみるといたそうか。山姥が山を越えたか、否かだけでも分かれば後の探索も楽になろう」
上空からの偵察が難しい森林部の偵察を諦めて、あまり木々の生い茂っていない山頂部への偵察へと切り替える。
「しかし、人が押し寄せてきたからと、なぜ、餌場を変えようとしたのか不思議だ。山に何かがあるのであろうか?」
藤政は山の斜面にそって飛行する。急峻な斜面が続いており、よほど念入りに準備していなければ山越えは難しいように思われた。しかし、何か特別なものがあるようにも思えなかった。
「山姥は鬼の一種であるから、体力は人間よりもあろうが‥‥これを超えるのは難しいか?」
藤政は斜面に足場を見つけて休憩などを挟みながら、しばらく山側の捜索を続けた。残念ながら収穫はなく、仲間と合流することになる。
「何も見つけられなかったのは、山姥がまだ麓の森の中にいるということであろう」
元来、前向き思考な藤政はそう判断した。逆に言えば、山姥はまだ村から、そう遠くない場所に潜んでいることになる。
●土蜘蛛
一晩野営して、次の日の探索が始まる。
「難しく考えることはなかったのだろう。山姥が山奥へ向かったのは、ただ地理を知らなかっただけなのではないかと思うのだ」
合流した藤政は昨日の探索の結果からの推測を立ててみせる。
「なるほど。では、奥へ進んでいって、山越えが無理だと気付けば‥‥」
藤政に推理に納得したのは、渉である。
「引き返して、再び民を脅かすことになろう。そうならぬように全力を尽くしたきところ」
「たりめぇだ。人の親切に着けこんで襲うだなんて料簡のやつぁ、許さねぇさ」
答えたのは空魔である。
「それだ。なぜ、餌場を変えたのか疑問であったが、よく考えてみれば正体がばれて村人を油断させることが出来なくなったから、と考えることもできる」
詳しい生態を知っている訳ではないから、正確なことはわからないと藤政は言い添えた。しかし、その推理はそう大きく間違っているようには思えなかった。
その時、犬の吠える声がした。
「どうした? 疾風丸?」
聞き返しながらも、空魔はおそらく土蜘蛛の巣が近くにあるのだと察していた。空魔自身も目を凝らして辺りを探る。
「哮天、戻れ」
流水は哮天を呼び戻す。探索はともかく、戦闘に巻き込ませることはしない。
「見つけたぜ。妙な穴が藪の中にある。いや、他にも‥‥ここには四、五個ってところか」
空魔の鋭い視線が見つけた巣穴は一つだけではなかった。
「どの辺りだ?」
「ほら、あの樹の根元辺りに一つ‥‥」
空魔には及ばないが、流水も優れた視力を持っている。空魔に指し示されれば、それを見つけるのは容易であった。
「避けて通れるものは避けてゆくのがよかろう。ただし、ここからは今まで以上に慎重にお願いたしますぞ」
「任せてくれ。‥‥あの二つ、両方を避けるとすると大きく迂回するようだな」
流水が指し示した先、二つの巣穴が比較的に近い間隔で並んでいる。
「よし、片方の巣穴の蜘蛛だけ撃退して、先に進もう」
そう言って空魔は取り出したのは、釣竿である。
「こいつで巣穴をつついて蜘蛛を釣り上げる。出てきたところを‥‥」
「‥‥」
空魔が皆まで言い終わらないうちに、渉が歩み出て刀の鯉口を切った。
「よし、頼んだぜ。二人は他の巣穴から別な蜘蛛が出てこないか見張っててくれ」
空魔は竿を構えて、巣穴へ錘を放った。竿を上下して土蜘蛛を刺激する。
渉は摺り足で巣穴に向けて、ゆっくりと近づいていく。
「きたっ!」
空魔が声を挙げるのと同時に、釣竿の動いているのを餌と勘違いした土蜘蛛が勢いよく巣穴から飛び出した。
一瞬遅れて、渉が相州正宗を鞘走らせた。一瞬のうちに見定めた攻撃すべき箇所、蜘蛛の胸部と腹部が泣き別れる。
「‥‥奥義・椿落し」
呟きながら、渉は懐から懐紙を取り出し、刀身を拭った。
●山姥
山姥は腹を空かせていた。
山奥に進んでも人間はいなかった。獲物を求めて、また人のいそうな場所へ行かなくてはいけない。
飢えを凌ぐだけであれば、大きな蜘蛛でも獣でも食べていればいい。しかし、山姥は一度覚えた人間の肉の味への欲求に正直である。それを我慢するなどという発想もない。
不意に背後の茂みが大きな音を立てた。
「ぐるる‥‥」
唸り声を立てる山姥。獲物がいるのかと、茂みの方を見ている。
その時、山姥の背後から足音が迫る。気付いた山姥が振り向いた時、渉の相州正宗白刃が山姥の首目掛けて斬りつけられようとしていた。
「‥‥ちっ」
だが、一瞬早く振り向いた山姥が咄嗟に頭を庇った為、山刀で弾き飛ばされてしまう。渉はすばやい足捌きで間合いを取り直す。
その後ろから、もう二つの人影がやってきて渉と肩を並べる。
「鷹碕さん、手伝うぜ!」
二つの人影はどちらも空魔であった。分身の術で、一つは実体のない幻影である。
「ぐがああぁっ!」
飢えた山姥は二人を手強そうだと感じるより先に、美味そうだと思ったのだろう。吠え声をあげると、山刀を振りかざして突進してきた。
「たぁっ!」
渉と山姥が一合二合と切り結ぶ。その隙に空魔は山姥の背後に回り込もうとする。
「ちっ。騒ぎで蜘蛛を引き寄せちまったか。疾風丸! いけっ」
片手で周囲の巣穴から出てきた土蜘蛛を指し示し、攻撃命令を下す空魔。
疾風丸が咥えたクナイで土蜘蛛に斬りかかる。
「ん? 向こうからもか」
反対側を見れば、そちらにも土蜘蛛である。しかし、空魔はそれ以上、土蜘蛛に注意を払うのをやめた。
一筋の光線が森の中を貫き、土蜘蛛を焼く。
藤政が太陽光線を収束して土蜘蛛に照射したのである。
「おおおおっ!!」
疾風の如き勢いで人影が土蜘蛛へと向かっていく。新藤五国光の白刃が数度閃いて、土蜘蛛が力を失う。
「藤政さん、次はあそこだ! 樹の根元!」
「心得た、水上殿!」
藤政は再び印を結び、太陽光線を収束させ、流水は狙っている土蜘蛛へ向かって駆け出す。
「二人には近寄らせんっ」
流水、藤政、疾風丸は辺りを縦横に駆け回って、土蜘蛛を追い払う。
山姥と対峙する二人の邪魔をさせないためである。
渉と空魔の強さに、山姥はそれでなくとも恐ろしい形相を、さらに歪めていた。
二人と山姥の実力は個々では、わずかな差だけである。
二対一で空魔達が優勢であったことが、かえって山姥の必死さを引き出してしまった。 幻影の空魔を斬りつけて空振りした山姥が、即座に本物の空魔目掛けて山刀を振り上げた。
「くはぁっ‥‥」
腰の入っていない攻撃だったが、不意をつかれた空魔は肋骨に山刀の一撃を受けてしまう。
「鎧がなかったら、もっと酷い怪我だったな」
依頼が終わった後、空魔はそう語っている。忍鎧のおかげで山刀の刃は空魔の体に食い込むことはなかった。ただ、衝撃までは防げずに酷い打撲傷を負った。
山姥の抵抗も、空魔の打撲傷で終りであった。
無理な姿勢で攻撃したせいで大きな隙を作った山姥を、渉が逃すはずがない。
「‥‥奥義・椿落し」
渉が呟きおわった時には、山姥の首は地面に落ちていたのである。