【華の乱】勝呂原の合戦

■ショートシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 10 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月04日〜05月14日

リプレイ公開日:2007年05月12日

●オープニング

●源徳家の危機
 同盟を結んでいたはずの伊達政宗率いる仙台軍が江戸城を急襲した。
 仙台軍の中には源氏嫡流の遺児である源義経の姿があり、江戸の源徳軍を大きく動揺させ、江戸城攻防戦の行方は不透明である。
 一方の上州では、新田攻めに協力するはずの武田、上杉までもが相次いで源徳家を裏切った。
 新田義貞、武田信玄、上杉謙信の猛追を受けながら、源徳軍は苛酷な撤退戦を余儀なくされたのである。
 さらに状況を混乱させる要素が飛び込んでくる。
 那須から巨大薄羽蜉蝣が、沖ノ鳥島から鳳凰が江戸に飛来しようとしているという。
 源徳家はまさに最大の危機に直面していたのである。


●長尾景春の進撃
 そうした源徳家の混乱に乗じて、鉢形城の長尾四郎左景春が動いた。
 今まで溜め込み続けてきた戦力を放出し、各方面へ侵出し始めたのである。
 戦力に勝る長尾軍に対し、源徳家危うしの報に浮き足立っていた源徳麾下の土豪や地侍は次々に降伏、あるいは落ち延びていった。
 景春はそうした降将達を手厚く遇し、噛んで含めるように助勢を請うた。
「これより先、源徳家の広大な領地は新田や伊達、武田の手によって、切り分けられていくだろう。そうした戦乱の中で生き延びるには、どうするべきであるか? 『鳥は高飛して、以ってソウ戈の害を避く』と言う。人もまた、高い志によって災いを避ける術を見出すべきだと思わぬか?」
 源徳家の衰退を既に定まった不可避の事実の如く語り、降将達の気持ちを揺さぶる。ソウ戈とは「いぐるみ」とも言い、矢に紐をつけて鳥を絡めとる猟具である。
「我が軍に協力して手柄をあげよ。その前歴の如何なるもを問わず、公平に恩賞を取らせ、部将に取り立てよう。我が長尾家が発展し続ける限り、出世栄達は思いのままである」
 景春のこの言葉は、たちまち武蔵国中に広まった。
 景春に対する抑えの役ばかりで上州征伐の華々しい舞台に参加できなかった北武蔵の領主達の一部には、その鬱々たる思いが、かえって景春を歓迎する気持ちに成り代わる者も少なくなかったのである。
 こうして源徳家の麾下にあった土豪や地侍を取り込みながら、ほんの数日で急速に勢力圏を拡大することに成功する。

 北は花園城、用土城などを占領して荒川北岸の守りを固め、東では畠山重能を打ち破っている。
 そして、南に向かった軍勢は小川、明覚と兵を進めて、さらに笛吹峠の南方にある苦林にまで進出したのである。


●畠山荘司次郎重忠
 畠山荘司次郎重忠の居館である菅谷館にも景春の情報は次々にもたらされていた。
 その中には荘司次郎の父・重能の敗報もあった。
「父上が破られただと? それで父上は無事なのか?」
「はっ! 畠山館に後退いたしまして、ご無事でございます」
 荘司次郎は父の無事を聞いて、ひとまずは胸を撫で下ろす。
「して、南に向かった長尾勢の動静はどうなっている?」
「小川から明覚、そして苦林へと兵を進めたとのことでございます」
「山間の隘路だが、道そのものは平坦な地勢であったな。あの辺りには小さな土豪や地侍達しかおらぬ。一連の混乱に乗じられてはひとたまりもないか」
 北武蔵の諸領主達も上州征伐にあわせて、準臨戦態勢で望んでいた。当然、景春が上州征伐の隙を突くことを警戒してのことである。
 故に長尾軍に対してまったくの無防備ではなく、ひとたび事が起きればすぐにでも北武蔵の領主達が連合して迎え撃つ手筈になっていたのである。が、江戸城攻撃に始まる混乱によって、その備えが機能しなかったことは結果が示している。
 長尾の動きが源徳軍と江戸城の勝敗が決まった後だったなら、これほどに蹂躙される事も無かったかもしれない。長尾は賭けた。家康は負ける、負けずとも武蔵は混乱するに違いないと。

「苦林まで進出されたことで、この菅谷館は長尾に三方を押さえられた形になりましたな。北の四津山、西の小川、明覚、南の苦林‥‥」
「しかし、長尾とて通過地域を完全に掌握したわけではあるまい。どこかで進撃の手を緩め、地歩を固めるようとするはずだ。その前に長尾を叩くことが出来れば、拙速な進撃故の綻びが生じる」
 家臣の言葉に、荘司次郎はまだ状況は不利ではないことを言い聞かせる。
「諸将への出陣要請の返答と冒険者の手配はどうだ?」
「河越様、比企様が応じて下さいました。その他の諸将もそれぞれに河越様、比企様に合流するとの由にございます。江戸の冒険者も数は多くはないですが」
 北武蔵の諸将の中では大きな勢力を誇る河越氏や比企氏のもとに兵を集めて、軍団を編成するのである。河越氏、比企氏が味方につけば、三方から長尾軍を攻撃することが出来る。
「よし、我々は笛吹峠を越えて長尾軍の背後を突くぞ! 先鋒の部隊を叩けば、長尾になびいた者達も心変わりしよう」
 荘司次郎は出陣の下知を下した。

 荘司次郎は赤糸威の大鎧をきた威風堂々たる姿で菅谷屋敷を出陣した。
 彼の馬の左右を甲冑に身を包んだ青鬼と赤鬼が固めている。荘司次郎が養っている山鬼戦士である。
 畠山軍の威風は、笛吹峠の手前で出会った山伏の集団も道を開けて顔を伏せたほどであった。


●苦林から勝呂原へ
 苦林の長尾四郎左景春の陣。
「殿。この苦林に留まり続けるのは危険ではありませぬか?」
 家臣の矢野兵助が四郎左に訊ねる。
「背後の笛吹峠のすぐ向こうには畠山の菅谷館があります。越辺川を挟んでいるとはいえ、畠山は名将の誉れ高き男なれば‥‥」
「兵助よ。浅羽の一族はこちらになびくと思うか?」
 四郎左は兵助の言葉を気にする風でもなく、当面の懸案事項について聞き返した。
「すでにそれぞれの館の間を封鎖しておりますれば、組織的な抵抗は難しく降伏するのは時間の問題でありましょう。邪魔が入らなければ‥‥でありますが」
 兵助は笛吹峠の方角へ視線を走らせる。
 この辺り一帯には浅羽城主・浅羽五郎行平を中心とする一族が小領主となって乱立している。
「よし、あやつらを使うぞ。まず手近な大類の館を攻め落とせ。たっぷりと脅した後、兵達は逃がしてやれ」
「承知!」
 四郎左の下知を承知すると、兵助は本陣を立ち去っていった。

 しばらくして、大類氏の武家屋敷に天変地異が襲い掛かった。
 四郎左が雇った欧州のウィザードの魔法である。
 以前、熊谷氏を攻撃した時に威力を発揮したことを評価し、再び雇い入れた者達である。冒険者としてではなく、客将待遇で迎え入れた辺りが四郎左の新進勢力としての強みといえよう。
 ともあれ、神流川の戦いでも証明されたことであるが、ジャパンの侍達は精霊魔法と戦うことに慣れていない。その心理的作用は大類館攻めにおいて実態以上の成果をあげ、その成果は誇張されて一帯の小領主達に伝えられたのである。
 畠山、河越、比企らの軍勢が動き始めた頃、浅羽五郎行平は四郎左に降伏した。一部を除いて一族もそれに倣うことになる。
「よし。兵を進めるぞ」
 四郎左は軍を勝呂原へと向けた。その先一帯を治めるのは勝呂兵衛太郎恒高である。

 このまま行けば、勝呂原で戦端が開かれることになるだろう。

●今回の参加者

 ea0480 鷹翔 刀華(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb0005 ゲラック・テインゲア(40歳・♂・神聖騎士・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb3064 緋宇美 桜(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3843 月下 真鶴(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb5303 スギノヒコ(39歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5401 天堂 蒼紫(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5402 加賀美 祐基(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

物見 昴(eb7871

●リプレイ本文

●献策
 畠山荘司次郎(ez1052)が出陣し、笛吹峠に差し掛かった頃、浅羽氏が長尾に下ったことが伝えられる。そして、勝呂原(すぐろはら)に向けて進撃したという。
 その情報を受けて、加賀美祐基(eb5402)や天堂蒼紫(eb5401)、そして緋宇美桜(eb3064)が献策に訪れた。
「三方から分散して敵にあたっては、各個撃破される危険がある。ここは比企軍に合流して敵にあたるべきじゃないかな?」
「だが、それでは敵が西へ逃がす危険があるぞ」
 祐基の献策に対して、荘司次郎は包囲できないことの不利を説く。北西側の畠山軍が北側の比企軍に合流すれば、西の方向が大きく開く。味方につけた浅羽氏との連絡が容易になる。
「上州と江戸のことで、こっちは心理的な不安を抱えてるんだ。ここでは確実に勝ちを拾ったほうがいい。ええと、囲師は周するなかれ、と言う」
 祐基は頭から湯気を出しながら、荘司次郎に自分の意見を説く。
「‥‥兵書か」
 消耗戦を避け、敵を撤退させて、ここでの合戦は自分達の勝利とする。
「その勝利を確実にする為に、必要不可欠なのが勝呂館の存在だ。あの館が落ちて長尾に橋頭堡が出来れば撤退させるのが難しくなる」
 祐基の用兵と一組で必要な措置について蒼紫が献策する。
「畠山殿に後詰の出陣をしたことを伝える書状を一筆願いたい」
 篭城戦に置いて、後詰の部隊について情報があるのとないのとでは、篭城側の士気に大きな違いが生じる。
「それをどうやって届ける?」
「我が一命を賭しても」
 問うた荘司次郎に、蒼紫は答えた。


●勝呂館へ
 祐基の意見を入れた荘司次郎は笛吹峠を降り、越辺川(おっぺがわ)の河畔へでると、その北岸を東へと進路をとった。
 比企軍と合流すると、陣形を整えて越辺川南岸の長尾軍を見据える。おそらく入間川の南岸には河越軍が接近しているはずである。
 その動きに対して長尾軍も動き始める。
「出てきたな、畠山め。川を防壁として迎え討て。勝呂館は一気呵成に攻め落とすぞ」
 長尾四郎左景春は勝呂館への攻撃命令を下した。

「ストンよ、お前はどう動く?」
 蒼紫は戦場に潜み、長尾軍が勝呂館へ向かう様子を見ていた。
 笛吹峠を越えた後、勝呂館への連絡を試みるべく単独でこの地に赴いた。懐には荘司次郎に託された書状を収めている。
「‥‥奴が獅子身中の虫であれば、この書状も役に立たないかもしれんな」
 蒼紫の脳裏に浮かぶのは、トゥーム・ストンという名の男。イギリス人のファイターで勝呂家の食客である。蒼紫と祐基は二度顔を会わせているが、あまりいい印象を持っていない。蒼紫は長尾か何かの間者ではないかと疑っている。
 しかして、勝呂館は善戦していた。
 効率的に寄せ手を攻撃できる仕組みが随所に施され、
「あの小さな館をよくも堅城にしたものよ。魔術師に攻めさせい!」
 その精霊魔法に対する備えもしっかりとしたものであった。
 四郎左は勝呂館を落とすのを諦め、抑えの兵だけを置き、南北の敵軍に備えることにした。

 この日は勝呂館の戦闘以外は川を挟んでの小競り合いがあった程度に終わった。
 その夜、蒼紫は夜陰に紛れて勝呂館への潜入を試みる。
「外の長尾軍はもちろんだが、篭城中の勝呂軍からも攻撃される危険があるか」
という危険な仕事であった。
 草むらから草むらへ、木立から木立へと身を隠せるものは何でも使って長尾軍の目を掻い潜り、勝呂館の堀の端までやってくる。堀の手前には柵が設けられていたが、鎧武者はいざ知らず非武装かつ忍者である蒼紫は柵の隙間に体を潜り込ませることができた。
(「深いっ」)
 しかし、柵の内側の空堀は蒼紫の考える以上に深く、滑り降りた時に音を立ててしまう。
「何者だっ?」
 館の兵に気づかれたらしく詰問の声が飛んでくる。下手に誤魔化そうとすればかえって危険だと感じた。
「俺は天堂蒼紫‥‥」
「そこだなっ!」
 名乗りを上げた蒼紫の腹を激痛が貫いた。躊躇のない攻撃であった。
「‥‥う、ぐっ‥‥突然の侵入失礼する! 畠山荘司次郎殿より書状を預かってきた! 大至急、勝呂兵衛太郎殿にお取次ぎ願いたい!」
 痛みに耐えながら蒼紫は力の限り叫んだ。
「おお、味方だ! 味方が来たぞ」
「敵の策略の可能性もある。十分に注意せよ!」
 矢傷を受けた蒼紫が勝呂館の中へ引き上げられたのは、しばらくしてのことである。
「畠山、比企、河越の合同軍が長尾軍を撃破すべく、貴殿を救援すべく進軍している」
 蒼紫の伝えた言葉に勝呂館の兵達は安堵の声をあげている中、
「生き延びたか。運のいい男だ」
 弓を手にしたストンが蒼紫にそう笑いかけた。
 その後、ポーションを飲み干しても蒼紫の矢傷は回復しなかった。勝呂氏の兵達が使っている矢の鏃は、釣り針で言う「返し」の付いている。一度刺さると引き抜く際に返しが肉や内臓を抉り取るという残虐なものなのである。大きく広がった蒼紫の傷口はポーションによる回復限界を超えていたのである。
「この鏃も、貴様の入知恵か?」
 蒼紫の問いにストンは薄く笑みを浮かべただけである。


●渡河
翌朝、比企氏と畠山氏の連合軍は越辺川を渡って勝呂原の長尾勢の攻撃に向かう。
「我こそは源徳家家臣、畠山荘司次郎重忠。家康公への忠義を貫かんが為、謀反人長尾を討つ!」
「笑止、家康に摂政はもとより、武家の棟梁たる器なし! 我ら、本貫の地を守らんとする諸将の要請に依って起つものなり! この長尾家臣、矢野兵助が左衛門と荘司次郎が首を取ってみせようぞ」
 両軍を率いる将が名乗りをあげると、鏑矢が天に鳴り響き、合戦の始まりを告げる。
 長尾勢は先鋒に矢野兵助と取り込んだ武士達をたて、源徳勢の渡河を阻止せんと迫る。
「先陣の名誉は僕達が貰うよ! 炎鳳丸いっけぇ!」
 この日の月下真鶴(eb3843)の出で立ち、金小札の大鎧を着込みて、宝石あしらいたる欧州形兜、馬手に火焔の如き刀身の剣、馬手に鉄の籠手、紅蓮の外套をたなびかせて、真っ先に越辺川の流れにざっと駒を乗り入れる。
 やれ冒険者に負けるな、やれ女子に負けるな、と畠山の武者達も奮い立ってそれに続く。見れば、比企勢からも先陣を欲する一隊が川を渡ろうとしている。
 対する長尾勢、川を渡らせまいと真鶴達、源徳勢の先鋒に矢を浴びせかけ、槍を揃えて岸に立ちはだかる。
「目標は対岸の敵弓隊! 壱の太鼓で矢をつがえ、弐の太鼓で引き狙い‥‥」
 越辺川の北岸で、太鼓を打ち鳴らす音と桜の音頭にあわせて、借り受けた弓隊が一斉に矢を構える。
「参の太鼓、れっつ、ごー!」
 いずれも強力な長弓を構えた弓兵達の中、桜は自らも天鹿児弓なる名弓を引き絞り、参の太鼓が打ち鳴らされると同時に射放つ。
 十六本の矢が唸りを上げて天を駆け、長尾勢に降り注ぐ。
 桜の献策は込矢(矢を集中して射ること)を効果的に行うことであった。畠山軍の数箇所で同様の太鼓が鳴らされている。桜の策を認めて、同様の弓隊を複数組織したのである。隊ごとに弓の種類がまちまちであるのは、軍全体の柔軟性を損なわない為であろう。
(「さすが姉さんの入れ知恵‥‥こんなに威力を発揮するなんて」)
 とにかくにも込矢の威力で、敵の矢の勢いを減衰させると源徳勢の先鋒が対岸へと上陸する。
「僕の名前は月下真鶴、越辺川の先陣は貰ったぁ! みんな、続け、続け!」
 真鶴が対岸に駆け上がった時、まだ比企軍の先鋒は上陸しておらず、真鶴が正真の先陣であった。
「よおし、我らも続くぞ! 渡河地点から敵陣を切り開け!」
「我が輩は先の上州合戦の時、殿軍におった! 長尾程度の小物が起こした戦など、恐れるに足らずじゃ!」
 先鋒の渡河成功を見て、後詰の部隊も川へ飛び込んでいく。その中にゲラック・テインゲア(eb0005)の姿がある。
 この日のゲラックの出で立ち、紅威の大袖と黒染めの弦走り、まさに「無双」の大鎧、十二神将を飾り立てたる兜、緋色の生地に金糸銀糸で刺繍した陣羽織、燃え盛るとも豊穣とも謳われる立派な髭は遠くの敵味方の目にも届くものであった。
 桜達の放つ込矢の援護のもと、対岸で奮闘する先鋒を後押しすべく後続部隊が渡河していく。


●勝呂原合戦
 畠山各隊に助勢する冒険者の活躍とそれに触発された畠山隊の奮戦により、源徳勢の渡河阻止に失敗した長尾勢は勝呂原へと退いて、再度の決戦を図ろうとする。
 勝呂原で激突する兵力はやや長尾勢優位。南から攻め上がってくる河越軍が入間川の渡河を妨害されて、てこずっているらしかった。
「とりあえず、琥珀ちゃんは助かったみたいだな」
 祐基がこの畠山軍に参陣した(おそらく)最大の動機であるところの勝呂琥珀の救う為に長尾軍を勝呂館から引き剥がすことには成功していた。長尾軍は畠山・比企の源徳勢との戦いに集中すべく勝呂館攻略を断念していた。祐基はその事に満足気である。
「後はあの連中をここいらから追い払えばいい! みんな、俺が炎を剣に宿したら精霊力が続くうちに一気に敵陣に乗り込むぞ! 実際の威力よりも、とにかく、こっちにも『魔術師』がいることを印象づけるんだ!」
 祐基が借り受けた一時の部下十人に策の要諦を弁じていると、合戦が再び動き始めた。
「よし、いくぞ! 神皇様の摂政たる源徳公の御恩を忘れて長尾につくような寄せ集め武将共にこっちの忠義と団結を見せ付けてやるんだ!」
 祐基は荘司次郎から借り受けた十人の兵の槍に炎の精霊力を宿して回り、『魔法部隊』を現出させる。その先頭を駆けて敵陣へと突進していく。
「て、敵にも魔術師がいるぞぉ!」
 長尾勢の先鋒は魔法に慣れていない新参の将兵で、祐基の『魔法部隊』に動揺を示す。
「恐れる必要はない! あんなもの、そう長くは続かぬわっ!」
 しかし、長尾勢の中枢部に大きな動揺はない。雇い入れた魔術師達との訓練を経て、魔法に対する精神的免疫をつけていたからである。冒険者が合戦に混じる昨今、その効果は決して小さくはないはずである。
 長尾軍の一部がかえって祐基の部隊に向かっていく。それを見ていたスギノヒコ(eb5303)が桜の弓隊に報せる。
「怪しい敵、み〜つけた♪ 魔法を怖がらないのは魔術師がいるからかも♪」
 スギノヒコは重い長弓で機動力の低い桜の弓隊と行動を共にし、その軽装を持って遊撃手を務めている。
「よーし、目標、魔法部隊を狙ってる長尾の一隊!」
 桜がスギノヒコの判断を受けて、弓隊に目標を指示する。
「味方と激突する前に一撃をお見舞いするよ!」
 三度の太鼓が鳴り響き、矢が降り注ぐ。足並みが乱れたところへ祐基の部隊が雪崩れ込む。
「うろたえるな! 敵は小勢ぞ、押し包んで討ち取ってしまえ!」
 桜達の援護があったとはいえ、祐基の手勢はわずかに十人。長尾勢もすぐに押し返さんとする。
「勇敢な太刀打ちの武者を殺してならんぞ! はぁっ!」
 馬術の達人でもあるゲラックは祐基達を助けるべく、大薙刀を両手で大きく振りかぶり、鐙だけを巧みに使って愛馬ノルマンオブマイラブを長尾勢に向けて進ませる。
「源徳殿いまだ健在!! 我が輩らの太刀は源徳殿の、それを守り勇敢に死んだ忠臣たちの怒号と知るがよい! 我が刃に裂かれ地獄に堕ちよっ!!」
「そうだ、源徳公も信康殿も健在だ! 源徳公に忠義を尽くす大名も多い、そう遠くないうちに江戸城は源徳公の手に還る!」
 大薙刀を振るい、馬蹄に敵をかけながら燃え盛る髭が敵陣を引き裂き、熱弁と青黒い刀身が敵の心に体に振るわれる。

「敵が前線の戦いを大きく押し包もうとしているな」
「本当だ! 早く対処しないと!」
 戦況を眺めている畠山家臣の言葉に真鶴は答える。
「長尾勢の左翼に向けて先駆けをしてみるか? 真鶴殿。兵書に曰く、侵略すること火の如し。その燃え立つような出で立ちで、長尾勢を侵略すべし」
「僕にそんな名誉な役目を任せていいのかな?」
「なに、ぐずぐずしていれば、すぐに追いぬくまでだ」
「よぉし! 僕の炎鳳丸の脚は強いよ! 遅れずについてきてね!」
 真鶴が掲げたラ・フレーメの燃え立つ刃が、長尾勢の左翼を侵略してみせた。

「‥‥こっちに向かってきているな」
 鷹翔刀華(ea0480)が小太刀を鞘に収める。桜の弓隊の厄介さに気づいたらしい敵が迫っている。敵に殺到されれば、弓隊の機動力の低さが気にかかる。
「あちらもこちらも忙しいな、援護できる部隊がいないか」
 数でやや劣る源徳勢は全隊があちらこちらで奮戦を続けており、弓隊を援護できる状況にないことも察する。
 自分が援護するより他ない。戦場には不釣合いなほどの軽装だが、一匹狼にはそういった戦い方もあろう。
「キミ、僕らのほうを手伝ってよ」
 スギノヒコが刀華に声をかけてくる。
「言われるまでもない。弓隊に近づく敵を食い止める。手伝いたいなら好きにするといい」
 無愛想に答える刀華であったが、スギノヒコと目的は合致している。二人は弓隊と迫る長尾勢の間に立ちふさがる。
「この敵は僕達が引き受けるから、キミ達は調子を崩さないで戦ってね」
 スギノヒコは桜達に呼びかけると、迫りくる長尾兵に縄ひょうを投げ打つ。その刃に右目に受けた兵がもんどりうって倒れる。
「そこに食い込ませてもらうぞ」
 隊列が乱れたところへ駆け込むと、刀華は小太刀を鞘走らせて鎧武者達を斬りつけまわる。鎧武者とは比較にならない身軽さは、ただ走り回るだけで敵を混乱させる。
 そこへ外側からスギノヒコの縄ひょうが鎧の隙間目掛けて飛んでくるのである。
「兵は詭道。欺けば小勢にて大軍も引き止められる」
 今の刀華はまさにそれであった。戦場にあっては驚くべき軽装備によって動きまわって敵を撹乱する。だが、実際には小太刀では鎧武者に有効な攻撃はほとんど与えられていないのである。
 その時、節を変えた太鼓が三度鳴り響いた。
「っ!」
 スギノヒコと刀華は咄嗟にその場に身を伏せる。
 桜達の射た矢が二人の頭上を飛び抜けて、長尾兵を貫き通した。


●四郎左の計略
 戦いは当初士気が心配された源徳勢が冒険者達の激励と奮戦に触発されて盛り返し、源徳勢が優勢であった。
 しかし、
「申し上げます! 菅谷館が奪われました!」
「なんだとぉ!?」
 さすがの荘司次郎も顔色を変えた。
「山伏の一団に騙し取られましてございます。館の内部から長尾の武将、金子掃助を引き入れられ‥‥」
「あの時、すれ違った一団か‥‥」
 笛吹峠の手前ですれ違った山伏達であろう。思い返せば、過去に長尾が山伏、あるいは山伏の姿をした者達を間者に用いていたという話は確かにあった。
「殿っ! 長尾勢が退いていきます」
 菅谷館奪取の報は長尾にも届いたのであろう。
 源徳勢は戦術的勝利と引き換えに、大きな戦略的敗北を喫することになったのである。
『力押しの武勇より、計や策を重んじる知略に長けた将』
 ある冒険者の長尾景春の評価は的を得ていたのである。