【琥珀色の憂鬱1】琥珀の結婚

■シリーズシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 68 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月15日〜07月23日

リプレイ公開日:2007年07月25日

●オープニング

●琥珀色の憂鬱
「はぁ」
 溜息が漏れる。
「はぁ」
 それが彼女の日課となってしまっているのは、昔からのことである。
「はぁ、つまんない‥‥」
 北武蔵の少領主の一人である勝呂兵衛太郎恒高のの一室。その兵衛太郎の一人娘で、イギリス人女性を母に持つ少女は溜息を漏らしていた。
 名は琥珀という。
 日英のハーフという特殊な生まれからか、冒険者と関わる機会も二度、三度となくあった。数奇な巡り合せは数奇な星のもとに集まるものなのであろうか。
「はぁ」
 琥珀はこの館が好きではなかったし、その中に閉じ込められ続けている現状も好きにはなれなかった。琥珀の繊細さには最前線近くの武家館というものは、あまりに物々しいものであったからだ。
 伊達の進攻以前は江戸に構えた屋敷に住んでいた。母から受け継いだ琥珀色の髪に瑠璃色の瞳という容姿をした琥珀を慮ってのことである。月道の開通によって欧州人の往来が増えたと言っても、やはり奇異の目は拭い去りきることができない。江戸から離れた北武蔵では尚のことである。
「お嬢様。直に戦も終わり、のんびり過ごすことができるようになります」
 侍女の明日奈がそう言って琥珀を慰めるが、琥珀の様子は楽しげにはならない。
「‥‥そおかなあ? みんな自分のことしか考えてないし、たくさん人が死んじゃっても、すぐに忘れちゃうし。琥珀だって何かあれば、すぐにみんな忘れられちゃって‥‥」
 憂鬱な表情の琥珀。
 伊達についた南の河越氏、長尾についた西の浅羽氏、源徳に忠義を尽さんとする北の比企氏と畠山氏、それらに囲まれた勝呂家は戦乱の最前線にいると言えた。実際に琥珀のいる勝呂館は戦場になりもした。
 そうした場所にいるには、琥珀の繊細で純粋過ぎる心はあまりにも脆弱であった。日を追うごとに憂鬱さは増している。
「ですが、御家の皆様のお嬢様を見る目は昔よりも‥‥」
 明日奈が言う。やさしくなったのだと。
 それには父の兵衛太郎が連れてきた食客のトゥーム・ストンの活躍があった。実際に長尾軍を凌ぎきった勝呂館の改修普請の功績は、戦闘に参加した勝呂家家臣達の中に信頼を生じさせるには十分なものであった。そのストンはイギリス人であることが、それまで奇異の目を向けられた琥珀への態度にも変化をもたらしたのである。
「でも、あの人‥‥なんか嫌な感じがするし‥‥別にどお思われててもいいし‥‥」
 琥珀が呟いていたこの時、ストンが更なる憂鬱の種になるとは思いもしていなかった。


●結婚
 その幼げな印象からは、思いもしなかったと驚かれることさえあるのだが、琥珀は一度結婚に失敗している。正確には婚約の一方的な破棄であった。
「琥珀に婿をとるだとっ!?」
 思わず声が上ずった。前述したような事情があり、本人の元から消極的な性格もあいまって、再びそういった話が持ち上がるとは考えてもいなかったからである。
 声を上ずらせたのは横山家光といって、勝呂兵衛太郎の叔父にあたる人物である。勝呂家の家督を狙っており、琥珀に適当な婿が見つからなければ、遠からず彼の一族から勝呂家の跡継ぎが選ばれるはずであった。親長尾派の人物であると目されていたが、今現在はまだ勝呂家とともにあり、源徳家の傘下にある状態である。
「あの異国人が勝呂の家を継ぐというのかっ!」
 琥珀の婿にと話が持ち上がっているのが、イギリス人ファイターのトゥーム・ストンである。築城の実績により兵衛太郎の深い信頼を得たことと、他の家臣達もその実力を認めざるをえないこと、何より琥珀の出生を鑑みての判断であろう。
 それにしても、異国人に家を継がせようという判断は異例であり、革新的であろう。
「納得できんっ! それでなくとも、あれが嫁を異国人を嫁に迎えるということにも反対したのだっ!」
 家光は激昂する。いや、家光に限ったことではなく、反発はある。それが大きくなっていないのは、ストンの実績によるところが大きい。また、かつての兵衛太郎の妻がイギリス人であったこともある。
「人を雇えっ! 琥珀をかどわかして勝呂の家から遠ざけてしまえっ!」
「ゴロツキのような者達では難しいかと存じますが‥‥」
「冒険者ならばどうか? 意に染まぬ結婚であるなどと煽り立ててやればいい。先の琥珀の破談も冒険者達の介入の結果だ」
「はっ。御意に」
 横山家光の家臣が依頼の為に江戸へ向けて発った。


●誘拐依頼
「意に染まぬ結婚から助け出して欲しい、と」
「その通りだ」
 ギルドに依頼を持ち込んだ横山の家臣。ただし、この家臣は琥珀の意は知らない。横山家光にとって意に染まぬ結婚である。
「しかし、時節柄、‥‥勝呂館は準臨戦態勢であり‥‥生半可な方法では奪い取りかねぬのだ」
 勝呂館という下りは声を潜める。今の江戸は伊達家のものであり、源徳家に与する勝呂家の名前を大きな声では出すことはできない。
「そこで冒険者の知恵と勇気と武勇に頼りたいという次第なのだ。脱出した後は江戸でこの金を渡してくれ。これで当面を凌ぎ、自分で生計を立てていけるくらいの才覚はあるお方だ‥‥」
 そう言ってギルドの手代に依頼料とは別の金を渡す。庶民感覚で堅実に生活すれば、かなりの長い間生活していけるだけの金である。
 依頼のもっともらしさを装う為に用意した金であるが、琥珀に自分で生計を立てていく才覚があるという話は正直なところ怪しい。それでなくとも、内気で引き篭もりがちの少女である。しかし、手代が個人的に琥珀のことを知るはずもなかった。
「わかりました。危険な依頼になりますが、冒険者に募集をかけてみましょう」
 勝呂館からの琥珀の誘拐。言い方は悪いが、そういうことにもなるだろう。
「江戸まで連れてきてしまえば、そう簡単には戻れはしまい」
 横山家光の企みはそういうことであった。


 トゥーム・ストンと琥珀の婚姻について、誰が提案したものであるのか、今のところ江戸には伝わっていない。

●今回の参加者

 ea5641 鎌刈 惨殺(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7310 モードレッド・サージェイ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 eb1758 デルスウ・コユコン(50歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2545 飛 麗華(29歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb3064 緋宇美 桜(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3897 桐乃森 心(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5401 天堂 蒼紫(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5402 加賀美 祐基(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

浦部 椿(ea2011)/ シャンピニオン・エウレカ(ea7984)/ 黒崎 流(eb0833

●リプレイ本文

「知らぬな。大方食い詰めた浪人が傭兵や用心棒の当てを探しているのであろう。関わるつもりも干渉するつもりもない」
 冒険者来訪を告げられた横山家光はそのように言ったという。
「些少だが米を恵んでやる。さっさと去ね」
 鎌刈惨殺(ea5641)は粥一杯になるかならない程度の米を渡されて、早々に横山家の屋敷から追い出された。
「今のところ、何もする気はないようだな」
 受け取った僅かばかりの米の袋を眺めながら惨殺は言う。
 むしろ、冒険者の後ろで糸を引いているのが自分であると思われたくはないのだろう。
「もっとも俺達のほうが引かれた糸を利用させてもらったわけだがな」
 惨殺はカラカラと笑った。
「今のところは放置、だな」
 今は優先すべき事柄がある。


 べん、べべん、べんっ。
「サアサ、皆様、音に乗ってまいりましょう」
 農作業をしている人々のところへ行くと、緋宇美桜(eb3064)は蛇皮線で拍子を取ってみせる。その音色にのって村人達の作業となんとなしに捗るようであった。共同作業を円滑に進ませるのに、拍子をつけるという工夫はあちらこちらで見られるものである。
 そうして、桜は村の人々と話をする機会を作っていく。
「乱の影響はどうなの? 農作業とかも大変で困ってない?」
 桜はそう切り出して、勝呂家の領内を歩いて回る。
「西のほうはお侍達がピリピリしてて難儀してるらしいなぁ。戦場になって田畑が踏み荒らされまったところもあるでな。それでもまだ、浅羽の侍達には顔見知りも多くて無茶はしねえだけいいんだけどな」
 中小の武将がひしめいている北武蔵では、互いに持ちつ持たれつな部分がある。村人達にしてみれば、どちらの武家の領地にも親戚がいても不思議なことはない。そうしたことから、自領に近い場所での合戦で無体が働かれることは多くはないのである。
「そっかぁ。でも、おめでたい話もあるんじゃなかった?」
「ああ、勝呂様のお嬢様の話かい?」
「亡くなった奥方様が異人だったろう? 俺達にしてみりゃ気味ぃ悪い気もしたなぁ」
「その血を引いてる方だからなぁ。それが婿を取るってなったら、またぞろ異人ってぇ話じゃないか」
「そもそも、あの異人はなぁ。館の普請だって言うんで俺らを散々こき使いやがって」
「ああ、あれは辛かった」
 村人達からそんな話が出てくる。
「侍として館で戦った人達にしてみれば、ありがたい存在だけど、村人たちには評判が悪いみたいだね」
 そして、
「こういうのも評判がよくない、‥‥か」
 桜はジャパン人には珍しい緋色の髪を指に絡めて自分の目線まで提げてみせるのであった。


「比企氏客将、黒崎流殿より書状を預かってまいりました。願わくば、比企藤四郎様にお目通りを願います」
 松山城にやってきたデルスウ・コユコン(eb1758)は松山城にやってくると、そのように申し出た。
「‥‥まずは書状を拝見してよろしいか?」
「こちらに。火急の用であります故、私のお目通りはすぐに叶わぬまでも、この書状だけでも、すぐに藤四郎様のお目にかかりますよう、よろしくお願い申し上げます」
 応対にでた侍に書状を手渡すと、デルスウは深々と頭をさげた。
 客将である流の手紙の効果は高く、程なくしてデルスウは松山城の一室に通された。
「此度はお目通りを頂き‥‥」
 やがて、藤四郎が部屋にやってくるとデルスウは丁寧に挨拶をしようとする。
「よい、冒険者に堅苦しい挨拶は不要だ。黒崎からの手紙は読んだ。なにやらただならぬ反目が両者の間にあると感じていたが、そのようなことであったか」
 藤四郎はデルスウの挨拶を遮って、そう感想を述べた。
「そのデビルなるもの欧州人のお前のほうが詳しいのだろう? 聞かせてもらえるか?」
「はっ。私も専門ではありませんので、その実態についてはわかりませんが、欧州でデビルと言えば誰もが御伽噺に幼い頃から耳にしてきたであろう、悪徳の象徴でございます」
 デルスウは語ってみせる。
「デビルに関わり、一時の繁栄を得たとしても、結果として幸福になった者の話は聞きません。このまま、一つ間違えば勝呂の家ばかりでなく、源徳家や日ノ本そのものに、消えない傷を残しかねません」
「‥‥ふむ。わかった、おぬしと黒崎の手紙を信じよう」
「つきましては、琥珀様を秘密裏に預かってはいただけませぬでしょうか?」
 デルスウは藤四郎と詰めの協議にはいった。


「おひさしぶりでございます、明日奈殿。その後、琥珀様のお加減は‥‥」
「ふふふ、私のような者にまで、そう格式ばらずともよろしいですよ。幸か不幸か、冒険者の皆さんのお力を借りる機会は多かったですから、そのご気質はよく存じております」
 モードレッド・サージェイ(ea7310)が、いつもの喋り方ではゴロツキと思われかねないと懸命に丁寧であることに腐心していたのを、琥珀の侍女の明日奈は笑いながら遮った。
「先の江戸脱出の折には大変お世話になりました。改めて御礼を申し上げます」
「いえ、私達はするべきことを全うしただけですから」
 丁寧に頭を下げる明日奈に、飛麗華(eb2545)は恐縮したように頭を下げる。
「それより、家にいても落ち着かねぇ琥珀の嬢ちゃんを思うと‥‥なぁ」
 モードレッドは言う。江戸から無事に脱出させたものの、複雑な気持ちはあった。
「あ、あのっ、こ、琥珀ちゃん、じゃな‥‥様が結婚なさるという話は、そのっ」
「それが急に振って湧いた話でして」
 琥珀のこととなるとあたふたしている加賀美祐基(eb5402)が聞くと、明日奈はそう答えた。
「もともとはお館様は、お嬢様の結婚には政略は関わらせたくないと常々申しておりました」
「それなのに、家の都合で結婚させて、琥珀ちゃんの未来を左右しようなんて」
 祐基は怒りに燃える。あながち、間違ってはいないのだろうが、祐基の怒りはトゥーム・ストンに向けられている。
「お嬢様にお会いになられるのでしたら、私が立ち会います。ただ、お嬢様は昨今の色々な出来事で気持ちが下向きになっておられます。皆様のお気に障る言葉も出てくるかもしれません。ご容赦下さいませ」
 そうして琥珀の部屋へと案内される祐基とモードレッド。麗華だけは厨房へと通される。
「失礼いたします。お嬢様にお客様をお連れいたしました」
 障子を開けて廊下側からはいると、特に何をするわけでもなく、ぼんやりと空虚な雰囲気を纏った琥珀がいた。
「お、お久しぶりで御座います。また、琥珀様にお会いできて、うれ‥‥いや、光栄に御座います」
 ガチガチに緊張した祐基がまず挨拶する。
「‥‥うん」
「以前、友人に伝言を頼んだ約束‥‥そ、それを果たしたくて。また、貴方の絵を描かせてもらいたくて、伺いました」
「うん‥‥ありがとお。でも、ほんとに琥珀なんか描いて楽しいの? 描いてもらえるのは嬉しいけど‥‥」
「う、嬉しく思っていただけたなら、それ以上に嬉しいことはないですっ!」
 祐基は力を込めて強調する。
「その言葉に嘘はないです。‥‥でも、絵を描くのは教養とか嗜みの話で本職じゃないんだ‥‥」
「え? ‥‥でも、すごく上手だったよ」
 琥珀は父の部屋に飾られている自分の似絵を思い出しながら言う。
「でも、俺は神皇陛下にお仕えする志士で、冒険者をやっているんです」
「‥‥冒険者‥‥」
 琥珀の顔に曇りが浮かぶ。
「その‥‥どうしても琥珀ちゃんに会いたくって‥‥つまり、その口実が欲しくて嘘をついてました‥‥ごめんなさい!」
「‥‥そお。みんな、琥珀に嘘つくんだね‥‥どおせ琥珀のことなんか‥‥」
 祐基が懸命に謝っているのに対して、琥珀は目を逸らして俯いてしまう。
「目を逸らすなよ、琥珀の嬢ちゃん」
 モードレッドが横から口を挟む。
「言ったろう? 自分から動こうとするなら、自ずと結果に繋がる。どうせ自分なんてといじけて、事態を流れるままに任せんのか?」
 モードレッドは江戸からの脱出した後に琥珀にかけた言葉を今もう一度繰り返す。
「変えていけるんだ、自分も人もな。まずは言ってみればいいさ、嘘を吐かれたことへの怒りをな」
「んなっ!?」
 祐基が驚きの表情になってモードレッドに顔を向けると、モードレッドはニヤニヤと笑っている。
「‥‥うん‥‥嘘吐きは‥‥嫌い」
「んがあっ!」
 琥珀の言葉に祐基が悶絶して倒れてしまう。
「あらあら、何やら賑やかそうですね」
 そこへ麗華が料理を運んでやってくる。勝呂家の厨房を借りて琥珀の為に料理の腕を振るったのである。
「琥珀さんの為に腕を振るわせてもらいました。ご賞味下さい」
 麗華が料理を差し出して、寝込んでいる祐基を除いて全員で料理を囲む。
「こうしていると、江戸から脱出した時のことを思い出しますね」
「うん。やっぱり美味しいよ」
 少しだけ顔が綻ぶ琥珀。
「それで、今回の婚約話に自分の思っていることを少しでも伝えたのかい?」
「‥‥ううん」
 琥珀の箸を持つ手が止まった。
「貴族の出自が時に家に従わなければならないのは倣いと承知している。それでも、お嬢ちゃんの意思を示すことは決して無駄にはならないさ」
「特に今は私達もいますしね」
 麗華は相談に乗ることもできるし、その結論の実現を手伝うこともできるという含みを持たせて言う。
「うん‥‥しょおじき、いい感じはしないよ」
 すると、それに応じるように琥珀が少しずつ語り始める。
「なんか、怖い感じがして、嫌な感じする‥‥あの人‥‥」
「嬢ちゃん、なかなかいい感性を持ってるな。俺達のことをどこまで信じてもらえるかわからねえが、俺達の調べたところじゃ、やつはとんでもないワルだ」
「ですから、琥珀さんや勝呂のお殿様を危険な目に合わせたくありませんし、私達も彼に気付いてしまった異常、野放しにはできません」
 モードレッドと麗華が琥珀にストンの危険性を説く。
「お迎えにあがりました。加賀美様、モートレッド様、飛様」
 桐乃森心(eb3897)の声が廊下からする。
「外の様子はどうなっていますか?」
「すまない。警備が堅いというより、小さな家ゆえに互いが顔見知りというものばかりでな。少し強引に忍び込んできた」
 麗華が障子に寄って言葉をかけると、天堂蒼紫(eb5401)の答えが返ってくる。
「申し訳ありません。そういう訳で時間がありません」
 心が言う。
「さて、琥珀ちゃん‥‥俺達の言うことを信じてくれるかい?」
「‥‥明日奈はどお思う?」
 モードレッドが琥珀に決断を迫ると、琥珀は明日奈に質問を渡してしまう。
「私もストン様にはいい心象を抱いていません。しかし、ストン様はお館様が琥珀様の婿にと考えるほどに信頼を寄せられている方でもございます」
「うん‥‥」
「私にもどちらを選ぶのが正しいかわかりません。しかし、お嬢様がストン様を嫌っていらっしゃるならば、その気持ちに素直になって頂きたく思います」
「うん‥‥」
 しかし、明日奈は琥珀に決断させることを選ぶ。
「‥‥連れていって‥‥」
 琥珀は渋々といった様子で冒険者達に申し出た。
「おい、加賀美、いつまで寝てるんだ」
 蒼紫が突っ伏していた祐基を蹴り起こす。
「ぅ‥‥あ‥‥」
「さあ、脱出だ」
 祐基が目を醒ますと、蒼紫はそう言った。
「むん」
 心が印を結んで念じると、足元から煙が立ち上る。煙が晴れるとそこにいるのは金髪碧眼の少女である。
「あっ‥‥琥珀さん‥‥には似ていないですね」
 金髪碧眼で背格好も似せるように術を使ったが、顔立ちはあまり似ていない。
「そういう術だからね。でも、遠目には誤魔化せるさ」
 心が化けた少女は麗華の指摘に答えてニコリと笑った。
「嬢ちゃんが一人で逃げていくなんざ、不自然だな」
 モードレッドが言いながら心の側に立つ。
「明日奈さんの身替りも必要でしょうね」
「ま、こっちは三人いれば何とかなるだろう」
 麗華が心の側へやってきたので、モードレッドはそう言いながら心の頭を撫でてやる。
「にはは。せいぜい、撹乱してさしあげましょう」
 心はそう言って笑った。本当なら、自分一人くらいはどうってことないと考えていたのである。

 三人の撹乱作戦が効を奏して、祐基と蒼紫は琥珀と明日奈を連れて無事に勝呂館から脱出する。
「ねえ‥‥」
「は、はいっ! な、なんですかっ!」
 琥珀を負ぶって必死に駆けている祐基。琥珀が声を出すと、必然的に耳元へ囁かれるようなこそばゆさを感じる。
「どおして‥‥こんなに一生懸命にしてくれるの? ストンさんが悪い人だから?」
「えっ、えと、それはっ! それもありますけどっ」
 祐基はしどろもどろになりながら答えようとしている。
「お、俺は琥珀ちゃんを助けたい。琥珀ちゃんに悲しい顔をして欲しくないっ! 俺はどうしても琥珀ちゃんの笑顔を曇らせたくないから」
「どおして?」
「たった一度しか会ったことが無いのに信じてもらえないかもしれないけど‥‥俺は、琥珀ちゃんがす、すす‥‥好きだから!」
 祐基は崖から飛び降りるようなつもりで絶叫した。
「なるほど、横恋慕の花嫁泥棒というわけか」
 声が四人の前に立ちはだかった。足が止まる。
「怪我の具合はどうだ? 温泉というのは治療にはいいと聞くな」
「ストン!」
 蒼紫が苦々しい顔をする。心なしか、治ったはずの矢傷がうずく。
「お陰様でな、気力体力充実している」
 蒼紫は指に嵌めた石の中の蝶を見た。もう間違いはなかった。
 トゥーム・ストンの正体はデビルである。
「そうか、では、俺の花嫁は返してもらおうか」
「琥珀ちゃんは俺のお嫁さんになって欲しい人だっ!」
 祐基が言い返すが、琥珀を背負っていてはまともに戦うことも出来ない。
「ここで決着をつけてしまうのも面白いなぁ」
「全力で援護するよっ」
「このジャッジメントソードで邪悪な魂に審判を下しましょう」
 ストンの背後に三人の冒険者が駆けつけていた。
 惨殺、桜、デルスウである。館の外で脱出の手助けの為に待機していたのである。
「‥‥なるほど。ここは引き下がったほうが懸命ということか」
 ストンは冒険者達との間合いを慎重に測りながら、距離を置くとさっと駆け去っていった。
「‥‥ふぅ、深追いは無用だな」
「さあ、松山城へ急ぎましょう」
 惨殺とデルスウが言った。


 その後、松山城に金髪碧眼の少女がいるという噂が広がった。藤四郎は可能な限りの緘口令は出したものの、琥珀の容姿はジャパン人の中では目立ちすぎるのである。
 その後、勝呂家からは迷惑料が支払われて「娘が冷静になるまでしばらく預かって欲しい」と申し入れられ、この誘拐事件は穏便な形で折り合いが付けられてしまった。
 形式の上では比企氏と勝呂氏の関係は良好なままである。

 同時に広がった噂がある。
「源徳家の家臣の家が魔物に乗っ取られようとしている」
 それが、
「源徳家が魔物と手を結んでいる」
と、変わるのに大した時間はかからなかった。