偽善か欲望か?

■ショートシナリオ&プロモート


担当:恋思川幹

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月05日〜01月10日

リプレイ公開日:2005年01月13日

●オープニング

 門前町、鳥居前町というものがある。
 有力な寺院・神社の参拝客を相手にする商工業者が集まることで形成された町々である。
 正月ともなれば、香具師たちが屋台を出し、参拝と観光を兼ねた初詣客が集まってごった返している。

 そんな人で賑わう鳥居前町の一つに、三人の少女冒険者が訪れていた。
 神聖ローマ帝国からやってきた、ナイトのバジル、神聖騎士のクリスピー、クレリックのローチと言う。
 三人は町の片隅にようやく今夜の宿を確保できたところである。
「うちも混んでるからねぇ。男の人一人と相部屋になっちまうけどいいかね? あんた達と同じ外人さんなんだけどね?」
「ほんと!? 相部屋でも構わないよ。や、助かったー。どこの宿屋もお客さんで一杯だし、たまに空いててもボクたちの格好見ると、泊めてくれないんだよー」
「あっはっはっは、そいつは難儀だったねぇ。まっ、鳥居前町でその形でいちゃ、場違いではあるわね」
 バジルが口を尖らせているのに、宿屋の女将は豪快に笑って応じる。
 見れば、神聖騎士のクリスピーとクレリックのローチは言うまでもなく、ナイトのバジルも敬虔なジーザス教徒であるらしく、首に十字架のネックレスを身につけている。
 確かに一目見てジーザス教徒とわかるその姿は、日本の神社の鳥居前町には不似合いな姿である。
「そうですね、『聖なる母』にお仕えする私達が本来来る場所ではありませんね。けれど、異国の方々に『聖なる母』の教えを広めるには、その国の信仰のあり様を調べることが重要だと思うのです」
 と、ローチ。
「‥‥だから‥‥修行の旅‥‥兼ねて‥‥研究‥‥してます‥‥」
 ボソボソと呟くクリスピー。
「そうかい。そんな歳なのに、大したもんだね」
 ローチとクリスピーの話を聞いて、女将は素直に感心する。
「うちは客に拘ったりしないから、安心して泊まっていっておくれ。宿泊するお客さんは誰であろうと、自分の子どもだと思って大切にもてなすってのが、あたしの流儀だからね」
 外国人である三人に履物の指摘をしながら、女将は三人を客間へと案内する。
「この部屋だよ。それじゃ、くつろいでいっとくれ。食事や風呂はまた、案内しにくるからね」
「は〜い」
 三人が賑やかに部屋に入っていくのを確認すると、女将は一度下がっていった。


 三人が旅装を解いた頃合を見計らって、女将は再び部屋に向かった。
 その時には既に事件は起こっていた。

メキメキ、ドッターンッ!!

 部屋の障子が突き破られて、男が一人廊下に飛び出してきた。
「ごめんちゃい‥‥ごめんちゃい‥‥」
 子どものような舌足らずな喋り方で、泣きながらペコペコ謝っているのは、真っ赤な瞳に逆立った髪の、貧相な中年の男である。
「どうしたんだい、これは!」
 女将はあわてて男に駆け寄る。
「おばさん! どうしたもこうしたもないよっ!」
「いくら混み合っているとはいえ、ハーフエルフと同室なんて納得できません!」
 バジルとローチが女将に向かって抗議する。
 そう、この貧相な中年の男はハーフエルフである。狂化しているのであろう、ひたすら謝り続けるばかりである。
「あんた達の国のしきたりがどうかは知らないけどね、ここは日本で、この人は大事なうちのお客さんなんだ! こんな暴力沙汰を起こすなら、あんた達に出て行ってもらうよ! さっ、この人に謝りな!」
 だが、冒険者相手でも女将は臆することなかった。
「ハーフエルフ相手だよ!? おばさん、正気?」
「『はーふえるふ』ってのがなんだか知らないけどね、あたしから見れば、どっちも『同じ外国人』なんだよ! 『同じ外国人』同士、仲良く出来ないってんなら、出てっとくれ!」
 エルフすら、まだまだ珍しい存在であるジャパンでは、ハーフエルフの存在もまた認知度は高くない。『ハーフエルフ』という単語が何を意味するのか、女将にはわからなかった。
 だが、ジャパンでも異種族婚は禁忌とされている。もしも、バジルが『ハーフエルフ』という単語を用いずに『混血種』という単語を使っていたら‥‥女将の反応も違っていただろう。
「‥‥ぅ〜‥‥酷い‥‥です‥‥私達‥‥ハーフエルフと‥‥同じ‥‥なんて‥‥‥‥ぐすっ‥‥ひっく‥‥うえぇぇぇん‥‥」
 『同じ外国人』という女将の発言に、クリスピーは泣き出してしまう。
「クリスピー、悲しいのはわかるけれど、泣かないで。クリスピーは『聖なる母』に仕える騎士でしょう? 簡単に泣いてはいけませんよ」
「おばさん! 今の発言取り消してよ! ボクだって言われたら我慢できないセリフの一つや二つあるんだよっ!」
 ローチは泣いているクリスピーを優しく慰め、バジルは女将への抗議を続ける。
「ごめんちゃい、ごめんちゃい」
 一方のハーフエルフの男は狂化を起こしたまま、ひたすら謝り続けている。貧相な中年男が幼児のような舌足らずの口調で泣いているのは、見ていてあまり気分のよいものではない。
「あんたも情けないことやってんじゃないよ! もっと男らしくしたらどうだい?」
 女将はそんなハーフエルフの男にも一喝する。
「とにかく! うちの宿でこれ以上、この人に無体をさせるつもりはないからね! あんた達がこの人と仲良くするか、それともあんた達が出ていくか! 二つに一つだよ!」
 女将はきっぱりと言い切った。
「いいよ‥‥。そっちがその気なら、ボク達にだって考えがあるんだからね‥‥」
 バジルはゆっくりと剣の柄に手をかけた。



 冒険者ギルドにもたらされた依頼は、
「宿屋に立て篭もっている三人の少女冒険者を排除して下さい」
であった。

●今回の参加者

 ea7568 ヒュウガ・ダン(27歳・♂・バード・人間・ビザンチン帝国)
 ea9191 ステラ・シアフィールド(27歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9853 元 鈴蘭(22歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9913 楊 飛瓏(33歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9916 結城 夕貴(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9945 暁 鏡(31歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb0094 大宗院 沙羅(15歳・♀・侍・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb0188 ゲオルグ・バンガード(15歳・♂・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

「なんやあれやな。この依頼、女将に『ハーフエルフ』は『混血種』やいえば、軟弱ハーフエルフが退場して終わりやな。でも、うちも報酬もらえなくなるやさかい、これは御法度やで」
 自分自身もハーフエルフである大宗院沙羅(eb0094)が事の核心をついた発言をする。
 もちろん居合わせた冒険者八人のうち、五人までもがハーフエルフであれば、そのような解決を望む者がいるはずもないのであるが。

「他に宿を借りて、お三方を移すのがよいと思います。この寒空にただ追い出すだけでは如何かと思いますから」
 ステラ・シアフィールド(ea9191)の提案に反対する者はいなかった。そのほうが交渉がスムーズに進むであろうということもある。
「では、僕もそちらを手伝いましょう」
 ゲオルグ・バンガード(eb0188)が宿探しに協力を申し出る。
「ただ歩き回るだけでは効率が悪いですね。何か伝があればよいのですが‥‥」
 ステラは考えられる伝を頭に思い浮かべるが、どれも今一つパッとしない。
「あの子達の宿を探すなら、あたしの伝は辿れないかい?」
 依頼人の女将がひょいと顔を出す。
「女将さんも、それでいいんですか?」
 ゲオルグが問い返したのは、自分の宿に立て篭もった三人娘に対して優しさを見せる女将の態度に感心したからである。
「悪い子達じゃないと思うんだよ。まだ、ちょっとばかし子どもなのさ」
 女将は余裕のある態度である。
「では、お願いできますでしょうか? もうこの界隈で探すのは騒ぎが聞きつけられているでしょうし、少し離れたところが好ましいでしょうか」
 ステラは女将から伝になりそうなところを教えてもらうのであった。



『敵意はありません。とにかく、話し合いましょう』
 滑らかなラテン語はそれを母語とする者こそが発することの出来る、耳に心地のよいものであった。
ヒュウガ・ダン(ea7568)は、宿に立て篭もる三人娘の出身国である神聖ローマと同じ言語を母語とする、ビサンチンの育ちである。
『うそ、ラテン語? キミは?』
 ヒュウガの呼びかけに対して、宿の廊下の奥から返事が帰ってきた。
 懐かしい言葉の響きに少しだけ打ち解けたような気分が聞き取れた。
『ヒュウガ・ダンと言います。このままでは一般の方にご迷惑をかけてしまいます。とにかく、話し合って善後策を考えましょう。とりあえず、こちらから三人、そちらへ行ってもいいですか?』
 ヒュウガは廊下の奥、姿を見せていない三人娘に向かって話し合いを持ちかける。
 廊下の奥からゴニョゴニョと話し声が聞こえてくる。三人で相談をしているのであろう。
『うん、わかった。こっちへ来ていいよ』
 奥から返答が帰ってくる。
「では、失礼させていただきます」
 結城夕貴(ea9916)は鞘におさめたままの日本刀を右腕に持って、戦意のないことを示しながら奥に歩を進めていく。
 上等とはいえない廊下の床が軋んで音を立てる。
「‥‥ゴクリ‥‥」
 夕貴は息を飲む。‥‥不意に斬りかかられることも‥‥ありえない話ではないのだ。
「‥‥開けますよ」
「‥‥どーぞ」
 襖をすっと開けると、三人娘も警戒していたのだろう。出入り口から距離をとって身構えていた。
「・・‥ふぅっ‥‥」
「‥‥はぁ‥‥」
 夕貴とバジルが息をついた。互いの緊張がほぐれるのがわかる。
「それで‥‥ボク達と話をしたいって何?」
 夕貴が利き腕と思われる腕に武器を持っていたことで、ひとまずは安心したのであろう。
 三人の交渉人が部屋に入って座についた。
「禁忌に触れたとされるハーフエルフと同じ外国人と見られたことを間違った事としてとるのも‥‥分からんでもない」
 楊飛瓏(ea9913)は、とりあえず相手の主張を認めることから説得に入る。
「はい、そのとおりです。世の中には言っていい事と悪い事があると思います」
 ローチが賛同者をえたことに顔を綻ばせる。

「‥‥ハーフエルフ‥‥図々しい‥‥です‥‥」
 つられてなのか、内気なクリスピーも口を開く。
「異種族婚‥‥『聖なる母』の摂理に逆らって‥‥‥‥勝手に生まれて‥‥きます‥‥」
 その言葉に暁鏡(ea9945)はピクリと反応した。
 鏡は三人娘が立て篭もっている部屋の建物の外側に身を潜めている。交渉が破綻して剣が抜かれるような事態になった時、いち早く対処する為である。
「‥‥混血種が禁忌なのだとしたら、どうして僕達みたいなのが生まれるようにしたんだろう‥‥『神さま』は‥‥?」
と、鏡は疑問に思っていた。
「うん、そうだよね、『聖なる母』だって、きっと迷惑してるよ、ハーフエルフには」
 偶然にも鏡の問いに対する答えが話題になっている。クリスピーやバジルの考えによるならば、ハーフエルフが生まれてくるのは『神さま』の決めたことではないのだと言う。ただし、ジーザス教全体ではハーフエルフに対する立場は明確にされておらず、この考え方はクリスピー達の個人的なものである。
『もし、上手に説得できても、結局、彼女達はハーフエルフの事は嫌いなままなんだろうな‥‥』
 三人娘のハーフエルフに対して妥協を感じられない様子にそう感じる。
『‥‥ちょっと、悲しいな‥‥』
 自分を含めたハーフエルフを悪し様に言われたことよりも、三人娘が自分達ハーフエルフと仲良くは出来ないことが、鏡にとって悲しかった。

「なるほどなるほど。あなた方の意見もよくわかります」
 ヒュウガは三人娘の主張を否定しようとはせず、ハーフエルフを擁護する発言も避けている。そもそも、彼はハーフエルフに対する自分の立場というものを、冒険の仲間達にも明確にしていない。
 合理的に事態を解決する為である。
『ハーフエルフのどこがいけないのか? なぜハーフエルフだから敵視するのか?』
 そんな疑問を率直にぶつけるつもりでいた夕貴にとっては、少々歯がゆくはあったが。
「だが、主張は正しくとも、力を用いてそれを行い、無用な争いを増やす事は『間違った事』ではないか?」
 飛瓏が反撃に出る。
「そ、それは‥‥うぅ‥‥」
 反論できないバジルは恨めしそうな目で三人の交渉人を見つめる。
 子どもが拗ねているかのよう‥‥というよりは、子どもそのものである。
『まさか子どものように暴れたりは‥‥』
 夕貴は緊張する。静かにひっそりと‥‥その緊張は場全体に染みていく。
ぐるるきゅ〜‥‥
 不意に誰かの腹の虫が鳴った。
「あっ‥‥」
 ローチが赤面して顔を伏せる。
「お腹空いているんですね。無理もないです、ずっと立て篭もっていたんですから」
「ちょっと休憩して、それから今後の事を相談しましょう」
 夕貴が笑みを溢し、ヒュウガが休憩を申し入れる。微かな緊張など掻き消えていた。
「ちょっと待ってて下さいね」
 夕貴が部屋を出ていった。

 しばらくして、
「お待ちどおさまや」
 耳を隠して宿屋の女中を装った沙羅が質素ながら暖かい食事を運んできた。
「さっ、これでも食べて温まりいや」
「何で‥‥ボク達にこんな‥‥?」
 湯気の立っている食事を差し出されて、バジル達は戸惑う。
「女将さんからのお詫びの気持ちや」
 沙羅が笑いながら答えた。
「この国ではよくも悪くも、自分達ジャパン人以外はみーんな外国人、余所者や。ハーフエルフも人間も関係ないんや。あんた達の気持ち無視したんは悪かったけど、『郷に入りては郷に従え』ちうやろ? 堪忍してーや」
「‥‥‥‥ボクらこそ、ごめんなさい‥‥。ハーフエルフと一緒にされるのは嫌だけど‥‥女将さんの事情とか‥‥全然、考えてなかったよ‥‥」
 三人娘に反省の色が見える。
「それに気づけたのなら上等だ。今、仲間達があんた達の泊まれる宿の手配をしてくれている。騒ぎを起こしてしまった以上はいづらいだろうからな、そちらに移ってもらって、今回の件は終りとしよう」
 飛瓏の言葉に三人娘は大人しくうなずくのであった。
 ちょうど、その時‥‥
「恐れながら申し上げます。宿の手配が整いました」
 障子越しにステラの報告が聞こえてきた。



「本当に迷惑かけちゃってごめんね」
「お心づくし、感謝しています」
「‥‥ありがとう‥‥ございました‥‥」
 宿の入り口で、三者三様に女将に声をかける三人娘。
「いいんだよ。これからは何かあっても、カっとなる前にもう少し冷静になるんだよ。‥‥あっはっは、それはあたしもだね」
 女将が豪快に笑う。これで両者の和解は成立したと冒険者達が胸を撫で下ろす。
「あら?」
 と、ローチが宿の入り口の端でハーフエルフの男の治療をしている元鈴蘭(ea9853)の姿に気がついた。
「‥‥ハーフエルフ同士‥‥」
 耳を隠していない鈴蘭に、三人娘はすぐに彼女がハーフエルフであることに気づいた。
「‥‥少々、お待ち下さいね」
 三人娘の視線に気づいた鈴蘭は男に優しく声をかけてから、立ち上がって三人娘の前にやってくる。
「お三方とも、それぞれに名誉ある職業についておられる方と聞き及んでいます」
 そう語りながら、鈴蘭は蛇毒手の使い手であることを示す手袋をはめた拳を突き出し、ついでパッと手を開く。
「手は‥‥人を傷つける拳にも、人を癒す掌ともなりえます、何の為のお力か見失わぬように‥‥どうか‥‥」
 一礼して鈴蘭は男の治療に戻る。
「‥‥ハーフエルフなんかに言われなくたって、そんなのわかってるよ!」
 バジルが苦々しげに怒鳴った。

 三人娘が冒険者達に案内されて、宿を移る途中、外国人の少年バードが路上で演奏を行っていた。
 横笛で演奏される楽しげな欧州のメロディは、三人娘のささくれ立っていた心も楽しげなものにした。
「外国の町でもバードとして食べていけるものですか?」
 ローチが少年に声をかけた。
「楽しい歌を聴けば楽しくなり、悲しい歌を聴けば悲しくなる。どこでも誰でも、何かを感じる『心』は一緒ですよ」
 それが音楽で皆を幸せにしたいと願う、ゲオルグの想いである。