月夜の夢を追いかけて‥‥
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:恋思川幹
対応レベル:1〜3lv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月14日〜01月20日
リプレイ公開日:2005年01月21日
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●オープニング
月満ちて中天に輝き、空を破りて異国の道開かれん‥‥。
ずっとずっと、夢とばかり思っていた、あの幼い日の出来事‥‥。
遠い遠い異国の地で再会することになった、あの日から‥‥私はずっと夢を追いかけている‥‥。
冒険を求めてジャパンに渡ってきたのは、5年前のこと。
ジャパンに来て早々に、私は他の冒険者達と一緒にオーガ退治の依頼で、とある山村へとやってきてた。
「あれ? ここ、見覚えある‥‥」
私はそこで既視感に囚われた。
「ジャパンにははじめて来たって言ってなかった?」
そうだ、私はジャパンに来たことなどなかった。
けれど‥‥
「ほら、あの山の稜線‥‥谷のほうから聞こえる遠い沢のせせらぎ‥‥」
記憶の底から浮かび上がってくる‥‥この景色を私は知っている!
「似たような景色というのは、あるものよ?」
後になって思い返してみれば、あの時の私の様子は何かにとり憑かれた様であったのかもしれない。一緒にいた冒険者仲間が心配そうな顔で、私に声をかける。
「違う、そんなんじゃなくて!」
私は興奮していたのか、声を荒げた。
「夢でも見たんじゃないの?」
‥‥夢‥‥そう‥‥ずっと夢だと思ってたんだ。
あれはもう何十年前のことだろう?
まだ、幼かった私が深い深い森の中へ迷い込んでしまった時のこと。
夜の帳が辺りを包み込んでも、私は家にたどり着けなかった。
泣きつかれて、歩きつかれて、それでも泣きながら歩き続けていた‥‥。
とにかく‥‥私は家に帰りたかったんだ‥‥。
歩いていけば、いつか帰れることを信じて‥‥。
不意に視界が開けたとき、けれど私が見たものは、自分の生まれ育った村の慣れ親しんだ景色じゃなかった。
「ここ‥‥どこ‥‥?」
見たことのない山の形、遠く聞こえてくる沢のせせらぎ‥‥。
そして気づいた。見たこともない服を着て、聞いたこともない言葉を喋る大人が私の周りにたくさんいることに。
大人達がどんな様子だったのか、私に忖度する余裕なんてなかったけど、そっと頭を撫でて慰めてくれたことを覚えてる。
そして、食べ物を少しだけわけてくれて‥‥どんな味かも覚えていないのに、私はあれより美味しいものを食べたことがない‥‥今でも思う。
大人達は私を優しく送り返してくれた‥‥のだろう。
その後のことは、自分でもよく覚えてない‥‥。後で聞いた話では迷子になってた私は次の日の明け方に森の中で見つけられたらしい。
あの時見た山の形
あの時聞いた遠い沢のせせらぎ
見たこともない服
聞いたこともない言葉
すべておぼろげにしか覚えてない。
あの時、体験した全てを、一つ一つをどんなものだったのか説明することもできない。
私が十五、六歳くらいだったことを考えても‥‥夢だと思うのが当然だったと思う。
けど、胸の奥でずっと引っかかっていた。
いつまでも忘れることのない‥‥不思議に‥‥忘れない夢‥‥。
もしも、あの夢が現実であったとしたら?
それを実現することが出来るのは‥‥
月道
もしかしたら、ただの錯覚かもしれない‥‥けど、私はここの景色に見覚えがある。
もしかしたら‥‥あの夢は夢じゃなかったのかも知れない。
なら‥‥
「決めた‥‥私、ここで月道を探す!」
私は文字通り『夢を追いかける』ことを決めた。
「オーガ‥‥退治?」
ギルドの手代は一瞬‥‥わからない‥‥という顔をした。
「あっ、ごめんなさい。山鬼のことです。それが二匹」
エルフの女性は言いなおした。年の頃は人間で言えば二十歳前後といったところだろう。
「一番近くの村の人達でも村から遠いところにいるって気にしていないみたいなんだけど、私が探索を行っている場所が山鬼達の活動範囲に引っかかるの」
「探索?」
「私、月道を探しているんです」
迷いなく答えた女性を見て、手代は少し眉を顰めた。
『こんな若さで山師か?』
月道の発見確率は恐ろしく低い。
実際に満ちた月が中天にある時、月の精霊魔法『ムーンロード』を唱えてみるしかないのである。一度に探索出来る範囲は半径3mほどの円。隙間を出さないように円の端を重ねていくとおおよそ4m四方の長方形の範囲だけである。それが一月にたった一度だけ。
このエルフの女性が過去五年間をかけて探索できた範囲も、おおよそ1,000平方メートルと決して広いものではない。
だが、その困難さ故に、たった一つでも月道を発見できれば、それは莫大な富を生み出すことだろう。
未発見の月道を見つけて一攫千金を狙う者も少なくはないのであるが、むろんのことあまり真っ当な人間がやることではないだろう。
そんなヤクザな商売は、手代の前にいる歳若い女性エルフには不似合いであるように思えた。
「山鬼を倒す必要はないんです。とにかく、月が中天にある間『ムーンロード』の魔法を唱える状況を確保してもらえれば、それで」
「それにしても、駆け出し冒険者だけを雇って、山鬼二匹の相手と言うのは‥‥」
「駆け出し冒険者で8人‥‥。それが今の私に出せる報酬の限界だから‥‥」
エルフの女性はそう言って俯いてしまう。
「‥‥まあ、冒険者には変わり者も多いですから、募集をかけるだけかけてみましょう」
●リプレイ本文
冷たく澄んだ冬の空に、月が冴える。
都の雅な貴族の中には冬の月を「すさまじきもの」などと呼んで嫌う風もあるそうだ。
だが、妥協なき厳しさと美しさとを併せ持つ冬の月は、冒険者には好まれるのではないだろうか?
その月が中天に瞬くには、まだいくばくかの時間が必要であったが、日は既に落ちて夜の帳が辺りを包み込んでいた。
「う〜ん、寒い! 寒いよぉ」
防寒具を忘れてきた白井鈴(ea4026)が、焚き火に向かって駆け戻ってくる。
「見回り‥‥ご苦労サマ。白湯、あるカラ、温マッテ」
宗祇祈玖(ea8876)が焚き火で沸かした白湯を茶碗に注いで鈴に差し出す。
冒険者一行は道中で山鬼に遭遇することもなく、今夜の捜索地点に無事に到着した。そこで祈玖の提案により、簡単な野営地が設けられることになった。彼女の所有しているテントを張って風除けとして、その陰で焚き火を炊いて暖を取っている。
焚き木はすぐに集められたが、そこで全員がそろってポカをやったことに気づく。冒険者達には火打石や提灯などの照明道具の持ち合わせが無かったのである。幸い、物そのものは依頼人が多めに持っており、冒険者達に貸してくれたのであるが、依頼人の懐事情も厳しいものがあり、油などの消耗品代が依頼から幾分差し引かれることとなってしまった。
閑話休題。
「拙者達にも頼むでござる」
駆け戻ってきた鈴に少し遅れて、七枷伏姫(eb0487)らも戻ってくる。
「ごくろうさまだよー♪ 山鬼はまだ、出てこないー?」
風月明日菜(ea8212)が帰ってきた見回りから戻った面々に尋ねる。
「仕掛けておいた警報器はそのままでござったし、今のところは気配はないようでござるね」
伏姫と鈴が一緒に仕掛けた警報器は樹と樹の間に通した鳴子である。もしも、山鬼が現れれば、鳴子がカラカラと音を立てて報せてくれる‥‥はずなのだが、真冬の空っ風に吹かれた鳴子は今もカラカラと音を立てている。
「さっきからずっと鳴りっぱなしだけど、大丈夫なのかな?」
ニヴァーリス・ヴェルサージュ(ea9359)がカラカラという音を聞きながら尋ねる。表には出さないが、内心不安であるようだ。
「山鬼が引っかかれば、それなりに変化があるはずだから大丈夫だよ、きっと」
ニヴァーリスに説明する鈴。一応、警報器を仕掛けた者の立場として一言入れておきたかったようだ。
「それにしても‥‥幼き頃の思いをあきらめず夢を追い求め続ける。凄いでござる。拙者は感動したでござるよ」
伏姫が依頼人に話題を振った。
「うん、一つの事をずっと追いかけられるなんて凄いよねー♪ 僕もそんな夢を見つけられるかなー?」
明日菜がそれに同意する。
「いえ、そんなことは‥‥。傍から見れば、ただの酔狂とか、一攫千金狙いの山師ですし‥‥」
依頼人は謙遜する。
「夢にむかって目標があるのはいいことですよ。あたしはとりあえず、外の世界を見たくて、無理を言って冒険にでる許可を期限付きで貰ったのですよ。でも、その次に何をしようか考えあぐねていて‥‥。あなたは月道を見つけたら次は何をするんですか?」
瓜生勇(eb0406)が興味深々といった様子で尋ねる。
「月道を見つけたら? ‥‥‥‥」
依頼人が黙りこくってしまう。
「何か言いづらいこと、聞いてしまいましたか?」
勇が少しだけ慌てる。
「いえ、そんなことは‥‥。ただ、月道を探すことに夢中でしたから‥‥その後のことなんて考えていませんでした」
依頼人が頬を染める。
「その気持ち‥‥ボクにもわかるよ」
鈴苺華(ea8896)が口を開く。
「あのね、聞いてくれる? ボクにも夢があるんだよ」
苺華がどこか遠くを見るような眼差しで語りだす。
「子供の頃、竜を見たんだ。空を覆ってしまうほど大きくてね、白い羽毛が日の光で虹色に輝いてとっても奇麗だったんだ。ボク、その時思ったんだ。あの竜とお友達になりたいって。きっと、きっといつか‥‥」
空を覆うほどの竜、普通なら俄かに信じられる話ではない。実際、苺華は次のように過去を語る。
「大人の人達に話しても、みんな笑いながらお伽話の聞き過ぎとか、夢でも見てたんだなんて言ってたけど‥‥。ボクは今でも諦めていないよ」
苺華の話が事実であるのか? 夢であるのか? はたまた依頼人に話を合わせて即興で作った物語であるのか? そのことを確める術はなかったが、
「あなたも『夢』を追いかけているのね」
依頼人は自分の体験によく似ている苺華の話に、依頼人はとても嬉しそうな顔をした。
「そろそろ、時間だな。まっ、夢なんざ、長い人生の中でいつか叶えりゃいい物だ。時期とチャンスさえ逃さなければ叶う筈だ」
巽源十郎(ea7139)が空を、月を見上げて言った。
月はまもなく、中天に差し掛かろうとしていた。
「あっ!?」
ニヴァーリスが声をあげた。
「どうシタノ?」
祈玖が聞く。
「今、鳴子が変な音を立てて‥‥その後、音が聞こえなくなったよ。‥‥あっちの鳴子‥‥!」
ニヴァーリスの聴覚は居合わせた者達の中で、特に優れている。
冒険者達が一斉に身構える。
ある者は魔法による戦闘準備を、ある者は提灯と松明を周辺に配置して視界を確保する。
「来たな。ちぃとばかし厄介だが‥‥何とかするしかあるめぇ」
兜の緒を締めると、源十郎はニヴァーリスの指し示した方向へ前進して背後にいる面々を守るように立ちはだかる。
「鈴くん、勇ちゃん、伏姫ちゃん! 源十郎おじいちゃんの援護をお願いするよ! 他のみんなはボクと一緒にもう一匹が出た時に備えてね!」
苺華が仲間達に指示を出す。
「アナタは準備はじメテ。‥‥月魔法ハ、良く分からないケド‥‥ワタシ達は出来るコト、するカラ‥‥頑張っテ」
祈玖が依頼人に準備を促がす。
「ありがとう。皆さんもどうか気をつけて」
「頑張れ! 夢は見るだけじゃなくかなえるものだよ!」
竪琴を取り出した依頼人の返答に、ニヴァーリスがさらなる励ましの言葉をかける。
ポロン♪
依頼人の奏でる竪琴の音色、それは冬に冴える月を彷彿とさせる、清冽な旋律の曲が辺りに流れ出す。
バードは月の精霊の関心を引く為に楽器を演奏するのである。
「ウガァッ!」
清冽な旋律を掻き乱す闖入者は赤褐色の肌をした二本角の山鬼である。金棒を振り上げて、前面に立っていた源十郎に襲い掛かる。
だが、山鬼は体力こそ脅威的であるが、所詮は力任せの攻撃に過ぎない。源十郎にとってその攻撃を受け流すことは容易であり、油断さえしなければ競り負ける気遣いはない。重武装が祟って反撃にまでは手が回らないが、仲間達の連携攻撃が源十郎の足りない部分を補ってくれる。
「えいっ!」
山鬼に皮膚に突き刺さった鈴の手裏剣はカスリ傷を与えたに留まったが、山鬼は集中力を掻き乱され、
「隙ありっ!」
「やらせていただくでござる!」
続く、勇の水晶の剣、伏姫の日本刀と闘気の刀、それらの攻撃を避けきることが出来なかった。致命傷には至らないが、斬り割かれた山鬼は多量の血を流して動きが緩慢になりはじめていた。
まだ、油断は出来ないが、こちらの大勢は既に決したと見てよいだろう。
「また。今度はあっち!」
ニヴァーリスが再び鳴子の異変を聞き取った。
「みんなー、迎え撃つよー! 僕じゃ倒せなくても、依頼人さんの邪魔だけはさせないよー」
明日菜が呼びかけた時、
「クスクスクス‥‥ウフフフ‥‥キャハハハハ♪」
突然、何かに憑かれたような笑い声があがった。
「あっ、祈玖ちゃん‥‥!」
同じハーフエルフであるニヴァーリスには、即座にそれが何であるか理解できた。
狂化、である。ハーフエルフを縛り付ける赤い瞳の枷。
勇と伏姫の攻撃で血塗れになった山鬼を見てしまった為に、彼女の狂化のスイッチが入ってしまったのである。
髪の毛がざわめいて逆立ち、それを抑える可愛らしい赤いリボンよりも、なお赤い瞳に狂乱の愉悦が浮かんでいる。
「キャハハハハ♪ さア、来なサイ! ワタシが返り討チにしたゲルよ!」
祈玖が呪文の詠唱を始める。
「‥‥大丈夫みたいだよ! 今は山鬼に集中して!」
ニヴァーリスは祈玖が呪文の詠唱を始めたのを見て、戦闘は可能だと判断したことを仲間達に伝え、自らも呪文の詠唱を始める。同じ苦しみを持つ者同士が出来る気遣いなのであろう。
「わかった、信じるからねー!」
明日菜が二人への信頼を示し、駆け出した。向かってくる山鬼の側面、もしくは背後を狙う腹積もりである。
「ガアアァッ!」
現れたのは青銅色の肌を持つ一本角の山鬼である。
「キャハハ、無間地獄へ堕ちなさイ!」
祈玖がかざした数珠から黒い光が飛び、山鬼に命中する。だが、威力が足りていない。カスリ傷程度だ。
「みんな、巻き込まれないでね!」
続いてニヴァーリスの掌から扇状に吹雪が巻き起こされる。冷気と氷の粒の混じった強風が山鬼を襲う。こちらの魔法のほうが威力は上で、軽いものであるが確実な傷を負わせる。
「‥‥ぐぁあおおぉっ!」
魔法の二連撃を受けて猛りくるった山鬼は、祈玖とニヴァーリスに襲い掛かろうとする。
「キミの相手はボクがするからね!」
山鬼の、文字通り目と鼻の先を苺華が飛び抜けた。
苺華は達人級の身のこなし、アクロバット飛行で山鬼の周りを飛び回る。
「ぐぁあああっ!」
それを鬱陶しく感じたのか、山鬼が追い散らそうとするが、攻撃は一向に当たらない。
「背後は貰ったよー!」
ぐるりと回り込んできた明日菜が、オーラエリベイションで士気が高まった状態から、ダブルアタックを使っての、背後からの攻撃を山鬼にしかけた。これだけ周到な攻撃ならば、相当に上位の実力者に対しても攻撃を命中させえるであろう。「用意周到元気娘♪」と呼ばれる事と関係はあるのであろうか?
明日菜のオーラパワーのかかった小太刀と短刀は、筋骨隆々たる山鬼の背中をザックリと斬り割いた。
これで、こちらの山鬼との戦いも大勢は決したといえた。
ポロロン♪
二匹の山鬼が月明かりに照らされた大地を血に染めて倒れ伏し、狂化状態のままであった祈玖をやむなくスタンアタックで鎮めた時、ちょうど依頼人の演奏が終了したところであった。
「‥‥皆さん、ありがとうございました」
依頼人は冒険者達に労いの言葉を送り、軽く会釈した。少しだけ切ない気持ちを含んだ笑顔が結果を物語っている。
『この人はいったいどれだけの回数、この切なさを味わってきたのかな? これからどれだけの回数、この切なさを味わい続けるのかな?』
鈴がそんな感慨に耽る。月に一度の期待と落胆の繰り返し。
月は既に中天を過ぎ去り、西の大地へと向かい始めている。
「‥‥拙者、まだまだ未熟者なれど、最高の侍になりたいという夢があるでござる」
伏姫が依頼人にそっと近づいて微笑みかけた。
「だからどちらが先に夢を叶える事が出来るのか勝負するでござるよ」
「‥‥はい。私もまけませんよ」
夢追い人の物語は終わらない‥‥。
その姿は、冬の月の如く厳しく、そして美しい。