無音少女
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:糀谷みそ
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 63 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月27日〜12月01日
リプレイ公開日:2006年12月06日
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●オープニング
荒々しく石畳を走るその馬車は、襲撃にでもあったように満身創痍だった。
疲弊しきった馬はついにその場にくずおれる。
フードを目深にかぶった御者は舌打ちして飛び降りると、馬を立たせようと無常にも鞭で打ち始めた。
「あらあら、まぁまぁ」
買い物帰りの主婦がその様子を目撃していた。思わず声をかける。
「そんなに鞭を当てても、その馬はしばらく駄目でしょうよ」
「‥‥あんたには関係ない。去れ」
短い拒絶の言葉。
だが、熟年の主婦はそれごときでめげたりしない。
「その様子じゃあ、東の森をつっきって盗賊に襲われたんだね? あそこをこんなお貴族様の馬車で通ろうなんて無茶な話だよ。それこそ、一分隊分の騎士様とか冒険者を連れてるなら別だけど」
「‥‥去れといっただろう」
先ほどよりも険のある調子で男が言う。
よほど興味があるのだろう、主婦がさらに口を開こうとしたとき。
「あらあら、なんて可愛い子なのかしら!」
カーテンがかかった馬車の小窓から、愛らしい少女の顔がのぞいていたのだ。
男は慌てて顔を引っ込ませたが、見られてしまった今となってはあまり効果がなかった。
「そんなに可愛らしいお嬢様を乗せてるのならなおさら、護衛を雇わなきゃ無謀というものでしょうに。‥‥そうだ、冒険者ギルドで護衛を雇えばいいのよ! いい考えだわ!」
男はうんざりしたように断ろうとしたが、少し考えなおすと、主婦に冒険者ギルドの場所を尋ねた。
フードをかぶった男が言うには、こうだ。
肺の病気にかかったお嬢様を執事の彼が肺専門の医者へ連れて行くことになったが、途中に通った森で三人の賊に襲われた。
魔法のたしなみがあった彼は辛くも賊を追い払うことができたが、もっと人数を増やされたらひとたまりもない。
無事お嬢様を医者へ連れて行くために、護衛を雇いたい。‥‥らしい。
「‥‥どうも気に入りませんね」
依頼人の男を少し離れた場所に待たせ、受付は近くにいた冒険者に呟く。
「あの男が執事――少なくとも金持ちの使用人であることは確かでしょうが、ならばなぜ、屋敷から信用のおける護衛を連れてこなかったのか? 執事とお嬢さんの二人旅だなんて、危ないことは目に見えているのに」
「屋敷内で信用がおける者がいないか、もしくはあの男自身が裏切り者か。どちらかだろうな」
「どちらにせよ、あまり喜ばしいことではありませんね」
「何だ、依頼を受けないのか?」
「受けるには受けますが。――あ」
「ん?」
受付の視線が、ギルドで静かにハープを爪弾いていたバードにとまる。
――いや、正しくはバードの横にいる、身なりのいい少女に。
それまで黙って座っていたフードの男が慌てて立ち上がった辺り、その少女が例のお嬢様なのだろう。
大きな瞳をきらきらと輝かせる少女を、バードは微笑んで見つめ返す。
「音楽が好きなのかい?」
しばしの間をおき、少女が首を傾げる。
「リクエストがあれば歌わせてもらうけど?」
バードの言葉に、少女は再び首を傾げた。そしてぱくぱくと口を動かすが、動かすだけで声は出ていない。
少女の唇を読み取ろうとバードが奮闘していると、フードの男が少女の腕を掴み、馬車に連れ戻してしまった。
「彼女は耳が聞こえないのでしょうか?」
「みたいだな。そのうえ肺の病気にかかるとは気の毒なことだ。――あの男の話を信用するなら、だが」
フードの男は少女を馬車に入れて鍵をかけると、なにやら呪文を唱えたようだった。男の体が一瞬緑系統の淡い光に包まれるのが見えた。
「一体何の魔法を使ったのです?」
ギルドに戻ってきた男に、受付は勤めて無表情で問う。
「クリエイトエアーだ。お嬢様には新鮮な空気を吸わせ続けねばならない。‥‥さぁ、依頼を受けるのか、受けないのか? 私たちにはのんびりしている時間などないのだ」
「もちろん、受けさせていただきます」
こうして、得体の知れない依頼が一枚、張り出されることになる。
●リプレイ本文
依頼人が乗る馬車と冒険者が乗る馬車は並列に並び、西へ向けて順調に進んでいく。
セブンリーグブーツで楽々と歩くラディオス・カーター(eb8346)は、依頼人であるフードの男の横に移動し、話しかけた。
「よろしく頼む、依頼内容はお嬢さんの護衛で良かったよな?」
「ああ」
男はむっつりとした様子で頷く。ラディオスを一瞥すると、視線を再び前方に戻した。
ラディオスは肩をすくめると少し後ろに下がって、馬車の中にいる少女に向かって声をかける。
「短い間だが、あんたの護衛をすることになった、よろしくな」
カーテンに隠れて見えない少女からは、何の返事もなかった。ギルドでの様子からすると耳が聞こえないようなので、当然といえば当然だ。
馬車に乗っている鎖守天授(eb9055)も男に話しかけた。
「もし宜しければ、お二人のお名前を教えてはいただけませんか? 呼び名がないと何かと不便ですので」
「‥‥俺はヤクオーで、お嬢様はトターナと申される。これで満足か?」
町を出てしばらくは道が広かったが、森に入ると道が狭くなり、縦列にならざるを得なくなった。
買ったばかりの保存食をバックパックにしまいつつ、天授は口を開いた。‥‥実は保存食を持参し忘れたので、町外れのぼったくり商人から1つ10Cで買わされたのだった。
「馬車って初めてなんですが、案外揺れるものですね。車酔いは大丈夫ですか?」
「昨晩はちゃんと寝たし、朝ごはんも腹八分でやめたし。大丈夫」
月花(eb9306)がにこやかに言うと、ラサニア・テイミット(eb9308)が呆れたように首を振る。
「それで酔わないと断言できるのなら、世界中にいる乗り物酔いが酷い人たちは狂喜すると思いますよ」
天授がいかにもと頷く。
シフールであるアルディス・エルレイル(ea2913)は、連れている幼いウォーホースの上で胡坐をかいている。常に竪琴を爪弾いているのは、さすが称号を持つだけのことがあるというところか。
「ギルド員から聞いたお嬢様の様子だと音楽が好きみたいだね。僕の演奏、聴かせてあげたいな。――とりあえず、僕がトターナお嬢様にテレパシーを使ってみるよ。それでいいかな?」
「ああ。それが駄目だったら、俺の案を試させてもらうぜ」
ラディオスの言葉に頷くと、アルディスは馬車の幌の上に乗り、ヤクオーがこちらを見ていないことを確認してから詠唱する。
‥‥だが、術が発動する様子はない。
アルディスは首をひねってもう一度唱え直すが、やはり結果は同じだった。
実はこのテレパシーという魔法、対象となる人物と数日間行動を共にしたことがある、という程度の親交がなければ、発動させることが出来ないのだ。
意気消沈したアルディスが下りてきたのに気付き、ラサニアが目を丸くする。
「ずいぶんと早いですね。テレパシーってそんなに早く会話が出来るんですか?」
「いやいや、まさか〜。‥‥なぜだか分からないけど、テレパシーを使えなかったんだ。MPはちゃんと残ってるんだけどなぁ?」
「何にしろ、俺の出番というわけだな」
ラディオスの計画は、トターナに羊皮紙と筆記用具を手渡し、筆談をするというものである。羊皮紙は出発前に、1枚5Cで4枚購入してあった。
彼女が本当にお嬢様なのであれば、文字の読み書きぐらいできるだろう。
とはいえ、御者台のヤクオーは頻繁に後ろを振り返るし、彼がトターナと冒険者が筆談するのを許すとも思えない。
森を抜けて道が再び広くなると、最初と同じように馬車を並列で走らせる。
そして、天授たちがヤクオーの気を逸らすために話しかけ、その間にラディオスは計画を実行した。
ガラスのついていない窓は、カーテンがしっかりと閉めてある。だが、たかが布製のカーテンである。
ちょっと留め具を壊させてもらい、そっと中を覗き込む。
トターナは急に顔を出したラディオスに驚き、身を仰け反らせる。
そこで、相手は幼い少女なのだと思い出した。
(「やっぱり‥‥笑わなきゃ駄目だろうな‥‥」)
内心唸りつつ、努めて笑顔を作った。少し顔が引きつっているのは、ご愛嬌というものだろう。
あらかじめ文章を書いてあった羊皮紙と筆記用具を、怯えるトターナに差し出す。
『護衛する事になったラディオスだ、恥ずかしい話だが、実は何も知らずに護衛しててな。教えてもらえる事情があるなら、ありがたい』
手渡された文章とラディオスの顔を見比べつつ、おずおずと返事を書き始める。
トターナは執事のヤクオーに連れられ、小旅行の真っ最中であるらしい。‥‥らしいというのは、行き先や日程をはっきりと知らされていないので、いささか自信がないようだ。
旅を始めてすぐに音が全く聞こえなくなったが、ヤクオーに「市井の者たちは恐ろしい罵詈雑言を吐くのです。目的地に着いたら解いて差し上げますので、しばらくご辛抱を」と筆談で言われたので心配はしていとのことだった。
その日の夜、冒険者たちは幌馬車の中で話し合っていた。
ヤクオーに聞かれて嬉しい内容ではないので、外にアルディスと天授を見張りとして立てている。
「私嫌いなのよね、こういうの。ヤクオーさんは嘘をついてるとしか思えないし」
トターナが食事をとるとき、花はその様子を観察していた。
‥‥結論を言えば、トターナは最近まで健常者だったとしか思えない。
昔から耳が聞こえないのであれば、それなりの癖や合図があって然るべきだろう。だが、二人の間にはそれがなかったのだ。
花の言葉にラディオスが頷く。
「これで賊が実はお嬢さんの屋敷の者でした、何てことになったら――」
「そのときは、私が馬車の鍵を開けることになりますね。馬車の窓は、トターナさんを連れ出すほど大きくはありませんでしたから」
「ま、そういうことになるだろうね。‥‥そうそう、戦いでは手加減なんてできないから、誰と戦うにしろ私は全力でいくよ」
花の無謀ともいえる意気込みに、ラサニアは苦笑する。
「お金のために依頼を受けたはずが、このままではお金を貰い損ねそうですね‥‥」
翌日の昼ごろ、事は起こった。
馬の嘶きと共に、三騎の人馬が茂みから現れた。
三人とも屋敷仕えの騎士のような風体で、とても賊のようには見えない。
天授がリヴィールエネミーを使うと、三人は青白く光って見える。だが、殺気というよりももっと切実な気配を感じた。
自分たちよりも人数が多い冒険者を前に、騎士はしばらく戸惑っていた。
だが、スラリと剣や弓を抜き放ち、ついに冒険者たちに襲い掛かる。
しっかりと攻撃を受け止めながら、ラディオスが小声で訊ねる。
「おまえさん達、なぜあのお嬢さんを狙ってる?」
「一体何をぬかすかと思えば‥‥! お前たちがトターナお嬢様をさらったのだろうがッ!」
「そこだ。深い事情ってやつをこっちは知らないんでな、もしあるなら話は聞くぜ」
ラディオスの言葉に、騎士は表情を固くする。
「裏切り者ヤクオーを背後に庇っておきながら、しらばっくれる気か?」
「しらばっくれるだなんて。私たちはヤクオーさんに雇われた冒険者です。彼はギルドに『お嬢様を医者に連れて行くので護衛して欲しい』と依頼してきたのです」
「医者へ連れて行くだと? ハッ! とんだ戯言だ! お嬢様は健康でいらっしゃるのに!」
「やはりヤクオーは嘘を言っていたか。‥‥となれば、することは一つだな」
冒険者たちは飛び退ると、武器をおさめた。
竪琴を爪弾き、アルディスがはっきりと宣言する。
「お嬢様救出を手伝うよ、僕たちも」
そして振り返るが、そこにはすでに、ヤクオーとトターナの馬車はなかった。騎士と冒険者を争わせている間に逃げたのだろう。
慌てて走り出した花が、全身の毛を逆立て声にならない悲鳴を上げた。
「迂闊に足を踏み出してはならない! 前回ヤクオーを追い詰めたときも、仕掛けられたライトニングトラップで足止めをくったのだ」
怪我を負った花をリカバーで癒しつつ、騎士は一度道から外れた。
ヤクオーにも、何十回と魔法を唱える時間はなかったはずだ。となると、人が通る可能性の低い藪の中には、ライトニングトラップを仕掛けていないだろう。
一行ががさがさと藪を抜ける間、アルディスは上空へ飛び上がり、ヤクオーの馬車を探した。
‥‥数百m離れた道に、全力疾走する一台の馬車が見えた。
「あっちだよ!」
アルディスの先導により、八人に増えた一行もまた全力で追い上げる。どうしても幌馬車は遅れがちだが、それを待っている暇はない。
――追いついてからは、人数差からもあっという間に片がついた。
ロープで縛り上げられると、ヤクオーは悔しそうに歯噛みしながらも抵抗を試みる。
「依頼人を裏切ったとなれば、あんたたちの信頼は失墜するだろうな」
「裏切り? とんでもない、依頼を遂行しただけさ」
そうだ。ヤクオーの依頼は、『お嬢様の安全確保』なのだ。
馬車の鍵と奮闘していたラサニアが鍵開けに成功すると、トターナが元気よく馬車を降りてきた。そして騎士たちの姿を認め、嬉しそうに駆け寄る。
‥‥そう、これでよかったのだ。
「でもこれ、多分依頼料出ませんよね」
天授の本心から出た呟きに、ラサニアもため息をつく。
‥‥その言葉が効いたのだろうか。
騎士たちはトターナの救助を手伝った謝礼として、ヤクオーが払うはずだった依頼料と、心づけとして1Gを払ってくれた。
「屋敷に帰ればもっと払えるのだが‥‥」
と騎士は言ったが、報酬を諦めていた冒険者たちにとっては十分だった。
トターナにかけられたサイレンスは、最長でも一日経てば効果がなくなるだろう。彼女の騎士が彼女を守る今、冒険者の仕事はなくなったといってもいい。
だが――。
「二日間お嬢様を守るっていう約束だし、ギルドの近くまで護衛していくよ」
快活な花の言葉に、音が聞こえないはずのトターナがにっこりと笑った。