刮目せよ、これぞ女装の真髄!

■ショートシナリオ&プロモート


担当:糀谷みそ

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:5人

冒険期間:12月24日〜12月29日

リプレイ公開日:2007年01月02日

●オープニング

 もうもうと立ち込める砂埃。
 それが乾いた砂地での出来事であれば、特に気に留める者はいなかっただろう。
 だが、そこは屋敷の一室だった。
 壁には大穴が開き、家具がことごとく破砕されている。
 部屋の中心に座っていた人物がゆらりと立ち上がる。
 艶やかな長い黒髪と白いドレスが風にふわりとなびく。
 普通であれば、そのような光景を『美しい』と評するのだろう。
 だが目の前のそれは、幽鬼じみていると言ってもいい。
 低く舞う砂埃に加え、壁穴から差し込む月明かりがさらに怪しい雰囲気をかもし出す。
「この私が‥‥美しくないだと!?」
 ドレス姿の男は、近くにあった長椅子の残骸に細い指をめり込ませ、それを持ち上げようとする。
 そう、『男』なのだ。
 いくら髪を伸ばしてドレスを着ようと、体に女性特有の丸みがないのは一目瞭然だった。
「旦那様‥‥ジョニー様! あなた様ほどお美しい男性はいらっしゃいませ――」
「嘘を言うな! 先刻お前たちが私のことを話しているのを聞いたぞ!」
 ジョニーと呼ばれたドレスの男は、わなわなと震えながら侍従たちの会話を思い出す。
 ――ジョニー様の女装癖には困ったものだ。ご公務にも女装姿で行われるとは‥‥先代様が築かれたデイリー家の栄光も、この代で終わりだな。
 ――まったくだ。お顔がよろしければまだ見るに耐えるが、男らしいお顔立ちのうえ、先代様に似て青髭ではなぁ‥‥。
 ――うむ。仮装パーティーではあるまいしなぁ。
「‥‥あのように言うのであれば、今度行うダンスパーティーに、私を唸らせる女装者を連れてくるがいい! 私が自分の姿を恥じるようなことがあれば、女装をやめると約束しようではないか!」


 数日後、ジョニーの侍従二人が冒険者ギルドに訪れていた。
 受付は二人から事の次第を聞き、自分も行ってみたいと思った。――むろん、自分が女装するのはご免だが。
「ジョニー様を負かした方を、我々は相応しい称号でお呼びすることになるでしょう!」
 侍従が拳を握り締めて言う。
 『女装の第一人者』などと呼ばれるのもまた、一興か‥‥?

●今回の参加者

 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb6498 フロウ・マーガッヅ(39歳・♂・ジプシー・エルフ・ノルマン王国)
 eb6621 レット・バトラー(34歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb7628 シア・シーシア(23歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb9639 イスラフィル・レイナード(23歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb9760 華 月下(29歳・♂・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

キドナス・マーガッヅ(eb1591)/ キララ・マーガッヅ(eb5708)/ ラーイ・カナン(eb7636)/ ミッシェル・バリアルド(eb7814)/ マクシーム・ボスホロフ(eb7876

●リプレイ本文

 出発前、キドナスとラーイが社交ダンスの手ほどきを、紅一点のキララがドレスの着方などを簡単に教えた。
 これである程度は事を有利に運ぶことができるだろう。冒険者たちはそう思いながら、ギルドの片隅で髪を整えつつステップを踏む。
 ――珍妙な格好でたたらを踏んでいるように見えなくもなかったが、黙っているのが優しさというものだろう。


 ジョニーの屋敷へ向かう道中、冒険者たちは女装の話で盛り上がっていた。
「いいね〜、こういう依頼、受けてみたくなるじゃないか。うまくいけば変装に自信がついて、敵地偵察にも使えそうだ」
 その言葉から察するに、レット・バトラー(eb6621)はその逞しい肉体をもちながら女装に挑むらしい。
 ある意味勇者だ。とは言っても、名誉な勇者にはなれないだろう。
「同じく、こんな楽しそうな事を見逃す事はできなくてつい参加してしまった。パーティーではただ酒も飲めるし‥‥、と失礼」
 シア・シーシア(eb7628)は『三度の飯より酒が好き、それと同じくらい歌うのが好き』という男である。
 そこまで愛せるものがあるのであれば人生薔薇色だろう。
 ジョニーの屋敷についた後、華月下(eb9760)は「家事をお手伝いします」と名乗り出た。
 侍従たちは諸手を挙げて月下を受け入れた。主人が一風変わっているため使用人が居付かず、万年の人手不足に難儀していたらしい。
「‥‥名誉のために言わせていただきますが、僕は異性と間違われる事はあっても、女装癖がある訳でも女装愛好家でもないですから」
 ひきつった顔で月下がそう言う。というのも、侍従が持ってきたのはメイド服だったからだ。
 月下の言葉に、侍従は慌てて男用を持ってきた。
「お互いに、おかしな依頼を引き受けてしまったものだな」
 その様子を見ていたイスラフィル・レイナード(eb9639)が、すでに疲れたような様子で壁にもたれている。
「この屋敷の連中は、全てをジョニー基準で考えているのではないか?」
「純粋に僕が女性に見えたのかもしれませんが、イスラフィルさんの意見を否定できないのが怖いところです。――あなたもお気をつけて」
 そんな意味の『お気をつけて』を言われたのは初めてで、思わず苦笑する。
「俺は女装が似合うタイプではないし気は進まないが依頼とあっては仕方ない。まあいい、やるからには俺の女装を奴に認めさせてやる」
 パーティー用の衣装を頼みに行く途中だったので、「頑張れよ」と手を振りながら去っていった。


 次の日、シアはジョニーが女装するようになった原因を調査していた。
 依頼人二人の他にコックや厩番、庭師に至るまで聞き込みをしたが、結果は振るわない。
 行き詰って広い庭を行ったり来たりしていると、声をかけられた。
「ちょいと、そこの綺麗なお兄さん」
「‥‥僕のことか?」
 振り返るとそこには、背中の曲がった老女がいた。
「ドレスや装飾品を届けろって言われたんだけどねぇ。またジョニーの坊やが着るのかい?」
 その親しげな口調を聞き、シアはもしやと思って質問する。
「突然で申し訳ないが、ジョニーが女装を始めた原因を知らないか?」
 老女は門の方――正しくは、門の前に止まっている馬車を指差す。
「荷物運びを手伝ってくれたら思い出すかもねぇ」
 肉体労働を代償に差し出したシアは、一つの情報を手に入れた。


 そうこうしている間にダンスパーティーの日がやってきた。
「まずは隅で見せてもらう‥‥パーティーを‥‥デイリー卿を含めた女装や、周りの人間の様々な顔を」
 アザート・イヲ・マズナ(eb2628)は、女性の顔を模した小面だけ着用すると、さっさとパーティーの会場に行ってしまった。女装する覚悟がないので、なし崩しに参加させられないように撤退したらしい。
 冒険者たちはそれまで衣装のサイズ合わせやダンスの練習に余念がなかったが、それでも心配なものは心配らしい。
「民族舞踊なら多少は分かるのだが、社交界のものはどうにも‥‥形式ばったものがあまり得意ではないためか、慣れていなくてな」
 フロウ・マーガッヅ(eb6498)がステップの練習をしながらぼやく。
 民族舞踊を嗜むその足捌きは軽やかであったが、婦人としてはいささか軽快すぎたかもしれない。
 しずしずと、小さな動きも慌てず騒がず落ち着いて‥‥。
 彼は自分にそう言い聞かせ、いよいよ変装を始めた。
「ジョニーさんの様な立場の方が公務時にも女装するなんて世に知れ渡ると、キャメロットの変態達に大義名分を与えることになりかねないわ。それを阻止するためにも私たちが頑張らなきゃね」
 カイト・マクミラン(eb7721)が髪を梳き直しながら放った言葉に、その場に居る者全員が想像した。
 ――つまり、女装した変態が大量発生するキャメロットを。
 月下がくすりと笑う。
「女装変態さんが増殖ですか。それはそれで楽しそうですね」
「残念ながら同意しかねるわ。見ていてイタいこと請け合いだもの」
「‥‥とりあず、今日は俺たちが変態と間違われないようにしなければな。それこそイタい結果になる」
 イスラフィルの指摘も尤もだ。
「さあ、俺を見てくれ!」
 一足先に着替え終えたレットが、仁王立ちで胸を張る。
 微妙な沈黙が流れた。
「――では、肝を据えてパーティーデビューと行こうではないか」
 自嘲とも苦笑ともつかない笑みを浮かべ、イスラフィルはスカートを摘んで席を立った。


 アザートは横笛で。
 シアは竪琴で。
 二人の軽やかなデュエットは、会場を満たしていた。
 招待客たちはペアになって踊り、楽しそうに言葉を交わしている。
「舞踊の実経験はない‥‥横笛の演奏をさせてほしい」
 アザートの言葉に、シアは楽団の演奏が終わったのを見計らって竪琴を奏で始める。
 最初は驚いた様子のアザートだったが、小面をずらすと横笛を口に当てた。
 会場の奥にいる女装のジョニーを見据え、内心じりじりしながら仲間を待つ。
 そうして演奏していると、女装し終えた一行が会場入りする。
 それに気付いた招待客がざわめいたのは、美しさゆえか、それとも――。
 ジョニーが冒険者たちを見ていると確認し、二人は曲調を優しく伸びやかなものに変えた。

 フロウは落ち着いた雰囲気の深い青系ドレスといういでたち。綺麗に巻かれた横髪が女性らしく、おっとりとした動作も相まって『大人の女性』という雰囲気を醸し出している。

 イスラフィルは若々しさを強調する淡い緑のドレスといういでたち。金の長髪ウィッグは結わず、そのまま背中に流している。上品だが冷めた印象を受ける微笑と女性的なハスキーボイスから、『若き賢才』という印象を受ける。

 月下はレースが美しいホワイトドレスに白いヴェールといういでたち。柔らかな物腰と優しい微笑みに違和感がなく、何も知らない者には『純潔の花嫁』にでも見えたかもしれない。

 ――次に出てきた『男』を見て、ジョニーは息を呑んだ。

(「ここは舞台の上‥‥舞台の上‥‥舞台。みんなアタシの歌に酔いしれてるの、だからアタシのことを見てるの」)
 カイトは胸元と裾に銀の刺繍が施してある、シックな黒のドレスといういでたち。七色に輝くオーロラのヴェールを天使の羽飾りで留め、純潔の花とシルバーアクセサリーが静かな輝きを添える。嫌味のない華やかさは、そう――。

「『七色に煌く女装第一人者』、といったところだな‥‥!」
「あぁ。男にこう言うのは何だが‥‥美人だなぁ」
 ジョニーの脇に控えていた侍従二人が、感動した様子で頷きあう。
 だが、それでは終わらなかった。

 最後に出てきたレットは膝丈の黒いドレスにタイツと長手袋、そしてファー襟巻きといういでたち。さらに赤毛の長髪ウィッグと念入りな厚化粧が加わると、派手派手しさと毒々しさが混沌と交じり合ったようで、見る者に畏怖に近いものを抱かせた。

「ど、『堂々たる巨大美女?』‥‥?」
「いや、『美女』ってところに著しい問題が」
 ――『堂々たる巨大美女?』はダンスの相手を見つけることが出来なかった、というのは余談である。


 パーティーが終わり、招待客が皆帰った頃。
 ジョニーは呆然とした面持ちで女装した冒険者に囲まれていた。
 月下がメンタルリカバーを使うとようやく落ち着きを取り戻す。だが、カイトの方を見ようとはしなかった。
「あなたの女装は上辺だけ、女性特有の内面の美しさが全く写し取れてないわ。レディは長椅子を投げたり壁に穴を開けたり、そんな『はしたない事』はしないの」
 カイトの言葉に唇を噛む。だがそれだけで、返事はない。
「約束通りきっぱりと諦めろ。ただ一つ、おまえが美しさを求めて女装するのなら、美しさの基準は着飾る事だけではないと知るべきだ」
 シアは、ジョニーが女装する原因は彼の華やかな女兄弟にあると知っていた。『女』という存在に憧れた彼は、常に『華』であろうと女装を始めたのだ。
「あぁ‥‥約束は、守ろう」
 打ちひしがれた様子のジョニーに、今度は優しく声をかける月下とフロウ。
「屋敷内での女装くらいならいいと思います。お忙しいご公務の息抜きなんでしょう?」
「月下君の言うとおりだ。君の女装が皆に受け入れられるにはどうすればよいか、気にしてみるのも悪くないんじゃないだろうか。いつか一般的にも認められる日が来るかもしれないだろう?」
 ――そんな日がくれば、確かに素敵だな。
 ジョニーは静かに空を仰いだ。


 瞬く星空のもと、アザートは子猫カーラーと子犬ユンを抱えていた。胸に二匹の温もりを感じながら、白い吐息に乗せて感想を述べる。
「ダンスパーティでは珍事も起きるんだな‥‥」
 珍事。その中には、女装のままアザートの隣に仁王立ちしているレットという男も含まれている。
「これで変な嗜好が芽生えたらどうしようかな‥‥くくく」
「‥‥俺は、止めるべきなのか?」
 苦笑すると横笛を取り出し、再び澄んだ音色を響かせた。