影に蠢く暗殺者

■ショートシナリオ&プロモート


担当:糀谷みそ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:01月12日〜01月17日

リプレイ公開日:2007年01月20日

●オープニング

 あぁ、なんて綺麗な月夜なんでしょう。

 こんなときは月光を浴びながら歌いたくなるわ。
   露と消える命を想いながら。
 こんなときは影の中を飛び回りたくなるわ。
   竪琴と短剣を携えて。

 私は吟遊詩人。
   美しい歌をさえずっては人を喜ばせ――。
 私は暗殺者。
   静かに剣先を翻しては命を絶つ――。


 一人の男――壮年の貴族が、首から血を流して倒れている。
 それを見下ろす一人の女。手には赤く濡れた短剣を携えている。
 男は瀕死の傷を負いながら必至に逃げようとするが、女ではない『他の何か』を恐れているようで、女が立つバルコニーの方へ後ずさっていく。
「自分がしてきたことを身をもって感じながら、逝くがいいわ」
 死神のイレーヌ。それが彼女の通り名だった。
 憤るでもなく。笑うでもなく。
 ごく静かにそう言い放ち、再び短剣を振り上げる。
 ――死神は男の顔に羊皮紙の切れ端を置くと、冴え冴えとした月影に沈んでいった。


 私の友達が次々と暗殺されている。
 冒険者ギルドに転がり込むなりそう叫んだのは、初老の男だった。服装から貴族だろうと予想できた。
「ご友人が? ――失礼ながら、お心当たりは?」
「ぶ、無礼な! 我々は暗殺者に狙われるほどの悪事など働いたことはないわ!」
 『暗殺者に狙われるほどの悪事』という言葉がどうも引っかかるが、受付は一応「失礼しました」と詫びる。
「それでは、その暗殺者を捕らえれば宜しいのでしょうか」
「それだけではない、次は私が殺されるかもしれないのだ‥‥私の身も守ってくれなくては困る!」
 初老の男――ザラッカは小さな羊皮紙の切れ端を受付に投げ渡すと、横暴な態度を崩そうともせず宣言する。
「そうだ、私の屋敷で眠ることは許さんからな。下賤の者が同じ屋根の下で寝てると考えただけでぞっとする」
 受付は切れ端をじっくりと確認し、そこに書いてある文字を依頼書に書き写した。
 死神のイレーヌ、と。

●今回の参加者

 ea9934 風霧 芽衣武(47歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb8175 シュネー・エーデルハイト(26歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb8623 極楽 拓郎丸(24歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb9639 イスラフィル・レイナード(23歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb9788 イヴァン・ロゾコフ(32歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb9806 サーシャ・ラスコーリニコワ(23歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec0340 コウロ・ゲーリス(31歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

風霧 健武(ea0403)/ セリアゼル・スフィール(ea0550)/ チェムザ・オルムガ(ea8568

●リプレイ本文

 セリアゼル・スフィールはシフールの機動性をいかんなく発揮し、半日も掛けずにザラッカの屋敷に到着、あたりを見回って結果を仲間に報告した。
 一方風霧健武は、「母上‥‥くれぐれも依頼人を怒らせるような事無きように」と芽衣武に忠告して去っていった。


 ザラッカの屋敷を目の前に、依頼を引き受けた冒険者たちがたたずむ。
「いけ好かない男だろうが、依頼とありゃ護らなきゃならないってのも、辛い稼業だねぇ〜」
 冷えた手に息を吐きながら、風霧芽衣武(ea9934)がぼやくと、イスラフィル・レイナード(eb9639)が同意する。
「厄介なのは暗殺者よりも依頼人自身だな‥‥。無事依頼を完遂できればいいが」
 一行は覚悟を決め、ドアノッカーを手に取った。
 やや重い音が響くと、すぐに侍女が顔を覗かせた。
「冒険者ギルドから参りました。ザラッカ様にお取次ぎ願えますか?」
 サーシャ・ラスコーリニコワ(eb9806)がにこやかに言うと、侍女は「しばしお待ちください」と呟き扉を閉めた。
 コウロ・ゲーリス(ec0340)が首をかしげた。
「‥‥中には入れてくれねだか?」
「わしらの事を見くびっているのじゃろうて。本当に守ってほしいのか疑いたくなるのう」
 不機嫌そうに鼻を鳴らすイヴァン・ロゾコフ(eb9788)。ちなみに彼はゲルマン語しか話せないので、シュネー・エーデルハイト(eb8175)とサーシャが通訳している。
 ‥‥そのまま扉の前で待たされること三十分ほど。最初の侍女が応対して以来、誰一人出てくる気配がない。
「私を扉の前で待たせるとは何事ですか!」
 ついにサーシャが我慢の限界に達した。お嬢様育ちの彼女にとってこのような仕打ちはあまりにも屈辱的だったが、そうでない者たちもかなり頭にきている。
「強行突破してザラッカをちょいとシメてギルドへ凱旋――なんて事は出来ないだろうな、さすがに」
 導蛍石(eb9949)が零したその言葉は、掛け値なしの本音だったのだろう。
「帰ってもいいわよ。でも依頼人の身を守るのが仕事なのだから、依頼人がシメられるのは断固として防がせてもらうわ」
「いや、冗談だ、冗談。はっはっは」
 シュネーの言葉に蛍石は棒読みで答える。
「しっかし、こうしてるわけにもいかねべ。依頼人の護衛をするのがわしらの仕事だで、どうにかしてザラッカに接近せにゃ‥‥」
「そうじゃな。じゃが、もう少し待ってもバチはあたらんじゃろ」
 ‥‥イヴァンの提案に待つことさらに三十分。やっと扉が開かれた。
「お待たせいたしました。どうぞ、中へ」
 お待たせしすぎじゃボケェ! ――とは賢明にも口には出さなかったものの、冒険者たちは明らかに物騒なオーラを纏って応接間に足を踏み入れた。
 応接間にはザラッカがふんぞり返って座っていた。
 彼は冒険者に椅子を勧めることなく、不機嫌そうに言い放つ。
「早起きしたのは実に数年ぶり。感謝するぞ、冒険者諸君!」
 冒険者たちは窓の外を見る。
 早起き? ――とんでもない。日は既に空高く昇ろうとしている。
 この男はどれだけ不摂生な生活をしているのだろう。そう思わずにはいられなかった。
「顔合わせは済んだ。あとは私の目に付かない場所から私を守ってくれればよい」
 さっさと追い払おうとしたザラッカに、イスラフィルが待ったをかける。
「待て。あんたが死にたいなら構わないが‥‥そうでないなら俺達の申し出を受け入れてもらう」
「‥‥申し出とは一体何だ?」
 まずは蛍石が切り出した。
「今までその暗殺者に殺されてきたご友人という方々も、恐らくは見張りを屋敷の外に置いていたと思うのですが。それにも関わらず殺されていったということは、魔法的な手段で屋敷内に忍び込む手段を暗殺者は持っていると思えませんか?」
「そうかもしれないな。それで?」
「寝るところは屋敷の外で構いませんが、せめて護衛の際は交代で屋敷の中にも留まることは許可していただけませんか?」
 最初よりもさらに顔をしかめ、いらだたしげに指で机を叩く。
「私は能無しばかりを雇ってしまったのか? 冒険者は魔法についても熟知しており、隙なく対応もできるのではなかったのか?」
(「無茶なことを言う男だねぇ」)
 内心舌打ちする芽衣武。今度は彼女が口を開いた。
「魔法で壁や天井を通り抜けてきたら、あたし等が気付かないうちに暗殺されちまうけど、良いんだね? 魔法の恐ろしさを知っているからこそ進言してるんだよ?」
「暗殺者の力量は未知数、慎重になるに越したことはねべ?」
「それと、外部からのお客様には極力会わないようにお願いします」
 コウロとサーシャにも立て続けに言われるが、ザラッカは首を縦に振ろうとはしない。
「暗殺されるのと我慢するのと、どっちを選ぶんだぃ?」
 最後に芽衣武の一言。イスラフィルもそうだったが、己の生死を持ち出されては拒否することが出来なかった。
 ザラッカの説得に成功した一行は、それからというものザラッカから離れず護衛を始めた。
 寝てくれれば何も気遣うことなく護衛できるのにな、というのは満場一致の意見である。


 一方、芽衣武は見回りと称して使用人に接近していた。
 まずは世間話から入るべきかと屋敷内をうろついていると、どこからか微かに竪琴の音が聞こえてきた。
 音の主を探して屋敷をさまよっていると、使用人が使う地味な部屋を探り当てた。
「入ってもいいかぃ?」
 ぴたりと音がやむ。一拍置き、中から扉が開いた。
 出てきたのは黒髪の侍女。
「どうぞ。‥‥ザラッカ様を護衛してくださる冒険者さんですね?」
 その侍女は最近入ったばかりの新入りで、先輩たちとなかなか打ち解けられず困っているという。
「そうだ、よろしければ護衛の合間に話し相手をしてくれませんか?」
「もちろんいいさね。ついでにザラッカのこととか教えてくれると嬉しいんだけどねぇ」
「はい、ぜひ! 私、冒険者さんのお仕事に興味があるんです。色々お話していただければ嬉しいです」
 黒髪の侍女は満面の笑みになると、再び竪琴を弾き始めた。


 夕食も終わり、ザラッカが大きな欠伸をしている。
 大した仕事をしているようにも見えないし、なかなかの暇人であるように見える。
 ザラッカの機嫌が比較的よいときを見計らって、イスラフィルが声をかけた。
「なぜあんたは狙われる? 殺された友人と狙われるだけの『何か』をしたのだろう?」
「‥‥してないと言っているだろう」
「だが、ギルドの受付はあんたが『暗殺者に狙われるほどの悪事など働いたことはない』と言っていたと教えてくれたぞ」
 しばしの沈黙。イスラフィルはさらに言い募った。
「何も俺があんたを断罪しようというのではない。興味があるだけだ」
「騎士としても冒険者としても、暗殺を肯定は出来ないわ。依頼は完遂するつもりだし、犯罪に協力する気もない」
 そっけないイスラフィルとシュネーの言葉に、ザラッカは少し口を開く。あまりに暇なので、誰でもいいので話したかったのかもしれない。
「我々はただ、税を納められない者を捕縛し、実験に使っていただけだ。人間にとってどのような拷問が有効かというな。‥‥現在のイギリスはきな臭いし、近い未来に有効活用できそうだろう?」
 そんな話をつまらなそうにするのだ。
 シュネーは首の後ろがちりちりするような感覚に襲われながらも、表面的には無表情を保っていた。
 自分の領民を使って拷問の実験? ‥‥何ということをしているのだ、この男は。
「私は寝る。くれぐれも護衛を怠らぬようにな」
「――言われずとも」
 ザラッカは再び大きな欠伸をすると、自室に戻っていった。


 夜も深まり、冒険者たちは庭にテントを出していた。
 芽衣武、シュネー、イスラフィルの三人はザラッカの護衛を、イヴァン、サーシャ、蛍石、コウロの4人は睡眠をとる。
 寝袋に包まった芋虫のような三人に対し、蛍石は防寒服のみで夜を過ごすのだった。
「私が仕掛けた鳴子にかかってくれれば万々歳なんだが。まぁ、そんなに上手くはいかないだろう」
 四人がまどろんでいると、屋敷の扉がそっと開かれる音がした。思わず顔を見合わせる四人。
 寝袋に入っていなかった蛍石がそっとテントの入り口に移動し、月桂樹の木剣+1をしっかり握り締める。
 テントを薄く開けて外を窺ってみると――そこには、黒髪の侍女がいた。手にパイのようなものを持ってこちらに近付いてくる。
 蛍石が力を抜くのを見て、サーシャがテントから顔を覗かせる。
「あなたは‥‥芽衣武さんがおっしゃっていた侍女さんですね」
「はい。差し入れを持ってきました」
 にこやかにパイを差し出される。
 暗殺者を警戒している現在、自分で持ってきた食料以外を口にしたいとは思えなかった。冒険者たちが沈黙したのを見て、侍女は気付いたようだった。
「あっ‥‥無神経ですみません。こんなだから解雇されちゃうんですよね」
「クビになっちまっただか?」
「はい‥‥ヘマをしてしまって。明日にはここを出るんです」
「大丈夫じゃよ。おぬしはまだ若いし、雇ってくれる人はいるじゃろうて」
「ありがとうございます。‥‥お仕事、がんばってくださいね」
 侍女はそう言うと、パイを持ったまま屋敷に戻っていった。
 自室の扉をくぐり、扉を閉めた瞬間。
 表情は冷たい暗殺者のそれに豹変していた。
「何も護衛がいるのに危ない橋を渡ることはないわ。今回は見逃すとしましょう」
 ザラッカにイリュージョンをかけて、皆と同じ苦しみを与えたかったんだけどな‥‥。
 黒髪の侍女――イレーヌはそう呟き、さっさと荷造りを始めた。


 依頼期間中、ザラッカが暗殺されることはなかったが、暗殺者を捕らえることも出来なかった。
「暗殺者だけが危険だと思わないことね‥‥」
 静かな怒りを含んだシュネーの声が、ザラッカの耳に残った。