●リプレイ本文
キャメロットの市場を冒険者一行が歩いている。彼らは捕り物をするでもなく、普通に食材を購入しているようだった。
日頃は保存食を持ち歩く彼らとしては、珍しい行動といえるだろう。
「普段していないが買い物も楽しいな」
タイタス・アローン(ea2220)が既に購入した食材を担ぎながら独りごちる。
「己で選んだものが食卓に並ぶと思えば、なおさらであろう?」
山と詰まれた蕪の中から、一見無造作に選んでいく尾花満(ea5322)。
他にもリンゴや人参を購入する。
最初予定していた食材は大体購入し、依頼人から預かった金貨一枚もほとんど使い切った。
タイタスと同じく荷物持ちをしている陰守森写歩朗(eb7208)が、満が最後に自腹で塩を買ったのを見て、別行動している仲間を思い出した。
「奥さんたち、まだ帰ってきませんね」
「ごめん、遅くなってしもた。お茶がなかなか売ってなかったんよ〜」
通りの向こうから足早にやってきたのは藤村凪(eb3310)とフレイア・ヴォルフ(ea6557)、そしてディディエ・ベルナール(eb8703)だった。
「あたしたちは準備完了だ。そっちも‥‥終わったみたいだね」
「俺はこれで。陰守殿、道中気をつけて」
一日限りのサスケ・ヒノモリと別れると、一行は馬を待たせてあった場所まで戻り、それぞれの荷物を載せて雪原へと出発する。
日が傾き始めた頃には辺り一面が銀世界へと姿を変え、道行く冒険者たちを楽しませた。
「まだ日が出ているうちに、野営する場所を探しませんか〜」
ディディエの提案に、一行は早速場所探しを始めた。
ほどなく道端に大きなモミの木を発見し、その下にテントを張ることにした。
「おー♪ テントで寝る思うとわくわくして来ないか?」
「とんでもない、冬の依頼も考えものですよ。寒空の下、テントで眠ることになるとは」
うきうきとテントを張る凪と、眠っている間の寒さを思いながらそれを手伝うタイタス。
そして、他の者たちは薪を集めて火をおこす。
思わず漏れる安堵の吐息。
「では、夕食にするか」
満が手早く過熱した保存食を頬張ると、それぞれ就寝する。
夜中のうちに天候が酷くなると笑えないので、二人組三交代で見張りを行うことになった。
「寒いな‥‥」
雪降る静かな夜に、フレイアの声が吸い込まれていく。
寒さと、そしてそれとは別の思いを抱き、そっと夫である満に寄りかかった。
「む、どうした?」
「あー、満は温かいな‥‥」
肩にかかるほどよい重みと温もり。
満の瞳には揺らめく炎とフレイアの髪が映りこみ、鮮やかな赤に染まっていた。
翌朝、森写歩朗がグウィドルウィンの壷で持ってきていた熱湯を使い、凪が目覚めのお茶を淹れてくれた。
出発早々雪が強くなったりもしたが、朝の一杯と、土地感(雪上)とウルの長靴を持つフレイアのお陰で、進行方向を見誤ることなく進むことが出来た。
「さくさく雪を掻き分けて目的地に行くで〜♪」
葉の生い茂る大木を見つけては目を凝らしていたディディエが、雪の積もっていない根元にハーブを発見した。
「パセリとルッコラですね。運がいい」
丁寧に採取し、満に手渡す。
「尾花料理長、よろしくお願いします〜」
「拙者が料理長かどうかは分からぬが、確かに受け取った」
パセリとルッコラを発見した場所からほどなく、一軒の小屋が見えてきた。
タイタスが扉をほとほとと叩く。
「どちら様ですか?」
「俺たちはキャメロットから来た冒険者で、息子さんの代理で来ました」
「ご家族が体調を崩され、息子殿はその看病をしている。だが、容態は良さそうなので心配召されるな」
「あらあら、息子の――」
扉から小柄な老婆が出てくると、冒険者たちを温かい小屋の中へいざなった。
奥にある暖炉では赤々とした火がはぜ、その前に一人の老人が座っている。
突然の訪問者に驚きはしたものの、老夫婦は温かく迎え入れてくれた。
「遠いところさぞお疲れでしょう。ささ、ずいっと暖炉に近寄ってくだされ」
老人の言葉に甘え荷物を置くと、フレイアとタイタス、そして森写歩朗は早速狩りへ向かうことにした。
「爺様、この辺りでいい狩場はあるかな?」
「少し西へ行くと林があるが、そこなら動物がたくさんいますぞ」
「ありがとう。行ってくるよ」
フレイアが連れるのはボーダーコリーのニル、ホークのラキ、そして満から預かった柴犬の久遠。
森写歩朗もハスキーの銀狼丸を連れて行く。
「フレイアさん、自分らはどうすれば?」
「『まるごとトナカイさん』作戦でどうだ? 森写歩朗、持ってるだろ?」
思わず固まる森写歩朗とタイタス。
「いや、冗談だって。‥‥そうだな、そこらへんの獣道に罠を仕掛けて、大きい動物はラキたちに探させよう」
ラキがフレイアの腕から空高く舞い上がり、犬たちもあたりを捜索し始めた。
葉がすっかり落ちた林を、犬たちが元気に駆け回る。
獲物を狩るのは犬の本能、気分が浮き立って仕方がないようだ。
「葉が落ちた林も、よく見れば美しい」
タイタスが呟く。
犬が蹴り上げる粉雪がキラキラと輝き、白い吐息が太陽の覗く空に立ち上る。
人里離れた林に小屋を構え、狩りをして暮らす。
そんな生活も、悪くないかもしれない。
タイタスが不思議な感慨にひたっていると、ラキの甲高い鳴き声が辺りに響いた。
「よし、行くぞ」
早々に駆け出した犬たちを追い、弓を手にした冒険者たちも足を速める。
「台所を少々お借りしても?」
満が作った昼食を食べた後。
ディディエと凪は台所で湯を沸かし、それぞれ持ってきたハーブティーとお茶を淹れる。
「このハーブティーは、飲むと体の芯から温まりますなぁ」
「緑色のお茶も、苦いけど落ち着く味ですねぇ。‥‥えーと‥‥?」
「ウチ、藤村凪いいます。よろしゅーしてください」
「そう、凪さんというのね。こんな辺鄙なところまで来てくれて、本当に嬉しいですよ」
老婆が本当に嬉しそうに笑うので、凪もつられて笑う。
「そう言ってもらえるとウチも嬉しーですわ。‥‥あんな、ウチなー。喧しいかもしれへんけどつきおーてください」
「とんでもない、付き合ってもらうのはあたしたちの方ですよ」
一方、満は台所で食事の下ごしらえをしていた。
キャメロットで買ってきた野菜と道中採取したハーブで、煮物のようなものを作る予定だ。
それらの下ごしらえを終えると、今度は分けてもらったえんどう豆でスープを拵える。
こちらは老夫婦用ではなく、狩りに行った面々を迎えるための料理だ。
「お婆さん、この家の近くで、パセリとルッコラが採れるのをご存知ですか?」
空になったカップにハーブティーを注ぎながら、ディディエがハーブの場所を教える。
「婆さん、今度雪が止んだら散歩がてらに行ってみようかなぁ?」
「そうですねぇ、そうしましょう。‥‥本当はえんどう豆以外の植物も育てれば毎日が楽しいのでしょうけど、何を育てればいいのか分からないんですよねぇ」
老婆の小さな悩みに、これまたディディエが懇切丁寧に答える。
「それではラディッシュやポロネギ、パセリなどをプランター栽培してみてはいかがでしょう。世話が簡単なので楽ですよ〜」
「そうなのですか。えーと、種をキャメロットで買ってくればいいのでしょうかねぇ?」
「はい。プランターは木で作って、土は――」
――話は続く。
自分が得意な分野を頼りにして貰えて、ディディエも嬉しそうだ。
老人は老婆に比べてあまり喋らなかったが、それは凪が相手なら会話に困ることはない。
「道中けっこう雪が降ったでしょう?」
「さくさく歩いてくるのは楽しかったさかい‥‥でも、こんな人里離れた場所に住むとなると、大変ですやろ?」
「そうですなぁ、雪下ろしは老骨に響きますけど、他は慣れてしまいましたなぁ」
「雪下ろしなら、ウチらがやりますよって」
凪が立ち上がるのと同時に、大きな包丁を手にした満も立ち上がる。
小屋の外から犬の鳴き声が聞こえてきた。
「帰ってきたな。獲物を捌き終えたら雪かきを頼みたいのだが、よかろうか?」
捕らえた獲物は鹿が一頭に、白兎が二羽。
毛皮は綺麗に剥がして老夫婦に進呈する。
シェリーキャンリーゼとパセリ、分けてもらった蜂蜜を煮詰めて作ったソースを肉にかけ、焼いた肉にかけて食べる。
「美味しいわぁ、さすが尾花調理長とその見習い陰守や〜!」
「助手って‥‥もうちょっと別の呼び名がいいんですけど」
「しゃーないなぁ、じゃあ陰守副料理長に格上げするわ」
「‥‥うーん‥‥」
そーゆー問題じゃない気がする。
「みなさん、本当に仲がよろしいですなぁ」
森写歩朗がくれた日本酒・どぶろくと、満がくれたシェリーキャンリーゼを飲み比べ、老人はだいぶ酒が回った様子だった。
手を暖炉で焙りながらタイタスが言う。雪かきをしながら雪だるまを作っていたら、手が芯まで冷えてしまったようだ。
「俺たちは仕事の同僚ですが、兄弟のように近しくもあります」
「ほほう?」
「同じ年代の者たちが、同じ目標に向かってひた走る。自然に一体感も生まれるというものです」
今回は『老夫婦を喜ばせたい』という同じ目標を持っている。
人を幸せにすると、自分にもその幸せが返ってくるものだ。
そして、自然と笑みがこぼれる。
「それにしても、ここでの暮らしも大変ですね。お二人だけというのも、寂しくはないのですか?」
「あ、それはあたしも聞きたいな」
「やはり夫婦円満の秘訣などがあるのであろう?」
満・フレイア夫婦が思わず身を乗り出すと、老夫婦は面白そうに顔を見合わせる。
「そうですねぇ、あたしたちの場合は『お互いにどこかで妥協する』ってことでしょうねぇ」
冒険者たちが去った後には、酒が二本とマーマレード、抹茶味の保存食に沢山の食料が残された。
――あと、温かい思い出も。
老夫婦は小屋の外で微笑む雪だるまを眺めながら、冒険者たちの話に花を咲かせた。