可愛い犬は俺のモノ

■ショートシナリオ&プロモート


担当:糀谷みそ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 36 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月26日〜01月31日

リプレイ公開日:2007年02月03日

●オープニング

 ジョンは毛の白い中型犬である。
 胸を張るような立ち姿が美しく、凛々しいともいえる。野を駆ける姿は実に絵になった。
 ジョンは少年ロンによく懐いていた。いや、ロン以外には懐かないといってもいい。
 ロンの両親が触ろうとしても低く唸る始末で、ロン以外にジョンを世話するのは無理だった。
 それでも何も問題はなかった。一人と一匹はどこへ行くにも一緒で、まるで本当の兄弟か親友のようだったと周囲の大人は語る。
 だが、そんなある日――。
「ジョン、ジョーンッ!」
 ロンが相棒の名を呼ばわりながら、貴族の馬車を必死で追いかける。
 ジョンの美しさが運悪くも横暴な貴族の目に留まってしまい、連れ去られようとしているのだ。
 貴族は遊んでいた少年と犬の前に突然馬車を停めると、「可愛い犬だな。‥‥俺が頂いていく、有り難く思え」と言い放ち、誘拐同然に犬を連れ去ろうとしている。強引な大人の力に、小さい子供が抵抗できるはずもなかった。
 ――そして、一人と一匹は引き裂かれた。
「父ちゃん、ジョンが連れてかれた!」
 少年は急いで家に戻ると、畑仕事をしていた父親に飛びついた。
 事の次第を聞いた父親は驚いた様子だったが、最後にはゆっくりと頭を振る。息子を可哀想だとは思うが、犬のために危険な橋を渡ろうとはとても思えなかったのだ。
「我慢しろ、ロン。新しい犬を連れてきてやるから――」
「そんな‥‥ジョンの代わりなんていやしないッ! 父ちゃん、ジョンを助けてよ!!」
 ロンの耳にはジョンの悲しそうな鳴き声がこだましている。
 あんな横暴な貴族に捕まり、どれだけ怖い思いをしているだろう。そう考えるだけで、ロンの胸は張り裂けそうだった。


「ジョンが捕まっている屋敷は分かってるんだ。だけど、その屋敷は要塞みたいに立派で‥‥僕じゃ手も足も出ない」
 泣き腫れて赤くなった目を再び潤ませ、ロンはなけなしの小遣いを差し出した。
「これだけしか払えないけど、ジョンを助けてほしいんだ」
 ロンの話だと、その貴族は山の中腹にある屋敷に住んでいるらしい。
 戦を意識して建てられたものらしく、辺りを警戒しやすい構造になっている。侵入するのも大変だが、人見知りする犬を連れて無事に脱出するのはなお難しいと思われる。
 加えて敵の人数は不明ときた。
(「うーん、なかなか面倒な依頼だ‥‥」)
 必死な少年の手前、口が裂けてもそんなことは言えなかったが。
 とはいえ、こんな小額の報酬で依頼を受けてくれる冒険者がいるだろうか。危険と利益があまりにもかけ離れている。
 助けてあげたいとは思っても、とても安請け合いはできない。
「募集はかけてみるけど、あんまり期待はしないでくれよ?」
 困惑顔の受付は、さらさらと依頼書を書き上げると壁に貼り付けた。

●今回の参加者

 ea3690 ジュエル・ハンター(31歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 ea7975 マリア・ゲイル(33歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb8175 シュネー・エーデルハイト(26歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb8739 レイ・カナン(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb9033 トレーゼ・クルス(33歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb9760 華 月下(29歳・♂・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec0763 クレス・ウィリアム(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

マリウス・ゲイル(ea1553)/ シルフィリア・カノス(eb2823)/ エムシ(eb5180)/ 乱 雪華(eb5818

●リプレイ本文

 後発の冒険者たちがロンの家を訪ねると、心配顔のロンが慌しく扉を開けた。
「もう助けてきた!?」
 ジョンと一分一秒でも離れているのが落ち着かないといった様子の少年に、華月下(eb9760)が優しく微笑みかける。
「これから助けに行ってくるんですよ。必ずジョンを連れて帰るので家で待っていてくださいね」
「ジョンを安全に助け出すために、お前の匂いがついたものを貸して欲しいんだ」
「何でもいいの?」
「ああ、ジョンがロンの匂いだと分かればな」
「じゃあこれを持って行って」
 クレス・ウィリアム(ec0763)が受け取ったのは、ボロボロになった靴の片割れだった。
「僕には小さくなったやつを、ジョンのおもちゃにしたんだ。‥‥でも、やっぱり‥‥僕も一緒に――」
 一緒に連れて行って。
 一刻も早くジョンに会いたいという思いはよく分かった。
 だが。
「荒事になると思うからついてきちゃ駄目よ」
 シュネー・エーデルハイト(eb8175)がそう言うのも尤もである。
 ロンの身が危険に晒されるのも心配されるが、子供連れでは一気に身動きしづらくなる。
「危険なことがあるかもしれない‥‥親父さんを心配させたくはないだろう?」
 うなだれるロンに目線を合わせ、頭を撫でてやるクレス。
「ロンのお母様から保存食を頂きましたわ」
 商隊の準備を終えたマリア・ゲイル(ea7975)が扉から顔を覗かせた。
 商隊の準備を手伝っていたマリウス・ゲイルは、時間の都合でそろそろ帰ることになる。
「それでは皆さん、ご武運を」
「戦うつもりはないけど‥‥言葉はありがたく受け取っておくわ」
 シュネーは苦笑しつつ、マリウスと別れを告げる。
 一行は先行班と合流すべく、ロンに一時の別れを告げた。


 ジュエル・ハンター(ea3690)が盛大なくしゃみをする。
「‥‥参ったな」
 鼻をすするジュエルに、トレーゼ・クルス(eb9033)が頭をかく。
「やっぱり自分が貸した毛布だけじゃ寒さを凌げなかったか」
「依頼中に風邪をひくとは我ながら情けない。今度から防寒対策に気をつけるよ‥‥っくしゅん!」
 防寒服も寝袋も持っていなかったジュエルは風邪をひいてしまったようだが、動きに支障が出るほどではなさそうだが。
 彼らがいるのは問題の貴族が住む屋敷から程近い森の中。
 そこに馬をとめ、簡易のベースキャンプとしている。
 ‥‥テントはクレスが持ってきた二人用のしかなかったので、本拠地と呼ぶにはいささか寂しいものがあったが。
「何はともあれ、私たちが集めた情報を伝えるぞ」
 後から来た仲間に向かって、導蛍石(eb9949)が説明を始めた。
「屋敷の使用人や近隣の住人から聞くに、屋敷内では多数の犬が飼われているらしい。とにかく犬狂いで、他のことにはほとんど興味がないようだ」
 初日にアイテム交換をしつつ「とにかく、屋敷に入ってしまえばあとはどうとでもできますから、まずは屋敷に入る手段を見つけることですね」と言った乱の言葉を思い出す。
 他の仲間が屋敷に入る手段を調べていればいいが‥‥。
 続いてレイ・カナン(eb8739)。
 手には簡易の地図を持っている。
「屋敷を頻繁に訪れる地元の商人から、簡単な屋敷の間取りを聞きだしたわ。物置に裏口がついていて、そこから屋敷の中に入れるらしいわ」
「では僕たちジョン救出班は、その裏口で待機ですね」
 月下の言葉にレイが頷く。
「そういうことになるわ」
 トレーゼが紋章知識から弾き出した考えを話す。
「例の貴族は古くから続く家柄のようだ。だが、家柄だけがあってもな」
 全くそのとおりと頷く一同。
 最後にジュエルが口を開くが、同時に彼がバックパックから取り出した黒い衣装を見て、一同首をかしげることになる。
「あの屋敷で使われてる使用人の服だ。主人が『使用人は没個性的に限る』という考えらしく、こうして地味な制服が存在するってわけだ。これを着てジョンを助けに行けば目立たないと思う」
「それはいい案だと思うが‥‥」
 トレーゼが困惑の表情を浮かべている。
 というのも‥‥。
「男物二着、女物二着ということは、誰かが女装しなければならないのか?」
「‥‥え?」
 目を丸くするジュエル。
 どうやら、ジョン救出班はジュエル、シュネー、トレーゼ、月下の四名であるということを忘れていたらしい。
 そんなこんなで情報交換を終えた一行は、いよいよ屋敷に向かうことになる。


 屋敷の門番に話しかけたのは、旅の商人と思しき一行――マリア、レイ、蛍石、クレスである。
「こちらでかわいい子犬を集めている貴族さまがいらっしゃるとお聞きしたのですが」
 蛍石の言葉に、門番が視線を交し合う。
 その表情には苦いものが多分に含まれていた。
「あらあら、あなたたち元気がなさそうですわね。そのようなときはお酒が一番ですわよ?」
 マリアがゴヴニュの麦酒を勧めると、門番は慌てて頭を振る。
「中へどうぞ」
 門番の誘導により応接間に通される。
 そしてほとんど間をおかず、一人の貴族が入ってきた。
「犬を持ってきたとは本当か? 早く見せろ」
 壮年の貴族が横暴な態度で促す。
 クレスの表情が一気に厳しくなるが、何とか自制したようだ。
 蛍石とマリアが幼いボーダーコリー、そして幼いボルゾイを見せると、明らかに貴族の目が輝いた。
「いくらだ?」
「ボーダーコリーがこれくらい、ボルゾイがこれくらいでどうでしょう」
「高すぎる!」
「そんなことはありませんわ。この犬たちの体つきや毛並みをよーくご覧になってください」
 クレスは交渉する後ろの二人で、ひたすら貴族を睨んでいる。
 彼にとってもこの貴族は鼻持ちならぬ人物であったが、彼はどうにかこうにか我慢して黙っているのであった。
 一方レイは、交渉が始まったのを見計らって行動を開始した。
 控えていた使用人にトイレの場所を聞き、トイレへ行くフリをして裏口の鍵を開けようとした。
 トイレは二階にあるとのことだが、裏口を求めて一階の奥へ進むレイ。
 裏口を求めて‥‥。
 ‥‥お得意の迷子になった。
 とんでもない方向音痴であるレイに裏口開錠を頼むのは、少々どころではなく、かなり無謀であった。
 応接間への戻り方も分からなくなり、どうしようと途方にくれているとき。
 女中と思しき人物に声をかけられた。
「大丈夫ですか?」
「とっても広いお屋敷なので迷ってしまったの」
 慌てて答えるレイ。
 全くもって嘘ではないのが怖いところである。
「だからいつまで待っても来なかったのか‥‥」
「え?」
 女中の後ろから黒服を着たトレーゼが歩いてくる。
 ‥‥女中だと思っていたのは、女装した月下だった。
 動転していて分からなかったようだ。
「裏口の鍵はジュエルが開けた。だからレイさんはクレスさんたちの所へ帰れ」
 トレーゼたちはレイと別れると、犬の吠え声が聞こえる中庭の方へ向かう。
 中庭は口の字型になった屋敷の中心にあり、二十余りの犬が放し飼いにされている。
「‥‥それにしても貴族っていうのはどうしてこう‥‥。同じ貴族として恥ずかしいわ」
 その犬が全部でないにせよ、ほとんどがジョンのようにさらわれてきたのかと思うと、シュネーは頭痛がする思いだった。
 庭の端に白い犬を見つけたので「ジョン」と名前を呼ぶと返事をする。
 近付く冒険者に牙を向くジョン。
 月下がメンタルリカバーをかけてロンの靴を見せると、鼻を鳴らして擦り寄ってくる。
「どうせまともな手段で連れてきたとは思えませんからね。み〜んな逃がしてしまいましょう」
 その頃になって、どこかへ行っていたシュネーが中庭に戻ってきた。
 手には羊皮紙を持っている。
「それは何だ?」
「置手紙よ、トレーゼ。羊皮紙を拝借してきたの」
「気をつけろ、盗みをすればどんな因縁をつけられるか分からないぞ」
「盗みじゃないわ。こうしてここに置いて行くんだから」
 シュネーが書いたのは、脅しの文句。
 「その気になればもっと被害を出すことも出来たぞ」という意思表示だ。
「よし、行こう」
 中庭と屋敷を隔てていた扉を開け放ち、ジュエルは裏口へ向かって駆け出した。
 ‥‥一つ小さいくしゃみをしてから。
 貴族と交渉していた蛍石たちもその騒ぎを聞きつけ、早々に交渉を打ち切った。
「申し訳ありません、我々にも次の予定がありまして‥‥宝石のティアラを無料で差し上げますので、この場は失礼させてください」
 貴族は差し出されたティアラを一瞥し、即答する。
「犬なら喜んでもらうが、ティアラなどいらん」
「‥‥そうですか。それでは失礼します」
 高値で犬を勧める蛍石たちに対してとっくに興味を失っていた貴族は、すんなりと彼らを帰した。
 そして彼らが門をくぐった頃、ようやく犬が脱走したという報告を受ける。
 案の定貴族はカンカンに怒り、使用人たちに逃げた犬の捕縛を命じた。
 犬を逃がしたのがトレーゼたちであるとは露知らず、冒険者一行に首尾よく逃げおおせられたのであった。


 トレーゼはジョンの頭を撫で、ロンの方へ行くように促した。
 ジョンは一片の迷いもなくロンに突進する。
 その衝撃でロンはひっくり返るが、そんなことはお構いなしでジョンをしっかり掻き抱く。
「ジョン‥‥本当にお前なんだな‥‥!」
 クレスとジュエルがロンの頭を撫でる。
「もう連れ去られたりするなよ」
「よかったな、本当に」
「‥‥クレス、初仕事の感想は?」
「そうだな‥‥これからも頑張れるぜ! って自信がついた‥‥かな?」
 クレスにとっての初仕事は、概ね成功と言っていいだろう。
「まったく、貴族にも困ったものだな」
 トレーゼのその呟きは、誰に向けた言葉か。
 彼もまた養子とはいえ貴族の末席に名を連ねる者である。
 良い貴族が増えれば、それだけでも世界は大層平和になるであろうに。
 ‥‥そう思わずにはいられなかった。


 その後、貴族の屋敷周辺では野犬が増えたといささか騒ぎになったようだが、こうして依頼は達せられたのであった。