月の竜は悲しみを謳う

■ショートシナリオ


担当:糀谷みそ

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:02月16日〜02月21日

リプレイ公開日:2007年02月26日

●オープニング

 手に持ったランタンの炎が揺れ、男たちと木々の影を妖しく躍らせる。
 月が昇る暗い森を進むのは壮年の男が一人と、十代の少年が三人――親子だった。
 彼らはキャメロットへ買出しに行った帰りであり、引いている馬には荷物が満載されていた。
「父さん、もう腹の調子は平気?」
「ああ、もう大丈夫だ。足を引っ張ってすまんなぁ」
 今朝キャメロットを出てくるとき、悪い水でも飲んだのか父親が腹を下した。
 調子が落ち着くのを待っていたら出発が遅くなり、村に着く前に日が沈んでしまったのである。
「それにしても、気持ち悪いほど静かな夜だね」
「あぁ、生き物の気配がほとんどしない」
「‥‥もう少し急ごう」
 森といえば獣や虫が集まる生き物の都だ。
 なのに、鳴き声が極端に少ない。
 ――不気味な夜だった。
 携えている弓と剣を握り締め、まだ見えぬ村へ向かって足を早める。
 見覚えのある果樹が見えてきた頃、冷えた大気に恐ろしい音が轟く。
 獣の咆哮――それも大型のものだろう。
「あ、あれは‥‥!?」
 息子の一人が、驚愕の面持ちで森の奥を凝視している。
 そこには金に輝く巨大な翼竜が鎮座し、天を仰いで高く低く咆哮をあげている。
 そして、その足元には――。
 幼い、少女。
「――ッなんでエルザが!」
 エルザ、それは少年たちの妹だった。
 彼らは妹を助けるべく、無謀とは分かりながらも弓に矢を番えた。
 日々の狩りで鍛えた腕前で次々と矢を放ってゆく。
「お兄ちゃん‥‥何で!? やめて、打たないでっ!」
 エルザがドラゴンを庇うように両手を広げる。
 だが、ドラゴンには既に幾本もの矢が刺さっており、悲しそうに高く啼くと空へ飛び立った。
 金の輝きが月へ吸い込まれていく‥‥。
「エルザ‥‥よかった、怪我はないみたいだね」
「お兄ちゃんのバカ! 何であの子に怪我させたの!?」
 差し出されて手を撥ね除け、エルザは顔を真っ赤にして兄を睨む。
 ――話を聞くに、あのムーンドラゴンは月夜にこの森に現れ、歌を謳っていたらしい。
 最初はエルザも恐ろしいと思ったが、じっと聞いているとなぜか心が温かくなっていく歌だった。
 一匹寂しそうに謳うムーンドラゴンに勇気を出して話しかけてみると、ドラゴンはエルザのために歌を謳ってくれるようになったという。
「参ったな‥‥じゃあ俺たちは、エルザの友達に怪我させちゃったわけか」
「そうよ! あぁ‥‥きっとあの子、どこかで痛がってるわ‥‥」
 とうとうエルザは泣き出した。
 善良なムーンドラゴンを傷つけてしまったと気付いた男たちは、再びキャメロットへ向かうことに決めた。
 傷ついたムーンドラゴンを探し出し、傷を癒す。
 ――そう、冒険者ギルドに依頼するためだ。

●今回の参加者

 ea3630 アーク・ランサーンス(24歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea4910 インデックス・ラディエル(20歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5868 ヴェニー・ブリッド(33歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ マシェリ・モルガン(eb0876)/ リチャード・ジョナサン(eb2237)/ フォックス・ブリッド(eb5375)/ ルル・ルフェ(eb6842

●リプレイ本文

 日は高く、森を進む冒険者とエルザの家族に幾重にも梢の影を落とす。
 ムーンドラゴン探索にエルザを同行させるのはほぼ満場一致で決まったが、アーク・ランサーンス(ea3630)はさらにエルザの家族――ムーンドラゴンを傷つけてしまった当人たちの同行を望んだ。
「誠意をもって謝ることが、月の竜の『傷』を癒すことになると私は信じます」
 ――グラン・ルフェ(eb6596)の家族であるルル・ルフェは村に戻ったエルザの家族と話したかったようだが、日数の関係でゴールド・ストームと共に冒険者たちを見送るに終わった、と記しておく。
 エスナ・ウォルター(eb0752)がスクロールでサンワードを唱え、「傷ついた金色の竜」について質問する。
「やや近い、みたいです」
 漠然とした答えだったが、慧神やゆよ(eb2295)がフォーノリッヂとグリーンワードを唱えるので大体の方向は分かっていた。
 フォーノリッヂでは『成長したエルザと崖の上にいる傷ついたムーンドラゴン』が見え、グリーンワードでは「おっきなドラゴンさんはどっちにいるかな?」という問いに対して「崖」という答えが返ってきている。
 エルザの父が森の北西に崖があるという情報をもたらしたので、一行はひたすら北西に向かっているのだった。
 やゆよは、グランが連れる戦闘馬くろべえに乗るエルザと歌詞を考えていた。
 やゆよ曰く、「ムーンドラゴンさんにごめんねの歌」につけるものらしい。
「おにぃーちゃんたちをー、許してー欲しいんだ〜♪ 変わりにー、メッって叱っておいたからぁ〜♪ なんてのはどうかな?」
 やゆよの提案に、エルザは楽しそうに頷く。
「いいと思うわ! じゃあ私は‥‥」
 二人は比較的年齢が近いこともあり、すぐに仲良くなったようだった。
 その横でグランがエルザを優しく見守っている。
 グランは当初、エルザを馬車の類に乗せたかったようだが、冒険者が馬車を借りることは非常に難しく、かつエルザが乗馬できるようだったので現在の状況に落ち着いている。
「モンスターが襲ってきた際も、天蓋のない馬車に乗っているよりは戦闘馬に乗っているほうが安全です。わたくしはむしろ、こうなってよかったと思います」
 油断なく周囲を警戒しながらフィリッパ・オーギュスト(eb1004)が言うと、グランが頭をかきながら答える。
「エルザさんが乗馬できるとは思ってませんでした。‥‥でも、体が小さいから乗るの大変そうだなぁ」
 3mの戦闘馬に対して、エルザは140cmに満たない。
 落ちたら一大事だが、こうしてすぐ隣で見守っているのだから、まず大丈夫だろう。
「月のドラゴンさぁ〜ん! お願い出てきてぇ〜! あなたの傷の治療をしたいのぉ〜! それと、矢を撃った人も反省してるからぁ出てきてぇ〜!」
 上空からはペガサスのライデンくんに乗ったインデックス・ラディエル(ea4910)の声が聞こえてくる。
「ライデンくんも呼びかけて‥‥ぁぅ〜。ヒヒィ〜ンでもいいから呼びかけるの手伝ってぇ〜!!」
 ライデンくんは呆れたように短く嘶くだけで、あまり必死に鳴こうとはしない。
「ペガサスはエンジェルですし、その気になればドラゴンの言葉を喋れるのでしょうか?」
 というのは陰守森写歩朗(eb7208)の言である。
 モンスター知識万能をもつヴェニー・ブリッド(eb5868)も首を傾げている。
 あたしの知識じゃよく分からないけど、と前置きしてから、
「ドラゴンの言葉を理解はできると思うわ。でも、ドラゴンの言葉って唸り声で表現するアレでしょう? ‥‥実際に喋るのは難しいんじゃないかしら」
「やっぱりそうですか‥‥」
 残念そうに肩をすくめる。
 日が傾いてきたのを見て、森写歩朗は食事にしようと提案する。
 そして家事スキルを遺憾なく発揮し、全員分の保存食に火を通して軽く味付けしたので、旅に慣れていないエルザは特に喜んだようだった。


 冒険者や家族が一緒とはいえ、エルザにとって夜の森が不気味なのは変わりない。
 その不気味さを打ち消してくれるのは、歌。
 ムーンドラゴンと会うために夜の森へ向かうときも、それが彼女の心を奮い立たせた。

   月の光照らされて 一人泣く君の姿
   ひっそりと咲く花のようだね 寂しげに震えている
   森の中深く遠く 響き渡るエレジー
   優しい歌が今は謳えないね 悲しみが溢れている
   それでもいいよ 声を聞かせて 姿を見せて
   君を苦しめる 痛みや辛さ 救ってあげたい

 エスナの可憐な歌声が夜のしじまに吸い込まれていく。
 左手に不思議な明滅を繰り返す光の球を、右手にフェアリー・ベルを持ち、澄んだ鈴の音と歌声が夜気を震わせる。
(「エルザさんはドラゴンも謳っていたって言ってました‥‥歌に種族を超えて響く力があるなら‥‥私の歌が聴こえるなら‥‥どうか答えて」)
 安心しきったエルザが馬上で船を漕ぎ始めたので、その後ろにグランが乗り、落馬しないように優しくしっかりと抱え込んだ。
「おにーちゃん‥‥ありがとう‥‥」
 寝言のように呟かれたその言葉に、グランは嬉しそうにエルザの頭を撫でる。
「お兄ちゃん、ですって」
「血がつながったお兄さんたちが近くにいるのに‥‥よっぽど好かれたみたいですね」
 そう言うヴェニーと森写歩朗は羨ましそうにも見えた。
 インデックスは再びライデンくんに乗って空からムーンドラゴンを探し、ヴェニーは一行が方向を見失わないように先導する。
 一度ゴブリンが襲ってきたが、フィリッパとアークが一行から離れた場所にひきつけ、あっという間に片付けて戻ってきた。
 やがて空の端が白くなり始めたので、一行はようやく眠りにつくことにした。
 テントを張り、エルザとその家族を優先的に眠らせる。
「女の子は月の竜に親しみを覚えて守ろうとし。肉親は女の子を心配して救おうとしました。悪意はありませんでした。ただ真実を知らなかった故の誤解のみがあったのです」
 共に見張りをするフィリッパへ向けての言葉なのか、それとも独白なのか。
 アークは小さく爆ぜる焚き火に薪を足しながら呟いていた。
「悲劇とは往々にしてこういうものなのかもしれません。誰も悪意を持っていなかったのに、結局全員が傷ついてしまいました」
「アークさん、随分と感傷的ですね」
「そうですか? ‥‥そうですね、そうかもしれません」
 尽力して探し回っても神に祈っても治らないものがあれば、少しの努力と優しさがあれば治せるものも数多くある。
 ――では、私の病は?
 アークの表情が暗くなったを感じたのか、フィリッパが優しく励ます。
「神に祈りましょう。わたくしたちは神に仕える神聖騎士なのですから。きっとうまくいきます、全てが」
 その時、インデックスの大声が空から降ってきた。
「いたよ、いたいた! 金色のドラゴンさんが崖の下でうずくまってる!」
 眠りにつこうとしていた一行はその声で飛び起き、空を旋回するインデックスに導かれてムーンドラゴンと対面する――。


 崖下にうずくまるドラゴンの鱗は月明かりに照らされ金色に輝いていた。
 だが、その背中には無残にも折れた矢が刺さり、本来は金一色の体に赤い筋が流れている。
 ドラゴンから離れた場所で馬を下りた一行は、グランの提案で武器を地面に置いた。

   月の光照らされて 一人泣いてる君
   助けてあげたくて今 君の下へ辿り着いたよ
   月の魔法のようだね 心へ響く歌声たち
   優しい歌を君と謳いたいね 悲しみを今消し去ってあげるから

 謳いながらゆっくりと接近する。
 ドラゴンは最初威嚇するように唸っていたが、歌が始まりエルザの姿を認めると、段々と大人しくなっていった。
「何をしに来たんだって‥‥言ってるよ」
「! ムーンドラゴンさんが?」
 インデックスの問いに頷くエルザ。
「うん。‥‥テレパシーを使ってるって」
「僕たちはムーンドラゴンさんの怪我を治しにきたんだよ。エルザのお兄さんたちもごめんなさいって言ってるから、背中の矢を抜かせてっ!」
 エルザの兄たちは、ムーンドラゴンを前に顔を強張らせながらも、誠実な態度で頭を下げている。
 ムーンドラゴンがのっそりと起き上がり、一行に歩み寄ってくる。
 その体は大きく、ドラゴンの中で小型とはいえ十分に威圧的であり――同時に美しかった。
 ほとんど白くなった空を仰ぎ、咆哮を上げる。
 それがムーンドラゴンの歌であると気付くのに、それほど時間はかからなかった。
 高く、低く、音を変え。
 優しく、強く、感情を込める。
 ムーンドラゴンが謳うメロディーは許しの歌だった。


 謳い終えたムーンドラゴンは低く身を伏せ、目をつむった。
 それは眠るのではなく治療を許すということだと分かっていたので、冒険者たちはそっと近付き矢に手をかけた。
 鏃には返しがついているとエルザの父に教えられていたので、アークがナイフで皮膚を少し切り裂き、矢を抜く。
「私の魔法で傷を塞げるか分からないけど、やってみる!」
 すかさずインデックスも加わりリカバーを唱えるが、魔法抵抗が高いのかなかなかかからずに難儀した。
 最後にクローニングをかけたので、傷は二日もあれば消えるだろう。
「やっぱりドラゴンというのは凄いですね。貫禄が違います」
「それはそうよ、そうじゃないと面白くないでしょう?」
 ひたすら感心している森写歩朗に、ヴェニーがいたずらっぽく微笑みかける。
 やゆよとエルザはムーンドラゴンを撫でている。
「エルザちゃんとムーンドラゴンさんはお友達だよね! なら、ムーンドラゴンさんの名前で呼んであげようよ!! ‥‥あれ? 名前あるかな?」
「ルナっていうの。私がつけてあげたのよ!」
 ルナ。それは月の女神と同じ名前。
 ルナという名のムーンドラゴンは、冒険者たちの背後から昇ってきた朝日を眩しそうに見つめていた。