武器屋の大いなる危機
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:糀谷みそ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 81 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月17日〜11月20日
リプレイ公開日:2006年11月26日
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●オープニング
最初の叫び声が上がったのは、昨日の朝だった。
武器を見に来た冒険者が一本の剣を手に取るなり、うわっと叫んでそれを放り投げたのだ。
武器屋の店主ロブは驚き、商品をぞんざいに扱った冒険者に文句を言った。
「お客さん、商品を傷めてもらっては困りますよ。それに他のお客様がお怪我をされでもしたら――」
「冗談じゃない! 文句を言いたいのはこっちだ! なんでこんなところにメタリックジェルがいるんだ!?」
――ざわり。
モンスターの名前を聞くと、店内で武器を物色していた冒険者たちがどよめいた。そして、そそくさと店を去っていく。
メタリックジェル――それは、金属製品に張り付いて擬態する不定形生物。触ろうとしたものを接触酸で溶かして捕食しようとするのだ。
誰もいなくなった店内で、ロブはぽかんと入り口を見ていた。そして、冒険者が放り投げた剣に視線を移す。
商品をそのまま転がしておくわけにもいかないと剣に手を伸ばしたが、刀身に小さな波紋が広がったのを見て慌てて手を引いた。
昨晩武器を点検したときは、特に異常が見られなかった。
ということは、夜中か今朝早くにモンスターがやってきたということか。
「‥‥待てよ。今朝?」
剣をしばらく放置しておくことに決め、ロブはヒゲを引っ張りながら今朝のことを思い出した。
今日の開店前、珍しく向かい側の武器屋店主チールが訪れたのだった。彼らはライバルだが、このところチールの店では閑古鳥が鳴いていた。
「武器を仕入れすぎちまったから、ちょっと荷物を置かせてくれないか」
と言って、チールは大きな金属の箱を運んできたのだ。申し出を快諾したロブは、その重い箱を運ぶのを手伝いながら「お前は相変わらず計画性がねぇなぁ」と笑ったのだった。
そんなことを思い出しながら箱の方を見ると、わずかに蓋が開いていた。
暗澹たる思いを抱きつつ、箒の柄で蓋を完全にどける。
――重かった箱の中には、何も入っていなかった。
「客をとられた恨みでしょうかね?」
落ち込むロブを前に、冒険者ギルドの受付がつぶやく。
「かも知れん。‥‥なんとも残念なことだ。子供の頃からずっと親友だったっていうのに‥‥」
親友と思っていたのはロブだけではないのか、と受付は思ったが、賢明にもそれを口に出すことはなかった。
何しろ、カウンターを挟んで座る武器屋の店主は、立派な体を震わせて今にも泣きそうだったのだ。
裏切られて打ちひしがれるロブの前からそっと立ち上がると、受付は依頼内容が書かれた羊皮紙を早速貼り付けようとした。
が、ロブがそれを止める。
「‥‥すまないが‥‥『チールを酷い目にあわせないように』と書き足してくれないか」
お人よし店主の言葉に、受付は小さくため息をついた。
●リプレイ本文
不安な面持ちで歩くロブは、近付いてくるセイル・ファースト(eb8642)に気づいて顔を上げた。
「あなたは‥‥」
「とんだ災難だな。家族は無事か?」
「ええ。妻も娘も、店には顔を出しませんから」
「それはよかった」
「あら、セイルさんはロブさんをご存知なんですね」
セーレフィン・ファルコナー(eb5381)の言葉に、リア・エンデ(eb7706)がこくこくと頷く。
「やっぱりファイターさんとなると、武器屋さんにお世話になる回数が多いんですね〜」
「そうですな。‥‥お嬢さんじゃ装備もままならないでしょう? そんなに華奢な体に装備できるものなんて、うちの店には置いてないですよ」
ロブの言葉に、桜乃屋周(eb8856)がクスリと笑う。全身鎧を着込み大剣を携えたリアを想像したらしい。
それを見たサラス・ディライン(eb8307)が目を瞬かせる。
「周は‥‥ずいぶんと可愛らしい笑い方する」
「女だからな」
「え?」
「私は、生粋の女だよ」
イギリス語を解さない周のためにラックナック・アルイルシア(eb8694)が通訳していたが、そのラックナックも驚いた顔をしている。
黒い短髪に黒いマントを羽織った姿、そして女性としては無愛想とも言える口調。出会ってすぐでは、顔立ちの整った少年にしか見えなかった。
周が女性だと分かると、ラーイ・カナン(eb7636)はその傍からじりじりと離れていく。
「失礼な男ね‥‥って、そっか。あんた、女に触れると狂化を起こすんだっけ」
「そうだ。女性に対して失礼だとは分かっているが、勘弁してもらおう」
ラックナックは肩をすくめ、意識してラーイから離れることにした。
一行はロブの武器屋近くまで来ていた。そこで、サラスがちょこっと首を傾げる。
「あれは‥‥リューフェル‥‥?」
武器屋の前には、なにやら悪態をついているらしい巨漢がいた。サラスによると、リューフェル・アドリア(eb8828)というらしい。
『悪態をついているらしい』というのは、彼がイギリス語ではなくラテン語を話していたので、ラックナックとリア以外には何を言っているのか理解できなかったのだ。
「どうかされましたか〜?」
おっとりしたリアの言葉に振り返ったリューフェルは、不機嫌を体現するような表情でまくしたてる。
「知り合いにこの店が安いと聞いて来てみれば、肝心の店が閉まってるときた。このまますごすご帰れというのか?」
「それがですね〜」
相変わらずの口調でリアが事の次第を話すと、リューフェルは少し考え、自分も依頼に参加すると言い出した。
「俺は単に武器を買おうとしただけなんだがな‥‥まあ、いい。運がよければ武器がタダで手に入るかもしれんらしいし、たまにはこんな仕事も悪くないかもしれん」
八人になった冒険者を裏口から店に迎え入れると、その日は近所に聞き込みをした後、翌日に備えて眠ることになった。
翌日。
身支度と食事を済ませた冒険者たちは、ロブに危険なので店内にいないように言うと、早速作戦を相談し始めた。
「ロブはいいヤツだな。そんなロブを裏切るような真似をしたチールには一言言いたいが、まずは店が再開できるようにしよう」
ラーイの言葉にほとんどの者が頷く。
とりあえず、メタリックジェルを倒すメンバーとチールとを説得するメンバーに分けた。
「交渉だかなんだかは女どもに任せる。はっきり言ってどうでもいいが、依頼人は仲を取り戻したいようだしな。‥‥最も、武器屋の親父の言うとおりのヤツならの話だがな」
「女どもってことは、私も交渉しに行くべき?」
リアの通訳を通してサラスの言葉を聞くと、リューフェルはあまりに素晴らしき結果を予想し、討伐組に加わるように言った。
作戦が決まったところで、チール説得組のラックナックとリアが出発することになった――「商品は大切に!」と釘を刺してから。
店の外に出ると、説得が上手くいくようにリアがメロディーを使うことになった。
「きみ〜は覚えている〜だろう〜か〜こどもの〜頃〜の思い出を〜。ぼくが付けた〜小さな心の傷を〜君は〜許して〜くれるだろうか〜」
リアはチールの店を目の前に、昔のことを思い出し、やってしまったことを後悔するようなイメージで歌い上げる。
リアが歌い終えると、いよいよチールの店の中へ入った。
チールは陰鬱な表情を浮かべおどおどしていたので、およそ商売には向いていないように見える。
チールは入ってきた二人の女性をちらり見ると、視線が合うのを恐れるように目を伏せる。
「メタリックジェルに覚えってある?」
ラックナックがずばりと切り出すと、チールはびくりと身を縮ませ、目を泳がせた。
「覚えがあるのね。‥‥どうしてあんなことをしたの?」
「奴は‥‥俺が仕入れたのと同じ品物を、俺のところより安く店頭に並べた。だから、俺のところはさっぱり売れなくなった」
「‥‥それだけ?」
チールがこくりと頷く。
「商売でやられたのなら、商売で見返せば良いじゃない」
ラックナックは呆れ果ててしまった。
商人たるものが商売で見返すのではなく、実力行使でやり返す? 同じ商売を志すものとして、信じられないと思った。
「俺は商売が下手だ。客に愛想を使うことも出来ない。だが、金を稼がなければ生活できない。だから‥‥」
「だから実力行使? ‥‥ロブさんが依頼にどんな条件つけたか知ってる? 今ならまだ絶対に間に合うとあたしは思う。色々とね」
「あらあら、ホントに武器がたくさんありますね。どちらにかくれているのやら‥‥。はふ」
説得組の二人が出て行った後、討伐組の六人はいよいよ店内に入った。
木製の武器を持っていないサラスとセイルはロブから武器を購入しようとしたが、木製の武器は売れ行きが悪いので置いていないとのことだった。
仕方なく、ロブから箒を借りて使用することになる。
周、セイル、ラーイ、リューフェルの四人は各々の武器で商品をつつく。
セーレフィンは後方からその様子を眺める。
サラスは安全を確認した武器を積んである店先で番をする。
つつき組は商品をつついた後早急にその場を退き、観察組がつつかれた商品を観察する。これで、メタリックジェルと実際に遭遇したときの危険性を減少させることが出来るだろう。
最初にメタリックジェルを発見したのはリューフェルだった。
ラックナックとリアがいない今、彼の言語を解するものはいなかったが、他のものたちに気付いてもらうのは簡単だった。
つまり、こう叫ぶのだ。
「メタリックジェル!」
その声を聞くと、店の方々に散っていた冒険者たちがリューフェルのもとへ集まる。そして総攻撃を開始した。
「アイスコフィン!」
セーレフィンの声と共に、メタリックジェルが武器ごと凍りついた。
これでしばらくはメタリックジェルの動きを封じることが出来るが、こちらからの攻撃が通らないという欠点もある。
戦いやすくなるように、凍らせたメタリックジェルの周りにある武器を確認し、店先に移動させることにする。
ラックナックとリアがチールを連れてロブの店に帰ってきたのは、メタリックジェルを二匹発見して氷漬けにした頃だった。
ジェルがいないと分かった武器を積んである店先には、見張りとしてサラスが立っていた。二人に気付くと、「後はよろしく」と言って店の中に入っていく。
「チールさん、ロブさんに今までの思いをぶちまけてみてはいかがでしょう〜。お二人でお話しするのも大切だと思うのですよ〜」
「それがいいわ。チールさん、ロブさんの部屋は分かるでしょ?」
「‥‥あぁ」
チールが二階へ上がっていくのを確認すると、リアは店先で武器の番を、ラックナックは仲間たちに事の次第を説明しに行った。
チールの話によると、メタリックジェルは全部で三匹。ということは、あと一匹発見して討伐すれば、この依頼は終了することになる。
「やはり、箒の攻撃力なんて高が知れてるな。これが終わったら、ぜひとも木製の武器も置くようにと進言するぞ」
「最後の一匹を発見し討伐したら、他のメタリックジェルを解凍して討伐。セイル、それまでの辛抱だ」
「それまでが面倒なんだろうが、ラーイさんよ」
「あ‥‥いた」
サラスの、唐突な言葉。
一瞬何のことが分からなかったが、その言葉がメタリックジェルを指していると分かると六人は慌てて集まった。
少しでも傷を負ったものにラーイがリカバーをかけつつ戦い、一分も経たないうちにジェルを倒すことが出来た。
氷漬けにしてあったジェルが自然解凍するのを待ち、それらも同じように討伐する。
「終わったから片付けましょうか」
セーレフィンが、水浸しになってしまった床を眺めつつ言う。
――その時だ。
二階から激しい物音が聞こえたのは。
「お前は子供の頃から俺の前を歩いていた。俺は‥‥俺はいつも、お前の踏み台にされてきた!」
二階に駆け上がって耳についたのは、激情に駆られたチールの声だった。大人しさは欠片も残されていない。
隠し持っていたナイフを、両手を挙げるロブに突きつけている。
依頼人の危険を察知したサラスがダーツでナイフを弾き落とし、リューフェルがチールを押さえつける。
「こうなったら仕方がありません。少しの間お役所で頭を冷やしてもらうしか‥‥」
セーレフィンの言葉に反対するものはいなかった。
片付け終わった店で、ロブは沈鬱な表情で金属の箱を見つめている。内側は真っ赤な錆が浮かび、中に何が入れられていたのかを鮮烈に思い出させた。
「じゃあ‥‥ギルドに戻る」
「えぇ‥‥。無事退治してもらえて助かりました」
そうして、八人の冒険者はギルドへの帰路を辿ることになる。
報告を済ませたらこの依頼からは開放される。
だが――。
「チールはどうやってメタリックジェルを手に入れたんだ? ‥‥裏に何かがあるのだろうか」
周の呟きは、街の喧騒に紛れて消えた。