●リプレイ本文
Hクラスに少し遅れて剣術大会の模擬戦に参加するMクラスの出場者たちも会場受付に集まってきた。会場の様子はといえば、2日ほど前に受付に来たHクラスの一行が見た状態に比べれば多少ましになったとはいえ、完成には程遠いように見える。
受付をしているメルヴィン・カーム(ea1931)の頭を後ろからくしゃくしゃとなでる者がいる。振り向くとウィレム・サルサエル(ea2771)がニヤニヤしながら立っていた。
「よぉ、お前さんも出るのかい」
メルヴィンのほうでは友達だと思っているのだが、歳が離れていることもあってかどうしても餓鬼んちょ扱いしたがる癖がある。
2人が受付を終えると、次に並んでいたシアルフィ・クレス(ea5488)にいきなりスペイン語で話しかけられた受付係が目を白黒させた。
『へぇ、どうやらあんたも俺と同じ国の出らしいな。ゲルマン語が話せねぇんなら通訳してやるぜ』
それに気付いたウィレムが横合いから気さくに声をかける。シアルフィは穏やかな物腰で丁重に礼を述べると、ウィレムに通訳してもらいながらどうにか受付を済ませた。
その様子を見ていたミスリル・オリハルコン(ea5594)が困ったような視線を周囲に投げかける。
『アラ、困りましたネ。ここではゲルマン語しか通じないのですか』
『わたくし、あとはジャパン語が少しできるだけデス』
始めにイギリス語で、途中からジャパン語に変えて周りの反応を見る。
『僕はイギリス語なら少しは分かるよ』
始めに声をかけたのはメルヴィンだった。続いて以心伝助(ea4744)も名乗りを上げる。
『ジャパン語でしたらあっしの母国語でやすから任しておくんなさい』
『私もジャパン語なら多少の心得がありますけどねぇ』
フィー・シー・エス(ea6349)もそう答えると。
『神聖騎士のミスリル・オリハルコンと申しマス。見聞を広げるため、世界中を旅していマス』
ミスリルはイギリス語と少したどたどしいジャパン語で自己紹介する。ここしばらくはジャパンにいたのだが、祭りの噂を聞く度にジャパンからイギリスそしてここノルマンへと渡り歩いて来たのだと言う。
その様子を面白そうに眺めていた姚天羅(ea7210)がいきなりラテン語で話し出した。
『やれやれ、各国語の展覧会みたいになってきたな。悪いが俺が知ってるこっちで通じそうな言葉はラテン語だけだ。クレリックさえ見つければなんとかなるし、連中は目印があって見つけやすいからな』
『ラテン語なら僕も割りと得意な方だよ』
『私もジャパン語よりは自信がありますよ』
メルヴィンとフィーが口をそろえる。周りで聞いている受付係達には訳が分からない会話ではあるが、どうやら出場者同士の意思の疎通だけはかろうじてなんとかなりそうだ。
言葉の壁をどうにか補い合いながら全員が受付を済ませて雑談が始まると、ベイン・ヴァル(ea1987)が早速試合終了後に検討会を開かないかと誘いをかける。早い話が酒盛りだ。
「折角の収穫祭でもあることだし、健闘を称え合って乾杯でもしようぜ‥っと言っても俺の奢りって訳にはいかないけどな」
これにはメルヴィンやフィーも諸手を挙げて賛成した。ゲルマン語の分からないもの達にも伝えるがさほど異論はなさそうである。話を聞いたミスリルも自慢の料理の腕を披露すると言う。一同大会そっちのけでそちらの方の話題に盛り上がるのだった。
祭りの初日を飾る巨人同士の模擬戦も無事終了し、いよいよ彼らの出番がやってきた。
選手達の先頭を切ってメルヴィンが客席に手を振りながら笑顔で入場してくる。『光の踊り手』と称される華麗な衣装を身に纏った少年に客席の若い娘たちから歓声が飛ぶと、そちらに向けて更に3割増の笑顔を振りまく。
続いていかにも寛いだ様子のベインが辺りを見回しながら登場し、ウィレムも軽く片手を挙げて観客に応えながら所定の位置に進む。
次に登場した伝助は入場ゲートから闘技場の中央まで素早い回転を組み合わせて移動し、中央に立ったときにはどこからとも無く取り出した剣を構えている。女性2人を含めても出場者中最も背が低いのだが、抜き放った剣を収めると列に加わった。
続く女性陣のうちシアルフィは鎧などをつけないまま登場し、無言のまま騎士の礼法に則って会場に礼を施すと列に並んだ。次のミスリルもゲルマン語が話せないのだがさして気にする様子も無く、イギリス語とジャパン語で礼儀正しく挨拶をすると列に加わる。
フィーも長身を生かしたダイナミックな回転を繋げて会場中央まで達すると共に、天に向って剣を突き上げてみせる。
最後に登場した天羅は会場中央まで進み出ると持参した剣を抜き放ち、女性と見紛うばかりの黒髪をなびかせて剣舞を披露した。
開始された試合はかなりの接戦となったが、一部には思い通りの戦いが出来ずに苦戦する者もいた。伝助などは、試合前から主催者に対して頭突きや蹴りなどの技や得意とする二刀流の使用を掛け合っていたのだが、1人だけ他の選手より多くの攻撃手段を与えることはフェアではないということで全て却下されていた為にかろうじて1勝を挙げるに留まった。
一方ウィレムは戦いの間攻撃的な笑みを絶やさず相手を挑発し続けていたが、勝負に拘ると言うよりも戦いそのものを楽しんでいたらしく、殊にかねて懇意のメルヴィンとの戦いでは。
「へぇ、お前とやるとはなァ‥どーよ調子は?」
などと楽しげに世間話をしながら戦っているうちに結局は引分になるという具合である。
同じようにベインもまた、純粋に戦いを楽しんでいるように見えた。試合開始時に剣を掲げ一礼をした後はひたすら無言で戦っていたが、戦いが佳境に入るとその表情には薄い笑みが浮かんでくる。日頃傭兵として命をかける戦いが多い中、何も考えず剣を振るうことが出来るこのような勝負は心躍るものがあるのだろう。
天羅とシアルフィもほとんど無言で戦っていたが、こちらは言葉の通じる相手がかなり限定されてしまうため止むを得ないところ。尤も天羅などは周囲の理解とは関係なく華国語で気合を発してはいたようだが。
シアルフィも言葉こそ通じないながら、挙動の全てにおいて自らの奉じる騎士道の精神に基づいた立ち居振る舞いに終始していた。試合後などは対戦した相手に対して何か語りた気な素振りもあったが、いかんせん言葉が通じる相手がウィレム唯一人ではどうにもならず、相手と観客とに礼を尽くして引き上げるしかなかった。
最終的な対戦成績は1位2位が5勝2敗で並び、5位6位も3勝4敗で並んだ上、共に4勝した3位と4位の差も1つの引分だけと言う僅差であった。
2日間に亘って全28戦が繰り広げられた結果、得失点差で僅かに3ポイントリードしたミスリル・オリハルコンの優勝が決定し、直接対決こそ制したもののフィー・シー・エスは準優勝に甘んじた。3位には唯一の引分試合を演じたメルヴィン・カームが入賞する。巨人クラスに続いてこの大会の女性上位は揺るがないもののようだ。
試合に引き続き表彰式が始まったが、優勝したミスリルの希望をうまく聞きだすことが出来なかったため、白の神聖魔法を使うのであればそう邪魔にもならないだろうと言うことで魔法用スクロールが手渡された。
準優勝のフィーにはレイピアが、3位のメルヴィンには細工用工具一式がそれぞれの希望に従って手渡される。賞品を受け取ったフィーは表彰台の上でバク宙をすると登場時同様の天に向って剣を突き上げてみせ、最年少ながら3位に入賞したのを無邪気に勝利を喜んでいるようだった。
試合終了後、一同は近くの宿屋に食堂の一角を借りて2日間に渡った模擬戦の検討会が開いた。見事優勝したミスリルが宿の台所を借りて自慢の料理の腕を振るった。
『お祭りですし、楽しくもりあがりまショウ』
上機嫌でそう言いながら他の参加者に料理を並べさせる。
メルヴィンもワインと食べ物を用意したと言って荷物の中から取り出してくるが、ウィレムに保存食かと突っ込まれて苦笑していた。言いだしっぺのベインもしぶしぶと言う様子でワインを提供する。
準備が整うと優勝したミスリルの音頭で一同の健闘を称えて乾杯が行われる。その後は5ヶ国語が入り乱れる検討会が始まった。
「いや〜、あっしもまだまだっすねぇ」
思ったような戦績を上げられなかった伝助が苦笑いをしながら言うと、ベインが敗因を分析する。
「得意の二刀流や体術を禁じられての戦いだ。まあ仕方ないんじゃないのか。どういうわけか優勝者には勝ってるしな。運の要素もかなりあるんだろうし、たまにはこういう気楽な戦いもいいかも知れないな」
「こういう模擬戦だと得意の回避も役に立ちませんしねぇ」
フィーもワイングラスを片手に自分の戦いを振り返って述解する。
『ミスリル様の戦いも独特ですね。最初は防御を固めるのかと思うと、一転して猛攻に転じてきます』
シアルフィもウィレムの通訳を借りて優勝に導いた戦術を称えた。
始めのうちこそ模擬戦の検討会だったのだが、やがてワインの酔いが回ってくるに従って単なる祭りの酒盛りになってくる。
「だいぶ盛り上がってきたみたいだね。僕、踊っちゃおうかな」
メルヴィンはそう言って立ち上がると、故郷であるビザンチン帝国の民族舞踊を踊り始めた。フィーもどうやら酒量が限度を超えたらしく、先ほどから何かと言うと笑いが止まらなくなる様子である。こうして一行の酒盛りは夜更けまで続いていたのであった。