●リプレイ本文
「ふ〜ん、やっぱり迷子の世話って言うと女性が集るか。俺は‥‥子供は苦手なんだが‥心細いのと寂いのは辛いからな‥まぁ、なる様になるだろ。とりあえず男は教会のお2人さんだけかい」
古ぼけたキセルを弄びながらチュリック・エアリート(ea7819)が集った面々を見渡した。
「アラ、アタシも男よ〜」
「そ‥そうなのか‥‥」
長身を艶やかな着物姿に包んだ櫻井昇歌(ea7829)の言葉に、思わず手にしたキセルを取り落としそうになる。
「アタシ、子供って好きよ。見てると、こう‥きゅ〜っと抱きしめてあげたいカンジ。ホント可愛いわよね〜ふふ」
「一応片付いてはいるようですが、人様のお子さんを預かるわけですし掃除をもう少し念入りにしておいたほうがいいかもしれませんね」
預り所の中を点検していたウィル・ウィム(ea1924)の提案で手早く掃除に取掛る。
ほぼ終った頃、セシリア・カータ(ea1643)とミレーヌ・ルミナール(ea1646)は混雑が始る前に街中を一通り調べて来ると言い出した。
「他の預り所の場所等もチェックしておいた方がよいと思いますし」
「それに、そちらの担当者とも連絡を取合ってた方が迷子の身元なんかも調べやすいわよ」
「そんならこいつを持って行って、ここや他の預り所の所在地なんかを入れた簡易地図でも描いて来てくれんか。親が探しに来た子供が他の預り所にいる時に案内しやすいかも知らん」
白い華国風の服の肩に無造作に引掛けていたコートを探ると、数枚の羊皮紙を掴み出して2人に差出す。ギルドの職員を言いくるめて失敬してきたものらしい。
「ついでに主催者側の案内所の位置なんかも確めておいたほうがいいでしょう」
掃除の片付けをしていたアウル・ファングオル(ea4465)も注文を出す。
「そうね、分ったわ。ミリーさんも一緒に行きます?」
声をかけられてミリランシェル・ガブリエル(ea1782)も一行に加った。
「そうですわね。一応は生れ育った街ですけど、見回る場所等は予め確めておいたほうがよろしいかしら」
3人が街中へと出て行くと、ルフィスリーザ・カティア(ea2843)とウィルは奥の調理場に入って行った。
ウィルが持参した材料を取出してお菓子を作り始めると、傍らでお湯を沸し始めたルフィスリーザが手元を覗き込む。
「何を作っていらっしゃるのですか?」
「連れて来られる子供達の中にはお腹をすかせてくる子もいるでしょうから、簡単なおやつでも用意して置こうかと‥‥少々、やりすぎかもしれませんが、やっておくに越した事はありませんし、ね」
『聖光のかざし手』として知られる聖職者は穏かな微笑みを浮べて話を続けながらも手は休めない。やがて仄かな香りが漂い始めた。
「おや、この香りは?」
「リラックス効果のある香草茶を用意しておこうかと思いまして。この時期風が冷たいですし、子供達も外回りの方々も体が冷えてしまうでしょうし‥小さい子にはホットミルクの方が良いでしょうから、そちらはその都度暖めますが‥‥」
一方アウルとチュリックは預った迷子の情報を他の預り所に伝える為の名簿を準備していた。
「とりあえず夫々の預り所で聞き取った名前と特徴を、外回りの人にお願いして案内所や他の預り所に回してもらうほうがいいでしょうね」
「そうだな‥何時何処で見つけたのかも書いておいたほうがいいだろう‥まぁ、羊皮紙は十分用意してあるし」
結構高価なものなのだが、チュリックは古キセルを弄びながら事も無げに言う。
やがて調理場から出てきたウィルが部屋の一隅を仕切り始めた。繋いであった馬から、大きな荷物を下ろして部屋に持ち込んできた昇歌が訝しげに問いかける。
「アラ、一体何が始まるのかしら?」
「このお祭り騒ぎの中ですし、服を汚して来る子の為に、子供服をいくつか持って来たんですよ。まあ着替えスペースとでもいったところでしょうか」
これを聞いて昇歌は目を輝かせる。
「アタシも子供用の着替えを持ってきてるのよ。アタシの子供の頃の着物ばかりなんだけど、こっちじゃ珍しいでしょうから子供達も喜ぶと思うわ」
そう言いながら嬉々として荷物を広げる。鮮やかな色彩のジャパンの着物が次々と現れ、髪飾りなどまで出てくるに及んで、その様子を眺めていた3人は顔を見合わせて溜息をついた。
(「なんか違うような‥‥」)
そうこうするうちに外回りの下調べに行ったメンバーも揃って帰ってきた。そろそろ通りのほうも祭り見物の人出で賑い始めたらしい。
「お祭りですし、人が多いですね」
そう言いながらセシリアが地図の説明を始めた。催し物の多くは中央の広場で開催される為、案内所も広場にあるのだが、広場から南北に延びる大通りにも露天商やら小規模な見世物などが点在している。
彼らの任されたのは南端の施設で、北端にはやはり教会のほうで用意した迷子預り所があると言うことだ。北の施設までは普通に歩いて30分ほどらしいのだが、脇道なども調べながら見つけた迷子を連れて歩くことを考えると一往復に2時間近くかかりそうな様子である。
向こうの預り所とも相談した結果、広場を境に夫々の預り所までの間を担当し、預り状況などは案内所で中継してもらうことに取決めてきたとのことだった。
「少しずつ時間を置いて出発して途中の脇道とか広場を一通り見回ったら、案内所で情報を受取って又見回りをしながらここまで戻るってことでいいわよね」
ミレーヌの言葉をアウルが引取る。
「出かけている間に増えたり減ったりした分は俺とチュリックさんで纏めておいて戻ってきた時に追加しますよ」
セシリアが出かけて行き、暫く立つとミレーヌも人込みの中に姿を消した。
間もなく大道芸人らしい男が5歳くらいの女の子の手を引いて現れる。
「迷子の預り所はここでいいのかい。この子供、いつの間にかくっついて来ちまったらしいんだが、何をしゃべってるんだか分らないんだよ」
ミリランシェルが近付くと泣きながらも何かを訴えようとした。
「ラテン語とも違うみたいですね」
アウルが困ったような顔をすると、近付いて髪をなでていた昇歌も首を振る。
その様子を見たルフィスリーザは静かに隣室へと移動すると呪文を詠唱し始めた。やがて淡い銀色の光が彼女を包む。部屋に戻ると話すのを諦めたのか泣きじゃくる少女のそばにしゃがんでそっと抱きしめる。
(「寂しかったですね‥もう大丈夫。きっとすぐにお迎えが来ますから」)
突然心の中に話しかけられた少女は驚いたように泣止んで彼女の目を覗込む。子供の目の高さに視線を合せると、自己紹介をしながら名前や誰と一緒に祭りに来たのかを聞き出していく。
逐次ゲルマン語に訳す内容を、服装や外見の特徴と合せてアウルがせっせと名簿に書込んでいく一方、チュリックの方は少女を連れてきた男に何時何処で気付いたかや、回って歩いた場所などを一通り聞き出していた。
(「私達とここでお母様をお待ちしましょうね」)
そう言うと少女も元気に頷いた。
「やっぱり小さな子供はいいですねぇ〜、親御さんが来なかったら連れて帰っちゃいましょうか‥」
のんびりと言いかけたミリランシェルは周囲の呆れた視線を感じて慌てて続きを飲込む。尤も昇歌だけは同感といった様子なのだが。
「‥おほほ‥わたくしもそろそろ迷子探しに出かけますわね。ついでにその子の親御さんも‥‥」
名簿の写しを受取って飛出して行くのと入替りにセシリアが驚いたような表情で入ってきた。
「ミリーさんどうかしたのですか?」
苦笑交じりに説明を聞くと、手を引いて来た子供について、道々聞いて来た情報を伝える。
「やれやれ、どうせ出かけるならこの子の情報も一緒に持って行ってくれるとよかったんだが」
記録をとりながらチュリックがぼやく中、ウィルは子供がお漏らしをしているのに気付いた。着替部屋へと連れて行くとお湯で体を拭きながら濡れた服を手早く着替えさせ、後は昇歌に任せて洗濯をしに行く。
「ハ〜イさっぱりしたわね。でもそれだけじゃちょっと殺風景よね。これなんかどうかしら」
昇歌は預かった子供を相手にさっそく自分の持って来た子供時代の和服を引張り出してあーでもないこーでもないと当てがい始めた。終いには男の子なのに髪飾りまで付けられる。
時間がたつにつれ、預り所の中は子供達が増えていった。遊び相手はもっぱらルフィスリーザと昇歌が勤め、雑用の傍らときおりウィルやアウルも加わることがあった。尤もアウルなどは子供と一緒にお話に聞き入っていることも多かったのだが。
ルフィスリーザが一緒に歌を歌ったりオカリナ演奏や童話・昔話を聞かせたりしながら、時折眠そうな子供を子守唄で寝かしつけたりする傍らで、昇歌は持参した鞠で鞠つきを教えたり折り紙を折って見せたりする。子供達のほとんどは紙自体見たことすらなく、1枚の紙から様々な形が作られていく様子を目を丸くして眺めていた。
尤も子供たちに限らず紙などほとんど普及していないノルマンでは、預り所の仲間たちにとってもかなり不思議な光景であったらしい。
「君のお母さんのおやつより美味しくは無いと思いますが‥‥どうぞ」
などと言いながらウィルは洗い物や子供達の遊び相手の傍ら用意したおやつや、あまり子供たちから離れられなくなってきたルフィスリーザに代わって温めたミルクや香草茶等を配っている。
チュリックは子供の世話は超絶に苦手だと言って、専ら机にかじりついて子供を捜しにに来た親の応対等をしていたが、ときおり長く束ねた髪を引っ張られて悲鳴を上げたり、おばちゃんなどと呼ばれて不機嫌になり、ルフィスリーザに自分と比べれば半分以下しか生きていないのだからなどと取成されたりしていた。尤も子供達に何をされても決して手を上げたりはしなかったのだが。
記録を片手に街を回っていたミレーヌは親らしき人を見かけると人違いを恐れずに尋ねまくっては預り所に案内し、1人で歩いている子供を見つけては周囲の大人たちに確認した上で。
「大丈夫よ、誰もあなたを置いていったりしないわよ、いい子だからお姉さんについてきてくれる?」
などとあやしながら預り所まで連れて行くことを繰返していたが、仲間達から3人の外回りの中でミリランシェルだけが暫く戻って来ていないことを知らされると、やれやれといった様子で再び雑踏の中へと入って行った。
一方当のミリランシェルは住慣れた街のこととて自分が迷子になる事はないと高をくくっていたのだが、とある横道で発見した迷子の手を引きながら預り所を目指しているうちに段々と人通りが少なくなってきていることに気付いた。
それでも迷子の手前暫くは我慢して歩いていたのだが人気の無い路地で行き止まりになると、とうとうその場にしゃがみ込んで泣き出してしまった。大声でわんわんと泣き続けるミリランシェルを見て迷子のほうが驚いてしまい、泣くことも忘れて呆然としている。
やや暫くして泣き声を聞きつけたミレーヌにようやく発見されると、そのまま泣きながら抱付いて預り所まで連れ帰ってもらう。片方に迷子の手を引いて歩きながら一方でミリランシェルの肩を抱き呆れたように諭す。
「ミリーさん!? あなたが迷子になっちゃってどうするんですか!?」
やがて祭りも終りに近付き、預けられていた子供達も無事迎えに来た親たちに引取られていった。
「これからは目を離さないようにくれぐれも宜しくお願いします」
と言うアウルの言葉にルフィスリーザの心づくしの一輪の花と昇歌に貰った折鶴を土産に手を振りながら遠ざかっていく。最後の1人の背中を見送りながらチュリックは心の中で何度目かの同じ言葉を呟いた。
(「二度とその手を離すんじゃねぇぞー」)
少しはなれたところではセシリア達と後片付けをしていたミリランシェルが大きく伸びをする。
「ふう・・・今日は頑張ったなぁ〜」
言いながら思わずミレーヌと目が合ってしまうと笑いながらぺろりと舌を出す。
「もう、笑ってないで少しは反省してください‥」
ミリランシェルの気のない返事と一同の笑い声の中どうやら無事に1日を終えたのであった。