●リプレイ本文
プルー・プランティエ(ea3303)が、オルステッド・ブライオン(ea2449)の頭の横を飛びながらなにやらしきりに話しかけている。どうやらイクスプロウド・アレフメム(ea1613)が話したイスの伝説についての説明を通訳してもらっているらしい。
オルステッドにしても簡単な日常会話ができる程度なのだが、およその意味は伝ったとみえる。
「へ〜‥‥、そんな伝説があったのですね‥‥」
しきりと感心しながら聞き入っている。
馬上を行くヒール・アンドン(ea1603)の前に横座りしたシャクリローゼ・ライラ(ea2762)も、シフール共通語で交わされる説明を聞いていたらしい。
「イクスさまって、お詳しいんですのねぇ」
微笑を浮かべながら感嘆の声を漏らす。自分の名前がしゃっくりに聞こえないかと気にして、ローゼと呼ばせているシャクリローゼは、イクスプロウドも縮めて呼んでいる。
ゆっくりと馬を進めるヒールは、神聖騎士らしく威儀を正してはいるのだが、婦人を同乗させているのを意識してか幾分顔を赤らめている。
説明を終えたオルステッドが、硬 焔(ea2168)の方をちらりと仰ぎ見た。はるか東方の華仙教大国から来たというジャイアントの武闘家にも、一応説明した方がと思ったのだが、どうやらあまり興味はなさそうである。
言葉が通じないからなのか、挨拶でも無言のまま一礼しただけの巨人は必要な時以外口を開かなかった。
言葉の壁があるのはシフールの2人も同様なのだが、こちらはおとなしく黙っているような種族ではない。勢い、多少なりとも現代語全般に通じているオルステッドは忙しくなるわけだが、人がいいらしく、さほど苦にする様子もなく相手をしている。
「そろそろ例の森だぜ。このまま行くのか?」
ガゼルフ・ファーゴット(ea3285)が誰にともなく声をかけた。田舎から出てきたばかりと言うエルフのファイターは、初めての冒険に興奮を隠しきれない。
「そうだな。この時間だと、森の中で野営することになるが‥‥食料の方はどうなんだ?」
ルビー・バルボア(ea1908)が、レンジャーらしく確認する。
ゲルマン語を解する一同は顔を見合わせた。保存食を用意していたのは、ルビーのほかにシャクリローゼとガゼルフだけらしい。ほかにはプルーが通常の食料を持ってきていたが、シフールに運べる量であれば知れている。
「やれやれ、どうやらそこらの家にでも宿を頼んだほうがよさそうだな」
ルビーは溜息をつきながら、森のはずれに1件だけ立つ農家を指差した。
翌朝空が白み始めるとともに、一行は農家を後にした。冒険者達の珍しい話は家人に歓迎されたし、シャクリローゼの歌や踊りはことに子供達を喜ばせたようである。出掛けには簡単な昼食さえ持たせてくれた。
両脇から大木が迫る1本道を、一行は黙々と進んでいた。荷馬車が1台通れる程の道幅はある。
「ゴブリンって‥可愛くないですよね‥どうでもいいことですけど‥」
ヒールがそう言いかけた時、プルーがつぃとオルステッドの耳元に近付く。
「来たみたいです‥‥」
どうやら怪しい物音を聞きつけたらしい。警告が伝えられると、ヒールも急いで馬を降り、鞍からクルスシールドを外した。
全員が周囲を警戒しながら移動する中、鞍の上を借りて呪文を詠唱していたプルーの体が黒い光に包まれる。ようやく『デティクトライフフォース』の発動に成功したらしい。
「正面右10メートルの叢に5体‥近くにいるのはそれだけです」
情報をオルステッドを通じて全員に伝える。
ルビーがショートボウに矢をつがえると、教えられた叢に向けて放つ。耳障りな悲鳴とともに、斧を手にしたゴブリン達が飛び出してきた。矢は命中したらしく、1体は足を押さえて転げまわっている。
「おやおや、お前さん達はお呼びでは無いな‥‥」
今ひとつ緊張感に欠けている。
クルスシールドを構えたヒールと、ライトシールドを構えたガゼルフが、突進してくるゴブリン達の正面に立ち塞り、両側をオルステッドと焔が固める中、後方ではイクスプロウドが『ファイアボム』の詠唱を始めた。
オルステッドが、手近の1体に向けて投げつけた手斧は、後ろの大木に深々と突き刺った。早速抜きにかかるゴブリンに、続けざまに左手の短刀も投げつける。こちらは狙い過たず肩口に突き刺った。
悲鳴を上げながら短刀を抜こうとしているゴブリンに向かって、ロングソードを抜き放つ。
「結社グランドクロス・パリ本部・契約傭兵社員オルステッド、出勤する!」
なにやら意味不明の名乗りを上げているうちに、肩から抜き取った短刀を振り回して踊りかかってくる。
ヒール達のほうも危なげなくゴブリンをあしらってはいたが、2本目の矢をつがえたルビーは、混戦の中、撃つに撃てないでいる。そんな中、イクスプロウドの放った『ファイアボム』がゴブリン達の背後に炸裂した。ようやく矢を抜いて立ち上がったばかりのゴブリンも含めて、地面を転げ回って火を消そうと必死になる。
ようやく体についた火を消すころには、ゴブリンたちはすっかり戦意を喪失したらしく、武器も拾わずに一目散に森の奥を目指して逃げ散っていった。
「‥‥追いましょうか?」
イクスプロウドが『ファイアコントロール』を唱えて消火に当る中、ヒールが一同に向かって尋ねると、ダーツを抱えて牽制に飛び回っていたシャクリローゼが、パタパタとオルステッドのそばに下りて来て耳打ちする。
「わたくし、あまり近付きたいとは思いませんわ」
笑いながら伝えるとどうやら大方は同じ意見らしい。森の奥に逃げ込んだゴブリンを探し回るのは時間の無駄だ。
矢を回収しようとしていたルビーの視線が、幹に突き立った手斧を抜こうとしているオルステッドとぶつかる。
「フン‥結社が備品を失くすな、節約しろ、とうるさいのだ。仕方がない」
いかにも面倒そうにうそぶくと、力を込めて手斧を抜き取った。ルビーにとっても、2本しかない矢は貴重品である。
その後何事もなく森を抜けた一行は、午後も遅くなってようやく目的の村へとたどり着く。村長の家に一夜の宿を借りると、翌日件の家へと向かった。
問題の家にたどり着いた一行は、
「‥いろいろ考えるの苦手なんですよね〜」
と言うヒールら4人を残して案内を請う。
「おやまあ、今日はお客さんが大勢だこと」
突然訪れた客に、おばあさんがにこにことベッドの中から笑顔を向ける。
開口一番、驚く仲間たちを尻目にオルステッドが妙なことを言い始めた。
「‥すまないが、お宅の屋根に結社の旗を立てさせてもらえないだろうか。‥なんというか‥その‥伝統的な儀式なのだ。多少変な文言を宣言するが、気にしないで欲しい」
おばあさんもあきれたように聞いていたが、やがて頷く。
「まぁ、かまぃやしないけどね。終ったらちゃんと片付けるんだよ」
「はあ‥それはもう‥」
急いで部屋を出ようとするオルステッドの後をおばあさんの声が追いかける。
「屋根に穴なんかあけるんじゃないよ!」
外に出たオルステッドは、苦労して屋根によじ登ると、旗を片手になにやら宣言を始める。
「‥‥あ〜、えーと、この辺りの土地はだな、まあ、何と言うか、その‥結社グランドクロスの領土となったっ!」
通りすがりの村人の視線を受けて急に口ごもる。
「‥‥まあ、だからどうした、というと私もよくわからんのだが‥‥あ、そうそう、結社員は随時募集中だ。まあ、気が向いたらなってもいいんじゃないか」
投げやりに言って目を上げると、大人は誰もいない。旗を巻いて地上に降り立つと、集っていた子供達に囲まれてしまった。
「ねぇ、ぼくもけっしゃいんになれる?」
「あたしも〜」
オルステッドは笑いを引きつらせながら、猫なで声を出す。
「もう少し大きくなってからね‥」
な〜んだ。つまんな〜い。の大合唱に送られながら仲間の元へ戻ると、シャクリローゼが期待を込めた眼差しで問いかける。
「一体、何のお話でしたの?」
視線を移すとヒールは真っ赤な顔をしてうつむいたまま笑いをこらえているし、ガゼルフに至っては腹を抱えてうずくまっっている。話が分っていないはずの焔の顔でさえ、心なしか緩んでいるような気がするのだった。
唖然としてオルステッドを見送ったルビーが気を取り直して声をかける。
「さて、おばあさん。貴方の情報を教えてください」
「おや、お若いの、おまえさんわしに興味があるんかの」
嬉しそうに訊き返されてルビーは言葉を失う。とんでもない誤解だ。
横からイクスプロウドが助け舟を出す。
「おばあさん、私たちは貴方が昔行った、『イス』の都のことをお聞きしたくて来たのですよ」
「イス‥‥はて、何の事かの」
なかなか思い出せないらしいが、辛抱強く話しかける。
「大変に美しい街だったそうですね」
「おお、イスの街かい、それはもう美しい街でな。りっぱな柱廊を抜けると、見たこともないような市場じゃった‥呪いがどうとか助けてくれとか言っておったが、何を頼まれたんじゃったかのう」
「何か買い物をしてほしかったのでは」
ようやく思い出したらしいが、あちこち記憶が怪しいと見える。更に誘いを向けてみる。
「そうじゃ、しきりに何か買ってくれと言っておった‥‥何で買わんかったのじゃろうか」
「その当時のお金を持っておられなかったのでは」
「当時のお金のう‥‥」
反応が今ひとつである。ようやく立ち直ったルビーが口を挟む。
「単に金がなかっただけでは」
それを聞くとおばあさんは歯のない口を大きく開けて笑い出した。
「そりゃあそうじゃ。わしはただ海の水を汲みに行っただけじゃし、水汲みにいくのに金を持っていくものはおりゃせんて」
「た‥確かに海の水はタダですよね‥‥あの‥何か書付のようなものがあると聞いたのですが‥」
「ああ、これかのう」
拍子抜けしたものの、イクスプロウドの次の問いかけを聞くと枕元をゴソゴソと探って、薄汚れた羊皮紙を取り出した。しばらくじっと眺めていたが、やがて放ってよこす。
「いやぁ、わしゃ字が読めんかったわい‥‥欲しけりゃ持って行ってもかまわんよ」
驚いて付添っている家族に聞くと、やはりいらないと言う。そんなものがあると盗賊などに狙われると言うのだ。礼を言ってその場を後にする。
プルーはそのやり取りをずっと見守っていたが、通訳がいなくなってしまったことで話の内容は全く分からなかった。だが、最終的に目的のものを手に入れたことだけは漠然と理解する。
「いつか‥‥その街へ行って見たいですね」
その呟きには、街を救いたいと言う気持が込められていた。
帰り道はゴブリンが現れることもなく順調であった。
酒場を訪れると、例の老人が心配そうに出迎えたが、受け取った手記を示すと、満面の笑みを浮かべて何度も礼を言った。礼金を支払うついでに、酒をおごるから一緒に飲んで行けと言う。
飲み始めるとすぐに、老人は羊皮紙を広げ、その上に座り込んで書かれた内容を読み始める。
「このイスのようなという意味の『●●●Isより、日の沈む方向に古代ローマの道が海へと消える地を目指す』と言うのは‥‥肝心の所が蟲喰いじゃな」
「“〜のような町”と言う事は現実に存在していると言う事です。Isの綴りの有る町や建国日誌を調べてみてはいかがですか?」
唸るように言う老人に、イクスプロウドは笑いながら助け舟を出す。
宴も果てて皆を送るころになっても、老人は相変わらず唸っている。ルビーが去り際に書き残した『Par−Is』の文字を見つけるのは暫く経ってからのことであった。