〜人形遣い〜 月下の踊り手

■ショートシナリオ


担当:呼夢

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月20日〜04月25日

リプレイ公開日:2005年04月28日

●オープニング

 月が明るい。各地で月道が開かれるころでもある。もっとも、最寄のドレスタッドでは現在月道塔が補修中で使えないのだが‥‥。様々な人間や物が距離を超越して行き交うこの魔法の通路は日頃多くの恩恵をもたらしているのだが、かつて隣国フランクの動乱に見られたように時としてありがたくない訪問者を招き入れることもある。

 ほとんど人通りも絶えた夜半、二人連れの酔漢がおぼつかない足取りで家路をたどっていた。歩いていく前方の辻に一つの人影が姿を現す。足元まで届く長いドレスを纏った少女は、緩やかにカールした髪をなびかせながらくるくると石畳の敷かれた辻の中ほどで踊っている。
 あっけにとられて立ち止まった二人連れだったが、若い男が相棒の肩から腕をほどくとしまりのない顔で踊る少女へと近付いていった。
「若い娘さんがこんな時間に一人歩きしてちゃあいけねぇなあ」
 やや呂律の怪しい口調で声をかけた刹那、一朶の雲が月に重なり地上に闇を落とす。深くなった夜の中で少女はゆっくりと振り向くと無言のまま男に抱きついた。鼻先をくすぐる柔らかな髪とほのかな香りに男は相好をくずす。相棒の方にニヤけた顔を向けながら、再び少女に声をかけようと口を開きかけた男の体が一瞬ビクッと痙攣した。少し遅れて少女を抱きかかえるように背中に回しかけた両腕が力なく垂れ下がっていく。
 抱きついていた腕をほどいた少女がゆっくりと後ずさる。少しぼんやりした笑いを顔にはりつかせたまま、男はふらふらと体をゆらすと石畳の上に顔面から倒れこんだ。男の体の下に徐々に黒い水溜りが広がっていく。
 呆然と成り行きを眺めていたもう一人の男を少女が振り返った。ようやく雲間から顔を出した月明かりが少女の全身を照らし出す。白いドレスの襟元から黒っぽいシミが足元まで伝って月明かりを反射している。浮かび上がった少女の顔にたたえられた冷ややかな微笑をぼんやりと眺めながら、それが生きた人間のものではないことに気付く‥‥ドレスのシミと石畳に広がっていく黒い液体‥‥突然男は声にならない叫びをあげた。
 すでに酔いは吹き飛んでいたが恐怖が全身の自由を奪う。足がもつれて思わず尻餅をついた。逃げなければとは思うのだが蛇ににらまれた蛙のように動くことができない。助けを呼ぼうにも乾ききった舌は凍り付いてしまったようだ。
(殺される‥‥)
そう思った瞬間、少女はおもむろに向きを変えると何事もなかったかのように元来た道へと戻り始めた。身動きもできずに目だけで少女の後を追い続ける男の耳にカタカタという小さな音が響き遠ざかっていく。どうやら助かったらしいと言う安堵感と共に、馬に鞭を入れる鋭い音と馬車が遠ざかっていくガラガラという音を聞きながら男の意識は闇の中へと沈んでいった。

 翌朝早く二人の男が発見されると共に小さな町は騒然となった。意識を取り戻した男の証言はかなり混乱したものではあったがともかく少女の姿を模した何者かが一人の男を殺したことは事実らしい。こうして正体も目的も分からない謎の殺人鬼に関する調査依頼がギルドの掲示板に張り出されることになった。

●今回の参加者

 ea3191 夜闇 握真(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0168 御玲 香(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1380 ユスティーナ・シェイキィ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1935 テスタメント・ヘイリグケイト(26歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2021 ユーリ・ブランフォード(32歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb2083 シンクローザ・ラディエル(24歳・♀・バード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 昨夜遅く目的の町に到着した一行はギルドで教えられた教会を訪れていた。不審な殺され方をした男が埋葬されたこの教会の司教が今回の依頼を取纏めており、調査期間中の拠点として教会の宿坊を提供することになっている。
 テスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)は愛馬に跨り、ユーリ・ブランフォード(eb2021)に軽く頷くと街中へと駆け去る。馬を使って広い範囲で情報を集めるテスタメントに対して、酒場から事件現場までの道沿いを中心に聞込みを行うことにしたユーリは、教会の見習いに案内されて現場へと向った。
 一方助かった男への面会を希望したユスティーナ・シェイキィ(eb1380)とシンクローザ・ラディエル(eb2083)も別の見習いの案内で事件以来熱を出して寝込んでいるという男の家へと向う。尤も原因は恐怖の為などではなく単なる風邪らしい。4月とはいえ一晩中路上に寝ていたのだから凍死しなかっただけでも僥倖と言うべきだろう。
 被害者の身辺を調べることにした夜闇握真(ea3191)と、助かった男の口にした馬車関係の聞込みをすることにした御玲香(eb0168)は、死体を検分したという司教に遺体の状況などを訊ねようとしていた。さすがに事件から1週間程も経っており既に埋葬を済ませているらしい。
「遺体の傷がどんな物だったか聞かせて貰えないだろうか」
 司教に向き合った御玲が単刀直入に切り出す。司教は頷くと記憶を辿るように話し始めた。
「わしが見た限りでは顔の傷を除けば傷らしい傷は一箇所だけじゃったな。そう‥大体このあたりに」
と言いながら自分の胸を指示す。
「鋭い刃物で刺されたような傷が‥背中までは通っていなかったが‥」
「他に何か気になった点は?」
 更に夜闇が訊ねると、少し考え込むようにして再び口を開く。
「そう‥‥確か、笑っておったな‥‥おそらく刺された事さえ気付かなかったのかも知れんが」
「鋭い刃物で急所を一突き‥かなりの手練か」
 沈黙を破るように呟くと、御玲も黙って頷き更に問いかける。
「この町では以前にも殺人が起っているのか?」
「同じような手口の、ということだが」
 夜闇も横から口を添えると、司教は首を振って応えた。
「殺人が全く無い訳ではないが、こんな奇妙な事件は初めてじゃな」
「ふむ、情報提供感謝する」
 司教の言葉が終ると御玲は礼を述べて立ち上る。更に町の地図が借りられる場所を尋ね、簡単なものなら教会にあることを知ると写しを借り受けて教会を後にした。
 夜闇のほうも、被害者自身に恨みを持った人物や仕事上のトラブルなど殺される原因がなかったかだけ確かめると先行した2人の後を追って助かった男の元へと向った。
 男の元へと案内されたユスティーナ達は、ようやく熱が引いたという本人と対面していた。フェリエールと名乗った男に対して自分達がギルドの依頼で犯人を捜してることを説明する。傍らのシンクローザはベール状の布飾りで頭を覆っていた。比較するものがなければエルフで通らないことも無いのだが、真正なエルフであるユスティーナと並んではごまかしも効かない。一般人の拒否反応を考えた上での選択であった。
 日付は教会で確認してきたシンクローザが事件の起きた詳しい時間を聞き出そうとしたのだが、ご多分にもれずこの男も太陽を基準に生活しているらしく、日暮れ近くから飲み始めて結構飲んでいたという程度の説明しか聞けなかった。酒場を出た時にはまだ他の客がいたらしいが、店仕舞も亭主の気分次第らしい。
 ユスティーナ達は被害者自身のことを訊ねたのだが、事件に結びつきそうな情報は得られなかった。最後に夜闇が司教にしたと同じ質問をしてみたがやはり同じ返事であった。
 続いて現場を訪れた3人は、案内人から人形の立っていた場所や死体のあった位置と状態、更に助かった男の倒れていた位置や人形が去っていった方角等の説明を聞くと夫々の方法で現場を調べ始める。
 夜闇は現場周辺や人形の去った道などを犯人の手がかりがないかと念入りに見て回った。酒場などにも寄って例の質問も繰り返してみる。
「15日の夜にここで殺人があった事知ってる?」
 ユスティーナが道端の雑草相手にグリーンワードを使って問いかける。石畳が敷き詰められているために、かろうじてわずかばかりの草が石の隙間から生えているだけなのだが。
『殺人?』
「う〜ん、判んないかな。えーと、満月の夜だれかが死んだの知ってる?」
『知ってる』
「それでね。犯人‥‥じゃ判んないか。えーとね‥‥」
 場所を変えながらいくつかの質問を根気よく続けていく。
 一方シンクローザは人形の立っていたという位置から去って行った方向に向ってパーストを試みていた。と言っても魔力には限りがあるため、時間があまりにも漠然としている以上瞬間のレベルで回数を稼ぐしかない。

 日の暮れかかる頃、町中に散っていた面々が酒場に集ってくる。一角に席を占めると早速御玲が借りてきた地図をテーブルの中央に広げると夜闇がまず口火を切った。
「殺害方法としては鋭い刃物で急所を一突きということらしいが‥俺の調べた限りでは殺された男の身辺には命を狙われるような原因はなさそうだったな」
「でも助かった人は人形は手に何も持ってなかったって言ってたよ」
 頷きながらユスティーナが補足するとユーリも溜息混じりに続けた。
「まったく、目的も手段もわからない襲撃者というのも不気味なものだ‥聞き込みの結果だと、少なくとも過去に類似した事件が起こったという話は全くないようだ。人形の目撃者についてもさっぱりだな」
「私は深夜に馬車の音を聞いた者がいないかを聞いて回ったのだが、これが意外と多いらしい。一番古そうなのは事件が起る2週間ほど前のようだな。気になるのは事件後も2度ほど現れているらしいことだ。町中は石畳が敷き詰められていたんで轍などは見つからなかったがな」
 御玲も説明しながら話が聞けたという家々を指し示していく。説明を聞いていたテスタメントが口を開いた。
「私の方も人形の手掛りはほとんどなかったのだが一つだけ妙な話が聞けた。貴女の今示した道筋を辿った町外れなのだがな」
 言いながら地図上の一点を指す。
「このあたりで奇妙な形の馬車が止まっていたらしいのだが、好奇心から近付いた子供が馬車の後ろから誰かが出てくるのと行き当ったらしい。で、その時に馬車の中に白い人影のようなものを見たような気がすると言うんだ。まあすぐに追い払われたらしいがな」
 それもほぼ事件の2週間ほど前ということだったがその近辺でも2〜3日すると全く姿を見なくなったということだった。
 グリーンワードを使って現場の情報を集めたユスティーナも思うような成果は上げていない。かろうじて分かったことといえば、やはり現場には被害者達2人以外の人間はいなかったらしいことと、馬車に踏みにじられた雑草がいくらかあったという程度に止まった。夜のことを考えればいくらかの魔力は残しておく必要もある。
 シンクローザのパーストによる調査も不発に終った。助かった男がかなり酔っていたこともあって、時間の特定がほとんどできなかったからである。
 少なくともここまでの調査で見る限りは、まだ犯人が町に出入りしている可能性は高い。一行は当初の予定通り二手に分れて夜の町へと見回りに出て行った。
 その夜は何事もなく過ぎる。

 翌日は情報収集は程々に切り上げ、夜に備えて体力を温存することにした。陽が沈むと昨晩と同様二手に分れて見回りを開始する。
 一方の組はシンクローザとユスティーナが並んで歩き、少し離れた所を御玲が建物の陰から陰へと伝っていく。
 他方は先頭を酔漢を装った夜闇がふらついた足取りで進み、少し離れてユーリが、更に後方から騎乗したテスタメントがゆっくりと歩みを進めていた。暫く経った頃、低い振動のようなものを感じて3人は一斉に夜空を仰いだ。星空の一部に墨を流したような闇が登っていく。
「向うか?」
 ほとんど同時に呟きながら走り出す2人の横をテスタメントの馬が駆け去る。
 少し離れた道では懐からダガーを取り出したシンクローザが一人の少女と対峙していた。背後に控えたユスティーナは今しも合図のグラビティキャノンを夜空に向けて放ったところである。闇に潜んでいた御玲はそのまま少女の背後を取ろうとゆっくりと回り込んでいく。少女の死角に回り込んだ御玲が仕掛けた。その姿が煙に包まれると分身と共に少女の足元に背後からフェイントアタックを叩き込む。
「なっ‥‥」
 大きく広がったスカートの布地を切り裂いて少女の足に達するはずの刃が、僅かに布を裂いた所で何かに食い込んだのだ。人体とは明らかに異なる感触に戸惑いながら無理やりに刃を引き抜くと間合いを取り直す。
「‥一つ、言葉が分かるなら聞くぞ、お前は『何だ』?」
 答えはなかった。
 合図を送った後人形の出てきた道を塞ごうと回り込んだユスティーナの耳にピシリという鞭の音が飛び込んでくる。一瞬躊躇したが仲間に一声かけるとたちまち音のした方向に駆け出した。
 ようやくその場に駆けつけたユーリと夜闇も少女の包囲に加わる。相手の正体がわからないことから、ユーリは念のため仲間達の武器にバーニングソードを施しながら移動し、全員で4方向の道を全て塞いだ。
 ユスティーナのいた道を塞いだ夜闇は大ガマを召喚して少女を押さえつけさせようと接近する。出てきた道の方に向き直っていた少女の正面から飛びついた大ガマだったが、少女の腕が動くと共に飛び退いた。見ると腕が閉じられたままの少女の胸元からは鋭利な刃が突き出し腕を開くにつれて引込んでいく。
 大ガマが離れた瞬間御玲は再び少女の背に忍者刀を突き立てるがやはり刃が立たない。傷を負った大ガマが体勢を立て直すための牽制に正面から腕に切りつけた夜闇の忍者刀もはじかれる。
 炎の魔力を付与した武器でもほとんどダメージを与えられないのを見たユーリは魔法攻撃を決断せざるをえなかった。夜分であることを考えるとできれば避けたかったのだが。とはいえ火球が15mにもなるファイヤーボムを道幅10mに満たない通りで使う訳にもいかない。辻の中央にファイヤートラップを仕掛けると仲間に少女を追い込んでくれるよう伝えた。
 呼応して夜闇が大ガマを繰返し体当たりさせる。その勢いに押し戻された少女がトラップに触れた瞬間炎が吹き上がる、と同時に一瞬にして炎に包まれた少女が大きく後ろに傾いた。衣装が焼け落ち、骨組みだけになった『それ』には足がなかった。代りにスカートの形に広がった幾本かの支柱と車輪のようなもの、その一部が破損したらしい。

 一方先行したテスタメントは今しも動き出そうとしている馬車を発見すると躊躇することなく馬車の追跡に移る。途中横道から出てきたユスティーナを目に留めたが速度は緩めない。既に馬車もある程度の速度が出始めている為止っている余裕はないとみた。
 息を切らせて馬車のいた道に飛び出したユスティーナだが、既に馬車との距離がグラビティキャノンの射程を超えていることを見て取ると追跡は任せるしかなかった。
 テスタメントは馬車と併走しながら御者台の脇につけると停止を命ずるが、御者の脇に座った人物は黒いフードを目深に被ったままこちらを見ようともしない。手綱から片手を離すと馬を寄せていく。片手を伸ばして乗り移ろうとした刹那、白刃が煌いた。間一髪かわしたと思った瞬間馬が棹立ちになる。かろうじて地面に叩きつけられるのを免れると、すぐさま暴れる馬を宥めにかかった。ようやく落ち着いた馬の体を調べ、ほんのかすり傷であることを確認して安堵するが手綱を切られており、馬車との距離が開き過ていることもあって追跡は断念せざるを得ない。
 馬を引いて仲間の元へと向ったテスタメントは馬車の止まっていたあたりでじっと佇んでいるシンクローザを見かけて声をかけた。
「どうかしたのか?」
「綺麗な月が‥‥違うな。フフ‥正確な時間が判ったのでね‥ここにいた連中のことを『見て』いたんだよ」
 魔力を使い切ったらしいシンクローザと共に仲間の元へと戻る。グラビティキャノンでも当てたのか既に人形はガラクタの山になってくすぶっているだけだった。
「逃げられたよ」
 集まっていた仲間に切断された手綱を示すとユーリが腕を組んで頷く。
「成る程、将を射んと欲すればまず馬を射よと言うことか‥ところで、この事件とりあえず一区切りと見ていいのか?」
 一同が顔を見合わせる中最初に口を開いたのは御玲だった。
「とりあえず凶行に使われた少女の人形は始末した。別の人形があるかどうかは判らんがな。ギルドが動いていると知った以上この町に姿を現すとも思えん。テスタメント殿の話通り一味が町の外から来ているとすれば他の町を狙うのではないかな」
「犯人達についても多少は判ったからね。一眠りして魔力が回復したらもう少し調べてみるつもりだけど、とりあえずそれをギルドに報告して後の事は任せるしかないかな」
 シンクローザもそう言うと先ほどパーストで調べた犯人達の様子を説明した。
 人形の残骸を回収して教会へと戻った一行は、司教に事の顛末を報告した上で更に翌日シンクローザがパーストで調べた内容も加えた後帰路に着いた。

――彼らの報告書が再び日の目を見る時‥それは新たな惨劇を意味するのかもしれない――