●リプレイ本文
出航準備の指図が一段落した船長の元にエルザ・ヴァリアント(ea8189)が飼犬の同行許可をもらおうと話しかけた。水無瀬瑠璃(eb2664)も飼猫を同行するつもりらしい。
どちらも二つ返事で許可された。元より船に猫がいるのは珍しいことではないし、構造的に船首から船尾までが一枚甲板のバイキング船では、短時間で上陸する場合であれば馬を載せることも多い。今回のように長期間の航海になるとさすがに餌の確保が不可能になるのだが。
前回同様襲撃される可能性もあると言う御玲香(eb0168)の提言で、矢避けの板の用意と消火のための布なども運び込まれている。と言っても甲板の下は、甲板の幅に1mほどの高さを持つ二等辺三角形を逆さにしたような空間があるだけなので、いざと言うとき使う為には甲板の一角に積上げておくしかない。
「や、スィエルさん調子はどう? ミールさんは相変わらずなのかな‥‥」
旧知のシフール達を見つけてユスティーナ・シェイキィ(eb1380)が声をかける。ミールの状態は以前と変っていないらしく、衰弱する風がないのが唯一の救いらしい。
「ムーンドラゴンの言ってた『彼ら』って何だろうね? 今回の探索で、少しでも手掛かりが得られるといいなあ」
「おそらくは高位の精霊達のことでしょう」
共にムーンドラゴンの話を聞いている白銀麗(ea8147)が自らの見解を述べる。ドラゴン襲来の謎を追い続けている銀麗の分析は、これまでほとんどの場合的を射ていたといってよい。
それにつけても気にかかっていたのは、自分達より先に島を訪れた者達の事である。
「どんな意図で動いているのでしょうか。島の住人に人間への敵意を抱かせていなければよいのですが‥‥」
やがて準備の整った船は桟橋を離れて流れに乗り出していく。
「神の国・アースガルズ、かぁ‥‥何や、めっちゃ創作意欲掻き立てられるフレーズやな! 新曲は『神々の詩』で決まりやな♪ 」
船が海に入ったのを見てハーフエルフの楽士アリオーシュ・アルセイデス(ea9009)は無邪気に喜んでいる。船乗り達の微妙な視線にもかかわらず種族的な負い目が無いのは出身国ゆえのことであろう。
それを聞いたアーク・ランサーンス(ea3630)が苦笑しながら呟く。
「『神の国』か‥‥ジーザス教の天国と同じものを指しているのだろうか? おそらく違うだろう。神という言葉は恐れ敬う対象を示す事がある。人知を超えた存在は本当の神を知らない者にとって神なのだろう」
神聖騎士であり敬虔なジーザス教徒でもあるアークにとって他の神々など認められるものではなかったが、だからと言ってそれを排斥するほどに偏狭な考えを持っているわけではない。
一方でエルザと瑠璃は共通の友人であるカヤと、「お互い、頑張りましょう」などと語り合いながら探索の成功を祈ってカヤ持参のワインを開けている。
会話の中でいつもと違うエルザの服装も話題に上った。これまでに身に着けたローブのおかげで再三ドラゴンに襲われる羽目に陥ったことから今回は差し控えたらしい。
アイセル湖の入口付近に停泊し、日の出と共に慎重に方位を定めると船は一路目的地を目指す。
昼も近い頃突然船内が騒然とした。船員達が走り回り、慌てて船の針路を変えようとする。やがて大きく船体を傾かせながら針路とほぼ直角になる向きでほぼ停止した状態になる。
「いったい何が‥‥」
乱暴な操船をどうにかしのいだアルバート・オズボーン(eb2284)はそう言いかけて目を見張った。これまでの針路上には島影が間近に迫っている。前方を見張っていた船員の話では何も無かったところにいきなり島が現れたと言うのだ。
「イグドラシルがあるっていう遺跡の島、か‥‥さぁて、何が待っているのやら」
彼方に霞む巨大な樹影を目の当たりにしてエルザが思わず呟く。
「‥‥さて鬼が出るか蛇が出るか‥‥今一洒落にもならないな」
そう返事をしかけて本当に出ないものでもないと気付いたのか香は思わず苦笑した。
「でも、ムーンドラゴンは世界樹のこと訊いた時確か笑ってたよね‥‥」
「すぐそこにある島が見えなかったのですから、見えているものが必ず実在するとは限りませんけど‥‥ともかく上陸できる場所を探しましょう」
ほどなく上陸可能な地点を見つけると船は沖合に碇を下ろす。小舟を何度か往復させて全員が島に上陸すると船員達は船へと戻っていった。
再び迎えの小舟を出して貰ったり助けを求める場合の船との合図は、昼は狼煙、夜は燃えている松明の振り回し方でということでアークが船長に説明してある。大きな音でと言う案もあったのだが、残念ながら数百メートル先まで音が届くような物を見つけることができなかったようだ。
その後半数は上陸前に見かけた海岸の洞窟を探索すると言うことで別行動をとることになる。
一行は上陸後予め決めておいた隊列を組むと、とりあえず目の前に見えている世界樹らしきものを目指してみることにした。
アルバートと瑠璃を先頭にユスティーナとエルザが続き、更にアリオーシュと銀麗、最後尾を香とアークが警戒する。
途中から広がる森の入口で、銀麗は鳥に変身して上空から前方の偵察を試みたが、少し飛び上がったところで乱気流に巻き込まれそれ以上の飛行を断念せざるを得なかった。地上では全くと言っていいほど風が無いことからこれも精霊力の影響であったのかも知れない。
この間にユスティーナは周辺の木から情報を聞き出していたが、木の誕生この方この近辺に人間が近づいたことはないとのことであった。尤もエレメントの類は常時活動しており、ドラゴンの来訪もそれほど珍しいことではないらしい。
森に入ると目印の大樹も見えなくなり、一番当てになりそうなエルザの土地勘を頼りに前進を続ける。森の中は物音に満ちているようであった。はっきりと聞き取ることはできないが、囁き交すような声が四方から降ってくる。
そのような雑音の中でも先頭の瑠璃と最後尾の香は五感を総動員して周囲の気配を探ろうとしていた。
帰り道を見失わないため、香は目印になりそうな木にはナイフで傷をつけたり枝にロープを結びながら歩いていたが、突然襲ってきた木の枝の直撃をかろうじてかわすと立ち木のそばから飛びすさった。
先を歩いていた仲間達も周囲に集まってくる。香の腕の傷にはアークがすぐさまりカバーをかけた。
目印のために刻み目を入れようとした木がどうやらトレントだったようだ。茂った枝を震わせ今にも打ちかかろうとする。
「積極的な戦闘は避けた方がいいんやないか? どうせ追ってなんか来へんやろ」
トレントの様子を眺めていたアリオーシュが口を開く。無益な戦闘は避けるに若くはない。攻撃の届かない範囲を迂回することにして先を急いだ。
こうして一時間ほども森の中を進んだところで突然一行の視界が開けた。再び大樹が姿を現すとともに、目の前には見慣れない石造りの建物が整然と立ち並んでいる。
慎重に街に足を踏み入れてみる。『遺跡』という言葉から思い描くほどに荒廃している訳でもなく、特に大規模な破壊の痕跡なども見受けられないのだが、生きている者の気配は全く感じられない。
暫く街路を進んだところであまり長い直線状の部分が無いことに気付く。迷路と言うほどではないのだが明らかに余所者が自由に行動することを妨げる意図を持って作られているようで、どこで待伏せがあってもおかしくはない。
街中に入ると背の高い建物に阻まれて樹は見えなくなったが、即席の地図に書込みをしながら慎重に中心部を目指していく。
周囲に立ち並ぶ建物も良く見ると奇妙な感覚を与えた。地上部分に出入口になりそうな開口部のない建物も多く、開口部の大きさも大小の差がかなり極端なのだ。
やがて一行は巨大な城壁に突き当たった。ほとんど垂直にそそり立つその壁の高さは50メートル程にもなろうか。城壁と街の建物の間にはやはりそのくらいの広場が取り巻いている。
ドラゴンや精霊と思しきレリーフが刻まれた城壁に沿って暫く進むと、更に広い空間と門のような構造物に行き当たった。
「‥‥これは? んん? 」
門の周囲に刻まれた古代文字を見つけてエルザが首を傾げる――がどうやら解っている訳ではなさそうだ。
多少ながら文字の意味を拾えるユスティーナは、後で解読してみようとスクロールを取り出すと丹念にメモを取っている。
陽が傾いてきたこともあり、再びこの門の場所に戻れるよう地図を作成しながら一旦船へと戻ることにする。やがて印をつけてきた道をたどって海岸に戻った一行は予ての手はずどおり無事船に収容された。
翌日も朝から昨日見つけた門を目指す。途中の比較的安全なルートを見つけて一時間少々で目的の場所に到達することができるようになる。
再び門の周囲を巡って地図の内容を充実させていく。調べを進めるうちに、どうやら城壁にはいくつかの門があることと『世界樹』らしきものを中心とした同心円状に作られているらしいことが判ってきた。
更にその外側の街自体も城壁の周りを更に囲む形で作られているらしいことも想像がついた。
件の大樹が島の中央付近にあるとして、街から海岸までの距離も考えると、島自体は直径が10キロにも満たない円盤状なのではないかと思われてくる。
街そのものは複雑なばかりで、詳細な地図を作ってもさして意味がないと思われたことから専ら調査の中心は城壁やその表面に刻まれた古代文字やレリーフの数々に集中された。
荷物を減らした分の余裕を利用して、ユスティーナは今回もミールをつれて歩く役を買って出ていた。当然スィエルも絶えずその近くを飛び回ることになる。
その話によればどうやら門のうちの一つはミールが正気を失った場所に間違いないらしい。街の様子にあまり記憶がないのは、そのときは街の上空を飛ぶことができたからである。ためしに上昇してみたところ銀麗と同様強風に阻まれてしまった。
三日目になると地図なしでもどうやら目的の門までたどり着けるようになった。森の中の精霊達の気配も相変わらずであったし初日のトレント以外敵らしい敵にも出会っていない。
唯一森の中で見かけた小さな少女は声をかけようとしたとたん森に吸い込まれるように消えてしまった。総じて一行はこの島の住人達に歓迎されていないようである。
この日はエックスレイビジョンで壁を透視してみたが、壁の内側が暗いらしく何も見えない状態であった。思い切ってウォールホールで壁に穴を穿ってみる。ランタンを灯して順次壁の中に入ってみると更に内側に壁があることが判った。内側の壁を更に透視してみると、内部は城砦のようになっていることが判る
内部は薄暗かったが確かに何かが動いている気配はあった。とはいえさすがに壁に穴を開けていきなり入って行ったのでは、敵対行為と見做されても言い逃れができない。
中を調べているうちに閉じてしまった壁に再度穴を開けて全員が外に出る。壁が閉じかけると同時にエルザのつれた犬が低いうなり声を漏らす。
「‥‥ん? ナッシュどうかした? 」
声をかけるのとほぼ同時に、壁の上から羽ばたく音が聞こえた。と、急降下してきた影が一行の前を遮る形で着地する。
壁を背にしてウィザード達を護るようにアルバートがロングソードを構える。アークと香もそれぞれクルスソードと忍者刀を抜き放つ。瑠璃も出航前に調達しておいた毒を塗ったダーツを握りしめる。
「私の仕事は『影』だ。それ以外する意味はないのだが‥‥」
自ら戦力としては当てにして欲しくないと言うだけあって戦闘は苦手らしい。
降り立ったのは赤紫の鱗に六枚の羽根という大蛇の姿をしたものだった。尾は門の向こう側に消えて、全長は測れない。
アリオーシュは低く呪文を唱えるとメロディーを発動させて相手の警戒心を解こうと試みる。可能であれば戦闘は避けたいし話し合えるものであれば話がしたかった。
「私達は契約の品を探して竜に返すという約束を守るため、手がかりを求めて行動している者です」
「私達に少しだけ、この辺を調べさせてくれない? 」
仕掛けてこないのをみてとって銀麗とエルザがかわるがわる声をかける。唄うのを止めたアリオーシュも更にテレパシーを発動して同じ内容を伝えてみる。
それまでユスティーナのもとでじっとしていたミールが突然飛び立つと大蛇との間に静止した。どうやらテレパシーで何かを伝えているようだ。
やがて力が抜けたように地上に落ちかかるのをスィエルが抱きとめてユスティーナのもとに運ぶ。大蛇はそれを見届けてから、アリオーシュに向っていくつかの言葉を残すと再び城壁の上へと飛び去っていった。
その後、他の面々ににアリオーシュが説明したところによれば、真実宝を返すなら城砦の外部を調べるのは自由だが、宝を失ったことによる精霊力の乱れによって安全は保障できないこと。それでも地下の遺跡は人には禁忌であり、これまで入った者はほとんど出られなかったこと。宝を島に持ってこなければその先の段階へは進めないことなどが伝えられた。
一行はその後も船から遺跡に通っては更に外壁に書かれた情報を収集し引き上げることになる。探索の最終日、陽の沈む前に船に戻った一行だが、地下に向った部隊が地上に姿を現したのは既に夜半になっていた。