●リプレイ本文
出航の準備が慌しく進む中、桟橋ではが領主館からの使いが冒険者達のペットを預かっている。
「留守の間ヤハトを頼む」
愛馬の鼻面を撫でながら使いの者に手綱を渡すクーラント・シェイキィ(ea9821)の横では、ミネア・ウェルロッド(ea4591)がしゃがみこんでしきりに愛犬の頭を撫でていた。
「ミネアちょっとお出かけしてくるからね〜♪ クロワッサンもいい子でお留守番してるんだよ〜」
どうやらクーラントの方はジョーンジィと名付けた愛犬を同行するようである。
港を出た船が流れに乗り船上の作業も一段落すると、一行は探索先に分かれて方針を確認し始めた。
「領主館に保管されておる『契約の宝』の一部を『正しき位置』とやらに戻さねばならんようなのでのぅ」
シュタール・アイゼナッハ(ea9387)は自身の知る限りでこれまでのドラゴン関係の経緯や前回の地価遺跡への探索の様子などを説明し始める。前回一緒に地下に赴いた雅上烈椎(ea3990)とゼタル・マグスレード(ea1798)も時折補足を加えた。
「しかし、何も分かって無いも同然なのですね‥‥。何から手をつけますか‥‥」
大方の説明を聞き終えた霧島奏(ea9803)が一同の想いを代弁するように感想を漏らす。尤も穏やかな笑みを浮かべた表情からは言葉ほどの困惑は読み取れないのだが。
「禁忌だとか生きて戻った者は居ないというならどこから手をつけるにせよ生易しくは無いでしょうな。雰囲気からしてデビルなりもあり得るようですし、それも考慮に入れ最大限に警戒しつつ、無理はせずの方向で」
同行するシフール達とは一面識のあるデルスウ・コユコン(eb1758)も慎重に口を開く。通常武器の通じない相手にも対応できるよう魔力を帯びた鉄槌を装備している。
同様の理由でミネアやクーラント、バスカ・テリオス(ea2369)もそう言った相手に対応できる得物を選択していた。通常武器を帯びている椎や奏はシュタールの作り出す水晶剣を受取ることにしている。
「地下遺跡の通路の大きさからすると実際にドラゴンが通っていた事も考えられるが、ドラゴンが遺跡にいて下手をすると『敵対的』な場合だと、目も当てられないのぅ‥‥」
「ドラゴンさんが相手になっちゃった時は‥‥全力で撤退するしかないかな‥‥」
シュタールの懸念に、幾分心配そうにではあるが屈託無げに話すミネアを見てクーラントは思わずこの依頼に参加するきっかけを思い出す。
海を渡ったきりの妹を心配してドレスタッドを訪れたものの、当の本人はパリにいて身動きが取れないらしく、いきなり『ここまできたら最期まで見届けないとね。今まで見聞きしたことは手紙に書いて送るから、後は兄貴宜しく! 』‥‥だそうだ。
手紙には『契約の宝』を巡る事件に関わった経緯が延々と書かれている。ムーンドラゴンと話をしたり、事件の核心を握る紫のローブの男に街中でいきなり本人確認をしたりと‥‥らしいと言えばらしいが随分と厄介な事に首突っ込んでいるようだ。
やがて前回と同じ航路を通って船は無事に遺跡の島へと辿り着く。前回の上陸地点も容易に見つかり、一行は小舟に分乗して次々と島に上陸した。
「かの地に再び立つ幸運と、真実をその目で追求することの高揚感‥‥僕の活力の源と言っても良い」
再び遺跡の島に足を踏み入れたゼタルが感動の声を上げる。が、続いて降り立ったミネアが子供らしい素直さでで痛いところをつく。
「なんか足が震えてるみたいだよ〜。少し誰かに荷物持ってもらったら? 」
「‥‥なに? 荷物の重さで足が震えているだと? ‥‥武者奮いというのだ。言葉は選びたまえ、君」
言葉に詰まりながらムキになって意地を張る様子に他のメンバーも笑いをこらえている。結局そのままではいざと言うときに魔法が使えないことは本人も解っているらしく、護衛と荷物運びの為に参加したと言う椎に荷物の一部を預かってもらう。
身軽さを買われて偵察の役目を任された奏が先行し、前衛を買って出たデルスウを先頭にバスカらも続いて洞窟の中に入っていく。
「地下洞窟か‥‥いやな感じだ」
洞窟の入口から中を覗き込んでクーラントが呟く。閉所恐怖症という訳でもないのだが、空が見えないのはどうにも落ち着かないようだ。
殿を申し出た椎を最後に地底を目指す。前回製作した地図の写しを持って先行した奏が時折戻って報告するところによれば目印などはそのまま残っており、新たなモンスターの存在も確認されないようだ。
その日一日地図と目印を頼りに強行軍を続けた一行はやがて目的の遺跡入口に辿り着くと野営の準備を始めた。交代で見張りを行いながらそこで一夜を過ごす。
翌朝――と言っても既に誰も正確な時間など判らなくなっているのだが――食事を済ませると再び前回作成した地図を広げる。
「前回は門の両側に続く通路を簡単に探索しただけなので、内部は殆どが解らないから慎重に探索したい所だのぅ」
門から左右に弧を描いて延びる通路と中心方向に伸びる分岐を指し示すにシュタールにゼタルが提案する。
「ここは左右どちらかに絞って、分岐点ごとに偵察を駆使してひとまず突き当りまで進んでみるしかないのではないかな? 」
周囲を探れるのはシュタールの振動検知とゼタルの呼吸検知、それと奏の先行偵察を併用することになるのだが戦闘になった時のことを考えれば魔力は温存する必要がある。
「なるべく戦いは避ける様にしたい所だのぅ」
「まあ、避けてばかりいても探索にならないと思うので何か発見した場合、その度に一旦戻って報告し、進退を決定しようと思います。急がば回れと言う事ですね」
「逃げを打てる場合は素直に逃げようかとも思いますが、調査に支障が出ることが殆んどでしょうから結局は戦わねばなりませんかな」
奏の言葉にデルスウも頷く。バックパック等をこの場に残して身軽になった分荷物持ちも引き受けると言う。
「重要な手掛かりを破壊する危険もあるし、なるべく戦闘は回避したいが。‥‥しかし何を探せばいいか俺にはさっぱりだな。実際の調査は学者さん達に任せて周囲を警戒するか」
「竜にとって都合の良い所‥‥ですか。竜の気持ちになって‥‥これは難しいですね。こちらの手掛かりは角笛‥‥? 形からいかにもな場所でもあれば良いのですが。見逃さない様に注意して行きましょう」
クーラントの疑問に奏もおもしろそうに首を傾げる。
「‥‥探索自体は、門の様なもの、祭壇の様なもの、あるいは窪みの様なものを重点的に探索するかのぅ‥‥。一応筆記用具は持参したので、地図作成等記録も行うかのぅ」
「僕のほうは途中、古代魔法語で書かれた遺物や壁画があれば、可能な限り解読して『宝の正しい置き位置』を示す情報がないか探ることにしよう」
「道を切り開くことで色々解ってくる事もあるだろうから、罠などに気を付けつつも先に進むことだろう」
およそ方針も固まったと見た椎が促すと一行は時計回りに通路を移動し始める。同じような弧を描いて続く通路から巨大な円を描いて元の場所に戻ることが予想された為、最初の分岐を見つけると円の中心へと向った。
いくつかの分岐は巨大な竪穴で行止りになっており、羽のない身にはいかんともしがたかった。中にはドラゴンらしきものが道を塞いでいる通路もある。奏の知識では種類までは特定できなかったが、それでもこの戦力で戦える相手でないことは明らかだった。
「無事に帰ってこれてこそ、情報の持ち帰り成功と言える。地下の探索というだけでも危険なのだから、安全確保が第一だろうな」
椎の言葉に異を唱える物はないだろう。困難な道ほど有望に思えるのだがさすがにそこまで無謀なまねもできない。
残った分岐を暫く進むと突然クーラントの犬が立止まって低く唸り始めた。奏の偵察でも特に危険はなかった筈である。ゼタルとシュタールがそれぞれの探知魔法を発動する。
「上だ! 」
二人の声が終らぬうちに頭上の暗闇からランタンの灯りの中に黒い影が飛び込んできた。
とっさにバスカの放った衝撃波が影を捉える。鈍い音を立てて床に落下したのは巨大な蝙蝠だ。切り裂かれた羽をバタつかせながらこちらを威嚇する。
一匹の動きが引き金となったのか、蝙蝠の群れが頭上を乱舞し始めた。明かりが届く範囲は限られているうえ、入り乱れて飛び回る為に術者達にも正確な数はつかめない。時折隙を見ては何匹かが急降下してくる。
一行は壁を背にして術者たちを囲むように布陣して迎え撃つ。扇状に広がるバスカの衝撃波をかいくぐった何匹かが冒険者達に襲いかかった。
いい獲物とでも思ったか小柄なミネアに牙を剥き出して突っ込んできた一匹の口を狙い澄ましたレイピアが貫く。傷を負って上空に逃れようとするところをクーラントの矢が追い討ちをかける。
椎も腰に構えた日本刀で迫ってきた一匹を抜き打ちに切り払う。
「上からこられたのではさすがに背後をとるというわけにも行きませんね」
飛び込んでくる蝙蝠をかわしてすれ違いざまに忍者刀で切り付けながら奏が呟く。
デルスウも襲ってくる蝙蝠を盾で受止めては、動きの止まったところを鉄槌で叩き落す。
暫くすると思わぬ反撃に恐れをなしたのか、残った蝙蝠達は次々と飛び去っていった。飛べなくなってまだ襲ってこようとする蝙蝠にも止めを刺していく。戦闘が収束する中、クーラントは矢の回収を始める。
その後もいくつかの分岐を調べながら進み、一行は巨大な扉のある広間に辿り着いた。扉の両側には悪魔の石像が配置されている。
偵察に出ていた奏は、遠目で確認して報告に戻り、その後の探知でも特に反応がないのを確かめてから全員がその場に足を踏み入れた。
あたりを警戒しながらもさっそく扉とその周辺を調べ始めるが、問題の扉はジャイアント二人が力を込めてもびくともしない。石像の台座に書かれた古代魔法語を解読していたゼタルが声をかけた。
「どうも書体が古風なせいか所々しか読み取れないのだが、どうやらこの石像を向き合わせると扉が開くようなことが書いてあるようだな。君達ちょっと試してみてくれるかね」
「動くようですね」
「こちらもだ」
それぞれの台座に取り付いたデルスウと椎がゆっくりと石像を回していく。二体の石像が正対すると同時に扉にわずかながら隙間が生じた。
扉の前に控えていたシュタールが中を覗くと内部ににはどこかに火が燃えているらしくほのかに明るい。見える限りの範囲ではドラゴンなどの危険な生物はいないようである。
改めて全員が扉に歩み寄るとジャイアント達が扉を押し開ける。と、ジョーンジイが猛然と吼え始めた。振り返った一行の目に映ったのは先ほどまで台座の上にあった石像が翼を広げて空中に浮ぶ姿である。
音もなく襲い掛かる二体のガーゴイルの一方をデルスウの盾が受止める。
横に移動したバスカが翼に衝撃波を放つ。翼の薄い部分にヒビが入り砕けた石片が飛び散るが一向に動じる様子もない。
更に後ろではゼタルが呪文の詠唱を始め、翼のヒビ目がけて真空波を放つ。
他方はシュタールから水晶剣を受け取った椎が相対していた。日本刀で石像の相手をしたのでは刃が持たない。
ミネアもレイピアを使った武器受けで椎のサポートに入る。
クーラントの一の矢が翼を貫いて石片を撒き散らす。が、続いて放った矢は胴体に当ってヒビこそ入ったものの突き刺さることなく弾き返される。
後ろに回った奏もシュタールの放った水晶剣を空中でキャッチして同じ翼に背後から切りつけると、反撃が来る前に距離をとっては再び背後からの攻撃を繰り返す。
飛び上がろうとする敵の片翼だけを狙って立続けに矢を射掛けることでどうやら揚力を奪うことに成功したらしい。飛べなくなったガーゴイルに、矢を撃ち尽くしたクーラントと水晶剣を配り終えたシュタールも攻撃に加わり、徐々に戦力を奪っていく。
デルスウ達が相手をしていたガーゴイルは一旦飛び上がると再び急降下してきた。バスカの衝撃波で体の一部を吹き飛ばされながら四肢の鉤爪で襲い掛かってくる。
盾を手放したデルスウは鉄槌を両手で振りかぶると頭目がけて全力で振り下ろす。狙いはわずかに逸れて肩から前足の一方を粉砕したが、残った鉤爪が肩を深々と切り裂く。
バスカとゼタルの援護を受けて一旦退くとポーションを一息に飲み干して再び鉄槌を構える。
二人の攻撃で片翼を失い、動きの鈍ったところへ再び全力の鉄槌を見舞うと、狙い過たず頭部を打ち砕いた。更にまだ動きを止めない部分に再三鉄槌を振り下ろして粉々にする。
やがて二体のガーゴイルは小石の山と化したが、一行のほとんどが無傷ではすまなかった。
疲れきった表情で一斉にポーションを呑みだす中、無傷なのは敵の背後からの攻撃に徹した奏だけである。
「卑怯‥‥と見えますか? ‥‥クックッ、生きる為の知恵ですよ、知恵」
一人先行して偵察にあたるくらいで仕事に当って労を惜しむ風もないことから、特に何か言うものもなかったのだが周囲の空気を察したのか笑いながら自らの信条を解説する。
開かれた扉の向うはいくつもの回廊や橋で繋がれた区画を持つ円形の空間であった。回廊や橋の先には幾つもの扉や上下に向かう階段があったが、とりあえずこの先の探索は翌日にして扉のこちら側で休息をとることにした。
翌日、入り組んだ回廊や階段を使って上層に向かって三層ほどを調査したが、どうやらこの円形の空間は直径が百メートルほどにもなる巨大な塔の内部であろうと推測された。
おそらく『契約の宝』の戻し先は更に上層であろうと思われたが、帰りの船の時間もあり一行はやがてもと来た通路を戻り始める。大蝙蝠に襲われた場所に差し掛かると床の血痕は残っていたが死骸はきれいさっぱりとなくなっていた。それはまだ出会っていないが、骨も残さずに始末してしまう何者かがこの通路に徘徊していることを示してると思われた。
門まで戻った一行は残していった道具を回収すると一路地上へと向かうのだった。