●リプレイ本文
ユトレヒト候国での人探しと海賊退治という名目で集められた冒険者達は、ギルドの一室で事の経緯と真の目的を説明されていた。
「あはは‥‥人探しって、ソルゲストル様のことだったんですか‥‥」
かねてソルゲストルとは顔見知りのカラット・カーバンクル(eb2390)が微妙な笑顔を浮かべる。
「話が違う、と言いてぇところだが‥‥まぁ、俺は報酬さえ貰えれば何でもするさ」
にやりと笑いながらゲイルン・ザフ・グェルナー(eb3577)が応じると、特徴のある耳を長い髪と頭に巻いた布で隠したレア・ベルナール(eb2818)も真剣な面持ちで呟いた。
「その人を探せば、そのうちドラゴンが町を襲うことも無くなるんだよね」
「やれやれ、忙しいことだね」
以前にもユトレヒト候の行方について調査に赴いており、再度の調査を進言していたマクダレン・アンヴァリッド(eb2355)は、シールケルを労いながらも自分達が密使だと証明するに値する書状などを求めた。さらにユトレヒトの地図を求めると影武者や側近の出没地点、分家などの屋敷の場所、安全で防衛しやすい屋敷や大き目の建物を印して皆に渡す。
やはり前回の調査に参加している白銀麗(ea8147)からもその折の情報を聞き出していたアーク・ランサーンス(ea3630)が口を開く。
「お話を伺うと影武者乱立そのものが、自分は身の危険を感じているというメッセージを内外に発するための政治的演出と捉えられますね」
「ロキがデビルと絡んでいるという時点で、命の危険を悟ったのでしょうか? 」
ラスティ・コンバラリア(eb2363)が疑念を口にすると、さらにアークは言葉を続けた。
「ロキから身を守る、と同時にロキに対してはドレスタットと敵対しているという演技を続けるためのもの、といったところでしょうか。だとすると不用意に影武者を刺激しない方がいいかもしれません」
「確かに侯爵の周辺にロキの密偵が居る可能性はそれなりに高いですから、くれぐれも内密に調査・接触する必要がありますよ」
慎重に行動することについては銀麗らも異論はないようである。
「人探しは私にはどうやっても向き難いですからな‥‥一度ですがこの町で敵と交戦もしてますし、町に入って以後は表立って皆さんとの接触は避けてあまり目立つ動きはしないようにします。
酒場に来れば助けてくれる酔っ払いが一名‥‥といった感じですな。酒場に居て耳に入る情報に意識を向けていますから、尾行などがあった時や護衛が必要な時は一声かけて下さい」
黙って話を聞いていたデルスウ・コユコン(eb1758)はそう申し出た。
「あたしはセブンリーグブーツ持ってるんで、落ち合う宿だけ決めて先に行こうかと思うんですけど」
「そうですね。日にちも少ないようですし私もご一緒します。驢馬はどなたか連れてきていただけると助かりますけど」
カラットが提案するとラスティも賛成する。
「いいんじゃねぇか。あぁ? 俺ぁ好きにやらせてもらうぜ。忍び歩きでも使って、影武者とやらを尾行してみるとするか。ユトレヒトを見つけたら情報を渡すから宿だけ教えといてくれれば良いぜ」
ゲイルンがそう応じると、他の者も異論はないようだ。驢馬のほうは足を持たないレアが借り受けることになった。
これで先行の二人は午後にも、他の一行も大半は夕方までには、体重と荷物の関係でデルスウだけは幾分遅れてユトレヒトに到着する手はずになる。
部屋を出がけにラスティは別の目的で候国に赴くリュリスに向かい、くれぐれもロキの船の件がユトレヒト候経由の情報だと悟られないようにと忠告した。
「領主も貴方も結構馬鹿ですから。港といえばユトレヒトくらいの安直な思考で網でも張ったらかかったと胸でも張っておいてください」
穏やかな口調ながらも存外口は悪いようである。
一足先にユトレヒトに到着したカラットとラスティは宿に荷物を下ろすと早速市内の情報収集に出かけた。とりあえず偽者ではあっても市中の巡回ルートや時間などをつかんで接触を図ろうとの思惑からだ。
街中に出たカラットは通りを歩きながら同業者を探し始める。程なく見覚えのある少女の姿を人ごみの中に見つけると近づいて声をかけた。
「なんだ、あんたか。脅かさないでおくれよ‥‥市も立ってないのに観光かい? 」
「まぁ‥‥そんなもんです。ところで最近の治安とかどうですか? ソルゲストル様が増えたって話もあるみたいだけど」
「また侯爵さんの話かい。あたしはお近づきになる気はないけどさ、年寄り連中の間じゃもっぱらの噂だね。何を考えてるんだか知らないけどドレスの方まで聞こえてるのかい? 」
目的の方は適当にごまかしながら仲間内の伝をたどってどうにか必要な情報を拾い集める。
宿に戻ると大方のメンバーは既に到着していたが、ゲイルンは宿を確認すると姿を消したと言う。
翌朝、偽のソルゲストルに接触を図る為カラットとマクダレンは街中へ出かけていった。借りてきた古着を纏い行商人に変身した銀麗も影武者周辺の人物達を監視する為に密かに後を追う。ラスティは昨日の情報から割り出した接触地点周辺が見渡せる建物に陣取ると、接触時に周囲の状況を遠視する為に待機した。
これとは別にアークは市内での動きをカモフラージュする為教会巡りに出ていた。港での事件直後、館と教会の間で頻繁に人の行き来があったことなども考え合わせると、やはり同じ白の神聖騎士であるソルゲストルが現れるに相応しい場所という見込みもある。
尤も別件で異教の祠にも興味はあったし黒の教会にも足を運んでみるつもりではあった。
市内を巡回しているソルゲストル達が姿を現すと偶然を装ったカラットが声をかける。
「ソルゲストル様こんにちは!! すっごくお久しぶりですが‥‥お元気だったでしょうか? 」
割って入ろうとする護衛を随行していた側近の一人が押留める。どうやらカラットに見覚えがあるらしく、侯爵の耳元に何か囁いた。
「今日はお使いで来たんですよ」
暫く当たり障りのない会話を続けた後、改めてどこか人目につかない場所で話がしたい旨を伝える。
「もしかして、何か困った事になってたりするんでしょうか? カラットが心配して居たとお伝えください」
別れ際に告げた一言に侯爵ではなく先ほどの側近の表情が僅かに反応した。予め見つからないように慎重に選んだ位置から銀麗が高速詠唱で側近の考えを読み取る。
(お伝えください? ‥‥偽者だと知っている、と言う意味か‥‥)
一瞬の思考ではあったが少なくとも目の前の公爵が偽者であることは知っているようだ。
目星をつけると銀麗は隠れていた場所を出て、時折姿を変えながら件の側近の見張りを開始する。できの悪い影武者と側近だけで侯爵の仕事を全て代行できるとも思えない以上、必ずどこかで連絡を取っているはずだ。
一団は巡回を終えるとやがて館へと引揚げる。
時折姿を変えながら監視を続ける中、ようやく動きがあったのは既に午後も大分回ったころであった。すぐに鳥に変化して上空から追跡を開始する。
尾行を避けるためかあちこち寄り道をしながら辿り着いたのは白の教会である。しばらくして出て来た側近が再び館に戻るのを確認すると銀麗も宿に引揚げることにした。
宿に戻った一行は周囲に注意を払いながら情報を交換する。
ラスティの報告によれば案の定侯爵と接触した二人にはその直後から侯爵の手のものとは思えない尾行がついていたたらしい。頻繁に姿を変えていた銀麗や別行動を取っていたアーク達はノーマークのようだ。
側近を尾行した銀麗の報告にアークも教会の様子から得た推測を加える。教会の規模の割には神聖騎士やクレリックの姿が不自然に多いらしい。
デルスウは市内で最も大きな酒場を備えた別の宿に入り、独自に情報を集めていた。
翌日、一行は周囲の様子を伺いながら少しづつ時間をずらして宿を出て行く。銀麗とレアはマクダレンとカラットについてくる尾行を妨害するため、デルスウのいる酒場に赴きつなぎを取った。
やがて酒場に入ってきた二人はメニューを選ぶ振りをしながら酒場の入口に注意を注ぐ。宿からの道筋方々回り道をしたにもかかわらず未だについて歩いていた男達が席に納まるのを見て取ると、入れ替わりに席を立つ。
慌てて後を追おうとする男の一人に赤い顔をしたデルスウがぶつかると、酔いの回ったような口調で絡み始めた。適当にあしらってその場を立ち去ろうとする男にしつこく食い下がる。
残った男は相棒を見捨てて一人酒場を出ようとしたが、酒場の出入口付近で口論を始めた銀麗とレアに行く手を遮られた。さらに酒場への途中で偶然出会って事情を伝えられたゲイルンもそれに加わる。
やがて先行して教会に入っていたアークの元にマクダレンとカラットが辿り着くと、教会の鐘楼から尾行がないかどうかを観察していたラスティも合流し、揃って司教に来意を告げた。
始めは疑っていた司教もマクダレンが持参した書状を示すと一行を教会の奥へと案内する。
既に側近から話を聞いていたのであろう、通された部屋ではソルゲストルがさして驚く様子もなく一行を迎えた。
「ソルゲストル様お久しぶりです。お元気でしたか」
「ようこそ、と言ってよいのかな‥‥カラット嬢は相変わらずお元気そうでなによりだ」
隠れ家を発見されたことをさほど気にする風もなく挨拶を返すと、同行の三人を紹介される。交渉の口火を切ったのはマクダレンだった。
「ロキと名乗る男のことは候もお聞き及びと思いますが」
ロキの関わった悪事の数々を伝える傍らでアークは『契約の宝』に触れ、カラットもロキがデビルと繋がっているらしいことを説く。
「今現在、ロキ一味は着実にその勢力を削がれております。その上いつまで経っても新しい宝を手に入れていない‥‥この意味が貴方様ならおわかりでしょう」
あえて侯爵とロキとの関係には触れず探りを入れてみる。およそ予想していたらしく先を促す。
「もはやロキは世界共通の敵と言ってもいい。ここで彼奴らを一網打尽にする為にも、どうかお力をお貸し頂きたい。彼を倒す事は両国にとっても有益な事と思いますが」
「ふむ、確かに危険な男のようだな。で、具体的には我が国に何を望むのかな? 」
「まずは返却のための探索行の黙認、でしょうか」
「何分、ドレスは街を焼かれております故。早急に宝を奪還、遺跡に返却したいと思っているのですよ。その上で、できればこの地で暗躍しているロキの捕縛にも協力していただきたい」
アークの言にマクダレンも言葉を添える。二人とも宝の片割れがエイリークの手中にあることにはあえて触れない。
「前言ってたみたいな胡乱な輩と手を切って、ドレスタットと敵対しないで欲しいって事も領主様の依頼でお願いしに来ました」
笑いを含んだ表情は言外にカラットの指摘を認めている様子だったが、あくまでも言質を与えるつもりはなさそうである。
「世界共通の敵ということであれば協力を拒む理由もあるまい。尤も我が国は商業中心の国柄ゆえどれほどの力添えができるかは判らぬがな」
とりあえず邪魔はしないという意思表示と見てよかろう。一両日中に港で騒動が起きるかもしれないとの予告にも取り立てて驚いた様子もない。やはりエイリークの元に届いた情報の発信元なのであろう。
交渉がほぼその目的を果たしたのを見て取ると、それまで黙って聞いていたラスティが口を開く。
「最後に一つだけ、今回の影武者騒動の真意をお聞きたいのですが」
「先ほどの話にもあったロキとやらに繋がるデビルの影だがな。実はこちらでも察知してはおるのだ。それゆえの神聖魔法による防御の強化が目的と思ってもらってよい」
当初の目的を無事果たした一行はその後も暫く話込んでいたが、やがて三々五々教会を辞して宿へと向かうのだった。