●リプレイ本文
晴渡った秋空の下、それぞれの愛馬に跨った4人の冒険者達が街道を駆けている。
セブンリーグブーツを使って先行したラスティ・コンバラリア(eb2363)の驢馬は風見未理亜(ea8034)が引受けていた。馬の扱いそのものの技量は4人とも大差ないのだがやはり体力が頭一つ抜きん出ているということらしい。
移動速度から言えば馬を休ませることも考えると到着時間の差は4時間と言ったところか。もっとも主達が軽いジャンヌ・バルザック(eb3346)やカルル・ゲラー(eb3530)の馬はもう少し速く駆けることもできたのだが、さすがにこれ以上分かれて移動するほどの利点はない。
一方仲間と別れてのち2時間とかからずに目的の村に到着したラスティは、村長に問題の岩場を見渡せそうな高台の場所を尋ねると村の若者の案内でさっそくその場所へと向った。
岩場の見えるあたりに辿り着くと指された方向を確認して用意していたスクロールを広げる。距離は5キロほど、肉眼ではいかに大鷲と言えども視認できない距離に怪訝な表情で見守る案内人の前で、そこに記された精霊碑文字に意識を集中した。
僅かに森の開けたところに問題の大鷲がじっとしているのが木立の間から見て取れる。祭壇らしきものは木々の陰に隠れて確認することはできなかった。
岩場、と言ってもどうやら周囲になんの取っ掛かりもない岩ばかりの場所が広がっているわけではなく、周囲の木立を利用して罠を張るのに支障はなさそうである。
岩場近くで野営のできそうな場所なども含めて一渡り周辺の様子を調べ終え、最後にただの彫像のように動かない大鷲に一瞥をくれると視力が通常に戻るのを待ってその場を後にした。
まだ陽の高いうちに村に辿り着いた後続の部隊はまっすぐに村長宅に向った。
ラスティが村に戻る頃には大鷹の被害にあった者や祭壇を見に行った者、祭壇を見つけた猟師なども集められていた。
全員が揃うと集まった村人達から大鷲が主に襲う家畜や周期、岩場を離れてから家畜を襲って再び岩場に戻るまでのタイミングなどを聞きだす。
それによると襲ってくる周期は7日から10日で、岩場からは片道15分程らしい。あとは獲物を捕らえるのにどの程度手間取るかで村の上空に留まる時間は決まるとのことだった。
獲物の種類もまちまちで大きさが日数に比例すると言うわけでもなく、祭壇から獲物がなくなると同時に次の獲物を襲いに来るのかどうかは長く見張っていた者がいないため判らないと言う。
最後に家畜が襲われてから既に5日が経っており、再び動き出すのも時間の問題であろういう話だ。
「そうするとどなたかに家畜1頭は諦めてもらうとして、鷲が家畜を襲うために岩場を離れた間に罠を張るとしましょうか」
「私も罠を張るのには賛成だよ」
「やはり狙いは大きな羽の動きを止めることだな。多少なりとも罠についての心得があるのは私とジャンヌ殿か」
それまで黙って話を聞いていたアレーナ・オレアリス(eb3532)がおもむろに口を開く。大鷲の背後に人間が存在する可能性に思いをめぐらしていたのだがどうにも情報不足のようである。
「私が持ってるのはロープ2本と漁に使う投網くらいだけどね」
「あとは私の猟の道具に入っている仕掛けだけか。大鷲を相手にするには厳しいかもしれんな」
「あたいもそう言う道具は持ってないな。罠を作るのに必要なロープなんかの足りない分は村で貸してもらうしかないんじゃねーの」
無論村長以下ロープ程度の貸し出しなど否やのあろうはずもない。
その後も罠の詳細などを詰めている間に日もだいぶ傾きだしたことからその夜は村長宅に一泊する。
翌朝頼んでおいた罠の材料が揃うと、猟師に案内されて森へと分け入った。
案内が馬を持たないのと更に荷物が増えたため今日は全員馬を牽いて徒歩で前進している。やがて一行の指示したあたりのやや土地の開けた場所に辿り着く。
荷物を下ろして身軽になると更に大鷲に近づき、祭壇や大鷲の止まる岩場の位置や周囲の状況など詳しく確認をする。
「死角になりそうな場所なんかがあるといろいろやりやすいからな」
細々としたことを確認しながら未理亜が案内の猟師に笑いかけた。
案内を帰すと早速野営の準備に取り掛かる。既に10月も終りを告げる頃であり、緯度の高いこのあたりでは朝晩の冷え込みはかなり厳しい。
ジャンヌの持ってきた大小2張りとアレーナのテントが木々の間に並ぶ。2人用のテントは唯一の男性であるカルル用だ。
いよいよ冒険らしくなってきた様子に、いまだ少年の域を脱しないカルルは野営の準備を手伝いながらも興奮を禁じえない様子である。
「おいらはじめての冒険ッス。頑張るッス。困った人は助けるッス」
大鷲が岩場を離れてから戻ってくるまでの時間は30分強。村人には最小の被害でできるだけ引き伸ばすようには支持してきたが楽観はできない。
短時間で罠を設置し終るには下準備が必要である。未理亜とカルルが交代で見張りに立つ間に残った者は罠の準備を始めた。
輪を作って足元を縛り付ける罠は、飛び上がった時に自然に絞るものと手で引いて絞めるものを用意する。このためには念のため数本のロープを更に編み合わせたものが作られた。
さらに魚を捕える投網では強度に不安があることからロープを使った即席の目の粗い網も作られる。残ったロープは投擲しやすいように手頃な石が錘として括りつけられた。
昼間見た限りでは、既に祭壇に獲物の姿はなかったのだが結局その日は大鷲に動きはなく暮れる。
獲物が外にいないためもあってか、これまで夜間に大鷲が動いたことはないとの情報を信じて――木彫りの大鷲が実際に鳥目であるかどうかは定かではないのだが――夜は全員テントに戻り、交代で周辺だけを見張りながら休息を取ることにした。
翌日はラスティが大鷲の見張りを引き受け、他の面々は交代で出来上がった罠を岩場の近くに運び込む。
罠を運び終えた一同が見守る中、動きがあったのは午後も半ばをすぎたころだった。
それまでただの彫像のように微動だにしなかった大鷲が突然巨大な翼を広げる。ゆっくりと羽ばたき始めると周囲に突風を巻き起こしながら大地を離れ上空へと登っていく。
何度か上空を旋回したかと思うとやがて村の方角を目指して飛び去っていった。
それまで息を潜めていた冒険者達は手に手に罠を抱えて一斉に飛び出す。岩山周辺の木々を利用しながら協力して手早く罠を仕掛け始める。
撓めた木の反発を利用して上空から網が大鷲に覆い被さる仕掛けなどは未理亜がかってでる。
「体力は自信があるほうでね」
仕掛け終えた罠のあちこちにアレーナが猟師から受け取ったとりもちを塗りつける傍ら、ジャンヌは戦場での工作技能を生かして罠が見つかりにくいように隠してまわる。
一方作業が一段落したラスティは祭壇の周囲を調べ始めた。
手には古代魔法語の単語がいくつか記されたスクロールの切れ端のようなもの――出がけに友人のリュリスが木彫りの鷲の情報とともに手渡してくれたものだ。
が、いくらも調べないうちに大鷲のものと思しき羽音が耳に届く。同時にやはり耳のいいジャンヌも気付いたらしく警告を発する。
「さってと‥‥派手に暴れさせてもらおうかね」
手についた埃を払い落としながら未理亜が予め目星をつけておいたあたりに歩いていく。他の面々もそれぞれ罠を起動する為の配置につく。
やがて上空に現れた鷲は獲物を祭壇の中央に落とすと元の場所に戻っていく。
鋭い爪が岩肌をつかんだ瞬間、鷲の首を目がけて一本のロープが絡みつく。ラスティの投げたロープを合図に足元に輪を作った綱を一斉に引き絞った。
突然飛び立った鷲に引かれてロープを握っていたカルルとアレーナが僅かに弾き飛ばされる。
ロープを放して網の仕掛けに駆け寄ったジャンヌだったが、すでに周辺の幹に括りつけられたロープを引きちぎる勢いで鷲は空中に逃れつつあった。
更に1本のロープが足元に絡みつくが、ピンと張られたロープは情けない軋みをあげる。
「舞えよ火の精! 我に炎鳥の双翼を!!」
呪文を唱えていた未理亜が赤い光に包まれた。次の瞬間、光は火の鳥となって全身を包み込み、上空に逃れようとする鷲の翼に向かって一直線に突き刺さる。
羽を模った木片が飛び散る中、右の翼だけを狙って2回、3回と体当たりを繰り返した後地上に降り立つ。
バランスを崩しながらも、なおも上空に逃れようとする様子を見て取ると再び呪文を唱え始めた。
攻撃してこないのを見て取るとラスティも地上数メートルのところで暴れる鷲に近づき「アグラベイション」のスクロールを広げて精神を集中する。
動きの鈍った鷲を更に未理亜の体当たりが襲う。堪らず地上に落ちてくるところに待ち構えた網が覆い被さった。
時を移さずカルルとアレーナが取り付く。
カルルは受けに余力を残しながらもスマッシュを交えてロングスピアを繰出し、アレーナも襲ってくる嘴や爪を華麗に回避しながらワプス・レイピアの手数で応酬する。
地上に降りた未理亜と罠を発動し終えたジャンヌもそれぞれウォーアックスを手にすると戦列に加わった。
未理亜が軽々と振るっている戦斧もジャンヌが持つといかにも巨大なのだが、見かけによらずさほど見劣りしないだけの力は備えているらしい。
「飛べなけりゃ、ただの木偶だろ!!」
未理亜の叫びとともに両手に構えた戦斧で2人同時に渾身の力を込めた一撃を左右の翼に振り下ろす。
既にかなりの痛手を受けていた右の翼は切断されて地面に落ちたが、ほとんど無傷だった左の翼を斧が刺さったままで大きく羽ばたかせる。
小柄なジャンヌはその勢いで戦斧を握りしめたまま近くの立ち木に叩きつけられた。
「うっ‥‥」
戦斧を支えに立ち上がると思わずあどけなさの残る顔をしかめるが、取り出したポーションを飲み干すと再び戦列に復帰する。
程なくさしもの巨大な鷲も一山の薪の塊と化した。
戦闘終了後、事件の真相を確かめたいアレーナ達は祭壇や岩山の周囲を調べ始めた。カルル達は置いてきた荷物の無事を確かめる為に先に野営地へ戻ることにする。
暫くすると岩山の祭壇に面した部分で下草を掻き分けていたジャンヌが声をあげた。
駆け寄ったアレーナが覗き込むと蔓草に覆い隠された横穴と1枚の砕かれた石板らしきものを指し示す。
「文字のようだが‥‥よく解らんな」
「確かにかなりバラバラですね。どうやら古代魔法語のようですけどなかなか拾える単語が‥‥んっ、これは」
再びいくつかの古代魔法語が記されたメモと割れた石板を丹念に比較していたラスティがようやく意味の取れる単語を見つけ出す。それは『封印』と言う単語だった。
結局他に意味の解る単語はなく、興味をそそられたアレーナが破片を集めて持ち帰ることにする。
推測の域を出ないものであったが、今回の事件は何者かが故意にあるいは誤ってあの石板を壊してしまい、封印されていたはずのウッドゴーレムが目を覚ましたのではないかと思われた。
祭壇に残された生贄が消える謎も解こうと、村への伝令をかってでたカルルを除く面々が代わる代わる祭壇を見張ってみたのだが、大鷲が居なくなったことで警戒されたのか終に帰りの日まで祭壇に近づく者は現れず、一行は謝礼を受け取って村に別れを告げたのだった。