●リプレイ本文
桟橋を離れた舟は、ゆったりとした川の流れに乗って河口へと舳を向けた。
港まで連れてきたペット達の装備品も全て舟に移されている。尤も上陸した後は人力で運ぶしかないので装備の入替えには舟まで戻る必要はあるのだが。
舟の中ではブラン・アルドリアミ(eb1729)がスィエル達と久闊を叙していた。領主館に救いを求めた2人の救出劇から既に半年の月日が流れている。
「ミールさんに干渉するものの影響も、これが上手く行けば無くなるかもしれませんし。上手く行くといいですね、頑張りましょう‥‥」
そのときからほとんど変っていないように見えるミールの様子に、慰めるように言葉をかける。
前回の遺跡行きが初対面だった護堂 熊夫(eb1964)もシフール達の様子を心配そうに伺う。
「‥‥先行隊の方々は大丈夫でしょうか?」
既に幾度となく遺跡の島を訪れているレオパルド・ブリツィ(ea7890)が呟く。幾組かの集団が契約の宝を運ぶと称してドレスタッドを先発していた。
「出発直前に領主館で聞いた報告だとロキのやつが姿を現したらしいな」
スィエルの話によると出発間際にララディ達の部隊が一部帰還してきたらしい、襲撃後ほどなく偽装がばれてロキ本人は現在も逃走中とのことだった。
(逃走‥‥か。 囲まれた時のあれは強がりじゃねえ‥‥余裕だ)
話を聞きながらリュリス・アルフェイン(ea5640)は軽く眉を顰める。
ユトレヒトの港でブラン達と共に対峙した折、唯一人で完全に四方を囲まれたロキは軽く笑って見せた。それだけの力を持っていた‥‥と言うことだろう。
(どうにかして対抗策を見つけねえとな。遺跡にヒントでもあればいいんだが)
デビルに対抗する為の聖剣と呼ばれる物を手に入れはしたが、それだけでどうにかなる相手とも思えない。
あたりに帆影が全く見えなくなると、一角に集められた荷物の中から一つの木箱が運び出される。
車座になった冒険者達の前で箱が開かれると、そこには径の大きい一端が幾分斜めになった筒が収められていた。
「ふ〜ん、これがドラゴンの宝‥‥初めて見たわ。結構ショボイのね」
言うなり無造作に箱から宝を取り出したのはユスティーナ・シェイキィ(eb1380)である。契約の宝を顔の前に持ち上げると、筒の空洞越しに正面にいた白 銀麗(ea8147)に笑顔を向ける。
「そんなに重くないね、あたし持ちた〜い♪」
「そうですね。かまわないと思いますよ。私はあまり体力がありませんし」
遺跡を覆う幻影の罠に対抗しようと最近飼い始めたばかりの犬をなでながら銀麗が同意すると、やはり体力的には自身のないルナ・ローレライ(ea6832)も伏目勝ちに頷いた。
つば広の帽子で直射日光を避けてはいたが、日陰らしきものさえロクにない陽光の下では唯でさえ弱い目にかなり負担が大きいようだ。
基本的に前線で戦うつもりの戦士系の冒険者達も、戦闘の障害にしかならない宝の運搬は避けたほうがよかろうと言うことで一致する。
「じゃあ壊れると困るから、柔らかい布にでも包む? これなんかどうかな? 結ぶ紐も付いてるし、フワフワモコモコしてていいと思うんだけどな」
ゴソゴソと荷物を漁って取り出したのは真新しいウールの褌だ。思わず顔を見合わせる男性陣であったが、当人は本来の用途などにはまるで無頓着な様子で屈託のない笑顔を見せている。
ジャパン出身で褌には最も馴染みの深い熊夫が暫しの間をおいて応じた。
「ま、まぁ、使ってなければただの柔かい布には間違いないですしね」
特に反対するものもいなかったため、暫く冒険者達の手を渡り歩いた『契約の宝』はウールの褌でぐるぐる巻きにされてユスティーナのバックパックに収まることになる。
彼女にかかるとドレスタッドの存亡の鍵を握るはずの『契約の宝』も形無しのようだ‥‥意思があれば抗議の一つもしたかもしれない。
バックパックに空間を確保するために取出した縄梯子や寝袋は、レオパルドのテントなどと共に体力に余裕のある熊夫が引受けることになった。
「そんな訳で今回はお世話できそうにないわ。ごめんね」
荷物を詰め直しながら傍らで話に加わっていたスィエルにもそう言葉をかける。救出劇以来、遺跡の探索に参加するたびにミールの世話を買ってでていたのだが今回ばかりはそうも行くまい。
何事もなく遺跡の島に上陸した一行は、一路島の中央に位置する城砦を目指した。
『正しき位置』を指し示す道は他にもいくつか見つかっているのだが、そのうち『橋』と『塔』にはロキ配下の山賊一味が待ち構えており、地下遺跡経由はアンデッドを始めとする一切の交渉を拒否する存在に満ちている。
これらのルートは避けながら世界樹を目指す。もとより戦いに来た訳ではない。
隊列の前後をリュリスと熊夫が警戒し、『契約の宝』を所持するユスティーナにはブランが、乱戦に弱いことが明らかな銀麗とルナ、それにミール達をレオパルドが護衛して先を急ぐ。
ロキの正体がデビノマニと呼ばれるデビルの眷族であることを目の当たりにしているリュリスやブランは「アルマス」の銘を持つデビルスレイヤーを装備していた。熊夫の武器もトールの十字架と呼ばれる槌である。更にレオパルドとリュリスは対デビルの結界を張るための護符も持参していた。
周囲を慎重に警戒しながらも幾度となく往復した道を通って間もなく城砦に辿り着く。
「刻を見守る月よ。見守りし、刻の流れを今我に示せ‥‥パースト!」
門の周辺を視界に入れたルナの全身が淡い光に包まれる。『遡刻の瞳持ちたる者』の称号を持つルナは月の精霊魔法によりここ1週間ほどの周辺の様子を探ろうとしているらしい。
「特に目立った動きはなかったようですが‥‥」
何度かの試みの後、報告しながら語尾を濁して小首を傾げる。専門の技量をもってしても10秒ほどの細切れの時間を何度か切り取ることができるだけなのだが、精霊力の異常からか幾分長い時間を見ることができたらしい。
「そう言えば、前に来た時メモした古代語って解読できたのかな?」
古代魔法語が記された門の前に立ったユスティーナがスィエルを振り返る。
最初に門に到達した時にユスティーナが記録して提出したものなのだが、大陸本土で知られているものに比べて更に年代が古いらしく学者達も難渋しているようだ。
「なんでも偉大なるナントカが精霊と竜の力を借りてこの地に砦を築いたとか、世界の均衡をどうのとか言うこの遺跡の由来みたいなのと、ミールの唄ってたような内容が回りくどく書いてあるらしいがな‥‥やっぱり、俺達を助けてくれた時に白さんが出した報告書にあったみたいに『契約の宝』には精霊を操る力があるのかも知れん」
更に領主館でララディから聞いたと言う話を続ける。今回の襲撃にはトッドローリーが、軍資金を隠した島にはジニールがいていずれもロキに操られていた可能性が高いと言うのだが。
不意に突風が巻き起こり、銀麗の連れた犬が激しく吠え出す。渦巻く空気の流れの中には巨大な人影があった。咄嗟に身構えた護衛達の中で最も長身の熊夫と比べても倍近くはある。
「私の声が聞こえていますか? 私はルナと申します。聖地をお騒がせしてすみません。ですが、私たちにどうか、貴方さまのお力をお貸しください」
発動させたテレパシーも付加してルナが呼びかけると、盾を構えたレオパルドもオーラテレパスを発動させて『契約の宝』を返しに来たことを伝える。
『我を呼んだな‥‥今こそ約束を果たそう』
返ってきたのは意外にもゲルマン語であった。
面識がない一行は面食らったが、直前までの話題から以前ララディ達に『イグドラシルに来たなら、力を貸す』と約束した精霊らしいことに気付く。宝から発する精霊力と、話の中で名前を出した事に反応したらしい。
精霊の怒りを沈めようとメロディーを使いかけた熊夫も詠唱を中止し、事情を察したらしい銀麗らは遺跡の門を開く方法を尋ねた。
『危険が去らぬ限り門は開かぬ』
取り付く島もない返事に顔を見合わせる一行の中からユスティーナが問いかける。
「だったらどうすれば遺跡の中に入れるの? 前に来た時はちょっとだけウォールホールで中を覗いてみたけど」
『かまわん』
意外な程にあっさりと返されて再び顔を見合わせる一行だが、それが『契約の宝』を持参した故のことであるかどうかまでは定かではない。
多少拍子抜けながらもユスティーナが詠唱を行うと、遺跡の門にはたちまち3mほどの穴が現れる。一行は次々と城砦の内部へと足を踏み入れて行った。
城壁の内側も外部の街と同様に構造物の規模は様々であったが、住居らしき建物は少ないようだ。
高い城壁のためか上空を覆う世界樹の枝葉のためかは定かではなかったが、外のように陽光に満ちた景色ではなくやや薄暗い印象である。
外では伏目勝ちだったルナもようやく顔を上げた。城壁を飛び越えて再び降り立ったジニールに向って質問を投げかける。
「宝は持って来たのですが、私たちには『正しき位置』への道がわかりません。そこに行くまでの障害や敵についても知りたいのですが」
『手は出せぬ。が、道は示そう』
どうやら案内をしてくれるらしい。宝の返却は精霊達にとってもそれだけ緊急かつ重要なことなのであろう。精霊達が直接『契約の宝』に手を出せないらしい事情も伺える。
精霊の言葉に焦慮を感じたのか、レオパルドも重ねて問いかけた。
「時は、迫っているのでしょうか?」
『遠くない』
地面から幾分浮いた状態で先に進みながら短く答える。
ある程度近付くと突然これまで巨大な樹木と見えていた物が実際には石造りの構造物であることが判るが、今までの調査で目に見えるものが真実とは限らないことを度々感じていた銀麗はさほど驚かなかった。
遠方からは島自体が見えないことも含めて世界樹や遺跡を守るためにかけられた、魔力の守護であろうとの推測はつく。
やがて塔の直下にある巨大な広場へと辿り着いた。数え切れないほどのドラゴンや精霊と思しき彫像が、周囲を取り囲むように林立している。
「宝を盗んだのは本当に『人』だったのか? 盗まれた時の状況も聞きたいんだが」
詳しい状況は判らないようだが、どうやらロキ『達』はいくつかある地下への入口の一つから進入してきたらしい。地下の遺跡は精霊や多くのドラゴンにとっても禁忌とされる封じられた場所なのだが、却ってそれを好む者達もいるのだと言う。
「悪魔や悪魔の眷族、と言うことでしょうか」
「以前発見された『剣』については何か聞いてないか? もし強い魔剣があれば、今よりはロキと渡り合えるはずだ」
銀麗の呟きに更にリュリスの問いが続く。だが剣については何も聞いていないようだ。
「この前出遭った時は転移をしたみたいですが、ここでロキと遭遇する可能性はあるのでしょうか? その場合ちょっと、どう切り抜ければいいか分かりませんが‥‥精霊や竜の力を借りれれば、とは思いますけど‥‥」
『時が来れば、共に戦うことになるだろう』
ブランの声に応ずるかのように突然全員の頭の中に声が響く。近くの像にもたれかかっていたユスティーナは掌に動きを感じて思わず飛び退いた。
『辿り着いたようだな。小さき者たちよ‥‥どうだったかな?』
からかうような波動を伴った最後の問いが自分に向けられたものであることに気付いて思わず照れたような笑いを浮かべる。掌に残るひんやりとした硬質な感触は決して不快なものではない。
レオパルドと銀麗も最初の探索で出会ったムーンドラゴンであることに気付き挨拶を交わすと、初対面の仲間達を紹介する。
いくつかのやり取りの後、ドラゴンは塔の方向へと首を差し伸べた。
『先に進むがよい。宝が戻されたことを知れば『敵』は再びこの地を目指そう。その時こそが‥‥』
歩みを進めた一行は、先導していたジニールが塔の壁に吸い込まれるのを見てその場所に集まる。熊夫が探りを入れると壁面の一部がかなりの大きさに青く輝いて見えると言う。
銀麗は連れてきた犬を差し向けてみるが壁から僅かに尻尾を出したままそれ以上は進もうとしない。
示された壁に慎重に頭を突っ込んでみたリュリスの報告で謎は解けた。壁を抜けてすぐのところから幅5mほどの溝が穿たれている。
「壁の蔦を足掛りに一旦降りて上ってくるってのはできそうだが底が見えねえな」
壁の外周にも巨木の幹ほどもある蔦が絡み付いているが、どうやら自然に生えたものではなく塔を支えている構造材の一部であるらしい。
何本かのロープを鳥に変化した銀麗が掴んで向う岸へと飛ぶ。間隔を取って並べ渡したロープにユスティーナが両岸に生えた蔦を絡ませると頑丈な橋を編み上げていく。
芯にしたロープを回収した一行は橋を渡って先へと進む。全員の分を合せても6本ほどしかないロープは、先のことを考えれば使い捨てと言う訳にもいくまい。
その後、野営を挟みながらひたすら塔の上方を目指す。
途中、10m程の切り立った壁では、やはり鳥に変化して先行した銀麗が浮遊の魔法で上昇したユスティーナの手を引き、2本ずつ繋いだロープを頑丈そうな構造物に結びつける。
垂らされたロープと貧弱な蔦を足掛りにリュリスとレオパルドが壁を登りながら縄梯子を固定し、残ったルナやブランを次々と引き上げた。
最後まで残って荷物をロープにくくりつけていた熊夫も総掛りで途中まで引き上げると残りは縄梯子を使って自力で上ってもらう。さすがに体重が半端ではないのだが、縄梯子は2本繋いでもようやく壁の半ばまでしか届かない。
「適材適所、久しぶりに冒険してるって感じだな‥‥オレのすることはあんま変わんねえけど」
再び荷物を纏めながらリュリスが仲間達に向ってにやりと笑う。
どれくらい登ったろうか、一行は中央に祭壇のある広間へと導かれた。
ユスティーナはバックパックからウールの褌に包まれた『契約の宝』を取出すと静かに包みを解く。臆する様子もなく祭壇に近付くと、中央あたりのそれらしき窪みに宝を落ち着かせる。
祭壇から離れて見守るうちに、祭壇の上部から光の柱が天井に向って延びて行き宝を包み込んだ。ある種の結界と言ったところだろう。
一同が振り返ると風の巨人は既に姿を消している。役目は済んだというところか。
「まったく、愛想のないやつだな」
「とりあえず、俺達が今できることはここまででしょう」
リュリスのぼやきにブランが応じる。一同が無言で頷くと、ややほっとしたような様子で再びもと来た道を戻り始めた。
――決戦の時は既にそう遠い先のことではない。