●リプレイ本文
緊張した面持ちの依頼人の頭にジークフリート・ヴルツベルク(ea5130)が軽く手を置く。驚いて見上げるパラの少年にりんごを差し出すと、安心しろと言うように笑顔を向ける。少年もりんごを受け取るとぎこちない笑顔を返した。
「は、早く、お二人を助けなくてはなりませんね」
その様子を眺めながら、アイリス・ビントゥ(ea7378)も興奮気味に頬を紅潮させている。
「相手の数の割にゃメンツが少ねぇみてぇだが。かといって、それが失敗の理由にゃなんねぇ。頭使ってくぜ」
一行を見回しながらロイド・クリストフ(ea5362)が不敵な笑いを浮かべると、目的地へと向かって歩き始めた。
道々案内に立つ依頼人と平行して歩きながら、イェレミーアス・アーヴァイン(ea2850)は巣の構造等を細かく聞き出す。
出入口は1箇所だけらしく、やや弓なりになった通路を10m程行くと卵形をした大きな広間になるらしい。広間には入り口の他に5つの横穴があるがその先は分からないという。依頼人達は入口から一番離れた回りにガラクタが山積みされた横穴に逃げ込んだということだ。
数の差が大きそうなことから、予め罠などを用意しておき、音無藤丸(ea7755)ら4人ができるだけ多くの敵を洞窟から引き離しておいて、荒巻源内(ea7363)とイェレミーアスが救出に突入することにした。
暫く進んだ頃、依頼人が木の幹につけられた真新しい傷跡を指し示した。助けを呼んでくる時の目印にとつけておいたものらしい。同様の目印が少年の抜け出した岩の裂目まで続いているということだ。
目的地も近いことから、安全な集合場所を確保した後、洞窟周辺の下見に出かけることにする。うまい場所を見つけると、2頭の馬と余分の荷物を依頼人に預けて一同は洞窟へと向った。
依頼人が逃げ出したという岩の裂目はすぐに見つかり、程なくゴブリンたちの住処入口と思しき横穴も発見された。源内は敵に見付からずに侵入出来そうな場所を探して見たが、依頼人の言う通り周辺に他の出入口はないらしい。
集合場所に戻ると、調査を元に罠を仕掛ける場所を相談する。猟に詳しいロイドが洞窟の入口周辺から四方に向かっている獣道の状況と罠の仕掛けについて説明した。
「まずは逃げ易そうなルートを見つけ膝丈の穴を掘り、中に鋭く尖らせた太い枝を立てて埋める。足に刺さるようにな。走る事が出来なくする。叩く事は考えねぇ。とにかく、足だ。皆でやりゃあ、穴の深さから言っても人数の倍はできんだろ。掘った後に自分でかからねぇように近くの木にナイフで印をつける」
「それとロープを使って転ばせるか。倒木に縄を結びつけておき、逃げるついでに体当たりして倒すと二本の木の間の縄が張る仕組みにしておく。姑息だが、まぁ、ねぇよりはな。そいつにも印だ」
藤丸がこれに補足する。
「巣穴から頻繁に出入りしているようですから、罠を仕掛けている間も注意が必要ですね。手伝いをしながら周囲の気配にもそれとなく気を配りましょう。それと要所要所に鳴子も仕掛けておきましょう」
「罠の位置をしっかり覚えておくのは重要だろうな。ではさっそく取り掛かるとするか。とは言えロープやスコップは私とロイド殿の手持ちの分だけだから、あまり大掛りなものは無理か」
そう言いながらジークフリートは馬の背から道具を下ろし始めた。
洞窟の出入りの方も見張らねばとの事で、これには隠密行動を得意とする源内が当り、残る全員で罠を準備に出かける。
ゴブリン達を集合場所と逆方向に誘い出す為、巣穴から延びる2本の道を選んで罠を仕掛けて回る。何箇所目かの鳴子を仕掛けていた藤丸は、少し離れた場所でロープを引き回しているアイリスの後ろに数匹のゴブリンの姿を認めた。すぐさまそちらに向いながら、1匹が背後から襲いかかろうとするのに気付いて鋭い叫びを上げる。
「アイリス様! 後ろ!」
「えっ、え〜い」
間延びした叫びを上げながらも、振向きざまに繰出した剣は背後から襲いかかろうとしたゴブリンの肩をしっかり貫いている。深手を負って悲鳴を上げるゴブリンの背後から、疾走で近付いた藤丸がスタンアタックを打込む。
遠目に見て女性一人と侮ってアイリスに襲いかかったのだろうが、近付いてみると彼らより頭二つ分ほども背が高いうえに思わぬ反撃を受け、残りのゴブリン達は早くも逃げ腰になった。更に突然姿を見せた新手の藤丸に至ってはまさに見上げるような巨体である。
「巣穴に逃げ帰られたらやべぇぞ。ここで始末をつけるんだ」
叫びながらロイド達も残ったゴブリンの退路を断つべく作業を中断して周りを取り囲む。
1匹も逃すまいとロイドはオーラパワーを発動し、習得した技を総動員して当ったし、アイリスも「えいえい、やあ」などとちょっと気が抜けた掛け声を発しながらもバラサ流の流れるような剣さばきで確実に攻撃を決めていく。
隙を見て逃げだそうとしたゴブリンも疾走を使用して行く手を阻む藤丸の足からは逃れられない。ジークフリートもオーラパワーを発動していたし、イェレミーアスも多彩な技を繰出して確実にダメージを与えていった。
戦闘はほどなく片がつき、最初に深手を負っていた1匹も戦闘が終わる頃には既に絶命していた。一同は罠の道筋からやや離れた場所に浅い墓穴を掘って5体のゴブリンをまとめて埋葬すると再び作業に戻っていった。
日も沈みかける頃再び集合場所へと戻ると、巣穴の入口を見張っていた源内も合流した。1匹のホブゴブリンに率いられた4匹ほどのゴブリンの一団がどこかに出かけたという情報を伝えるとともに、かなりの重装備で食料と思しき荷物も持っていたことから察して暫くは戻らないのではないかとの推測も付け加える。
報告を聞いていたイェレミーアスはふと源内の着物についた返り血に目を留めた。源内もその視線に気付いたらしく手短にいきさつを説明する。
見張りを切上げて帰る途中で1匹のゴブリンと鉢合わせしてしまったと言う。隠密行動は心がけていたのだが、本人曰く昔の勘をまだ取戻していないらしく気付かれてしまったらしい。幸い1匹だけだったおかげで騒がれないうちに口を封じることが出来たのだという。
「いや‥‥流石に体も頭も鈍っておるな‥」
覆面の陰で苦笑しながら自嘲気味に呟いた。
昼間倒した分と合わせると10匹ほどは頭数が減っていることになるが、元の数が判らない以上決して油断は出来ない。暗闇では自分たちで仕掛けた罠の確認が難しいこともあり、襲撃は明早朝として夜明けまで休息をとることにする。
とはいえいつゴブリンたちが現れないとも限らないことから、徹夜に強いイェレミーアスとロイドが終夜見張りに立つことになった。
「時間だ。起きな」
僅かに空が白み始めた頃、見張りをイェレミーアスに任せたロイドが寝ている仲間を起こして回る。簡単な腹拵えを済ませると洞窟へと向かった。
洞窟の入口へと近付いた一行から源内とイェレミーアスが離れて洞窟脇の目立たない場所に隠れて待機すると、ジークフリートが出入口の正面から少し離れて立つ。大きく息を吸い込むと大音声で名乗りを上げた。
「遠からん者は音に聞け、近くばよって目にも見よ。我こそはノルマン王国の騎士ジークフリート・ヴルツベルク。冒険者ギルドよりの求めに応じて馳せ参じたり〜」
ゴブリン達に言葉の意味が通じるわけではないが、救出の対象である2人に予め助けが来ていることを知らせることも期待している。
俄かに洞窟の中がざわつき始める。と、寝ぼけ眼をこすりながらゴブリン達が姿を現し始めた。親玉と思しきホブゴブリンの姿を見かけると用意しておいた石を投げつけておいて、藤丸と共に罠の道の一つに向かって走り出した。怒りの咆哮を上げると後を追いかけ始める。
外の騒ぎを聞きつけたのか、少し遅れて何匹かのゴブリンが姿を現し辺りを見回す。今度はアイリスが別の道の入口から姿を見せて挑発する。
「え、えと‥。ほ、ほ〜らほら、かかってきなさ〜い!」
入口でうろついていたゴブリン達が向ってくるのを確かめると、こちらはロイドと共に罠のあるほうへ向って走り出した。森の中での土地勘などのスキルを考慮しての組合せだ。
ゴブリン達の喚き声が遠ざかりほとんど聞こえなくなると、イェレミーアスは源内に向かって合図を送った。
源内はすぐさま疾走の術で巣穴に突入していく。イェレミーアスも剣を片手にランタンを掲げて真暗な洞窟の中へと踏み込んでいった。暫く進んだところで通路のくぼみに潜んでいる源内を見つける。
「さすがにこの暗さではあまり素早く動くのも危険だな。どうやらまだ何匹か残っているらしい」
そう言いながら通路の突当りの方に顎をしゃくって見せる。ランタンの光を絞りながら通路の出口近くまで進んだ2人は、ランタンを床に置くと一気に広間へと踊り込んだ。
外の騒ぎも無視してゴロゴロしていた2匹のゴブリンは、武器を手に取る間もなく止めを刺された。
「ギルドから来ました。安心してくだされ」
源内が声をかけると、ガラガラと岩等の崩れる音がして奥の物陰から2人の男が姿を現す。
『‥チッ、男か』
思わずジャパン語で漏らした呟きも、覆面の陰に隠された失望の表情も他人には幸いなことに理解できまい。依頼人に訊ねこそしなかったが、多少の期待がなかったわけでもない。
髭も伸び放題でやつれた様子の2人が礼を述べようとするのを押止めて、通路に置いたランタンを拾うと急いで洞窟の外へと向う。洞窟を出て周囲にゴブリン達の気配がないことを確認すると、イェレミーアスが2人を護衛して集合場所へと向うと共に、源内は罠の道のほうへと近付いて合図の口笛を何度も吹き鳴らした。
合図の口笛はゴブリン達を誘い出しているメンバーの耳にも微かに届いていた。どちらの道でも頭に血の上ったゴブリンたちは面白いように罠にかかっていた。一番厄介なホブゴブリンを始め杭の罠で歩けなくなっているものも多く、他の罠でも何匹かは身動きできなくなっていた。戦意を喪失して巣穴へ逃げ帰ろうとするものも、藤丸が使う分身などで威嚇され、洞窟に戻れずに罠に誘い込まれるか、孤立したところを止めを刺されている。
目的を達成したことを知った陽動部隊は即撤退を開始した。念のため追って来るゴブリンには注意を払っていたが、既にゴブリン達にそんな余裕は残っていなかった。
間もなく全員が集合場所に集まる。先に到着して依頼人と再会を喜んでいた2人にジークフリートが馬の鞍につけてきたりんごを手渡した。
「よ、よかったです‥‥」
無事救出が成功したことにほっとしたのか、アイリスは思わずその場にしゃがみこんでしまう。
どうやら全員怪我らしい怪我も無く済んだ事を確かめると一行は帰途に着くのだった。