●リプレイ本文
●1
人数分の茶が出された客間には、マリアンヌと彼女の父親が待っていた。
冒険者達はテーブルにつくや、神聖騎士のカルザー・メロヴィック(ea3304)がまず話を切り出す。
「俺は幻覚にあって仲間同士で戦いかけたり、不審者扱いされて牢屋に放りこまれたこともある。冒険での収入より普段している教師の仕事の方が収入がいいし、冒険は行き当たりばったりで、金がつきて飯が食えないこともあるしな‥‥」
冒険生活のつらさを自らの経験談から諭そうとするカルザー。
それを聞くマリアンヌは父親の横にいて居心地が悪そうである。
「冒険者って大変なのよ、こんな依頼でも依頼だから引き受けなきゃいけないし」
ソランジュ・スタール(ea4149)はそっけない態度で言う。多少、父親への毒も含んでいる風だ。
「まあ、別になりたきゃなってもいいんじゃない? 親に逆らってでもなる本気さがなきゃ、どのみち冒険者としても挫折するだけだし」
ソランジュのその言葉に、マリアンヌの父親は彼女を睨みつける。しかしソランジュは素知らぬ顔。
その時、茶の香りが台無しになるような異臭が漂ってきた。
来訪したのは、いわゆる『田舎の香水』を全身にまとわりつかせたブノワ・ブーランジェ(ea6505)。
「いやはや、遅れてどうもすみません。修道院の仲間と手分けして近隣農家に厩肥の配布を行っていたもので」
ブノワは、自分が特異なものを見る眼で見られていることに気づき、客間を見回し、コホンと咳を1つ打つ。
「マリアンヌさんに冒険者の日常をお話しするのでしたね。んー‥‥これは英国のお茶ですね。月道経由ですからさぞ高価でしょう」
鼻をつまみたくなる空気の中で、ブノワは茶の香りを嗅ぎ分ける。
「唐突にお尋ねしますが、貴女は入浴されておられますか? 今の貴女に1週間、それ以上、入浴はもちろん髪やお肌の手入れも出来ないといわれたらどうされます? 冒険者として依頼を受託すると、そういう状況下におかれる事が当たり前になるのですよ。風も通らぬ地下迷宮や洞窟の中に充満する食料のすえた臭い、モンスターの血肉の腐臭‥‥一番耐えられないのは汗と血を拭うことも出来ずにいる、お互いの仲間の体臭だったりするんですが。今の貴女にそれが耐えられますか?」
ブノワは真剣な眼差しをマリアンヌに向けた。
「絶対に耐えられると断言するなら‥‥私は貴女に思う通りの未来を歩んでいただきたいと思います。‥‥あれ?」
やめさせる説得のつもりだったブノワは、彼女に冒険者を勧めるような話の帰結に小首を傾げた。
自分の前の空気を煽ぎながら、カルザーは言う。
「何にせよ、どんなに危険で生活に苦しく不衛生な職業でもマリアンヌが好きなら頑張るだけ頑張ればいいんじゃねーの? 好きならどんな困難も乗越えられるし、何より自分の人生なんだから自分で決めなきゃ意味がねーだろ。親父さんが選んだ男がこの世の者とは思えないくらい不細工だったり、人として最低だったら不幸になるのは眼に見えてるしな」
「無礼な! 何という言い草だ!」
マリアンヌの父親はいきり立ち、立ちあがった。鋭い眼でカルザーを睨みつける。
この時、それまで黙っていたマリアンヌが立ち、強い意思のこもった眼差しを父親へと向けた。
「父様! マリアンヌは冒険者になるつもりです! 実入りがなかろうと血や汗の悪臭や不潔に耐えなければなかろうと覚悟しています!」
父と娘の間に、緊張が張りつめる。
振り上げた父の手が振り下ろされるより早く、ミュー・グリンディア(ea2746)の平手がマリアンヌの頬を鳴らした。
「‥‥な、何を!!」
思いがけぬ方向からの責めに涙眼の彼女が頬を押さえながら、ミューを睨む。
「やられたらやり返すこと出来なきゃ冒険者にはなれないよ。そして、こんなことするのが冒険者の真実だよ」
ミューはイギリス語で彼女に言い、ソランジュがそれを通訳した。
ミューはこれがいい案だとは自分でも思えない。その場の怒りに任せて依頼は受けるもんじゃないね、と反省する。
マリアンヌはすぐにはやり返さなかった。ただひたすら強く、ミューを睨みつけた。
「今回の依頼だけど‥‥」
羽生天音(ea6687)は華国語で言った。彼女の言葉もソランジュに通訳される。
「あたしは依頼料いらないね。そして説得するのはアナタね!」
羽生の言葉は、父親に向けられていた。
「あたし、冒険者をけなされることは別にいい。言われた通り、行き当たりばったりで、戦闘好きだったり‥‥そリゃ‥‥ヤクザみたいな、怖そうな人も見るね‥‥。‥‥アナタ、今まで娘さんをどう育ててきた!? 多分、甘いと思うね。大体、大人が与えられるものも限界あるよ。それに縛りつけるのは、よくないよ‥‥」
「それが何だというんだ! 冒険者風情が知った風な口をきくんじゃない!」
父親の罵倒は、真正面から羽生の顔にぶつかってきた。ゲルマン語が解らない彼女にソランジュが翻訳して伝え、羽生は罵倒の内容を知っても臆しなかった。自分の言葉を続ける。
「‥‥でも、1つ、許せないこと、言った。‥‥アナタ、言ったね? 『私が見つけてきた相手と‥‥』って。‥‥自分で好きになった相手じゃないと、女の子は‥‥嫌なんだよ」
それだけ言うと、自分の言いたい全てを伝えきった羽生は溜め息をついた。
マリアンヌの父親は何も喋らなかった。
ただ、静かなまま、顔を怒りで紅潮させている。
しばらく誰も喋り出せないでいる空気の中で、カルザーは口を開いた。
「人に与えられた人生より自分で勝ち取った人生の方が充実していると思うぜ」
あっさりとした口調での言葉である。
しかし、マリアンヌはそれを並以上に重く受けとめたようであった。
「‥‥私、絶対に冒険者になります!」
さっきよりも強い決意表明が客間に響き渡った。
よし、とカルザー。
「後は何事も経験だ! そんなわけで近くの森までゴブリン退治に行くぞ! 一度、冒険を経験してから本格的に決めろ」
カルザーはマリアンヌの手を取り、走りだす。
父親は顔を怒りで赤くしたまま、何も言わずに椅子に倒れこんだ。
冒険者達は走りだした2人を追って、客間を出た。
●2
玄関に、走る冒険者達を待ち受けていた小さな人影が1つある。
大きな胸を反らして、腰に手を当てて宙に浮く、赤い髪のシフール。
立ち止まる冒険者達、先導のカルザーに手を取られたマリアンヌを見て黄牙虎(ea4658)は言う。
「冒険者になりたいという、その心意気はヨシ。あたいが適正を調べてやろう。冒険者に求められるのは冒険に必要な技能は当たり前だが、本当に必要なのは『如何なる状況にも耐えられる肉体と精神!!』だぁ」
黄は冒険者志願の娘に人差し指をビシッとつきつけた。
「これはあたいの故郷じゃ、一部で有名な鍛錬法だ」
試練の怖さを強調するためか、自分を抱いて震えてみせるシフール。
「方法は簡単。合言葉を言いながら、人の多い街を2時間ランニングするだけだよ。そして合言葉は‥‥『エチゴヤの褌は古着の褌。俺にヨシ。お前にヨシ。皆にヨシ☆』‥‥これを大声で連呼しろ!」
「そんなことを連呼しなければならないんですか‥‥?」
「ならないんだよ」
大真面目に聞き返すマリアンヌに、即答する黄。
「解りました!! 冒険者への試練だというのならマリアンヌは見事、やり遂げてみせましょう!! エチゴヤの褌は古着の褌。俺にヨシ。お前にヨシ。皆にヨシ☆ エチゴヤの褌は古着の褌。俺にヨシ。お前にヨシ。皆にヨシ☆ ‥‥」
他の冒険者達が止める間もなく、彼女は情けないフレーズを大声で繰り返しながら家の外へと走り出ていってしまった。勿論、人の多い通りをである。
●3
外の通り。走るマリアンヌの行く手を敢えてさえぎるシフールがまた現れる。
ナイトのジョン・ストライカー(ea6153)はたまたま通りすがった冒険者を装った。
「俺達は道理の通らぬ世の中にあえて挑戦するナイスガイな神出鬼没の冒険者! 助けを借りたいときはいつでも力になるぜ!!」
1人で一人称複数形を語るのは、自らが全冒険者の代表に足ると信じているに他ならない。
ジョンは、足踏みをしながら自分を珍しそうに見つめているマリアンヌにチッチッチッと指を振った。
「冒険者たるもの、仲間を確認する合言葉と自分のベストポーズがあるのは当たり前、ということでまずはカッコイイポーズの練習から‥‥レッツ、トライ! 冒険者合言葉!」
シフールは言うなりポーズをつけた。
「片手に‥‥長剣」
ジョンは歌うように言いながら、力をこめた指先に格好をつけたポーズを決める。
「懐に‥‥星の金貨」
胸元に手を当て、格好をつけたポーズ。
「唇に‥‥古ワイン」
唇に指を添え、格好をつけたポーズ。
「背中に‥‥人生を‥‥」
最後にとっておきの背中を見せて格好つけたポーズを決めるシフールナイト。多分に自己陶酔気味である。
「冒険者は背中で人生を語る! キミのベストポーズでスーパーアピールだ!! 蝶最高!」
なんかダメダメ度が上昇しそうな伝授だが、マリアンヌは早速、今見たものを練習し始めている。エチゴヤの褌は古着の褌、と口ずさみながら、ジョンの格好つけたポーズを繰り返す。
後を追ってきた皆は追いついた。そしてマリアンヌがジョンと決めポーズを練習している光景を見つけた。
「マリアンヌ‥‥」
皆、思わず彼女の名前が口をついて出る。
皆は悟った。
もうすぐ1人の女冒険者がノルマンに誕生するだろう。
ただし、彼女はイロモノ冒険者と呼ばれる1人になるのだ。
ノルマンの冒険者にまた1つ幅が広がる(?)。