●リプレイ本文
●1
思わず散歩をしたくなるような午後だった。
その屋敷を訪れたのはファイゼル・ヴァッファー(ea2554)が最後になる。
今日、この屋敷にジャイアント・パイソンを探しに訪れた者達は、フェネック・ローキドール(ea1605)が事前に出した計画に従い、別々の時間に1人ずつやってきて、屋敷の中で初めて合流した。
これも蛇を捕まえる騒ぎが近所に気づかれないようにする為の配慮。
ユール・ファーサイス(ea2971)はさらに屋敷の扉と窓をすべてふさぐことを屋敷の主人に実行させてある。これは蛇の逃走経路を限定する処置でもあった。
豪勢な客間。太った商人である主人はこの蛇の特徴を知りたい者達に言った。
「2匹とも多分メスで、毒なんかは持っていない。体色は黒色と茶色のまだら模様で、ジャクリーンの体長は6mくらい。イヴォンヌの方が色は薄く、一回り小さくて怒りやすい。餌は適当な時間に生きた鶏を与えていたぞ」
「蛇は最後に食事をして数時間から数日以内なら、低温と高温が隣接する物陰にいる可能性が高く昼間の方が見つけやすいですわ」
フェネックは自分が下調べしてきた知識を披露した。
「メスは、オスよりも身体が大きい割にはデリケートなため、首と腹部の扱いは慎重にする必要がありますわ。脱皮が近い場合は、外部からの侵入が少ない硬質で複雑な形状の物陰に入り込んでいる可能性も高いですわ」
「まず庭から探そう」
ジン・クロイツ(ea1579)は自分の経験からも、蛇の習性である、高温の日向と低温の日陰のバランスのとれている場所を探そうと提案した。
「潜伏場所の目星がついたら、後はジョセフの魔法で特定してもらいましょう」
フェネックがそう言った時、細身の金髪男は茶を飲んでいたカップから顔を上げた。
「‥‥あ〜、すまん。大変言いだしにくいことなんだが‥‥呪文が思いだせない」
「何それ、どういうことですか!?」
ジョセフ・ギールケ(ea2165)の告白に、フェネックは声を高くする。
「今朝食べた‥‥ほら、あれだ、ミョウガ。ジャパンの食べ物のミョウガのせいだ。ミョウガやショウガは食べると物忘れがひどくなるというのはジャパンでは常識だぞ。‥‥屋敷の中をうろうろしてればそのうち思いだせると思うのだが‥‥」
そんなことを言いながらジョセフはふらふらと客間を出ていってしまった。
「‥‥とりあえず彼のことは後回しにしましょう」
テーブルに広げた屋敷の簡単な見取り図を前にし、エレアノール・プランタジネット(ea2361)は言った。
ジンはその見取り図の庭に指を置き、まず庭から探してみようと言う。
「蛇というと、苦手な人間は多いかも知れないが‥‥飼っている者にしてみれば、大切な家族の一員であることに変わりはないはず。手荒な真似だけはしたくないな」
ユールの呟きと一緒に、冒険者達は客間を出ていった。
●2
庭は緑の木々が茂っていた。
念の為、ジンはあちこちに罠を仕掛けながら庭を探していた。
ルイス・マリスカル(ea3063)は地面に這っていった跡がないかを調べながら歩く。
そんな中、探しながらも冒険者達は蛇の捕獲方法について意見を活発に出している。
アレクシアス・フェザント(ea1565)は直接に蛇の頭や尾を押さえつけて、小屋まで運ぼうとしていたが、ルイスは居場所が見当ついたら板を用意して、自分達の手前に置き、生餌の鶏を用意してロープを結びつけようと言う。蛇がその鶏を呑みこもうとしたら引き寄せてそのロープを身体に巻きつけて動けないようにし、板の上に載せたまま小屋へと運ぼうというのだ。
それらの意見を聞きながらジンは、大きめの麻袋を用意し、庭で蛇が逃げ込みそうなところに口を開いて仕掛けておき、中に入ったら口が閉まるようにしておこうと言った。
だがエレアノールの意見は仲間のどれとも違った。
「そんなまどろっこしい仕掛けなんかしなくてもいいですわ。私はウィザードですのよ」
彼女はそう言って、皆に笑顔を見せた。
やがて冒険者達は、日陰と日向のバランスが取れた場所の候補として、庭の隅にある古くなった納屋に眼をつけた。ルイスもこの納屋のそばに大蛇が這っていった痕跡を見つける。
皆、慎重に納屋の中に入る。
様々な道具がしまわれて雑然とした納屋。探すと、案の定、中に大きな蛇がいるのを見つけた。何mもある1匹の大蛇がとぐろを巻き、納屋の天井に空いた穴から差しこむまばらな陽光の中で、身体をじっとさせている。
これが『ジャクリーン』なのか『イヴォンヌ』なのかアレクシアスは気になったが、それはともかくとして蛇が警戒して逃げ出さないうちにと、仲間たちと一緒に迅速かつ静かにと捕縛準備を始める。
皆は一旦、納屋を出た。
アレクシアスは手にグローブをはめると、ルイスが用意していた生きた鶏にロープを結んでおいたものを納屋の戸口から中に投げこんだ。
すると鶏は納屋の中の大蛇のそばに着地した。
蛇はそれを見てしばらく見つめながら舌を出し入れしていたが、すっと動いて鶏に近づき、巻きついた。食べるためにまず絞め殺すつもりなのだ。
「今だ!」
ロープを引っ張り、力の限りに手繰り寄せようとするアレクシアスとファイゼル、ルイス。
ずるずると大蛇は納屋から引きずり出されてきた。
大蛇を押さえこむ3人。ファイゼルは頭部に回り、口を開けさせないよう腕と胴と脇で押さえこむ。
がっちりと大蛇を押さえつけるのに成功すると、エレアノールは『アイスコフィン』の詠唱を始めた。彼女の身体が青白い淡い光に包まれる。
6mもあった爬虫類の巨体は、内から湧いて出てくるように成長する氷の結晶に呑みこまれていく。組みついていた3人の身体は氷の成長に押しのけられ、やがて氷は大蛇1匹を内包した冷たく大きな塊となった。
「『アイスコフィン』はいい呪文ですわ」
エレアノールは完成した氷の棺にを眺めて、麗笑する。
皆で凍りついたジャイアントパイソンを担ぎ上げると、庭にあった飼育小屋へと運びこび、鍵をかけた。
後は、氷が自然解凍するのを待てばいい。
まず1匹捕獲成功。
庭をあらかた見て回った冒険者達は、今度は屋敷内の探索にかかることにした。
●3
全ての窓が閉ざされ、ランプの明るさが廊下を照らしている。
屋敷の中では、美術品見学のために2階まで上がったジョセフが、高価そうな静物画を前にしてしげしげと眺めていた。
「‥‥さてと、滅多には見れない美術品の数々を十分堪能したし、そろそろ呪文を思い出したことにしてやるか」
そう呟いた彼は『ブレスセンサー』の呪文を唱える。
すると大きな蛇らしい呼気が自分のすぐ近くにあることが解った。
「距離ゼロ!? そんなバカな!?」
上を見上げると天井の羽目板が一つ外れ、その隙間から下がってきていた大蛇が飛びかかってくるところだった。
「おわぁぁぁぁぁ〜っ!!」
思わず悲鳴を挙げるジョセフ。
悲鳴は屋敷に帰ってきたばかりの仲間達の耳に届いた。
冒険者達は絨毯のひかれた階段を走る。
2階に駆けつけた彼らが見たものは、さっき捕まえたものよりは一回りほど小さな大蛇に螺旋にまきつかれたジョセフの姿だった。蛇の体色はさっきのものよりも薄い。どうやらこちらがイヴォンヌらしい。
「‥‥ふっふっふっ、遅かったな、皆の衆。蛇の1匹はこの通り、私が捕まえておいたよ」
大蛇に巻きつかれながらも立ち、強い口調で言い放つジョセフ。しかし全身を締めつけられるその顔は段々、青白くなっていく。
「まったく強がり言って‥‥」
エレアノールはそう言うと『アイスコフィン』をイヴォンヌに対し、詠唱した。
精霊魔法の氷は大蛇の身体から育つよう、やがてジョセフの身体を押しのけて大きくなり、イヴォンヌのみを内部に封入した氷棺として完成した。
後は氷が溶けないうちにイヴォンヌを小屋に運びこむだけ。
恐らくは全身に締め跡があるだろうジョセフに、ユールが『リカバー』をかける。
これでジャクリーンとイヴォンヌを両方とも無傷で捕らえたことになる。運び入れた後は依頼主に報告すれば、任務は成功だろう。
●4
再び小屋に閉じ込められた2匹のジャイアントパイソンにフェネックは『テレパシー』を使ってみた。
すると本能に満ちた表層意識が読めた。2匹ともこの小屋での暮らしには特に不満はないらしい。小屋の戸の閉め忘れから発した脱走は、ただ開いていたから外に出てみました程度の行動だったのだ。
「いやー、助かったよ。イヴォンヌもジャクリーンも無傷で捕らえてくれてありがたい。気持ちといってはなんだが、報酬にさらに1Gばかり上乗せしてやろう」
依頼主の商人は嬉しそうにそう言うと、皆に手ずから今回の報酬を渡してくれた。
ジンが仕掛けた罠を回収した後、冒険者達は屋敷を後にする。
うららかな午後のことだった。