●リプレイ本文
●1
幕が開くアサギリ座の舞台。
次いでオルステッド・ブライオン(ea2449)の何処からともなくの語りが始まる。
『‥‥神聖暦0079、ジャパンは江戸からはるか遠く離れた山中にある雪女の王国では‥‥』
場面は、蒼白に彩られた雪の女王の城。
雪の女王役のリリー・ストーム(ea9927)は極限まで肌を露出した純白の着物姿で登場。大きな胸や太腿を放り出したような衣装に、客席の男性客から嬉しそうな溜め息が漏れ、口笛も鳴る。
「暇ね〜。久しぶりに下界の様子でも見ようかしら‥‥」
雪の女王リリーは気だるげに呟くと、舞台中央に据えられていた大きな氷の鏡の前に立った。
氷鏡を観察する女王はそこに映した光景をしばらく眺めていたが、やにわその青い眼が見開かれる。
「イイ男発見! ルックスも申し分ないし、いい声で鳴きそう‥‥気に入ったわ、この子」
女王は、手に持った鞭を舐めながら陶然とした表情を浮かべる。
「ほほう‥‥人間ですな」
女王の配下としての執事を演じるとれすいくす虎真(ea1322)が鏡に映っている男を一瞥して言う。
「名はゴサク。18歳、男性、人間。身長170センチ、体重54キロ。住んでいる所は‥‥」
即座に男の詳細データを挙げていく執事とれすいくす。
「何故、知ってる‥‥?」
「執事ですから」
特に表情もなくそれだけ言う執事の前で、女王は手をパンパンと叩き、配下の者を呼び集めた。
「この男をわらわの永久ペット‥‥もとい、伴侶とすることに決めたぞ‥‥ここに連れてまいれ!」
●2
『‥‥雪の女王によって人間界へと遣わされた雪女達は、ゴサクを探して人間界の彼の住む家へやってきました。ゴサクは天才大工と呼び声の高いモキチの息子で、顔がよく、人当たりのいい以外は特にこれといったもののない独身男です』
シン・バルナック(ea1450)演じるゴサクの住む、雪山のふもとの村。ここは雪が深い。
雪女達は空から飛んできたかのように白い空中ブランコで舞台に登場した。
「あら、素敵なボウヤね。おそば屋さんの店長候補にしたいところね」
白い着物に金髪ロン毛のヅラで女装したガゼルフ・ファーゴット(ea3285)が、家の前で見つけたゴサク・シンに言う。
「さあ、私達と共にあのお星様の果ての未知の世界へ行きましょう」
ダンスステップを踏みながら誘う雪女ガゼルフを怪訝そうな表情で見るゴサク・シン。ただし、それでも彼の笑顔は完全には崩れない。
そのゴサクの前に肉体派雪女のパトリアンナ・ケイジ(ea0353)が立ちはだかる。
「ついてくるんなら早くした方がいいよ。そうでないとあたしの必殺『アイスコフィン・ザ・マッスル』をお披露目することになるよ」
『‥‥ご説明しよう。『アイスコフィン・ザ・マッスル』てのは雪の中に敵をスープレックスで埋めて凍らせる。固めて拉致るにはこれ最強。そん代わり、雪上じゃないと使えない。素人にはお勧めできない』
ゴサクは自分を見つめて、両腕をわきわきさせる雪女パトリシアに少々怯えた様子。しかし笑顔はついえない。
「ねえ、この馬鹿男、勝手にさっさと連れていっちゃいましょうよ」
雪女クリシュナ・パラハ(ea1850)は煮え切らないゴサクを急かすように仲間に提案した。
男装の麗人風の雪女、白のウィッグをつけたアルビカンス・アーエール(ea5415)も早く仕事を終えて帰ろうと言う。
「ゴサク。おまえが来ないなら雪の女王様はこの村にどのような手段に訴えることか。恐らくは猛雪の下に村は埋もれることになるだろう」
初めてゴサクの笑顔が凍りついた。
こうしてゴサク達は雪女達と空中ブランコに乗って宙に引き揚げられ、雪の王国へと飛び去ったのである。
●3
『‥‥ゴサクは吹雪吹きすさぶ雪の王国の城へと連れ去られました。そこで女王様のペットとして一生を飼われる運命のはずでしたが、雪女達にいじめられる暮らしの中で、彼は1人の雪女に出会います』
「へぇ、アンタが女王様の新しい玩具? なんだ、案外、冴えない感じだね」
雪女の国に居ついた人間という役柄を白ケープと女装で演じているリュオン・リグナート(ea2203)が、独房同然の私室にいるゴサクの様子を覗きに来る。
そのリュオンについてきたのがメロディ・ブルー(ea8936)演じる銀髪の雪女。
「‥‥大丈夫?」
日々、責められて傷だらけのゴサクを見て、台詞が口をついて出る雪女メロディ。
そんな彼女に、ゴサクが微笑みを返す。
「君のその美しい瞳で見つめられたら、吸い込まれてしまいそうだね」
歯の浮くようなゴサクの台詞にメロディの顔は素で赤くなる。
「‥‥本当に大丈夫なの?」
「君が傍にいてくれるなら、どんな障害だって乗り越えられる気がするよ」
天然のたらしとしか思えない言葉を百万Gの笑顔と共に、雪女メロディに捧げるゴサク・シン。
「君の名は‥‥?」
「‥‥オユキ」
『‥‥この時、ゴサクとオユキはひとめぼれの恋に落ちていました。‥‥数日がすぎ、ある日、突然に彼と彼女はこの牢獄のような城から解き放たれます』
「アンタ、あの男が好きみたいね。見ればわかるわ。ねぇ、私と手を組んでみない?」
奇妙なダンスステップ踏みっぱなしの雪女ガゼルフが2人に脱走話をもちかける。
「応援してるわよ!!」
『‥‥仲間の雪女の手を借りた彼らゴサクとオユキは、雪の女王の城を逃げ出し、吹雪吹きすさぶ王国から人間界へと脱出を謀りました』
雪景色。視界が奪われるほどの猛吹雪の中を、決死の思いで掻くように歩き続ける2人。
舞台演出のゼルス・ウィンディ(ea1661)が舞台上に大量の紙吹雪を敷きつめ、『トルネード』で一気にそれを吹き飛ばすという手法は、猛吹雪を見事に演出していた。紙が高価なため、2度3度とは出来ないが状況の迫力は相当なものだ。
しかもゴサク・シンには、背景セットに隠れたヘルガ・アデナウアー(eb0631)による猛吹雪の『イリュージョン』が直接かけられていて、リアルに凍える彼の迫真の演技は、死地の気分を観客達にも味あわせていた。
「吹雪の中はゴサクには大変だけど、僕が隣にいて励ましてあげるからね!」
『‥‥そう言って微笑みかけるオユキの笑顔こそ、今のゴサクには唯一の太陽でした。‥‥彼らは何時間も何日も吹雪の中を歩き続け、そして、とうとう人間界へと帰還することに成功したのです』
●4
「いやあ、息子に嫁が来てくれてよかった、よかった」
春を迎えていたゴサクの村。
ゴサクの父、天才大工モキチを演じるサイラス・ビントゥ(ea6044)は、息子が連れてきた嫁の素性など気にせず、さっさと祝言を挙げてしまう。
しかし村の誰もが祝福してくれたわけではなかった。オユキの正体に気づいた者がいたからだ。
「お前や彼女がどう思っているのかは知らない。だがお前は人で、彼女は雪女。異種結婚はタブーだということくらい、知らないわけがないだろう? 現実を直視しろ!」
正面からゴサクにそう意見したのは、エルド・ヴァンシュタイン(ea1583)演じるチョウベエ。
それでも2人の熱は冷めず、村では人眼はばかることなくいちゃつく様を周囲に見せつけた。
それを面白くなさそうに陰から見ている者もいる。
「‥‥ゴサクお兄ちゃん、ずっと心配してたのよ」
ヘルガ演じる村の少女は、雪女達にさらわれて、消息不明になっていたゴサクの帰りをずっと心配していた。
だが、やっと帰ってきたゴサクは女連れ、しかも雪女でさっさと結婚してしまう。彼女はひどく傷心だった。
「あたしより、あんなバケモノを選ぶなんて‥‥許せないわ! 呪ってやる! 呪ってやるわぁ!」
そんな彼女の呪いが通じたか、やがて雪女達の追っ手が村にやってくることになる。
●5
『‥‥それから1年の歳月が流れようとしていました』
「オユキ如きがわらわの男を横取りするとは‥‥ゴサクもゴサクじゃ‥‥オユキにたぶらかされるとは‥‥可愛さ余って憎さ百倍じゃ! 死なぬ程度に痛めつけてやるわ‥‥皆の者!」
雪の王国の城で、氷鏡の前の女王リリーが手に持つ鞭をしならせて床を打ち叩いた。
「こやつらを必ずわらわの前にひれ伏させるのじゃ!」
●6
『‥‥春の村が、雪が降る厳冬に変じました。村にやってきた雪女達が村の風景を変えてしまったのです』
「ゴサクとオユキは何処だー!!」
雪女クリシュナは村の家一軒の戸口をまた開け放ちながら叫ぶ。
「オユキ! 何故?! ヒトの男なんかと?!」
雪女アルビカンスは村の雪景色の中でオユキを探し、やはり叫ぶ。
雪女達の叫びに呼応するかのように降る紙の雪は、今、人の膝までの厚みで地面を白雪に埋めている。
「ここはワシに任せて、村の祠へ行けい!」
モキチ・サイラスが雪を踏みしめながら村の中を走る。共に逃げているのはゴサクとオユキ、そして彼らの友人であるチョウベエとヴィグ・カノス(ea0294)演じるカズマの4人だ。
「何故、祠に!?」
「こんなこともあろうかと、皆と協力し対雪女用の秘密兵器を作っておいた。‥‥お前の熱意に負けた。その意志、こいつで貫いてこいっ!」
チョウベエ・エルドはそう言うと、モキチ・サイラスとその場に立ち止まった。
振り向けば、自分達を見つけた雪女達が迫る。
「早く行け! ゴサク!!」
「ここは誰一人通さんぞぉ!」
チョウベエとモキチは雪女をくいとめるために向かっていった。
雪女パトリアンナと正面から組み合ったモキチ・サイラスは、巨体を投げられそうになりながらもパワーで踏みとどまる。
棍棒を持ったチョウベエ・エルドは残りの雪女に向かって、それを振りまわす。
「みんな、ありがとう、本当にありがとう!」
ゴサクは礼を叫び、オユキ、チョウベエと祠へ走った。
●7
『‥‥祠の奥から続く洞窟の中は、侵入者よけの罠だらけでした。しかしゴサク達は果敢に奥へと向かいます』
「サポートは任せておけ‥‥こちらもある程度は罠の知識はある。余程の物でなければ解除した方が早いだろうさ」
そう言ってカズマ・ヴィグは洞窟の罠を外していく。
天井から振り子鎌が幾つも下がって行く手をふさぐ物騒な物もあったが、それは猟師であるカズマが奥の壁にあったスイッチを弓矢で射抜き、仕掛けを止めた。
進んでいくと洞窟の奥は、炎に覆われた扉で行き止まっていた。セット裏からエルドが『ファイヤーコントロール』で制御している演出である。
開けようにも熱くて近寄れもしない扉を前に、ゴサクは躊躇する。
その時、追っ手である雪女達が洞窟の中を迫ってきた。モキチとチョウベエが倒されたのだ。
「裏切り者め、脆弱な人間め! 女王様に逆らった罪をその身で思い知るがいい!」
先頭を走る雪女パトリアンナが叫ぶ。彼女の眼は血走って赤い。
ゴサク・シンは意を決した。
「‥‥これぐらいで‥‥負けてたまるか‥‥これがたとえどんなに許されざる恋でも‥‥俺は彼女と添い遂げる!!」
体当たりで燃える扉を破壊するゴサク。
それに続いてオユキとカズマも奥の部屋になだれこむ。
奥の部屋にまるで祭られるかのようにして置かれていたのは刀身から炎をあげる『炎の剣』だった。これはエルドが『バーニングソード』をかけておいたものである。
「父さん、この剣はいったい‥‥?! うわ! この剣、木刀だ!」」
『‥‥解説しよう! モキチほどの天才大工ともなると燃える剣を木材だけで作れてしまうのだ!』
炎の剣を手にしたゴサクは、迫る雪女達に正対した。
それを振るうと、先頭の雪女パトリアンナが悲鳴を挙げる。
「ぎゃああああ! そ、それはぁ‥‥!」
炎が触れるか触れないかの斬撃で、雪女パトリアンナは洞窟の地面にあっけなく倒れてしまう。
それを見た他の雪女達も、炎の剣から放たれる光熱を恐れるように踵を返し、我先にと逃げだした。
雪女をすべて退散させたゴサクは炎の剣を構えて、オユキを抱き寄せた。
「さて、邪魔者は消えるとするか‥‥」
カズマは2人の抱擁を邪魔しないようにこっそり洞窟から退散した。
●8
「この役立たずどもめ! おしおきじゃ!」
氷鏡で一部始終を見ていた雪の女王の鞭が、城の床を音高く叩く。
だが、その眼はふと流れた人間界の風景に女王の眼が奪われる。
「あら〜ん♪ イイ男発見〜! 皆の者! この男をわらわの前に連れてくるのじゃ! なに? ゴサクはもういいのかじゃと? それって誰のことじゃ?」
やれやれ、といった感情をおくびにも出さずに執事とれすいくすは新たなる任務のために雪女達を呼び寄せる。
「困難はこれからも続くだろうけど‥‥若いんだから、頑張りな」
2人のことを思い出すリュオンが、誰に聞かせることもなく呟いた。
●9
祠から洞窟を出たゴサクとオユキは、すっかり戻った春の太陽を振り仰いだ。
「今ならハッキリと君に言える‥‥愛してるよ‥‥」
「もう、何かを心配しながらじゃなくていいんだね。ゴサクと一緒にずっといられるんだね!」
春の村を見下ろし、熱い抱擁と、深い想いのこもった真摯な口づけが劇の最後を飾る。
そして舞台の幕が降りてきた。
『‥‥そして2人は二度と雪の女王の邪魔に遭うことはなく、一生を幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。‥‥アサギリ座、舞台『雪女』、一巻の終わりでございます。褌を買うなら江戸の古褌、安い早い安心の三拍子揃った若葉屋。若葉屋へ行こう』
オルステッドの奇妙なナレーションと共に降り切る幕。
異種族間恋愛を声高く語った演劇がハッピーエンドに終わり、客席は感激よりもとまどいを多く見せて、拍手もまばらであった。
それはヒロインがハーフエルフであることと決して無関係ではないのだ。