●リプレイ本文
●1
その夜、冒険者ギルドにある一室を借り切って、そのパーティは開かれた。
部屋の中央にあるテーブルには煉瓦を積み重ねて作られた簡易コンロがあり、すでに着けられた火が、上に置かれた鍋の尻をくすぐっている。
ぐつぐつとした、ちょっとした熱気。
闇鍋。
ジャパンの一文化でもあるその風習にそれなりの興味を覚えた者達が今宵一同に会し、一つの鍋を囲んで新境地に挑戦しようというのだ。
『あなたも闇鍋体験で人生変わるかも?』
告知の紙のそんなキャッチフレーズに惹かれて参加してみたウィル・ウィム(ea1924)も、未知体験への期待と不安がない交ぜになったかのような表情を白い顔に浮かべている。荒巻美影(ea1747)などと談笑をし、にこやかでいるのだが、その表情にはどこか落ち着きがなく、そわそわさえしている。
今、そんな中で闇鍋が始まろうとしていた。
「明かり消しますから、暗くなったら食材を入れてくださーい」
進行役である冒険者ギルドの人間はそう言うと、壁にあったランプの火を吹き消した。
すると速やかな闇が部屋の中に訪れ、皆の顔が闇の中に溶けた。
明るいのは鍋の尻をくすぐっているコンロの火だけである。
闇。
しばらくして、我先にとの速度で『どぼどぼ』と何かを鍋の湯の中に入れる音が続いた。それは大きな一つきりの音から小さな細かいものが次々投入されるものまで様々であった。液体を入れたような音もある。
「食材を全部、入れ終わりましたかー? ちゃんと火が通るようにしばらく煮こみますよー」
ギルドの人のそんな声が暗闇でし、少しの間、火力が強められて、火が明るくなる。
誰の食材のせいだろうか、部屋の中が青臭いような、磯臭いような匂いで一杯になる。正直、食欲をそそるものではない。
だが、そんな時でもラテリカ・ラートベル(ea1641)の胸のワクワクは止むことはない。闇鍋がどんな食材を入れてもOKとされているのは、どんな物を入れても美味しく食べられるから。そう信じている。
奇抜な匂いの中、皆が囲む鍋を煮こむ音がぐつぐつと音を立てる。
「そろそろいいかなー。明かりつけますよー」
ギルドの人のその声がすると、部屋のランプに明かりがようやく復活した。
明るくなった部屋の中、すでにジャパニーズ・ミソを入れ終わった鍋が湯気を立てていた。ミソの茶色‥‥と言いたいが鍋の汁は何が入れられたのか真っ黒。まさしく『闇鍋』の名にふさわしくなっている。
少々とろみがかっている感じもし、赤かったり白かったりする物が幾つか浮き沈みしていた。
「では、一番手はこのラテリカが行かせてもらいますですわ!」
箸使いを練習してみたものの上手くはならず、結局グーの手に箸を握りこんだラテリカが箸先を鍋の中に突っこんだ。何かが突き刺さる感触を確認して引き揚げると、黒い煮汁がしたたるそれを無造作に口に放りこむ。
彼女の口の中にはそのニンジン自体の甘味よりも強く、煮汁の塩辛いような青臭いような風味がミックスされた独特の味が広がっていく。
‥‥不味い!!
期待を裏切って激烈に不味かったそれは、彼女の苦手なほど辛かったりする物ではなかったが、あまりにあまりな味の体験のせいで彼女は「はわっ」と固まってしまった。
「あらあら、大丈夫かしら」
ワインの酒瓶を抱えて、さっそく一杯始めているタイム・ノワール(ea1857)は軽い口調で囃したてる。
一瞬、ラテリカは吐き出そうとしたもののルールのことを思いだし、はう〜と涙を流しながらも鼻をつまんで呑みこんだ。
●2
「あら、またニンジンですわ」
アミリア・クラドール(ea2732)は箸に刺さってきた物を碧色の眼で見つめる。
実は自分も鍋に入れたのだから覚えがあるといえばあるのだが、さっきから鍋に箸を入れた者は続けざまにニンジンをゲットしている。これを入れたのは自分だけではないようだ。
それにしても食材自体はともかく、この鍋の汁のなんて不味いことだろう。
どうやら苦い野菜の絞り汁を大量に流しこんだ者がいるようだ。
汁を黒くした物はイカの墨らしい。誰かが墨をたっぷり持ったイカを鍋に入れたのだ。
さらには鍋の中には大量の麦がぐらぐらと煮こまれて、ちょっとした麦粥のようになっている。
アミリアはこんなに不味くなってしまった闇鍋をどうにかしようと、隠し持っていた塩などの調味料をこっそり鍋に入れて味を整えようとするが、どうにも追いつかない。
皆に続いてエドガー・パスカル(ea3040)が箸を入れる。
(もしかしたら汁がこんなになったのは、私が入れたモチが溶けてしまったからでしょうかねぇ‥‥)
そんなことを考えながら箸で汁のとろみをかき混ぜていたエドガーは、箸先に当たった物をつまんで鍋から取り出した。
「‥‥し、しまったっ!! これはっ!!」
彼が取り出した物は自分が入れた覚えのある『栗』だった。
しかも彼自身はこの栗が大の苦手なのだ。子供の頃は好物だったが喉につまらせたことがあって以来、トラウマになっている。
「‥‥しかし一度、箸につけたものは食べるのが掟です! 我、不退転!」
勇気を奮い、意を決したエドガーはトラウマの元を口の中に放りこんで呑みこんだ。
「‥‥‥‥ダメだ! 喉ごしの感触があの時の辛さ苦しさを思い出させる‥‥なんの負けるか‥‥ああ、ダメだ‥‥! ‥‥ママン、栗が喉につまって苦しいよ‥‥助けて、このままじゃ窒息しちゃうよぉ、ああ、皆、どこに行ったの、ボクを1人にしないでぇ‥‥」
トラウマが復活したエドガーは喉を押さえながら子供のように泣きじゃくる。実際には喉に栗はつまってないようだが、これを緊急事態と見たウィルが駆けつけ、応急処置を施す。
「あらあら、大丈夫かしら、エドガー君?」
そんな光景を酒を飲みながら見ているタイムは軽口をたたきながら箸を鍋に突っこむ。
「なによ、またこれなのね‥‥」
タイムの箸先に突き刺さったのは丸ごとのニンジン1本。
酒飲みの彼女が敬遠したいのはこのような甘い物なのだ。
「ダシは不味いけど、ホクホクして甘味がよく出てるわあ‥‥」
それ以上を言わず、タイムはシフールの彼女にはサイズが大きすぎるようなそれにかぶりついた。半分ほど食べると、酒瓶の口に自分の口をつけ、口直しにとらっぱ飲みをしようとする。しかし。
「なんらか、へろへろになってきたあ‥‥」
酔いによる睡魔に襲われ、ばたんきゅーとその場に倒れこんでしまう。
タイム・ノワール。酒好きなのに酒豪への道はまだ遠そうなシフールだった。
●3
やたらに固いパン。
固いチーズ。
1杯丸ごとのイカ。
カタツムリ。
様々な食材が闇鍋で次々と発掘されていく。
「ミーちゃん、巨大な肉の塊、ゲットなのら〜!」
ミーファ・リリム(ea1860)はシフール共通語で自分の箸に突き刺さった戦果を発表した。
その肉はシフールの彼女に対しては確かに大きなものだった。しかしミーファはそんな相手に物怖じせずかぶりついていき、牛肉の味が口一杯に広がる。
「やあ、その肉は私が入れた物とは違いますね」
そんな彼女を見ながら、現代語全般に幾らか通じている荒巻が言った。
「荒巻も肉を鍋に入れたんらのか?」
「ええ、裏道でやかましい野良犬がいたので、黙らせるついでに絞めたのを処置してきました」
言いながら、武道家・荒巻はにっこりと微笑。
「‥‥犬の肉が入ってるのらか?」
「ええ、こちらではあまり食べないようですがね」
そんな彼女の言葉を聞いて、闇鍋を囲んでいた皆は固まる。
今、華国生まれの荒巻とは食習慣の違いをひしひしと感じてしまう状況である。
しかし。
「別に何の肉でもいいのら〜。皆、いっしょなのら〜!」
ミーファは基本的に食べ物の好き嫌いはない性格だった。しかも人一倍、食い意地がはっている。
食習慣の違いなど軽く吹き飛ばしてしまう無邪気な笑顔でさらに牛肉にかぶりつく。
驚いたことにミーファはその大きな牛肉を1人だけで完食してしまった。
●4
「今日の恵みをありがとうー♪ とっても美味しく食べましたー♪」
ミーファがしつこく鍋の汁を飲んでいる光景に響き渡る、ラテリカの『ごちそうさまの唄』。
全員が美味しく食べられたかどうかは疑問だが、食材がなくなったところでパーティはおしまい。
果たしてジャパンの風習をきちんと再現できたかは怪しいが、闇鍋でビックリドッキリできたことは間違いない。もしかしたら本当に人生変わってしまった人がいるかもしれない。
「あのー、すみませんが起きてくれませんかー」
「‥‥へへへ、やったわぁ、ジャパン到着だわぁ‥‥出迎えご苦労さーん‥‥」
ギルドの人が揺り起こそうとするが、酒飲んで寝てしまったタイムはなかなか起きてくれない。寝言からするとジャパンに行った夢を見ているようだが、彼女は明日は二日酔いに悩まされるかもしれない。
卓上の簡易コンロの火は消された。
闇鍋パーティ、これにておひらき。