●リプレイ本文
●1
岩陰に残る雪と身を切るような風が、まだ冬ということを実感させる。
風が吹く、村を見下ろす丘の上に、村に到着したばかりの冒険者達が集まっていた。
「はわ‥‥。ズゥンビさん相手に肝試しなんて、大胆なコトするですねぇ‥‥」
村の地形を見、墓地の場所を確認しながらラテリカ・ラートベル(ea1641)は言った。
「度胸試しはよいけれど、ズゥンビが元は何だったかわかってるのかしら。やれやれね」
ブランカ・ボスロ(ea0245)は丘の頂きで防寒具の襟元を合わせながら呟く。
ステファ・ノティス(ea2940)はその黒髪を寒風になぶらせる。
「ズゥンビはとても危険です‥‥。子供達は遊びでやっているのかもしれませんけど‥‥このままではいつ大変なことになるか‥‥。早く解らせてあげないといけませんね」
「子供達がズゥンビを恐れぬとは‥‥。それはそれで立派なことだが、真の恐ろしさを知らぬのではただ無謀なだけだ。‥‥たっぷりと教育してやる必要があるな‥‥」
言いながら、フィソス・テギア(ea7431)は豊満な胸の前で腕を組み、真剣な眼を輝かせる。
その時、村へ通じる道から馬に乗ってやってくる者がいた。
神聖騎士リューヌ・プランタン(ea1849)と依頼人である村人。2人乗りだ。
先行して村に到着していたリューヌは、墓地周辺や子供達の遊びなど、村のことをあらかじめ確認していた。
皆と再会の挨拶を交わしたリューヌは馬から依頼人を下ろす。
マリー・ミション(ea9142)は防寒具のフードを深くかぶり、ハーフエルフの特徴ある耳を隠した。
「ズゥンビは?」
「今日も墓地に出ているわ。子供達も一緒ですわ」
マリーの問いにリューヌは答えた。
「本当に子供達は好奇心が強いですね‥‥いいことだとは思いますけど。でも時に油断や余裕が大きな危険につながるということも知っておかなければ。これは大人の役目でもありますね」
「ズゥンビはきっちりと全滅させなきゃ。1人で2、3体やれば完遂出来るわ」
リューヌとマリーはそう言い、丘から眼下の墓地の方へと眼を凝らした。寒風に涙が出てきた。
●2
冒険者達は村に到着したその足で、外れの墓地へと向かった。
宮崎桜花(eb1052)は、戦うための戦列を整えている仲間達に先行して、ドナトゥース・フォーリア(ea3853)と一緒に墓地に入る。そして依頼人の話の通り、中で走りまわって遊んでいる子供達を呼びとめた。
「これからここで退治が始まるのですよ。こっちに集まってらっしゃい」
「見学するなら安全な場所に行かないと‥‥間違って倒したらごめんなさいね」
ブランカもやってきて、なかなか動きたがらない子供に冗談に聞こえないようなことを言う。
子供達を安全な場所に避難させ、冒険者達はいよいよの戦闘準備に気合を入れる。
「子供達に強く印象づけられるように、派手にいった方がいいでしょうかね‥‥」
「ズゥンビなんて『ファイヤーボム』8連発で片が付きそうなものだけど、墓地まで粉みじんにしてしまうから禁じ手だわね」
クルスソードを抜くリューヌの後背で、シフールのグレタ・ギャブレイ(ea5644)は色っぽい唇の端を曲げて苦笑する。
墓地の風景を見れば、20体はいるズゥンビがゆっくりとこちらへ向かってくるところだ。
その汚れた爪は宙を掻き、乱杭歯の並んだ顎が開閉している。
戦わねば、襲われる。
グレタはゾゥンビと接敵する前にリューネに、そして相馬ちとせ(ea2448)、紅流(ea9103)、フィソス、宮崎に『フレイムエリベイション』を付与した。それぞれの気力を熱く充実させる。
「出し惜しみしている余裕はないし、ハナから全力でいくわよ」
宮崎は『ライトニングソード』を右手に握った。
前衛のフィソスは『レジストデビル』を自分にかけ、接近戦に備えている。
己に『ストーンアーマー』を用いた相馬はマリーを護衛する位置に立ち、盾となる覚悟。
「迷える御霊を浄化さしあげるのも、また士たる者の務め‥‥。相馬ちとせ、推して参ります‥‥!!」
「彼の者に大いなる祝福を! 『グッドラック』!」
後衛のステファが、前衛の本多桂(ea5840)と井伊貴政(ea8384)を各々『グッドラック』で祝福している。
子供達を背後に準備万端たる冒険者達は、近づくズゥンビに攻撃を開始した。
先陣を切ったのは、示現流の威勢を腹の底から搾り出した井伊の突撃。その突撃の威力が高々と掲げられた刀を振り下ろす勢いに集約され、先頭のズゥンビを唐竹割りにする。今の彼は仲間の治療魔法をあてにして、多少の怪我は気にしない方向性だ。
前衛のリューヌは距離がまだある内に『コアギュレイト』で1体を呪縛する。見事に効果を現したその1体は後回しにし、脇をすり抜けそうな奴をクルスソードで斬りつけた。
本多も前衛。仲間と連携して無理な突出はしない彼女は、ズゥンビの攻撃に合わせて見事な反撃をカウンターで与え、その腕の手首から先を小太刀の一閃で斬り飛ばした。
「危ないわね。でも、それじゃ当たらないわね」
紅は全力戦闘だった。相手の顎をかわす反撃で絶好の足払いを見舞い、頭上高々まで素早く伸びきらせた右足の踵を頭頂に重く鋭く見舞う。髪もまばらな相手の頭が半分、潰れた。
「蹴るってね、結構大変なのよ」
紅はそう言って、次の敵を探す。
ラテリカは射程に入ったズゥンビを相手に『シャドウボム』。沸騰するような影に呑まれた2体を転倒させる。
ブランカは『ウインドスラッシュ』で後衛から攻撃。前衛から離れないようにしながら、子供達が危険な動きをしないか注意していた。
腐臭漂うズゥンビの群は、前衛にぶつかる津波のようだった。
爪と乱杭歯による噛みつきは冒険者達に傷を負わせる。
前衛とズゥンビの攻めがもつれ、5体ほど倒したものの、半数が後方へすり抜けそうになる。
「新陰流が初手、斬釘截鉄!!」
あくまで専守防衛を志す相馬の刀がズゥンビの身体を斬り裂く。
マリーは相馬と連携して、彼女が傷を負わせたズゥンビに『ピュアリファイ』を発動させ、浄化を試みる。淡い白光に包まれた彼女の前で、1つの死体が浄化されていく。
七神斗織(ea3225)は前衛と後衛の中間辺りで、前衛が討ち漏らしたズゥンビが後衛まで行かないように攻撃した。
「これ以上、後ろへは行かせませんわよ!」
汚い爪が伸びるのをかわして鞘走る居合斬りの銀閃は、ズゥンビの右肩を一気に斬り飛ばす。
フィソスは回避重視で戦闘する。ズゥンビが後衛へ行かぬよう、文字通り足を狙って攻撃し、足止めを図っていた。クルスソードが腐肉を弾き飛ばす。
しかし身体一部を吹き飛ばされても尚、襲い来るズゥンビは量にも任せ、一時、冒険者を押し気味になる。
「鈍い! その分、しぶといっ!」
宮崎は子供達の安全を優先し、彼らに近づくズゥンビだけを相手にする。
その宮崎と子供を守るドナトゥースは日本刀の居合斬りを一閃させて、襲うズゥンビを鋭く切り裂く。
「大丈夫? 結婚前のお嬢さんがズゥンビなんかに怪我させられるのはたまらないからね〜」
「‥‥あなたこそ大丈夫なのですか?」
宮崎はドナトゥースが負った怪我を見て、言う。彼女をかばって負った怪我だった。
「なーに、意地を張るのは男の役得って奴さ〜
ドナトゥースは彼女の眼を笑って見つめ返した。
「邪なる者よ、滅せよ! 『ホーリー』!」
後衛からステファが『ホーリー』で傷ついたズゥンビを滅する。
ラテリカは『ムーンアロー』を連発で確実に敵に当てていく。月色の矢は動く死体を確実に射抜く。
前衛の手に漏れたズゥンビを武僧、李風龍(ea5808)は直接、肉弾戦で討っていく。筋肉質の両腕に支えられた刃と金属拳による連続攻撃はもろい肉体を砕き、また1体を行動不能にした。
1体の傷ついたズゥンビを爆滅させ、近い所にいた子供達に息を呑ませる『ファイヤーボム』。子供達に戦闘の怖さを教えるグレタの仕業だった。
冒険者達も傷つきながら、確実にズゥンビの数を減らしていった。
「彷徨える屍よ、在るべき場所に還れ! 『ピュアリファイ』!」
「子供のためです。迷える魂よ、浄化せよ! 『ピュアリファイ!』」
フィソスとマリーは『ピュアリファイ』で傷ついたズゥンビ達を次々と浄化していく。
「浄化完了。安らかに眠れ‥‥」
フィソスが呟いた時、死体は全て地に伏すか、浄化されていた。
とうとうズゥンビは殲滅されたのだった。
●3
「あんた達のリーダー格は? 度胸試しをしようと言いだしたのは?」
グレタの問いに、墓地に整列した子供達の1人が手を挙げた。
本多は、切り落としたズゥンビの腕をその子供の足元に放り投げた。
沢山の幼い悲鳴が挙がる。
「あまりお馬鹿なことをするようなら、ミノムシのようにしてズゥンビの群れのど真ん中に捨ててくるわよ」
「まあまあ、そこまで怖がらせんでも」
李が本多をなだめるように言い、腕を拾う。
ステファは子供達の眼を見ながら語り出した。
「皆が見ていた通り、ズゥンビはとても怖いのよ。ズゥンビは生きている人に反応して、襲ってくるの。頭や腕をなくしても動くし、足をなくしても這って襲ってくるんだから。捕まったら、バリバリ食べられちゃうんだから。嫌でしょう? そうなりたくなかったら、絶対にズゥンビには近づいちゃダメ。いいわね?」
「ステファの言う通りだ。遊び半分でズゥンビに近づくのはやめろ。もっと自分の身を大切にしろ。そなた達のやっていることは度胸試しでもなんでもない。ただの無茶だ。家族に余計な心配を掛けるな。そなた達がそうなってしまったら、悲しむだろう」
ステファの後に続けて、フィソスが言う。
それに続いて、リューネも語る。
「危険に立ち向かう勇気があるのと、無謀なのはまったく違うのですよ。時には勇気を出して恐怖を訴えること、退くことも必要なのです。そこを間違ってはいけませんよ」
怪我を負ったままの格好でいる皆のお説教に、七神も続いた。
「いくらズゥンビの動きが鈍いといっても、あなた達が逃げられない状況になってしまったらどうしますの? たとえば強い風が吹いて眼にゴミが入って思わず立ち止まるとか、転んでしまって足を挫いたりとか‥‥。わたくし達のような戦闘に慣れた冒険者ですら傷を負う時は負います、あなた達では死ぬような傷になるかもしれないのですよ? これからはあまりご両親を心配させるような遊びはしないで下さいませね」
「冒険者でもズゥンビ相手では怪我してしまうのよ。場合によっては怪我だけではすまない時もあるの。解る?」
「戦いに慣れた冒険者でもこんなザマになるわ。もし君達がズゥンビに捕まっていたら、もっと酷いことになっていたでしょうね。自分たちがどんなに危ないことをしていたのか解った? もう駄目よ、こんなことしちゃ」
紅と宮崎も、ズゥンビが危険であることを子供達に訴える。
「間違えたらお前達がこういう怪我したかもしれないんだぞ? それにズゥンビは悲しい死者だ。昔は生きていた存在であることに思いを馳せてみることだ」
ドナトゥースは二の腕から流血したまま、子供達に言った。
ラテリカがめそりと語りだす。
「‥‥えとですね。ズゥンビさんは、元々はこちらの村で生きてらした方です。ひょっとしたら、皆さんのご家族だったかもなのです。亡くなってからゆっくりお眠りになることも出来なくて、動けるようになっても、こうやって、モンスターって呼ばれる存在になってしまったですよね。皆さんは、ズゥンビさんと遊んでたつもりだったと思うですけど、亡くなった方を侮辱してたことにもなるですよ? それってとっても‥‥哀しいです」
ブランカはリーダー格の子供の眼を見つめる。
「ズゥンビは意識のないモンスターだわ。だけど、あなた達の村の。誰かのお祖母ちゃんかもしれないし、お祖父ちゃんかもしれないわ。倒された中に、あなたの家族につながる人がいたかもしれないの。蘇って困る人もいれば、関係のない人もいるけれど、中には悲しむ人もいるってことを忘れないでちょうだい。こんな遊びはしちゃ駄目よ」
説教を聞いている間、子供達はしゅんとしていた。
説教の後、怪我をした冒険者達はステファと李の『リカバー』で傷を癒した。『ホーリー』を連発していたステファは、七神からソルフの実を分けてもらい、魔力を補った。
子供達と冒険者は、村人有志と一緒に、死体の埋葬を手伝った。
「やすらかに‥‥南無‥‥」
「ラテリカに出来ることって、このくらいしかないですけど‥‥」
相馬が墓に念仏を供え、ラテリカも献花する。
そして冒険者達は食料をもらい、冬の村を後にしたのだった。
●4
「それでね、ヨンさまがね、コロシアムの優勝者と一緒に肖像画になるんだって」
パリに戻ったドナトゥースはその足で牢獄を訪ね、前に捕まった女盗賊のかすみに面会して、パリのよもやま話を差し入れている。ちなみにヨン様とはご存知、ヨシュアス・レインのことだ。
「それから、俺達がズゥンビ20体を相手に大立ち回りした話なんだけどさー‥‥」
彼の話はそして、つい先日の冒険譚へと移るのだが、それはまあ、どうでもいいこと。
寒いが過ごしやすい、冬のパリであった。