●リプレイ本文
●1
あ〜♪ とエルザ・ヴァレンシア(ea4310)ののどかな歌を背景にして、アサギリ座の舞台の幕が上がる。
濃緑のジャパンの山あいを流れる川の一場面。
老けメイクでお婆さん役をするヒスイ・レイヤード(ea1872)は、川のほとりにたらいを置いて、洗濯だ。
「いい天気じゃの〜、洗濯がはかどるの〜」
鼻歌交じりに洗濯に精を出すお婆さんヒスイ。
そんな風景に、川の上流から大きな桃が『どんぶらこっこ、すっこっこ』と流れてくる。
「ん、川にでっかい桃? ‥‥忙しいんじゃ、そんな夢物語、起きるわけないの」
お婆さんに無視を決められ、哀れ、大きな桃、のどかな風景にそのままで流れていく。こうして桃の中にいた桃太郎『ミカロ・ウルス(ea2774)』の出番は消え、この物語を『桃太郎』にすりかえる計画はあえなく潰えた。
今日の洗濯を終えたお婆さんヒスイは、家に帰ろうと道を歩き出す。
そんなヒスイの背景で2人の黒子がてきぱきと大道具や書き割りを組みかえる。静かな足取りで小道具を配置する黒子がクオン・レイウイング(ea0714)、『疾走の術』で背景の書き割りをてきぱきと運ぶ大きな黒子が音羽朧(ea5858)だ。
舞台はすぐにお婆さんの家に早変わり。
するとその縁台に、雀の衣装の者達が現れた。
「チュンチュン。チュンチュン」
鳴きながら縁台に置かれた糊の鉢の周りを歩測小さく跳ねる雀達。
雀役の1人、ブリジット・ベルナール(eb1361)は鉢の周りにトラップが仕掛けてないかと慎重な態度で近づき、口につけたくちばしでそれをちょっぴりついばんだ。一旦、口をつけるとその味や舌触りが気に入り、加速気味についばみ続ける雀ブリジット。たちまち、糊をたいらげてしまう。
そこへ現れたお婆さん。空の鉢を見て、怒りだす。
「信じられん、糊を全て食らい尽くしたのか!? うちは貧乏なんじゃ‥‥こうなったら、お前達、お仕置きじゃな!? 羽根は抜いて、羽毛布団に、身は焼き鳥か非常食じゃ! 逃がすか〜!」
怒りで顔を紅潮させたお婆さんヒスイ、網を持ち出して雀を追いかけた。
しかし恐れを見せない雀達。
「誰が食べたでしょーか?」
雀の1羽を演じる夜黒妖(ea0351)の声で雀達は皆が1ヶ所に集まると、糊を食べた1羽をシャッフルするようにグルグルと素早く場所を入れ替わった。見た目、似たような雀達なのでお婆さんにはどれがどれだか解らなくなる。
「糊を食べた本物の雀はどーれだーチュン?」
お婆さんを挑発するように言う雀、ノリア・カサンドラ(ea1558)。
「そもそも糊に『食べるな』と書いてない方がわるーいチュン。大事な物なら自分の胃の中に入れるだチュン!」
雀達の態度にお婆さんヒスイはますます怒った。
からかい調子で四方八方に飛び逃げる雀だが、その内の1羽がお婆さんの網に捕らえられた。
しかし、それは糊を食べていないリョウ・アスカ(ea6561)演じる雀だ。
「ち、違う! 俺は食べてない!」
「もうこうなったら誰でもいいさね。ほーら、お前の舌を‥‥」
哀れ。残酷にもリョウのくちばしの中の舌はお婆さんのハサミによって切られてしまった。
舌を切られた雀リョウは、仲間たちと一緒に竹やぶの方へ逃げていく。
しばらくして家に帰ってきたお爺さんを演じる、老けメイクのニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)は、
「ああ、婆さま‥‥どうしてこんなこと」
と、可愛がっていた雀達がむごたらしい目に遭ったのを悲しんだが、お婆さんはフンと鼻息一つで答えるだけだった。
●2
クオンと音羽の黒子2人が舞台をたちまち改めて、緑深い竹やぶに。
エルザのバックコーラスは、る〜♪ という調子で竹やぶに染み入る空気を表現する。
お爺さんニルナは竹やぶを奥へ奥へと歩く。
「スズメ達は何処に行ってしまったのか‥‥舌切り雀、お宿は何処だ? 舌切り雀、お宿は何処だ?」
そんなお爺さんの傍で、ほのかな不思議な光を灯らせる1本の竹があった。
「‥‥私はかぐや姫。今日という日を待ちわびておりました。‥‥‥‥お爺さん、聞いてる?」
「‥‥舌切り雀、お宿は何処だ?」
「お爺さーん! 私、ここ! ここだってばぁ! 開けてーっ!」
竹中のかぐや姫演じるミカロはここでも無視され、この物語を『かぐや姫』に継ぎかえる計画もここで潰える派目となる。無念なり、ミカロ。
やがてお爺さんニルナは竹やぶの奥にあった小さなお屋敷『雀のお宿』を無事に見つけた。
そこで雀達の歓待にあう、お爺さん。
雀達に美味しい料理や酒を振舞われ、すっかり上機嫌になるお爺さんニルナ。
「皆、ありがとう‥‥この幸せのひとときは50年は忘れはすまい」
あと50年も生きるつもりか、お爺さん。
「お爺さんは私達によくしてくれました。これは当然のお礼です」
雀夜が言い、お爺さんの杯にさらに酒を注ぐ。
雀リョウが秘伝の雀舞を披露し、ちょっとした極楽気分を味わったお爺さんだが、そろそろ帰ろうということになる。
すると雀達はお土産を勧め、『大きなつづら』と『小さなつづら』を用意した。
「わしは心の清い若い年寄りだ‥‥小さいつづらをもらうことにするよ」
自分で自分のことを心の清いというのもどうかと思うが、小さなつづらを背負ったお爺さんニルナは雀のお宿を後にした。
黒子2人による、速やかな場面転換。
家に着いたお爺さんは、お婆さんの前でつづらを開けてみた。
「おお‥‥凄い数のゴールドだ!」
お爺さんとお婆さんは中に入っていた金貨に大層、驚いた。
しかも中味はそれだけでなく、つづらの中から背中に雀羽根のついたメイドが起き上がる。
「初めましてです。雀さん達はお爺さんにはまだご恩があります。ということでお爺さん達のお世話をすることにしました。よろしくお願いします」
雀メイドのキャシー・バーンスレイ(ea6648)はそう言ってぺこりと2人にお辞儀した。
お爺さんは家に大量の金貨と無償の家事手伝いを手に入れたのだった。
だが、お婆さんヒスイはこの幸福に満足はしていなかった。
●3
「舌切り雀、お宿は何処だー!? 舌切り雀、お宿は何処だー!?」
翌日の竹やぶを大声で叫びながら、奥へ奥へと進む人影がある。
お婆さんヒスイだ。
家事の全てを雀メイド・キャシーに任せたお婆さんは、早速、雀のお宿を探しに出かけたのだ。
彼女は執念ともいえる独力で、竹やぶの奥にあった雀のお宿を見つけ、乗りこんだ。
「歓待しろー!」
今にも暴れだしかねないお婆さんに、雀達は渋々と歓待の席を設ける。
せがんだ歓待の席にあって、お婆さんは気もそぞろ。それほど気になっている物があるようで、早々と酒宴を切り上げさせてしまった。
「私はもう帰ることにするわ。土産を用意なさい」
お婆さんヒスイの前に用意される、大きいのと小さいの2つのつづら。
「わしは大きいのを持って帰ることにするわ。よっこらしょ」
大きいつづらは重く、黒子2人の助けを借りて、お婆さんヒスイはやっと背負い上げた。
こうして雀のお宿を後にしたお婆さんだが、薄暗い竹やぶの帰り道で、道半ばにして早々に背のつづらを地面に下ろしてしまった。それほどまでに中味を確認するのが待ち切れなかったのだ。
「小さいつづらにあれほどの幸福が詰まっていたのだから、大きいのはさぞかし‥‥」
そう呟きながら大つづらの蓋を開けるお婆さんヒスイ。
途端、爆発するかのように色々なものが一度に噴き出した。
中に隠れていた雀ブリジッドの『ファイヤーバード』による燃え上がる火炎雀が、お婆さんヒスイに特攻。直撃ではないが掠めて弾き飛ばした。
顔に隈取り化粧をし、派手な装束でつづらから身を乗り出すのはリクルド・イゼクソン(ea7818)。
「悪徳っあっ婆さんはぁ、何処にぃ、いやがるぅぅぅうううう」
リクルドはゆっくりとためを加えた台詞で、大きく見得を切る。
クオンがあらかじめ詰めこんでいた本物のクモやムカデやゲジゲジが這い出ていく中、黒子の音羽は巨人の怪力でお化けの大人形がつづらから取りだし、迫力満点に動作させた。
そして更に、
「‥‥眼が覚めたら何でこの私が箱詰めにされて、こんな辺境の知らない土地にいるのよ‥‥」
奥からむっくりと起きる鬼姫エルザ。桃太郎の時の衣装の彼女は、寝不足気味に立ちあがる。
鬼姫エルザ、きつめの化粧でキッとお婆さんを睨みつける。
「そこのお婆さん!! 私の桃太郎を何処へやったの!! 言わないと三途の川の向こうに鬼ヶ島が見えるようにしてやるわよ!!」
「ほお〜、‥‥このわしと戦うと?」
着物の埃を払って起き上がるお婆さんヒスイ。これだけのものがつづらから出てきて脅す様子に、彼女は少しも臆していなかった。不敵な笑いで指を鳴らす。
「化け物どもが土産とは面白い‥‥フフ‥‥昔の凶暴な血が騒ぐの〜。覚悟はよいか? ‥‥全員まとめてかかってこいや〜!!」
つづらの化け物が一斉に躍りかかるのに、お婆さんは吠えて応えた。
●4
夕陽を背景にした竹やぶは、シルエットとなった竹群の隙間からオレンジ色の光を差し入れる。
ちなみに夕陽の役は、書き割りの夕景から真っ赤に塗った顔を出して笑っているノリアだ。
「くっ‥‥この婆さん、つええ‥‥惚れたぜ‥‥」
隈取りの顔をしかめ、そう言い残し、リクルドが舞台に倒れた。
着物を鉤裂きにしたお婆さんがそれを見下ろし、にやっと笑う。
舞台には化け物どもが死屍累々と横たわる。
何故か黒子2名も倒れている。
残るは鬼姫エルザだけだ。
舞台上の空気は緊張を奏でる琴線の如く、張り詰めている。
お婆さんヒスイと慎重に間合いを測る鬼姫エルザは、一瞬の隙を見、大技を繰り出す。
カウンターで迎え撃つ、お婆さんヒスイの大技。
「姫技!! 『鬼将展決』!!」
「婆技!! 『サンダー婆ド・ア・轟』!!」
2人のシルエットは一瞬の交錯の後、ほとんど同時に舞台に崩れ落ちた。
息を呑む観客。
しばらくは舞台の上で動く者はいなかった。
ただ夕陽ノリアのみがニコニコと笑う。
「やるわね‥‥婆さん♪」
「フッ‥‥お主もなかなかやるな」
倒れ伏す2人は、起き上がらぬままで互いを称えあう。どうやら、ささやかな友情が生まれたらしい。
やがて舞台袖からお爺さんニルナが現れた。
「婆さまー、何処ですかー!? 婆さまー!? ‥‥あ、こんな所に。外で寝ていると風邪をひきますよ。さ、帰りましょ」
お婆さんを探しに来たお爺さんは、倒れているお婆さんを助け起こした。
引きずるようにお婆さんヒスイを連れかえりながら、お爺さんニルナは客席を向く。
「人は友情に結ばれ、欲を出してはいけないということですな」
そう教訓めいたことを言い残し、老夫婦は舞台より退場。
「只今、エネルギー充填中‥‥♪」
倒れ伏したままの鬼姫エルザはそう呟く。
「‥‥桃太郎〜♪ 2人の愛は不滅♪ 絶対、見つけてみせるんだからね♪」
げに恐ろしきは女の執念と手強さというテーマか、その鬼姫の台詞を最後に舞台の幕は降りていく。
お婆さんが異様に強かった『舌切り雀』、一巻の終わり。
戸惑いがちだが観客大勢の拍手が、演じ終わった劇場を飾った。