●リプレイ本文
●1
アサギリ座がイギリス公演のために借りた小さな芝居小屋。
客の拍手と共に開いた幕に、エリック・シアラー(eb1715)のナレーションが残響を効かせて舞台を渡る。
『昔々、ジャパンのあるところに、お婆さんに先立たれたお爺さんが一人暮らしをしてました。ですが、お爺さんにはお婆さんの幽霊が憑いていました‥‥』
山の緑なす舞台に流れる小川。
ジャパン風の幽霊の格好をしたパラ、勝呂花篝(ea6000)が洗濯もせず『うらめしや音頭』(作詞・作曲・振り付け/花篝)を踊っている。
そこを上流から大きな桃がどんぶらこっこ。
『さて、川の中ほどを流れて、手の届かない桃を取るにはどうしたらいいでしょうか?』
ナレーションのエリックの設問に、思わずシンキングタイムのポーズをとる勝呂。
両手を伸ばしても届かない。棒を見つけた彼女は川岸に突き立てて手で掴み、全身を川に入れて足で拾おうとするがやっぱり届かない。ちなみに棒の長さは、普通に突つけば十分に拾える長さだが。
小舟を見つけた彼女は今度は舟を棒代わりにして桃を拾おうとするが、舟は重くて動かせない。
すっかりお猿の知能テストのような有様で流れる桃に全敗するお婆さん幽霊、勝呂。
それでも下流の浅瀬に流れ着いた桃を担いで、帰ることに成功。お爺さんの前で包丁で切ると、中に男の子が入っていたので、お爺さん役のジャイアント、風月皇鬼(ea0023)が巨身で喜びを表現する。
「この子は桃太郎と名づけよう!」
男の子はすくすくと育ち、やがて舞台暗転。
『年月は流れます‥‥』
一瞬の内に年月が流れ、小さな桃太郎は大きな桃太郎役ロート・クロニクル(ea9519)に早変わり。
ある日、お爺さん風月は桃太郎ロートを前にして、
「この世には桃の専売を謀るとは悪どい奴等がいる‥‥桃太郎よ、わしが鬼が島に行って懲らしめてくる。じゃが、もしもわしが戻らなんだら、その時はヌシがやるのじゃ。よいな」
そう言い、勇んで出かけたが、何日経ってもお爺さんは帰ってこなかった。
お爺さんの言葉通り、桃太郎も悪党退治に旅立つことに決め、それを見送るお婆さん幽霊はこの日のために作っておいたきび団子を入れた壷を彼に渡した。
こうして桃太郎は1人、旅立ったのだった。
●2
『特殊な環境で育ったせいか、眼つきが悪いが正義感は強い桃太郎。悪の蔓延る噂を聞き、鬼が島に今旅立たん‥‥』
一路、鬼が島を目指す桃太郎ロートは、道中に犬、猿、キジに出会った。
キュピーンと閃いた桃太郎は3匹をお供にするべく、壷の中のきび団子を与えることにした。
しかし、壷を開けて現れたのはきび団子と名づけるのもおこがましい、何だかよく解らない黄色いペースト状の物だった。それが壷の中からどろーりと出てくる。
「ほーれ、食え」
壷を傾けた桃太郎ロートは、その手にすくった物を獣達に差し出した。
3匹の獣はその正体不明の物体に恐れをなし、互いに譲ったが、押し出されたキジ役のユウン・ワルプルギス(ea9420)の口の中にとうとうその物体が流しこまれた。
「これは‥‥見た目はともかく良質の黍が使用された本物のきび団子! もっちりとして喉の奥につまりそうなこの食感はうぐぅ‥‥がっ‥‥‥‥く‥‥‥‥」
口からきび団子(らしき物)を溢れ出させたキジのユウンはその場にばったりと倒れた。
『へんじがない。ただのしかばねのようだ‥‥』
キジ、いきなりの死亡。桃太郎はその屍の首に『キジ』と書かれたプレートをかけてやる。お供の印だ。
桃太郎ロートは猿役のシフール、劉蒼龍(ea6647)を押さえつけ、その口にペーストを流し込んだ。
「きび団子食って、超パワーアップだぁぁぁぁっ!! ゴシカァン!!」
羽根を逆立たせてムキムキのポーズをとる猿劉。リアクションは個人差があるようだ。
犬役のルシフェル・クライム(ea0673)は自分からきび団子(多分)を口にした。
すると彼は立ちあがれるようになり、前足は手となった。
桃太郎はそれぞれに『猿』『犬』と書かれたプレートを与えた。
「うっし、似合う似合う」
こうしてお供を手に入れた桃太郎は勇気を百倍にして、鬼が島へと向かうのだった。
ただしキジは死んでいる。
●3
『心強い仲間を加えた桃太郎は何とか鬼が島に到着した。鬼が島では何が待つか‥‥』
上陸した桃太郎一行を迎えたのは、いかにも農民といった風体の大勢の人達が大きな桃園で働いている光景。農具を使う彼らの動作やステップがリズムを奏で、ビートの効いた音楽になっている。
「また性懲りもなく来たのですか、あなた達〜♪」
野暮ったい野良着を来たフアナ・ゴドイ(eb1298)が顔を上げ、歌う調子で桃太郎達に突っかかってきた。
また性懲りもなくと言われてもこれが初参の桃太郎達。とまどっていると更にジゼル・キュティレイア(ea7467)もやってきて、その後から大勢の鍬や鎌を握った農民がこちらへ集まってくる。
何処となく反逆の雰囲気。桃太郎の手が腰の刀に伸びる。
更に長と思しき農民も現れる。風月の2役だ。
「おめさんら、今までは娘のこともあって仕方なく従ってたけんども〜、もう堪忍袋の緒が切れただ。覚悟しれ〜♪」
風月のその言葉で農民達はかぶっていた笠や野良着を脱ぎ捨て、踊りながら桃太郎達に襲いかかってきた。
笠の下から現れたのは鬼の角。更にフアナやジゼルが脱いだ粗末な着物の下からは妖艶な薄物に身を包んだ肢体が現れ、桃太郎一行ばかりか客席の男衆の眼を奪う。
勇壮な音楽と共に始まる活劇。
踊りと歌が乱舞する舞台で、派手かつリアルな殺陣が繰り広げられる。
猿劉と犬ルシフェルが活躍し、戦いは桃太郎の勝利に終わる。互いに死人は出なかった。
戦いの中で、桃太郎を襲ったのは人違いだと判明した。
「いや、人違いとは真にすまねえっぺ。けんどもおめさん、よく似とりますなぁ」
鬼達の長は桃太郎にそう言った。
鬼が島で平和に暮らしていた鬼達は、桃作りに長けたエキスパート集団だという。
だが、彼らが作る桃の素晴らしさに着目した都の悪徳貴族は桃の専売を企む悪徳商人と手を結び、一族の長の娘を人質に鬼が島を支配するようになったというのだ。
その悪徳商人と桃太郎が雰囲気がよく似ているという。
桃太郎は自分と似ているというまだ見ぬ悪徳商人達を倒すため、それらの屋敷があるという中央へとお供達と向かうのだった。
●4
『自分に似た者が悪徳商人という事実。真実を確かめ、悪を成敗するため桃太郎は突き進む‥‥』
鬼が島にある豪華な屋敷。
そこでは悪徳商人と悪徳貴族が今日も悪徳な会話を行っていた。
「黄金の、桃‥‥よ‥‥ふふ」
「そなたも悪よのう、桃姫」
客間で向かい合う桃姫こと悪徳商人、麗蒼月(ea1137)と悪徳女貴族リューン・シグルムント(ea4432)。
その現場に乗り込んできたのが桃太郎一行。悪徳の子分どもを蹴散らし、正面から堂々と突破。
悪徳商人桃姫と対峙した桃太郎は、彼女と自分の雰囲気が酷似していることに驚いた。
「私、は桃姫‥‥桃太郎‥‥あなたの、姉‥‥ということに、なる‥‥わね」
「桃姫!? お前が俺の姉とはどういうことだ!?」
「川を流れてきた、桃は‥‥私と、お前の‥‥2個1セットの‥‥双子、だったのよ。でも、私は‥‥流れる途中で、桃、を食い破り‥‥先に生まれ、てきた‥‥美味し、かった‥‥」
生き別れの姉と衝撃の再会をした桃太郎だが、
「俺にとって桃は母なる大地だ! 悪事に利用するなんざ、たとえ姉貴でも許さねぇっ!!」
正義の心は折れずに叫ぶ。
すると悪徳コンビは人質を出してきた。鬼の長の娘であるテンペル・タットル(eb0648)だ。
「ううっ‥‥どうしてこんな目に‥‥誰か助けてぇ‥‥」
普段この屋敷で召使としてこき使われるばかりか、女貴族に(検閲削除)までさせられているテンペルはこの場に引き出されて嘆く。
そのテンペルの眼が桃太郎ロートを見て輝いた。
「たっ、助けて!! 奴らをやっつけて、私の王子様〜!!」
人質の身ながら正義の味方にエールを送るテンペル。
余裕の笑みを浮かべる悪徳女貴族リューンは壁にかけてあったサイズを手に取った。
「桃太郎め! 刃の錆びになるがいい!!」
言って、サイズを振り回す。
だが、よたよたとした狙いの定まらぬ刃先は桃太郎よりもむしろ周囲に危険で、客間の風景を散々蹴散らした後、リューンは荒い息で刃を床に落とした。
「私はこの辺で勘弁してやりますわ‥‥リーラル、やっておしまい!」
「やいやい、たった3人で乗りこんできやがって、ですぅ‥‥痛い目にあいたいか‥‥です」
子分役のリーラル・ラーン(ea9412)は、精一杯凄みを利かせた台詞の後でパンチを見舞う。‥‥しかし、へなちょこパンチは猿劉の胸板に当たり、そこで止まってしまう。
「あわわわわわ‥‥ゴメンナサイ!」
リーラルあえなく撤退。ついでに転ぶ。
「行け! 犬! 猿! 人質は正義のために犠牲になってくれ!」
お供をけしかける桃太郎。
「ちょっとぉ‥‥何でこんな可愛い娘を無視すんのよぉ!!」
人質のテンペルは泣き顔で抗議するが聞く者がいない。
猿劉は女貴族リューンに掴みかかる。
犬ルシフェルの牙が鉄扇を構える桃姫の麗に襲いかかる‥‥が、その顎は閉じられず、意外な言葉を口にした。
「蒼月‥‥好きだ、愛している‥‥貴女が欲しい」
役名ではなく本名で本気の愛の告白をしてしまうルシフェル。
途端、麗の鉄扇がルシフェルの額を割る。
「あら、痛そう‥‥。ということは‥‥夢、じゃないのね。‥‥あら‥‥血が。誰が‥‥こんな、酷い、ことを‥‥続きは、向こうで」
自分がやったことを棚に上げ、麗はルシフェルを舞台の陰に連れていこうとする。
「待て、桃姫!!」
隙を逃さず、桃太郎は壷の中のきび団子(のような物)を投げつけた。
ペーストは桃姫の顔面に命中し、その全てが彼女の舌に舐め取られる。
「‥‥甘露。‥‥いいわ。私、桃太郎の、お供に‥‥なってあげる‥‥」
『桃姫が仲間に加わったーっ!!』
悪徳コンビの片割れを失った女貴族は降伏するしかなかった。
戦いの終わった場に貴族の妹役であるエスナ・ウォルター(eb0752)がフリフリドレスで現れる。
「お姉様、どうしましたの?」
「妹よ、姉の夢がたった今、潰えたのよ‥‥」
「ふうん。あのね‥‥この桃はとっても美味しいの。でもね‥‥みんなで一緒に食べると、もっと美味しいの」
エスナーは手に提げたバスケットの中の桃をその場にいる皆に配って回った。
『皆は敵も味方も人質もなく、美味しい桃にしゃぶりつきました。そして思いました。やっぱり食べ物は美味しい時に食べるのが一番‥‥』
無理やり〆と言った感じのナレーションで、舞台の幕は降りていく。
客席はざわめく。戸惑いがちな観客の拍手が閉じる舞台を見送った。