●リプレイ本文
●1
依頼主である夫妻の家。
ノア・キャラット(ea4340)はその妻と2人きりになり、今回の騒動の元である『レイス』の恨み言について本当に覚えがないのかを尋ねてみる。
「本当にあの幽霊に見覚えはないのですか?」
「‥‥過去のことは過去のことです」
彼女はそれ以上を語ろうとはしない。
だが多くを語らなくても、事情の概要がなんとなく解ったような気もする。
「後は私達に任せて、ご夫妻は安全な場所まで避難しておいてください」
そう言うとノアは、仲間が待機している場所へ合流しようとローブのすそををひるがえした。
●2
真夏の夜更け。1階にある、静かな夫婦の寝室。
ベッドの上には2人のシルエット。
「はぢめてなので‥‥やさしく‥‥してください‥‥ネ」
おずおずとした声は男のものである。
次いでベッド上には鞭の音がはしり、男の声が悲鳴となった。続けざま2度3度と鞭が振るわれ、その度にあがる悲鳴。
「ア、アルルさん、眼の色が‥‥チガッてますよ! もっと‥‥やさし‥‥!」
「私の名前を呼ばないで! ばれちゃうでしょう!」
言いながらアルル・ベルティーノ(ea4470)はこれでも本人は軽いと思っている力加減で鞭を振る。
オーラ魔法を使って高い士気をもって望んだ囮の夫役、マリウス・ドゥースウィント(ea1681)だが、軽く振るわれても痛いものは痛い。言葉は息詰まる悲鳴と化してしまう。
そんな2人の様子を部屋の隅で隠れ見張っているのはリルウィウス・アルクス(ea2035)とルリ・テランセラ(ea5013)。
偽の夫婦役としてアルルとマリウスはやがて現れるだろうレイスの興味をひくべく、このような虐待プレイを演じているのだが、演技のつもりが加減が上手くいかない部分もあった。
鞭の条痕がマリウスの肌に刻まれつつ、幾らかの時間が経った。
夜の冷気が寝室の中に満ちてきた。
やがて寝室の端に、青白き炎のようにはためくものが現れる。
病的な光を思わせるそれは幾条かの傷痕を半裸の肌に刻み込んだアンデッド。レイスである。
目的の相手登場に気づいた偽夫婦は鞭を振るう手を止める。
レイスは血を吐くような声で恨み言を吐いた。
「どうして俺から離れてそんな男と一緒になったんだ〜! あの時のように俺をいじめてくれ〜!」
「毎晩毎晩‥‥そんなにお仕置きしてほしいの? だったら女王様に会わせてあげる」
そのアルルの言葉と共に彼女とマリウスは振りかえり、自分達が例の夫婦でないことを相手に見せつけた。
レイスの表情に驚きを思わせるものがよぎった。だが、すぐに彼女は何処だ、俺をいじめてくれ、とまた騒ぎだす。眼には執着の鈍い輝きがあった。
リルウィウスは隠れていた場所からレイスの前まで飛んできて、言う。
「奥さんの代わりにあたしたちがやったげるからそれで成仏しない?」
シフールの真摯な説得。しかしレイスの表情は微妙にしか反応しない。
ルリも隠れていた場所から立ち上がり、恐怖に耐えながら言う。
「奥さんじゃなきゃダメなのかな‥‥?」
「奥様そっくりの方もいらっしゃるのに‥‥」
ベッドの上のアルルは、レイスに聞こえる声でそう言い、頬を膨らませてみせる。
「そんなに嫌なら誰にも会わせてあげないんだから‥‥!」
誘うようなアルルの台詞に、死人の顔は戸惑いの形となった。眼の光が迷いを示すように暗くなる。
「‥‥私の言うことの真実を知りたいならば、こっちへいらっしゃい!」
そう叫んだアルルは、マリウスやリルウィウスやルリと一緒に部屋をダッシュし、窓を大きく開け放った。そして4人で窓枠を飛び越え、真夜中の庭へと脱出する。
レイスも後を追って、寝室の窓から庭へ出た。
●3
作戦の通り、寝室にいた4人がレイスを連れて、庭へ出てきた。
星空の下、庭で待っていた4人の仲間が彼らを待ちうける。
シフールの騎士、ララ・ガルボ(ea3770)はアルルが持っている鞭に儀式めいた雰囲気をもって『オーラパワー』を付与。鞭はアンデッドに傷を与える武器となる。
「さあ、皆さん、この罪深きレイスに至福の刻を!」
叫んでアルルは渾身の一撃をレイスに振り下ろす。
青白き不死者の身体に斜めに条痕が疾った。
次いで月魔法による責めを負わせるのは女装の吟遊詩人、フェイテル・ファウスト(ea2730)。
「死者といえども覚悟してもらいますよ〜♪」
妖しき蝶仮面のフェイテルは『ムーンアロー』を出来うる限り、連射する。
「まだまだいきますよ〜♪」
10秒ほどの詠唱で次から次へと放たれる月色の矢。
鞭と矢による傷を浴びて、炎の如きレイスの身体はほころびたように激しくはためく。
しかし。
「違う〜!! 俺の女王様はお前達なんかじゃない〜!!」
一方的に責めを負い続けるかに見えたレイスの表情は劇的に狂暴化し、腕を伸ばしてアルルの身体に掴みかかった。
「女性は世の中の至宝です〜っ!!」
叫びながらアルルを身を呈してかばったのは、蝶仮面のフェイテル。彼女を押し倒してレイスとの衝突を回避する。
レイピアを抜いたマリウスはその2人をかばって、彼女達とレイスの間に立った。
逆襲に出たレイスの態度に、冒険者達は意を決する。
「言うことを聞けない人にはお仕置きですよ!」
ララは『オーラパワー』を付与した平手を振り上げて躍りかかり、死人の頬にビビビ!と往復びんたをくらわせた。
「大人しくしていなさい。そうしないといじめてあげないんだから‥‥」
ノアは自分のスタッフに『バーニングソード』を付加してレイスに殴りかかる。
もはやレイスに冒険者が加えるものは責めではなく、戦闘の攻撃だ。
更にノアは、マリウスのレイピアにも『バーニングソード』を付与し、彼の戦闘準備も整えた。
「これでレイスに攻撃可能です」
傷ついたアンデッド1体に集中する数多の攻撃。一体、レイスは囲まれるままになす術もなくたこ殴りになっているのか、それとも厳粛に責めとしてそれを受けとめているのか区別のつかない有様である。
レイスのはためく炎のような姿がまるで消えかけた火のようにボロボロになっていく。見た目にわかるダメージの蓄積は次の一撃がとどめになることを示していた。
「安心して昇天して、貴方の心残りは私達が砕いてあげる!」
アルルは風の精霊魔法の詠唱を開始する。
「あまりしつこいと嫌われますよ!」
ノアもスタッフを片手に握りつつ火の精霊魔法の詠唱を始め、それに遅れまいと唱え始めたルリの水の精霊魔法詠唱もほぼ同時だった。詠唱の時間は流れていく。
『ライトニングサンダーボルト』『ファイヤーボム』『ウォーターボム』。
3人の攻撃魔法発動はほとんど同時。
瞬間、乱反射する眩しい魔法発動に呑みこまれたレイスの前にエレアノール・プランタジネット(ea2361)が立つ。優しさの陰に隠れた相手をねぶるような眼をした彼女は、彼に小声で何かを囁いた。
死力も尽きて消えゆくアンデッドの表情に彼女しか解らないものが見えたのか、エレアノールは満足げに微笑んだ。
「悟ったわね、さあ、もう我慢する必要ないわ‥‥心おきなく、さあ、お逝きなさい」
被虐嗜好者のレイスは星空の下で消滅した。
後に残された冒険者達は、自分が倒した奇妙なアンデッドに対してしばし沈黙を捧げた。
●4
翌日。冒険者達が集う酒場。
8人の冒険者達は依頼遂行の打ち上げパーティをここで行っていた。
パーティ費用はやりたいと言い出したフェイテルとルリが出している。
シフールサイズの杯のジュースを飲み干して、頬を幸せ色にするリルウィウス。
少々の飲み物を飲み、ささやかな料理に舌鼓を打つ、そんな時間。
「あの時、レイスに何を囁いたのですか?」
宴の最中、ララがエレアノールにレイス消滅の時に何を囁いたのかを好奇心から訊ねる。
しかしエレアノールは謎めいた笑顔で首を横に振りつつ、
「‥‥イロイロ大人の世界は難しいものなのよ」
そう答えるだけだった。
しかし耳の多少いいマリウス、フェイテルは、彼女が何を言ったか、断片をかろうじてだが聞けていた。
あの時、エレアノールの言ったのは、
「‥‥放置プレイ『幸せな妻となった‥‥と忘れ去られた奴隷』」
という言葉。
それが何を示しているのかは解りづらい。
果たして最後にレイスの心に届き、何か心を動かしたのかどうかも不明だ。
幾らか謎を残して、この依頼は幕を閉じることになりそうである。
とにかく今は打ち上げのこの宴を皆で楽しむのが最善。
冒険者達は再びの献杯。今度はあのレイスの冥福を祈って。
ちなみにマリウスの鞭の傷は見た目より深くはなく、3日も経たないうちに癒えることだろう。