●リプレイ本文
●1
風吹き抜ける。
藍色に時が沈んだ年の瀬の街の風景も流れて、暇のある人々がパリの奇劇場『アサギリ座』の木戸をくぐる。
席に着く老若男女が隣席と歓談を交わす内に小屋の中の照明が静かに落ちて、客席を暗く、前方の舞台を明るく浮き立たせて、今、何処からかの大音量の法螺貝の音が鳴り響く。
舞台に降りた幕の前、上手より現れるはその法螺貝を抱える吟遊詩人ツグリフォン・パークェスト(eb0578)。肥満気味の腹をゆすって豪快に貝を吹き鳴らす。
客席の注目を集めた彼は、楽器をバリウスのリュートを持ちかえるやそれを掻き鳴らし、
「さぁさぁ何方さんも此方さんも寄ってらっしゃい見てらっしゃい。あたしはしがない吟遊詩人‥‥今は名も無き詩人だけれど、5年後には‥‥芸術を極め、月魔法を全て習得し、その域は達人を遥かに超え!」
口上を挙げ、ここでマントを大袈裟に翻す。
「芸術は爆発なのだよ〜!」
彼の唐突な叫びはひとしきり激しく掻き鳴らすバリウスに負けじと響き、客の耳に残響をとり残す。
「‥‥あたしの作る曲は万物万人の心を揺り動かし、誰も彼もが聞き惚れずにはいられなくなるんだよ!」
やがて幕が開き始め、ツグリフォンは舞台中央の位置を幕の後ろから現れた郊外の風景にあけ渡して舞台袖に下がっていく。そのリュートが退場に合わせて静かに爪弾かれる。
「今から語られるは神聖暦1005年の冒険者達の光景。今より5年後のあたし達が如何ように生きているかは目撃者となるお客様にだけ打ち明けられる未来の魔法。まずはその始まりを御照覧〜!」
●2
舞台上。5年後の風景はのどかなる郊外の野景だった。草地を小道が分け、遠くに森があり、裏方の効果音係が作る鳥の囀りが舞台の上を飛び渡る。
ここには小さな修道院の入り口がセットとして築かれていた。
その修道院の内より現れる黒髪の修道女あり。
アリアン・アセト(ea4919)。神聖暦1005年では60歳の老嬢である。
背筋をぴんと伸ばした彼女は人目を忍んでいそうで目立つ灰色マントのシフールから、1枚の薄い木の板を受け取った。アリアンの読む仕草からそれが手紙の紙片の代わりだと知れる。付近の民からの投書である。
「一体、いつになったら引退出来るのかしら?」
困ったような口調を困った風でなく言うアリアンは一度修道院に入り、待つほどの時もなく聖職者の服を外出用のそれに着替えて、荷物を携えて出てきた。
「魔のもの退治に出発ですね。日帰り出来ればいいのですけど」
呟いて早足で出掛けるアリアン。
舞台より退場する姿をその背中をナレーションが追う。
『‥‥普段は修道女として祈りや住民奉仕に明け暮れる彼女なれど、一度事件が起これば同僚にも知られず謎のエクソシストとして現場に馳せ参じます。はてさて彼女を動かした今回の事件とは一体何なのでしょうか‥‥?』
●3
舞台暗転の短い間に裏方集団がセットを組み替える。
『‥‥ここはある大きな街にある小さな酒場。実はジャパンの御伽噺に語られる英雄・桃太郎は一説には鬼の姫と駆け落ちし、ある街の片隅に酒場の主人として腰を落ちつけた、そんな話があります。5年の間に子供も出来てすっかりただの人となった桃太郎は時折にあの節の自分の未熟さを反省し、今も近辺のドラゴン等怪物の研究にかかることもあるといいますが、さてそれもかつては冒険者と呼ばれた者の性なのかもしれません。冒険のことを忘れられず、ひそかに己の研鑚練磨を重ねるのでしょう。その性質はただ機会を待っています』
舞台照明が薄明るくなれば、酒場内のセットが現れる。
奥のテーブルでアリアンが、紅毛褐色肌、エプロン姿のリュオン・リグナート(ea2203)と向かい合っている。リュオン演じるのがこの酒場の主、桃太郎である。
「『魔王』が現れるっていうのか‥‥?」
「そういう投書があったんですわ。誰かが魔王封印の社を荒らし『夢見実現薬』のレシピが書かれた石盤を盗み出したらしいのです」
囁きよりわずかに大きく桃太郎リュオンとアリアンが話す。
桃太郎の酒場は今やすっかり冒険者達の交流拠点ともなっていた。
「それなら俺も出張らなきゃならないだろうな‥‥しばらく店は休みだな」
「あたしも助太刀するよ」
何処かわくわくした口調で言った桃太郎リュオンがエプロンを外した時、この酒場に入り浸るバードのツグリフォンが口を出し、リュートを颯爽と掻き鳴らす。
『‥‥こうして3人の冒険者達が集いました。たとえ普段は安穏とした日々を欲していても有事には素早く反応するのが冒険者というものなのでしょう。‥‥さて、それから何日か後、近くの街では‥‥』
●4
また舞台は暗転。セットがめまぐるしく組み替えられる。
次の舞台は石造りの建物が立ち並ぶ街の風景。塔が中央にあり、役者の演じる群集が周囲でそれを見上げている。
塔の物見台にいるのが魔女のローブを着たアフィマ・クレス(ea5242)だ。
『‥‥この冬の街に現れた少女アフィマは街中央の塔に陣取って、我こそは魔王なりと宣言しました。突然のことに動揺する民衆はただ恐ろしげにそれを見上げるばかりです。アフィマは手に持つ陶器の瓶を高々と右手に掲げて叫びました。これは飲んだ者の夢を現実に引き出す効果を持った魔法のポーションであると!』
「薬の材料は、闇鍋の残り汁、『ホーリー』で除菌したビリジアンモールド! これであの夢博士F=ロイトに70点なんて言わせない最強の薬が完成したわ! 今こそ我が夢よ、実現せよ! イチフジニタカサンナスビー!!」
叫ぶ少女は一気に瓶の中味を飲み干した。そして、次の一瞬で魔女のローブがするっと脱げて、退廃風味に飾り立てられた魔王の服へと早着替えが成る。金髪が風になびき、効果音の雷鳴が轟いた。
「出でよ! 人形の軍勢(レギオン)!!」
両手を挙げるアフィマの背後から洪水のように大勢の人形達が現れた。アフィマの夢の中から現れたそれらはいずれも布や木で出来た糸操りの人型であったが、手に手に武器を持ち、暗天を背景に飛ぶ如く民の役者に襲いかかる。逃げ惑う民衆。それらは舞台狭しと溢れかえり、暴れまわる荒波のようになった。
「やめなさい、アフィマ!!」
新登場し、魔王アフィマに諌めの声をかけたのは彼女の姉であり世の英雄である黒の神聖騎士シアルフィ・クレス(ea5488)だ。
身を鎧うて長い金髪をなびかせた彼女は、革製の模型の馬にまたがっている。中に水が詰まっている革製の馬はシアルフィの腰を乗せて、ポヨンポヨンと弾み、ちょっとHっぽい。
シアルフィは腰の模造剣を抜いて、照明を反射させ、声高く叫んだ。
「エチゴヤの褌は古着の褌。俺にヨシ。お前にヨシ。皆にヨシ☆」
言った後、彼女は自分が慌てて台詞を間違えたのに気がつき、赤面する。
「じゃなくて! アフィマ、安全な冒険ばかりでつけあがっていたら、姉さん本気であなたを倒すわよ」
言い直したシアルフィは剣を抜いたまま、アフィマの返答を待つ。
だが、妹の返したのは1本のダガーの投擲だった。
投げられた一閃の刃はシアルフィのまたがる馬の尻を切り裂いた。水風船状態の馬はあっけなく皮が破れ、中の大量の水が破裂するように零れ出、シアルフィに舞台に尻餅をつかせてぐしょ濡れにする。
「シアルフィちゃんを水中の宮殿にごしょうたーい。きゃははは、ずぶ濡れ河童ね! お相撲は大好きでしょ!」
声高く笑うアフィマは河童人形を姉に投げつけた。
「そのままじゃ可哀想だから、乾かしてあげるっ!」
河童人形には鉤針がついていて丁度シアルフィのスカートに引っかかった。魔王アフィマが高く手を挙げると人形についていた傀儡糸が引き揚げられ、大きく姉のスカートがまくり上げられる結果になる。
観客席が盛大にどよめいた。
何せ、立ちあがったシアルフィはスカートの下には下着などはいておらず、白い肌色の下半身が舞台でさらされることとなったのだ。黒服の裏方の1人が支持棒のついた黒丸(●)で股間を隠すが、それも素早くなく、シアルフィの下半身は興味津々の観客達の眼にかなりの時間ご披露されてしまうこととなった。
観客の多くが彼女が金髪であることを再確認。子の眼を隠す親もいる。
「やるわね、艶遁の術!」
とアフィマが人の興味を色気で引きとめる忍術に見たてて囃し立てる。
「‥‥アフィマっ!!」
力任せにスカートを引き下ろしたシアルフィは裂帛の怒りを隠さず、妹へ声を荒げる。その顔は熱くなり、心臓はバクバクいっていた。実はちょっぴり羞恥と共にときめきに似たものがある。
「アフィマ、あなたが魔王になろうというのは無理があるのよ。太目の人間がシフールになりたいなんていうようなものよ。人は人らしく神より与えられた生を全うするのが本義!」
「何よ、こんな時だって姉さんぶって。大体、姉さんが英雄ってガラ? 昔、約束した子供の作り方の実演も見せてもらってないじゃん! 英雄が嘘ついていいの?」
「そ、それは‥‥!」
アフィマの昔の話をむし返す口撃にシアルフィはやや怯んだ。
それを見て魔王アフィマはほくそえみ、
「嘘吐きはデビル信者の始まり。よし、あたしの仲間にしてあげよー」
そして、
「世界はすべて人形になるのよ!!」
魔王少女の声と共に劇場の天井から客席に沢山の『ちま』人形がまんべんなく降ってきた。まるで嵐の一降りの如くちまは派手に降り注ぎ、客達の頭や肩に当たってぽてぽてと音を立てる。その数や物凄く客達が1人数体を拾って土産にしても全員に行き渡るほどである。
「やめなさい、アフィマ! そんなことをするなら女子監房で悪霊Mになってなさい〜!!」
叫び、剣をきらめかせつつシアルフィは塔の側壁の階段を駆け上がろうとする。
その場面に駆けつけたのが桃太郎リュオン、アリアン、ツグリフォンだった。
「あらあら、もう始まってるようですわね」
アリアンが塔と嵐天を見上げて呟く。
「ともかく、周囲は人形だらけだ。何て有様だ」
「ここはあたしにお任せを。人形は全てあたしが引き受けます」
驚く桃太郎リュオンの背後で、ツグリフォンがリュートを掻き鳴らし始めた。
「我が芸術は人形さえも心揺さぶる♪
聴け、聴け、人形達♪
糸を手繰る者もいなくば、眠りに落ちるその人生♪
眠りに誘え、我が歌や♪
遊び疲れて、眠くなれ♪」
舞台の上を曲が鳴り渡るや、街の人々を襲っていた人形達が全て力なく地に落ちた。
アリアンは神聖魔法『メンタルリカバー』を一瞬で唱えた。彼女の身体から広がった白光が周囲を覆うと、人形に襲われてパニックになっていた群集の騒ぎが静かに収まっていく。
塔側壁の階段を駆け上がる桃太郎リュオンは先行くシアルフィに追いついた。
「ちょっと待て、お姉ちゃん!」
「神聖騎士を呼びとめて、お姉ちゃんとは何ですか!?」
「そんなことより剣じゃ魔王を倒せないぜ。これを使うんだ!」
桃太郎リュオンが取り出した物こそジャパンの『おひつ』だった。表に『大魔王封じ』と札が貼ってある。
2人は塔の物見台に到着した。
魔王アフィマが待っている。
「よく来たわね、英雄達! でも今度の夢の人形は眠らない巨大兵士の人形よ!」
魔王は新たなる人形を呼び出そうとする。
「そうはさせん! 魔王封じだッ!」
桃太郎リュオンは脇に抱えたおひつを魔王アフィマに向け、蓋を外した。
途端、舞台の照明が全て激しい明滅を始めた。影と光が瞬きながら錯綜する舞台の上で、アフィマはくるくると身を回転させながら引きずられるようにおひつに近づいていく。
「きゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴を挙げるアフィマは舞台が影になった瞬間におひつのそばのセットの陰に隠れ、悲鳴の最後を飲み込んだ。客席からはおひつに吸い込まれたように見えただろう。
舞台の照明が明るくなり、桃太郎リュオンはおひつの蓋を閉めた。そして紐でぐるぐる巻きにする。
舞台上の人形も全て暗い内に片づけられて消えていた。
「よし、成功だ。後は封印の社に納めるだけだ」
「いいえ‥‥それを封印するのは我が黒の寺院の役目ですわ」
シアルフィが桃太郎の持つおひつに手を添えた。
「妹ったらこんな手段で夢をかなえようとするなんて‥‥封印の間中、私が説教し続けてあげます!」
言い切るシアルフィに、怖い人だなー、という顔を桃太郎のリュオンが向けた時、舞台に幕が降りてきた。
喜ぶ街の民が冒険者達をたたえる光景が幕に覆い隠されていく。
『‥‥こうして冒険者達の活躍で1つの事件が終わりました。確かにこれは1つのお話です。5年後の世界も今のようかもしれませんし、そうでないかもしれません。しかし冒険者達はいずれにしても全くいなくなるということはないでしょう。何故ならば‥‥』
ナレーションは途切れ、アサギリ座の舞台の幕が降りきった。
●5
客席を立つ観客はまだいない。
幕を閉じた舞台にクレセントリュートを抱えたツグリフォンがすぐ現れた。
「あたしの声で眠りに落ちて全ての音が語りかけ♪
時間は常に正確に‥‥周りに惑わされることもなく♪
月の光と闇を司り月の矢は狙った獲物を逃さん♪
相手を魅了し困惑し過去をも覗き見♪
月道探索も思いのままさ♪
それがあたしの未来の姿〜♪」
歌いながらリュートを爪弾くツグリフォンの声と共に、舞台の幕がまた上がっていく。
「‥‥なんてね〜♪ 冒険者は永久に不滅だ〜! 行け行け〜老若男女〜♪ 高みを目指してまっしぐら〜♪ そこに夢がある限り〜♪」
法螺貝の音が劇場に響き渡る。
幕が開いた舞台に役者達は勢ぞろいして客席に手を振る。
中央に並ぶのはアリアン、リュオン、アフィマ、シアルフィ。皆揃って一礼をする。
客席から拍手や歓声が冒険者達に届けられ、特にシアルフィに向けて口笛が鳴り響く。
天井から刻まれた白布が門出を祝う華々しい花吹雪のように舞台といわず客席といわず降りそそぎ、大拍手に空気が揺らぐ劇場の見渡す限りを覆い尽くして、いまだ尽きじと尚白く視界を埋める。
ツグリフォンの法螺貝が更に堂々と響き渡った。
アサギリ座の年末公演は最高潮の盛り上がりを見せて、無事に幕を閉じるのだった。