水難の相あり

■ショートシナリオ


担当:言霊ワープロ

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月02日〜09月07日

リプレイ公開日:2004年09月07日

●オープニング

 夕の陽を反射する水面。溶けよとばかりの暑い夏の日もようやく日暮れがかり、1日の仕事を終えた村人達がわいわいと集まる村外れの川。
 じっとりと汗が沁みついた衣を脱ぎ捨て、老若男女隔てなく肌着1枚で清水を蹴りたて駆けまわる河原。あがる飛沫。若い嬌声と手にすくった水のかけあいで、川と岸辺が納涼と盛況の空気に満ちたその時。
『ひひひーん!!』
「馬だーっ!!」
「暴れ馬だーっ!!」
 突然に水面を突き破って、川の内から現れた馬のいななきに村人の水浴は騒然となる。
 馬は蹄の代わりに水かきのある足先を今にも背にかけんとする如く、逃げ惑う者を追いかける。あがる悲鳴。水浴はもはやそれどころではなく、蹴散らされるより早く、我先にと村人は川からとびだす。
 やがて全員を岸に追い出すと、1頭きりで清流の中央に立ちつくす馬。
 勝ち誇ったように、ひひーんと高いいななきがあがる。
「なんだ、あの馬は!?」
「川の中から出てきたぞ!?」
「どう見たって普通の馬じゃないぞ!?」
「そんなことよりどうする、あんなところにいられちゃ水浴びが出来ないぞ!」
「あの馬、まさかこの川に居つくつもりじゃないだろな」
「そんなぁ、それじゃこれからもここで水浴びが出来なくなるってゆうの!?」
「それどころか水をくめないんじゃ日々の生活にも支障が出るべ」
 上がった岸で川に立つ馬を眺めて騒ぐ、水もしたたる肌着姿の村人の群。
 夕陽を浴びる人影となっても、事態向上の兆しはない。
「どうするの‥‥?」
「どうするったって、俺達でどうにか出来ることなのか?」
「おいらは馬になんか蹴られたくないぞ」
「よし、ここはオレに任せろ!」
 進み出て、再び川に入ったのは1人の若者。去年の春には熊を追い払ったことがあるという、勇気と力自慢の猛者である。
 皆の期待を広い背に受けて、川に立つ馬へとざぶざぶと歩く若者。恐れずに近づいて、小さな距離を置いて相対する。
 獣と人との、ガンのつけ合いに似た少々の時間。緊迫の夕風が川面に流れる。
「オレの頭に中に声がする‥‥」
 唐突に声を漏らしたのはその若者。
「オレに話しかけているのは馬、お前か‥‥?」
 言いながら若者は歩みだし、前身を屈めた馬の肩に手をかけ、背に乗った。
 村人達が息を呑んで見守る中で、若者を乗せた馬は川へ飛び込み、しばし水中に姿を消す。
 観衆の視線の内側で、数十秒の時が経ち、
「ごぼがばごぼ‥‥!!」
「わー、溺れたぞー! 早く助けろー!」
 激しく波立つ水面に爆発するような大泡が連続で出たと思いきや、若者の頭が飛び出した。空気を求めて喘ぐ姿があわただしく手で水を掻き、情けない格好で岸辺へと舞い戻る。助けようと差し伸べた手に掴まって、ぜいぜいと水を吐くその背中。
「‥‥ちくしょー、あの馬! 背中に乗ったら川の中にある自分の宮殿に連れてってやろう、なんて言いやがって、オレを深みに連れていきやがった‥‥!!」
 言い訳じみて聞こえるその言葉。しかし彼の失態を笑おうとするものはここにない。
 見れば、馬の姿は清流の中央に戻り、勝ち誇ったようないななきをまたあげている。
「見ろよ、あの凶暴そうな面構え」
「馬の癖に凶相だ」
「でも追い払わないとこれから困るぞ」
「どうする? 皆で一斉にかかるか‥‥?」
「‥‥いや、困った時は冒険者だべ!」
「ええ、そうよ! 確かにこういう得体の知れない代物は、冒険者に丸投げするのが一番だわ!」
 その提案に、そうだ、そうだ、それがいい、と皆一斉にうなづく村人。
「町に行って、冒険者ギルドに依頼するべ。あの馬を追い払ってもらうべ」
「ちょっと待って、依頼の報酬は誰が出すの?」
「そりゃ、村の全員で出すことになるだろう」
「この村じゃろくな賃金は出せないぞ」
「今月、ピンチだし‥‥」
「うーむ」
「どうだ、報酬は金の代わりに、町の冒険者の酒場で『古ワイン』飲み放題なんてのは?」
「殴られんぞ」
 結局は村の蓄えで支払うことに決定する。安めの報酬を補うものは村人からの精神的な謝礼、そういうことで。
 早速にこの事件は冒険者ギルドの依頼として登録されることになる。

●今回の参加者

 ea2262 アイネイス・フルーレ(22歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea4944 ラックス・キール(39歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5013 ルリ・テランセラ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5215 ベガ・カルブアラクラブ(24歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 ea5753 イワノフ・クリームリン(38歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 ea6109 ティファル・ゲフェーリッヒ(30歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea6164 ラーゼル・クレイツ(33歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●1
 汗が流れる、暑い太陽の下。
 川に現れた謎の馬に、大切な水場を奪われた村。
 怪物退治を依頼した村人達に、事を引き受けた冒険者達は事情聴取を行っていた。
 そんな冒険者の中で一つ唸るのが、ジャパン生まれの真幌葉京士郎(ea3190)。
「ううむ、そうか‥‥所変われば品変わると言うが、流石はノルマンの馬だな、喋れる上に足に水かきがあるとは」
「違いますわ、残念だけれどノルマンでもお話する馬はおりませんのよ。姿こそ馬に似てはいますが‥‥お話からすると魔物の一種で『ケルピー』だと思いますの」
 真幌葉の大真面目な口調にツッコミを入れたのは、アイネイス・フルーレ(ea2262)。
「そうか、物の怪のたぐいか‥‥すまん」
 指摘を受けた真幌葉は顔色一つ変えず、素直に謝る。
「そや、水の精霊ケルピーに間違いないやろな〜」
 ティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)は村人から集めた証言と自分の知識と照らし合わせて、馬の正体を肯定する。
 馬の正体がケルピーというのなら並の村人では対処できたはずはないと思うのがイワノフ・クリームリン(ea5753)。ならば、その背に乗り、溺れかけた若者というのは大した勇者に違いないと、彼に話を訊いてみる。
「いやぁ、あん時は頭の中に『宮殿につれてってやる』って声が聞こえてきたかと思うとついフラフラ〜ってなって‥‥やがて息が苦しくなって、溺れかけて必死だったから‥‥」
 あいにくとその若者の話から実になりそうな収穫はない。人並みはずれた精神力もあったのだろうが、運がよかったというのが彼の助かった最大の理由らしい。
「その心に響く声っていうのは『言霊』ってヤツだろう」
 ラックス・キール(ea4944)は皆の言葉を聞きながら、意見する。
「ケルピーを説得するのもいいが、簡単に話を聞くほど素直じゃなさそうだな。かといって、全員で戦いを仕掛けて倒せるかといえばそれも難しい。手負いのままで逃げられたら、今度は後日、村人を無差別に襲うようになるかもな。そうしたら最悪だ」
「きちんと懲らしめないと次は本当に犠牲者が出る。少なくともこの村の周囲で悪さしないようにさせないと」
 ラックスの言葉に、そう言って引き締めるのはイワノフだった。
「村の方にとって川は生活上、とても大事だから安心して使えないと困りますわ。人里から離れた水辺にお引越ししてもらえれば、お互いにとって一番いいと思うのですが‥‥」
 そのように言ったアイネイスの背に、
「‥‥お馬さんは少しイタズラでからかったんだと思うから、本当は悪いお馬さんじゃないと思います」
 呟くように言うルリ・テランセラ(ea5013)。彼女の言葉は、ここでは声量よりも小さく聞こえた。
「とりあえず誘いこんでみるか‥‥」
 暑さに汗を流しながら、腕を組み言うのはラーゼル・クレイツ(ea6164)。
 情報集めにけりをつけ、実際にケルピーに会いに川へ行こうとする段になって、頼みの冒険者を送り出そうとする村人達がいっそう騒がしくなる。
 ベガ・カルブアラクラブ(ea5215)は、そんな村人達に村中から集めさせた油の類をつめた瓶を両手に持つ。べガは安い報酬の穴埋めに村人から協力を取りつけるつもりでいて、大量の油を彼らに用意させていた。
「川を汚さないで下さいね」
 心細そうに言う村人の言葉に、銀髪のべガは笑みだけを返したという。

●2
 薄い白ワンピース1枚という恥ずかしげなルリと、アラビア風の衣装をつけたべガの足に蹴散らされて、川面にあがる白い飛沫。
 水霧混じりの川の空気の涼しさ。ティファルは自らは水に入らず、村で調達したお茶のセットを傍らに置いて、水浴びの仲間を見ながら1人、茶を飲む。
 川の中では丸腰のラーゼルが仲間からやや離れ、水浴びをしながらも周囲の監視を怠らない。
 ケルピーが出るという川である。
「乾いた乾いた私の沙漠に、オアシスのように光る水、満たしてほしい〜♪」
 川辺で竪琴を爪弾くアイネイスの曲にのせ、水浴びしながらべガは歌っていた。
 水浴びをする者達は遊びながら、いまだ現れぬケルピーのことを話題にしていた。
「一生懸命にお話すれば‥‥解ってくれると思うし‥‥」
 まだケルピー性善説を唱えるルリだが、べガの態度はそっけない。
「ケルピー? はん、確かにノルマン一の優駿だけど、世界じゃ2番目だね」
 挑発的なその台詞。
 途端である。
『ひひひひ〜ん!!』
 川の深いところから爆発するような飛沫が上がるや、1頭の馬が飛びだした。
 いななく馬は水かきのある足先を振り上げ、水浴びをしている者達を追いたてるように走りはじめた。
「ケルピーが出たで〜っ!」
 ティファルの叫びに応じるように、冒険者達は準備していた仕掛けにとりかかる。
 いざという時の命綱の端を木に巻きつけた真幌葉は『オーラ・エリベイション』を詠唱する。
 べガは草むらに隠しておいた油瓶の中味を川にぶちまけるや、村から借りておいた火口で弓矢の矢に火をつけにかかる。
『ひひひ〜ん!!』
 油で川を汚されたことに怒ったか、ケルピーは一際高い声でいななくとべガの方へ突進する。
「待って! ケルピーさん!」
 その突進にルリは立ちはだかる。
 水の精霊は彼女のあまりに無防備な様子に驚いたようで、前脚を振り上げながら急停止する。しかし間に合わない。
 濡れた水かきが鼻を蹴るほどに危うい距離で、彼女と馬の間にさらに割って入ったのは、身を盾にして前脚を受けとめたジャイアントのイワノフだった。
『ひひ〜ん!!』
「待って、話を‥‥聞いて」
『ひひ〜ん!?』
 巨体の背中越しにケルピーに話しかけるルリ。
 すると頭の中に不思議な声が響いてくる。
『エルフ如きが我に話しかけるとは何用だ。ここは我の水場だ。速やかに去れ』
「人気のないところに行くよう、説得するんだ!」
 ラーゼルは、ルリに言う。
 ルリは相手を信じて、もう一度、勇気をふりしぼった。
「ここは‥‥村の人達が大切にしている川だから‥‥人気のない方へ行って。‥‥お願い」
『それは出来ん。我はこの水場が気にいっている』
「そんなこと言わずに‥‥お願い」
『お前のようなエルフ如きにお願いされてもな』
 ルリに聞こえる言葉の調子は、あくまで彼女と平行線を辿りそうな雰囲気だった。
『‥‥そんなことよりエルフの娘、水の底にひそむ秘密の財宝を見たくはないか?』
 頭に響くその声はルリの眼つきを変えさせた。彼女は忘我のようにふらりと歩きだし、止めようとするイワノフの腕をかいくぐって、姿勢を低くしたケルピーの背に乗ろうとする。
 それを『言霊』のせいだと見破ったアイネイスは、呪歌をもって威力を破ろうとした。
 しかし、それよりも早く、この時を狙っていたラックスは行動に出る。
 皆が注目している反対側から忍び寄ってきた彼は、背を低くしているケルピーに飛び乗った。
 反応したケルピーが伸びあがって暴れた。騎乗の心得があるラックスは振り落とされないように頑張る。
 吠えるようにいななくケルピー。
 イワノフはルリを抱えあげると暴れ馬の躍動する範囲から逃げた。2人は命綱をつけてやってきていた真幌葉と一緒に川岸へ上がる。
 ケルピーを制しようとするラックスは、持った『はみ』をケルピーの口に噛ませるべく、首にしがみつきながらも必死に手を伸ばす。『はみ』を噛ますことに成功した瞬間、馬上の姿勢を正して手綱を引き、ラックスはケルピーの躍動を制した。
 川面を乱暴に蹴散らしていたケルピーの動きは即座に鎮まる。
「どうどう‥‥! さあ、手綱をつけたからには大人しくしてもらうぞ」
『‥‥くそう、人間め‥‥』
 悔しそうに従うケルピーの声がラックスの頭に響く。
「安心しろ、多くは望まんさ。そうだな、ここから1時間は離れた場所に移ってもらうか」
『勝手にしろ‥‥』
 ケルピーは一声いななくと、ラックスの手綱さばきに従って川を上流に走りだした。
 残る者達は、波が静まる水面の向こうへ走り去る姿を見送った。

●3
「行ってしもたな‥‥」
 戦闘に備えていたティファルは、川辺で額に手かざしの姿勢のまま、去りゆく1人と1頭を見送る。
「馬で走って1時間も離れた場所にケルピーを置いてきたら、帰る時が大変だろうに」
 結局使わなかった弓矢をしまいながら、べガが呟く。
「それより皆、一足先に村へ戻ってお茶会しまへんか〜?」
 ティファルの呼びかけに、冒険者達は顔を見合わせた。
「お茶か‥‥冷たいヤツも出るんだろうな?」
 そのラーゼルの言葉を聞き、汗をかいている皆が当然だという顔をする。
 そんな顔が並ぶのを見て、ティファルはうんうんとうなずく。
「勿論やで〜。村の方にはとっくに手配ずみやさかい、はよ行かんとぬるくなってまうで〜」
 その言葉を聞くと、皆は村への道筋を辿りはじめる。
「おーい! 早く帰ってこないと、皆で茶は飲んでしまうからなー!」
 真幌葉が、上流をのぼっているラックスの見えない姿へ大声で呼びかける。
 アイネイスは道すがら、歌おうとして歌えなかった歌を歌いだす。
「美しき水辺に潜む 美しき魔獣よ
 彼の者の囁く言葉は 甘く響き
 我らの自由を奪う
 しかし 人々を想う強き心の
 冒険者達よ 己の心の声に従え」
 一仕事を終えた冒険者達は、歓待が待つ村へと戻っていった。