青い花、想い出の花

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月14日〜10月19日

リプレイ公開日:2005年10月24日

●オープニング

 覚えている。
 一面の、青い花畑。
 まるで泉のような、花畑。

 その花の名をその時の私は知らず、また、今の私も相変わらず知らない。知りたいとも思わない。
 ただ『お母さんの好きな花』と呼べばいいのだから。
「どう? 綺麗な青色でしょう。心が洗われるようだわ‥‥」
 その花畑へ赴くたび、お母さんは同じ言葉を口に上らせた。幼いながら、お母さんがその花をどれだけ好きなのか、よくわかった。あまりに大事そうに扱うから、私とその花とどっちが大切なの、と問い詰めた事すらあった。
「あらあら。あなたには順番なんてつけられないわ」
 優しく笑いながら答えたお母さんに、私は思わず飛びついた。

 忘れられない。
 そんな青い花に、赤い飛沫が散った事。
 『お母さんの好きな花』に、赤い斑点がついた事。

 ◆

「では、花畑への同行者を求む、という事でよろしいでしょうか」
「はい。よろしくお願いします」
 冒険者ギルドにて。年上趣味の受付嬢の確認に、セレナ・パーセライトは一礼を返した。
 セレナの動きは、徐々に柔らかくなっている。無駄な力が抜けてきているのだろう。ゆっくりと‥‥本当にゆっくりとではあるが、彼女は確かに成長しているのだ。凝り固まっていた心も、冒険者達のおかげで少しずつ、解きほぐされていっている。
「‥‥どうかなさいました?」
「え?」
「顔色が優れないようですが」
 受付嬢が小首を傾げる。
「い、いえ、別に‥‥」
 セレナはすっと目を逸らした。手がわずかに震えているように見えるのは気のせいだろうか。
「あのっ」
「はい、なんでしょう」
「‥‥もしかしたら‥‥ごろつきが‥‥いるかも、しれないんです」
「花畑にですか?」
「近くには、小さいけれど洞窟があって‥‥溜まり場に、なりやすいらしくて‥‥」
 どうも歯切れが悪い。受付嬢の記憶にあるセレナの印象とはかなり異なる。
 その花畑か洞窟か、はたまたその両方に、何か因縁でもあるのだろうか。
「――わかりました。注意するよう、依頼書に補足しておきます」
 そう述べて、受付嬢は羽ペンを手に取った。

●今回の参加者

 ea0604 龍星 美星(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea7950 エリーヌ・フレイア(29歳・♀・ウィザード・シフール・フランク王国)
 eb0200 オードフェルト・ベルゼビュート(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2669 シヴァ・ブラッディロード(29歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb3349 カメノフ・セーニン(62歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

逢莉笛 舞(ea6780)/ カルナ・バレル(ea8675

●リプレイ本文

●いつもと違う彼女
「おじいちゃん、相変わらず元気そうで何ヨリ。でもセレナに変な事したら承知しないヨ?」
「ほっほ。皆真面目なようじゃから、少しおとなしくするわい」
 出発して少し経ち、龍星美星(ea0604)とカメノフ・セーニン(eb3349)はこんなやり取りを交わした。カメノフが得意のサイコキネシスで女性のスカートをめくる事に至上の喜びを感じる事実を、以前同じ依頼に参加したことのある美星は知っていたからだ。
 しかし今回、参加者の半数が先行している為、現在この場にいるのはセレナ、美星、カメノフと七神蒼汰(ea7244)の四人でそのうち女性は二人だけ。武道家である美星はもとより、動きやすさに重きを置くセレナもまたショートズボンである。カメノフは仕方なく、先行班と合流後に望みを託すことにした。
「美星殿」
「ん?」
 蒼汰がそっと美星を呼んだ。セレナに聞かれぬよう、不自然でない程度に声を潜める。
「‥‥彼女、ギルドの記録から受ける印象とは違うな。あまり元気がないようだが」
「やっぱりそう思うアルか」
 常にぴんと伸ばしているはずの背は丸まり、視線は足元に注がれ、時折思い出したように息を吐く。セレナの様子は、心ここにあらずといった感じだ。
「俺はもしかしたら今のあれこそが素なのかと思ったが――やっぱりという事は、違うのか。心当たりでも?」
 首を傾げる蒼汰。
「申し訳ないけど‥‥アタシは何も言えないアル」
 ごめんね。美星の表情がほんの一瞬だけ、くしゃっと歪んだ。 

 詠唱を終えたエリーヌ・フレイア(ea7950)の体が淡い光に包まれる。すぐそこで口を開けている洞窟には、人やモンスターなど害のありそうな存在はいない事がわかる。彼女は振り向き、待機していたオードフェルト・ベルゼビュート(eb0200)とシヴァ・ブラッディロード(eb2669)に頷いた。
 シヴァを入り口に見張りとして残し、エリーヌとオードフェルトは洞窟に侵入する。セレナの懸念を晴らす為だ。何もなければそれでよし、何者かが居ついている形跡があればそれなりの対処をせねばならない。
「焚き火の跡があるわね」
 果たしてそれは、容易に見つかった。小さな洞窟だ、おまけに隠そうともされていない。
 オードフェルトがしゃがみ、燃え残りの薪を拾う。
「古くはないな。ごく最近のものだ。ここ数日か、それとも昨晩か」
「もっと詳しくわからないの?」
「無茶言うな。専門的な知識は持っていないんだ」
 率直に意見を述べるエリーヌに、オードフェルトも苦笑する。
「まあ、これで誰かがここを使っているとわかったのです。おそらくろくでもない人達でしょうし、早々にセレナさん達と合流したほうが良さそうですね」
「‥‥そうだな」
 足跡は幾重にも重なっており、数える事はできない。焚き火の跡以外にめぼしい物もない。居ついている人数が不明である以上、こちらの戦力を分断しておくのは得策ではない。エリーヌは青い髪と同じ色の羽を動かした。
「シヴァさん、行くわよ」
「‥‥ん、ああ」
 ふわりと銀髪を揺らし、シヴァが寄りかかっていた土壁から離れる。すぐにオードフェルトも洞窟から出てきて、三人は先に決めておいた合流ポイントへ向かう。

●ずっと閉じ込めていたモノ
「せぇいっ!」
 腹に力を込め、蒼汰が小太刀を振るう。
 日が傾きかけた頃。合流を済ませて夜営の準備も終えると、蒼汰はセレナに手合わせを申し込んでいた。自分も強くなりたくて修行中だからと言ったら、すぐに了承された。だが腰に差していた木剣ではなく、バックパックから取り出した小太刀を構えた時にセレナの眉毛がぴくりと動いた事を、蒼汰は気づいただろうか。
 本当は、木剣では間合いが違いすぎてずるいだろうと考えたからだ。ただ、セレナはそうは受け取らず、手加減されたと勘違いした。
「やあああああっ!」
 昼間とは一転して、気迫が違う。形振りかまわず突っ込んでくるセレナに勘弁してくれと思う一方で、やはり手合わせを申し込んでよかったと、苦笑いする蒼汰だった。

 しばらくして。蒼汰から借りた二人用のテントの中で、セレナはもじもじしていた。何か言いたそうに唇を開いては、押し止まってまた閉じる。その繰り返し。終いには幾度もそうする自分が嫌になってきたのか、頬が紅潮して目尻に涙が浮かんでくる始末。
 ――一人で思い悩んでいないで誰かに話してみてはどうだ? 話す事で心の重荷もいくらか軽くなると思うんだが。
 セレナの頭の中では、手合わせ終了時の蒼汰の言葉が響いていた。
 彼女が自分の抱くそれを話せる相手がいるとすれば、それは‥‥
「お花畑に何か‥‥あるカ?」
 美星がぽつりと呟いた。驚いてセレナが顔を上げると、美星のまっすぐな瞳が彼女を見ていた。
「アタシで良かったら話して欲しいネ。‥‥無理にとは言わないアルが」
 話してくれるのであれば、それが何であろうと受け止める。美星は言外にそんな意味を込めた。仮に理由を問えば、二人は既に仲間だからだ、と彼女は答えてくれるだろう。
 髪をそっと撫でられて、美星の気持ちが伝わったのだろう。セレナはぼろぼろ泣き始めた。
「美星さん‥‥私‥‥私、怖いんです‥‥っ」
 花畑で母親と過ごした幸せな時間。突然現れた野盗。振りかざされる刃。庇ってくれた母親。痛みに引きつった顔。血飛沫。『お母さんの好きな花』に、青い花に、赤い、真っ赤な、斑点が。
「‥‥そんな事があったネ」
 抱きしめる。それでもセレナの涙はとめどなく。
「それは、自分で乗り越えるべき‥‥壁アル。それにどう対峙するかで、人の強さが決まる。アタシはそんな風に、思ってるアルよ‥‥」
 まずは胸の奥底に閉じ込めていたものを、全部吐き出してしまえばいい。
 セレナが落ち着くまで、美星は彼女の背中をさすり続けた。

●さあ立ち向かえ
 花畑に到着すると、青い花が満開だった。
「綺麗ねぇ」
「すっごくいい匂いアル!」
 晴れた空の下、エリーヌは花に顔を近づけ、美星は風に乗って漂う甘い香りに思わず香料のレシピを思い浮かべる。
 女性陣が嬉々として花畑に座り込む一方で、男性陣は固まって何やらひそひそと囁き合っていた。
「そういえばカメノフの爺様。昨夜は珍しく覗きをしなかったみたいだな」
「‥‥ふん、セレナちゃんがあんな状態ではのぅ」
 蒼汰に返事をしつつ、カメノフは女性陣を眺めていた。美星に寄り添うセレナの両目は、一見してわかるほどに腫れている。
「いや、おかげでじーさんを叩き切らずに済んだけどな」
 ラージクレイモアを肩に担ぐオードフェルト。にこやかな笑顔で言うあたり、冗談ではなさそうだ。
「年寄りの唯一の楽しみなんじゃが‥‥」
「まったく、仕方のない爺様だ」
 呆れ顔の蒼汰だったが、直後、その表情をぐっと険しくした。続けてオードフェルトとカメノフも視認を終えた。柄の悪い男が四人ほど、横柄な態度で花畑に近付いてきている。あちらも気づいたようで、剣の柄に手を添えているのがカメノフには見えた。

「おんやぁ? 俺らの憩いの場所に先客がいやがるぜぇ?」
 先頭に立って下卑た笑いを浮かべている男がリーダーなのだろう。呼応して他の男達もニヤニヤしながら女性陣を品定めしている。何を想像しているかは明白だ。そしてその穢れた視線を遮るように、蒼汰とオードフェルトが割って入った。
「邪魔すんな。男に用はねぇんだよ」
「それはこっちのセリフだな」
「花を摘んでる最中なんだ、無粋な真似はやめてもらおうか」
 一応言ってみるが、どちらも引き下がるつもりは毛頭なく。鞘から抜き放たれた剣が陽光を反射した。
「男はお前らに任せる!」
「後で分けてくださいよっ」
「何!? 待てっ」
 リーダーともう一人の男は蒼汰とオードフェルトの横を通り過ぎ、女性陣めがけて駆けていく。後を追いたくても、残った二人の男達に一対一で回り込まれては簡単にはいかない。いっそ切り捨てられれば話は早いのだが、あくまで目的は花を摘む事。花畑が血で染まるような事があってはならない。
 幸い、カメノフとエリーヌが魔法でリーダー達を牽制している。シヴァも美星もごろつきなぞに負けるはずがない。セレナとて戦い方は学んだと聞く。
 結論。まずはこいつらを潰す。
 腰を落として構える蒼汰。オードフェルトも肩からその大きすぎる剣を下ろした。

 薙ぐ剣を、シヴァは軽やかにかわした。ガキンと地面を打つ耳障りな効果音。
 突いてくる切っ先を身軽に交わし、そのまま美星はリーダーに一撃を与える。予想外の反撃に相手が怯んだ隙に、美星はセレナの肩を揺さぶった。セレナは男達が来た時から、顔面蒼白で呟き続けていた。
「嫌、嫌、お母さん、私の事はいいから、お母さんのほうが死んじゃう、ダメ、笑わないで、笑えてないよ、花が、お母さんの好きな青い花が赤いの、なんで赤いの、お母さん、冷たいよ、お母さん‥‥嫌ぁっ!!」
「セレナ!? しっかりするアル、セレナ!」
 美星はセレナの瞳に映っていない。別のどこかを見ている。
 持ち直したリーダーがここぞとばかりに剣を振り回す。カメノフが咄嗟にサイコキネシスを唱え、軌道を逸らした。
「目を覚ますアル!」
 思い余って、平手が飛ぶ。セレナの焦点が、彼女の顔を覗き込む美星に定まった。
「今戦えないなら、何の為の修行だったネ! 過去の自分を、お母さんを護るネ! 守られず、護る力が今のセレナにはある!」
「あ‥‥」
 セレナの中に、力が灯る。それは彼女を動かして、美星を押しのけ、美星を後ろから狙っていたリーダーに体当たりをさせた。倒れるリーダーに、セレナは貰い物のナックルを取り出し、右手にはめる。
「くっ、こんな小娘の攻撃など!」
 セレナの攻撃を受けようと、リーダーは剣を引き寄せる。セレナが拳を振るい、リーダーが勝利を確信するも、なぜか攻撃を受けた衝撃は伝わってこない。
 それもそのはず。フェイントだ。
 思いもよらぬ所からの拳を、彼はくらうしかなかった。そしてこれこそ、セレナが壁を乗り越えた瞬間だった。