これが僕の仕事。
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや易
成功報酬:1 G 48 C
参加人数:6人
サポート参加人数:4人
冒険期間:11月01日〜11月07日
リプレイ公開日:2005年11月11日
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●オープニング
「ようこそ、冒険者ギルドへ! ‥‥って、あなたですか」
一旦は向けた営業スマイルを即座に引っ込め、年上趣味の受付嬢は仏頂面でカウンターの向こうに立つ人物と相対した。
それはとある村の村長の孫、ソノマ。どことなくずれた感性の持ち主であり、故にこれまではギルドを訪れる度、この受付嬢から色々な仕打ちを受けてきた。へらへらしていたり、かと思えば受付嬢の醸し出す危険な雰囲気に怯えてみたり。どうしても頼りなく見えた。
だが今回の彼は、まっすぐな態度で受付嬢に一礼して、それから微笑んだ。
「こんにちは。お元気でしたか?」
「ええ、まあ‥‥」
「それはよかった。あなたが元気じゃなくなってしまったら、それは天変地異の前触れになるかもしれませんから」
「‥‥‥‥百歩譲って、心配してくれているのだと受け取っておきます」
やはりずれている事に変わりはないようだ。
受付嬢はソノマの顔に張り付いた笑顔をじっと見つめる。
「なるほど。それがあなたの営業スマイルなんですね」
「あれ、なんでわかったんですか?」
「目が笑ってませんよ。まだまだです」
言うなり、見本を提示するように一瞬だけ極上の営業スマイルを浮かべ、また引っ込めた。
「本題に入りましょうか。――今回のご用件は何でしょう。また依頼を出されるおつもりで?」
「はい。仕事を手伝ってもらおうと思いまして」
ソノマは両の頬を手のひらでぐにぐにと押してほぐしている。慣れない営業スマイルを長時間続けたせいで、頬の筋肉が緊張してしまったのだそうだ。話を聞くと、どうやらギルドを訪れる前に、得意先を回っていたらしい。
「そういえば、お仕事は何を?」
「薬草師です」
「‥‥はい?」
あっけらかんと答えるソノマ。
対して受付嬢は、不覚にも目を皿の様に丸くした。
「薬草を採集して、ちょこちょこっと加工して、簡易な薬の状態で保存するんですよ。今年は出来が良くて、お得意様の評判も上々――」
「あなたが? 薬草!?」
どうにも信じられないのだろう。ソノマが説明したところで、受付嬢の目は丸いまま。
「‥‥あの、なんでそんな顔するんですか」
「あなたが薬草師だなんてまったくもって似合わないからです」
「‥‥そんなに似合いませんか?」
「ええ、似合いません」
「‥‥‥‥‥‥」
その後、いい年して大粒の涙をとめどなく流しているソノマが目撃された。
●リプレイ本文
●道中
「悪い‥‥金払うからメシくれ‥‥」
「って言ってるわ」
空腹に耐えきれず、恥を忍んで頼む所所楽柳(eb2918)のジャパン語を、神楽絢(ea8406)がイギリス語にして、セドリック・ナルセス(ea5278)に伝える。どうも保存食の準備を怠ったらしい。
「‥‥仕方ないですね」
「ああ、お金はちゃんと払うからさ」
「って言ってるわ」
しかめっ面のまま、セドリックがごそごそとバックパックから保存食を取り出し、柳に渡す。お礼の言葉も、絢を介して間接的に伝えられた。
通訳をしている光景というものは、見ていて何とも不思議である。
●一日目〜ちゃんと手伝いましょう
ソノマいわく、その森では危険な動物や魔物は見かけられた事がないという。安心する冒険者一行だったが、一応気を引き締めて、森に入っていく。
「皆さんに探してほしい薬草は、これとこれとこれとこれです。できるだけ根っこから採ってください。特にこれは、根っこの部分を煎じる事になるので、引き抜いたり掘り出したりするのに、根っこを傷つけないようによろしくお願いしますね」
以前に採取済みの実物を提示しながら、ソノマが説明する。なかには見た目がそっくりで、葉の裏のざらざら具合だけが違うという面倒なものもある。
かと思えば、
「これとよく似た草で、根っこの色だけ違うのがあるんですけど、そっちは毒草なので、気をつけてください」
――と、間違えたら危険なものまで、今回は採集しなければならないようだ。
「その薬草見本を借りてもいいだろうか。あと、どのような所に生えているのか、分布状況を聞いておきたいのだが」
「あ、はい、そうですね、これとこれは日陰によく生えていて‥‥」
ローガン・カーティス(eb3087)の至極もっともな質問に、ソノマも至極真面目に回答する。
そのソノマの姿は、ロイシャ・ヘムリアル(eb2744)が前回会った時とは正反対だ。先日のソノマときたらヘタレもいいところだったのに、今日のソノマはどことなくカッコいい。こんな一面もあるんだなぁと思ったロイシャは、再会できた喜びと合わせて、俄然やる気を出した。
「‥‥薬草師ですか」
胃痛に悩まされているというセドリックは、いつも薬草の世話になっているからだろう。きびきびと動くソノマに、本人も気づかないまま自然と表情を和らげていた。
「んっふっふ〜♪ この草は香りがいいわぁ。あ、こっちもなかなかいい色が出そうねっ」
ソノマから頼まれた種類以外の薬草も小脇に抱えた絢は、あちらこちらに目移りしながら、どんどん森の奥に入っていく。言葉が通じるのが彼女しかいないからとついてきた柳だったが、早くも後悔していた。
「絢、この森は初めてなんだろ? あんまり深入りすると危ないぞ。薬草が豊富って事は、獣も豊富って事もあるかもしれないし‥‥」
「大丈夫だよ。ソノマさんがさっき、そういうのは見たことないって言ってたから」
「そうなのか? あのな、そういう事もちゃんと通訳してくれないと‥‥いざという時に困るだろう?」
柳には女性を大切にする傾向がある。ただし本人に自覚はないが。
故に絢の身を案じて、彼女の独走を止めようと彼女の手をつかんだのだが‥‥
「持ってくれるの!? わー、ありがとう、はいっ♪」
どうしてだろう。次の瞬間、柳は絢が抱えていたはずの薬草の束を抱えさせられていた。呆然と、まったく区別のつかない草を注視し‥‥はたと我に返った時には、絢はもう、次の薬草を求めて茂みに分け入っていた。
「絢!? ‥‥まったく」
仕方なく彼女の後を追うも、柳の表情はどう見ても楽しそうだった。
ざく、ざく、ざく‥‥
ローガンとセドリックは交代で土を掘り返していた。
「用意がいいですね。スコップを持ってきているなんて」
「必要になるかもしれないと判断した。根から掘り起こす場合もあるかと思ってな」
ふたりの足元には、根を傷つけないようにと注意のあった薬草が群生している。ソノマから聞いた分布状況を元に、ローガンが探し出したのだ。森に対する土地勘はないが、大体の地形も同じくソノマから聞いてあった。
魔術師にしては体力のある彼らだからこそ、知識をもとに素早く発見、採集を進めている。
「‥‥この草の効能は確か‥‥という事は‥‥なるほど、彼が作ろうとしている薬はおそらく‥‥」
セドリックがスコップを振るっている間、見本として借りてきた薬草を回し、ひっくり返し、葉の裏を覗き、ローガンは暫し思考に耽る。時折、思考の中身を口から漏らすのはご愛嬌だ。
「ローガンさん? どうかしましたか?」
独自の世界に篭っているローガンへ、セドリックは声をかけた。額を伝う汗を拭いつつ、腰をとんとん叩いている。
「いや、すまない。興味のあるものにはつい、な‥‥」
「わかります。俺も学者ですから」
どちらも表情は豊かなほうではない。
しかし通じるものがあったのだろう。場はとても和やかで、それでいて適宜に緊張している。悪くはない。
「あの‥‥なんでそんなにくっついてくるんです?」
「いや、あなたがソノ気にならないかと思いまして」
薬草採集が一番はかどっていないのは、依頼人ソノマのいる班だったりする。なぜかというと、紅双葉(ea4011)がソノマに体を密着させてくるからだ。わけもわからないまま、どこからか沸いてくる恐怖心に戸惑うソノマ。微笑をたたえて落ち着き払った双葉の態度から、彼の次の行動が予測できないという不安もある。
「‥‥‥‥‥‥ど、どんな気ですか」
「そうですね。簡単に言うと、私は男性も女性も愛せるという事ですね」
「どええええええええっっ!?」
好奇心に駆られて尋ねてしまったソノマの絶叫が響き渡る。驚いた鳥達や小動物達が木々や茂みを揺らし、静かだった森はあっという間に騒がしくなった。
そしてもうひとり、騒がしいのが増える。ソノマの横で、薬草と毒草の区別をつけていたロイシャだ。
「ダメですよ、双葉さん! ソノマさんにはちゃんと好きな人がいるんですから! 向こうはソノマさんの事をどう思っているのか、いまいちわかりませんけど!」
「ロイシャさんもさりげなく人の恋愛事情をばらさないでくださいっ」
ソノマはもう泣きそうだ。いや、既に涙が滲み始めている。どうも最近、涙腺が緩くなっているようだ。
やれやれと双葉が体を離すと、よっぽどほっとしたのか、ソノマの口から盛大なため息がもたらされた。
「で? 告白はしてあるんですか?」
安心したところでその隙を突き、肝心要の質問をする双葉。途端、ソノマは再び慌てだした。
「いえっ、まだしてませんよ、そんな度胸が必要な一大事なんて!!」
「ふーん‥‥でもね、好きならはっきり伝えないと、前に進まないんですよ」
淡々と述べられるひとつの意見。だがソノマを凍りつかせるには充分すぎるくらいだった。
「‥‥わかっては、いるつもりなんですけどね‥‥」
「ソノマさん‥‥」
まだまだ採集を続けなければならないのに、足はどうしても動かない。ロイシャはソノマにかける言葉が思いつかないまま、ソノマと同じようにその場で立ちつくした。
●二日目〜ソノマ弄り
「そのロープをこっちに渡して‥‥はい、そんな感じです」
村には、薬草を乾燥させるための小屋がある。風通しがよく、湿気が篭りにくい造りだ。今はこの小屋の中にロープを渡し、薬草を乾燥させるのに引っ掛ける場所を作っている最中だ。背の高い双葉、柳、ローガンで手分けしてロープを結び、ソノマが全体の高さなどをチェックしている。
パラゆえに背の低いセドリックと絢、成長途中のロイシャは、小屋の外で日干し用の台を設置中だ。
実は絢、仕事を放り出そうとしていた。自分の好みで採集した薬草を使って、趣味の酒造りをするつもりだったらしい。しかし絢がいなくては言語での意思の疎通が図れない柳によって、結局、台の上に設置する網を運ぶ羽目になっている。
「お酒、造りたかったのにぃ」
「キャメロットに戻ってからでもいいではないですか」
ふくれっ面で作業する絢へ、セドリックが呆れ顔でもっともな事を言った。
設置が完了すれば、次は薬草についている泥土を水洗いして落とす。そして水気を拭き取り、適度に間隔をあけて並べる、もしくは吊るす。昨日の採集作業は最終的になかなかはかどったので、薬草の量は大層なものだ。明るいうちに終わらせるため、全員が一定量を分担して、作業を進めていく事になった。
それほど難しくはなく、しかもどちらかというと単純な作業。となれば、程なくして手を動かしながらの雑談が始まる。
「ところで日干しと陰干しの違いって、なんなんだ?」
「うーん‥‥一番大きいのは、草ごとに日差しへの抵抗力が違うってことですかねぇ。日陰に生えてる草を日向に移せばよく育つのかというと、そうとは限らないでしょう?」
柳の簡単そうに思えて実は奥の深い疑問から、
「なぜ薬草を売ろうとしたんですか?」
「いや、なんでって聞かれても‥‥僕の家は代々、薬草師ですから。物心ついた時には薬草の勉強をしてましたね」
ロイシャの微妙に的のずれた問いかけを経て、
「この薬草から作ろうとしている薬の効能や使用方法について知りたいのだが」
「あ、それはですね、基本的にすりつぶして数種類混ぜるんですけど――」
ローガンの好奇心丸出しの質問まで。
薬草に関する一通りの話が終われば、一様にお年頃な冒険者一行、次に待っているのは恋の話である。
「エルフレアさんのこと、どれくらい好きなんですか?」
「なんですかロイシャさん、いきなりっ!?」
「どんなところが好きなんですかっ? 最近何か進展はあったんですかっ!?」
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ、どうして今その話に!?」
今回はとことん話を聞こうと決めていたロイシャ。掴みかからんばかりの勢いで、もはや作業などそっちのけ。むしろ全部白状するまで、離してくれそうもない。
ソノマは他の面々に助けを求めた。だが誰一人として、手を貸してはくれない。それもそのはず、昨夜のうちにロイシャや双葉からソノマの恋模様を伝え聞いており、ソノマが今一歩踏み出せずにいる事は周知の事実となっているのだ。そして、彼の恋に対するロイシャの入れ込み具合が、いいてこ入れになればいい、とさえ思っている。
「せっかく薬草師として確かな腕を持っているのだから、自信を持ったほうがいい」
ローガンの冷静な意見ですら、ソノマの耳には虚しく響く。
「助けてくださいよぉ〜っ!!」
必死な声を聞き流し、約二名を除いた全員がその二名の分までもくもくとノルマをこなすことで、作業は予定時刻よりも前に、滞りなく終了した。
●最後に
「ソノマさん、これを」
別れ際。見送りに来たソノマへ、セドリックがとある物を差し出した。
「‥‥これは?」
「アンクレットベルといいます。まあ、見たままですね。足首につけて踊れば、ステップに合わせて鈴が鳴るんでしょう」
よく知りませんが、踊り手さんには好まれる品だとは思います。そう付け加えて、ソノマの手をとり、手のひらを空に向け、ベルを乗せる。
ソノマは困った。確かにエルフレアが喜びそうな品だ。先日、手首につける同じようなものを贈ったら喜んでいたのだから、きっとこれを贈っても同じように喜んでくれるであろう事は目に見えている。しかし、対価なしでもらうわけにもいかない――考えている事がそのまま顔に出るソノマの百面相に、セドリックも頬の筋肉を弛ませた。
「あなたに差し上げます。あとは当方の関知することではありません」
ソノマに手の中にベルを残したまま、一歩下がる。礼をして、背を向けて。
先に歩き始めていた仲間のほうへ駆け足で向かうセドリックには、以後のソノマの表情は見えてはいなかった。