それが私の気持ち。
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや易
成功報酬:1 G 48 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月08日〜11月14日
リプレイ公開日:2005年11月17日
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●オープニング
‥‥あれは、何年前だっただろうか。
今は素晴らしき踊り手と評されるエルフレアが、まだ、多少複雑なステップにも足がもつれて転んでいた頃。
彼女はひとりでよく泣いていた。薬草を乾燥させるための小屋の裏で、声を殺し、両手で顔を覆って、悔しさに泣いていた。
そう、彼女は悔しかったのだ。
共に踊りを学ぶ女の子達の中で、自分が一番、上達が遅い事。なかなかリズムにのれなくて、せっかくの伴奏をダメにしている事。膝をつく自分を見下ろす、呆れた顔の先生。
私だって巧く踊りたいのに。
なのに、なんで? なんで上手に踊れないの!?
悔しくて悔しくて。思い通りに動けない、動かない自分がとても悔しくて。
彼女はひとりで泣いていた。
「あれ、エルフレア?」
ひょこっと覗いた顔は、幼馴染のソノマ少年。明るい栗色の髪が、本人の能天気さを表していた。
「‥‥泣いてるの? まさか、先生や他のみんなにいじめられた?」
「ううん‥‥そんなんじゃないの。わたし、上手に踊れない自分が嫌なだけなの‥‥」
泣いている姿を見られたのは、とても恥ずかしい。一方で、おさまりのつかない自分の気持ちを吐露できる人が来てくれたのが、とても嬉しい。
ソノマは少し考えて、それから言った。
「じゃあさ、今から踊って見せてよ」
「えっ!?」
「僕、今まで一度も見たことないんだよね。エルフレアの踊り。だからさ、見たいんだ」
「でも、わたし、下手だから‥‥」
「関係ないよ。いいじゃん、見せて」
「うぅ‥‥」
にこにこ笑うソノマに、エルフレアも強く拒否を示せなかった。立ち上がり、スカートについた土を払い、深呼吸して、目を閉じて、上を向いて、目を開けて、青い空と白い雲が視界に広がって。
エルフレアは踊った。見たいと言ってくれたソノマのために、力の限り。
ソノマは彼女の姿をじっと見つめていた。一言も発することなく。
「僕が思うに、力みすぎてるんじゃないかと」
またエルフレアが転んだ後。彼女を助け起こしながら、ソノマはそう言った。
◆
エルフレアは現在18歳。彼女の踊りを見た者は誰もが、ほぅと息をつく。
「‥‥楽しかったなぁ」
細い手首を飾る、皮紐の腕輪。彼女が動く度、幾つもぶら下がった短い棒状の金属が触れ合って、しゃらしゃらと鳴る。
「また、冒険者さん達に会いたいなぁ‥‥」
くるり。両腕を広げて、その場で一回転。
「呼んだら来てくれるかしら?」
しゃらららら‥‥
今そこにいるのは彼女ひとり。彼女の問いかけに答えたのは、腕輪だけだった。
●リプレイ本文
●明るい日差しの下で
「エル〜! 会いたかったわ〜っ!」
依頼主エルフレアの姿を捉えるなり、アリシア・ファフナー(eb2776)は走り出して彼女に飛びついた。
「‥‥わたしもよ、アリシア。あなたが来てくれて、嬉しい‥‥♪」
驚きの表情をしたのも束の間、エルフレアの蒼い双眸に喜びの色が浮かぶ。体温を感じる事で友との再会をより強く感じようと、細い腕で抱き返す。しっかりとお互いを確かめ合って、アリシアは暫し、幸せに浸ろうとした。
だが勿論、そうすんなりと行くはずもなく。
「お久しぶりです、エルフレアさん、今回は楽しい時間を過ごしましょう!」
アリシアを押しのけるようにしてロイシャ・ヘムリアル(eb2744)が挨拶をして。
「やほー♪ よろしくね、エルフレアさん♪」
続いてフォーレ・ネーヴ(eb2093)も片手を挙げて挨拶する。片言ではあるが、足りない部分は身体で表現している。
「あらあらぁ‥‥久しぶりの人だけじゃなくて、初めての人もいるのねー?」
自然、エルフレアは自分からも挨拶しなくてはと、すいっとアリシアから離れていく。
軽くショックを受けるアリシア。大丈夫、これからよ! ‥‥と、自分で自分を奮い立たせてみるのだった。
昼下がりになって。村の広場にはシノ・クレスフェルト(ea7869)の弾き語りが流れていた。手を取り合って祭りを楽しむ若い男女の恋物語の歌を聞いて、なぜかオフィーリア・ベアトリクス(ea1350)の頬がぽっと赤らんだ。シノにオフィーリアが始終くっついている様子から、他の者は彼らがそういう仲なのだと容易く理解したわけだが、要するに歌われている恋物語は彼らの物語だという事なのだろう。
「あー、熱い。熱いねぇ、ほんとに」
これ見よがしにぱたぱたと手で仰ぐフォーレに、セレン・フロレンティン(ea9776)が苦笑する。彼らバードにとって恋はもっとも大きく大切な題材のひとつである。それを体験して、しっかり自分のものとしているシノが、セレンには少し羨ましい。
すると隣から、ふふっと笑い声が零れてきた。エルフレアだった。不思議そうに首を傾げるセレンに、彼女はセレンの持つ横笛を指して言った。
「あなたも、聞かせてくれるの?」
シノの歌が終わる。オフィーリアが彼の肩に頭を預けている。
「‥‥俺に貴女の踊りを見せて下さいませんか?」
次に月道が開いたら、その向こうへ行くつもりだと。この依頼を思い出の依頼にしたくて、エルフレアの踊りを見たくて来たのだと。セレンはエルフレアの目をじっと覗き込む。
そんなセレンの頭をぐいっと後方に引っ張って、代わりにアリシアが前に出た。
「そうそう! 折角だし、エル、あなたの踊りを教えてくれない!?」
「私も、あなたがどのような踊りを踊られるか興味がありますね。お返しと言ってはなんですが、私があなたの絵を描きますので」
いそいそと絵具を用意するモサド・モキャエリーヌ(eb3700)。むしろ彼自身がエルフレアの踊る姿を描きたいのだろう。初めて扱う題材だという事だが、きっといい絵が描けるとなぜか確信している様子。
「あっ、あの‥‥エルフレアさんってそんなに踊りが上手なんですか? 天然さんっぽいのは、実際にお会いしてよくわかりましたけど」
彼女を楽しませるのがこの依頼の目的である。酒井貴次(eb3367)は依頼成功の為の調査を兼ねて、こそりとロイシャに耳打ちした。ええ勿論、素晴らしいです、と彼は答えた。貴次はみるみる興味が沸いたようで、共に踊ろうとしているエルフレアとアリシアに向き直り、元気よく挙手をした。
「はいっ! 僕も、僕も見たいですっ」
再びシノが竪琴をかき鳴らす。今度はオフィーリアのオカリナも一緒だ。エルフレアの持つ雰囲気に合わせ、たゆたう水の如くゆらゆらと音が揺れる。スカートを翻しながら踊る彼女の、その踊りを模倣しつつアリシアも踊る。ただし、アリシアの持つ雰囲気は火。優美で流れるような動きが特徴のエルフレアとは異なり、自分の中から産まれてくるものに身を任せ、情熱的に身体を動かすのがアリシアの特徴である。
同じ型の踊りでも、踊り手が異なればまったくの別物となる。視線の流し方。指の伸ばし方。ステップのタイミング。多くが対照的な二人だが、だからこそお互いに惹かれるものがあるのだろう。二人は踊る事が楽しくて、踊りを踊っている自分が好きで、誰かが自分の踊りを見て楽しんでくれることが嬉しくて、故に踊る――これだけは二人の共通点であり、そして根幹にある揺るぎないものだ。
「おぉお!! 初めて踊り手さんの踊り見たよ。カッコいいなー‥‥」
踊りを通じて心を通わせる二人を、フォーレはじっくりと眺める。そしてそれは他の者も同じ。躍動感を写しとろうと凝視するモサドと、純粋に楽しんでいるロイシャと貴次。セレンも微動だにせず見つめていたが――じきに横笛を唇に当てた。
響き渡る旋律。透き通った高音。曲はますます盛り上がりを見せ、居ても立ってもいられなくなったフォーレが、踊る二人の中に飛び込んでいく。
「私も一緒に踊ってもいいかな? 下手だけどっ」
「おやおや、モチーフが増えましたね」
これは大変だと言うモサドの手はしかし、この状況を喜び、活き活きと彼女達の姿を描いていた。
●闇の帳が下りてから
暗くなってからも、彼らはランタンを掲げて踊っていた。いや、エルフレアに踊りを教わっていたと言うほうが正しいか。
各人、酒が入っているのでどうにも気分が高揚しているらしく、昼間の曲とは打って変わって陽気な曲が場を満たしている。早々に酔ってしまったオフィーリアがいきなり服を脱ぎ始めたので皆がぎょっとしたが、そこはシノが慣れた手つきでマントを彼女の肩にかけて、事なきを得た。
「そういう君も可愛いよ‥‥でも、オフィー、君の可愛い姿を見て良いのは僕だけなんだから」
熱っぽい囁きと頬に落とされた口付けを皆が見て見ぬふりをしている間に、とろんとした瞳の彼女を抱き上げてしまう。いわゆるお姫様抱っこという奴だ。
「すみません、僕達は先に失礼させていただきますね」
夢心地で彼の首に腕を回す恋人を宥めつつ、軽く礼をして、去っていく。
冒険者達のために部屋はあらかじめ用意されている。男女別だと最初に説明された時、シノはわざわざ恋人との二人部屋を希望した。この後彼らが大人しく眠りにつくのかどうか――深く考えるのはよそう。つい考えてしまいそうになる自分を、誰もが理性で押さえ込んでいた。酒で弱った頼りない理性ではあったが。
「さてさて、何が出てくるかな〜‥‥」
地面に布を敷き、占い道具を広げ、貴次は自慢の腕を披露しはじめた。何を占ってほしいか、エルフレアに要望を尋ねたところ、答は『これからの事』。漠然としていて多少難易度が高くはあったが、それでも貴次は嫌な顔ひとつしなかった。
とにかく貴次は真剣な態度で臨んでいた。対してエルフレアは、占いの結果が気になるものの、もっと気になったのは貴次の使っているジャパン式の占い道具のほうだった。興味しんしんといった風で、今回は使われない道具をひとつずつ手にとっては、感嘆の吐息を漏らしている。
「‥‥出た。ええと‥‥ああ、もうすぐ人生の転機が訪れるみたいだ」
「人生の、転機?」
「そう。でも、具体的に何が起こるかはちょっとわからないかな」
漠然とした問いに返ってくるのは漠然とした回答。エルフレアには思い当たることが内容で、首をひねるばかり。
「大方、ソノマさんが結婚を申し込んできたりしてねぇ」
「そう、ソノマさんですよ!」
友人を奪われるとでも思っているのか、アリシアが嫌そうに思いつきを話すと、ロイシャがずずいっと前のめりになった。
「エルフレアさんはソノマさんの事、どんな風に思ってるんです? 前からちょっと気になってたんですよね」
「どんな風って‥‥幼馴染ですけど?」
「それだけですか」
「え‥‥」
目を逸らさないロイシャに、珍しくエルフレアは困惑する。口を開いては何か言おうとするのだが、言葉にならないのだろう、結局、視線でアリシアへと助けを求めた。
すぐに彼女の意を汲んだアリシアはロイシャを彼女から引っぺがし、ずりずりとその辺の家の陰に引きずっていく。姿が見えなくなった後、パッカーン、といい音がして、アリシアだけが戻ってきた。すがすがしい笑顔を浮かべているアリシアを見て、うっかり逆らわないように気をつけようと、心に決める貴次だった。
●部屋を満たす笑い声
次の日も彼らは談笑していた。他愛もない話がほとんどだったが、冒険者達の話の幾つかは、がっちりとエルフレアの心をつかんでいた。
例えばモサドの話。復活祭の折、橋のたもとで絵を描いていたところ、うさぎの着ぐるみを纏ったむくつけきおじ様に衝突され、川にぷかりと浮いたのだとか。
例えばフォーレの話。仕事でとある街の復興に参加した時の失敗や、他国から渡ってくるまでに起こった面白い体験など。
とにかくエルフレアに楽しんでもらおうと、話題をとっかえひっかえ、存分に会話を楽しむこと数時間。普段の生活ぶりにまで話は及び、誰かが何か言うたびに腹を抱えるようになってしまい、口に含んだ茶を吹き出さないようにするのがやっとという、ある意味異常なテンションに到達していた。
「おなかが痛いわぁ。こんなに笑ったの、とっても久しぶり」
笑いすぎて滲んだ涙を指で掬い取りながらエルフレアが言う。苦しそうだが、幸せそうだ。
「喜んでもらえて何よりです。そういえば昨日聞きそびれてしまったんですけど‥‥エルフレアさんは、いつ頃から踊りを始められたんですか?」
貴次が尋ねると、エルフレアは「んー‥‥」と考え込んでしまった。
「いつ頃から‥‥覚えてませんねぇ。気がついたら、でしょうか。両親の意向だったのかもしれませんねぇ。」
「じゃあよほど幼い頃から?」
「そういう事になりますね。けど、小さい頃は転んでばっかりだったんですよ」
懐かしそうに目を細めるエルフレアだったが、話を聞く冒険者一行には信じられなかった。誰だって最初から上手にできるわけではないとわかってはいるが、昨日見た彼女の踊りの素晴らしさからは、転んでいる彼女の姿など想像できないのだ。
彼女は語る。どれだけ練習を重ねても、いっこうに上手にならなかった頃の事を。足がもつれてばかりで、悔しくて悔しくて、泣きじゃくりながらそれでも練習し続けたあの日々を。
「‥‥何事も、力んでいてはうまくいきっこありません。あの頃のわたしは、先生や踊り仲間達への意地もあって、岩みたいにがちがちに固まっていたんです‥‥。好きな事なのだからもっと気楽にのびのびと踊ればよかったのに、ずっと長い間、そんな簡単なことにも気づけなくて――気づかせてくれたのは、ソノマなんです」
いつかの日差しのように暖かく微笑んだエルフレアが微笑んで、そんな彼女に、ロイシャはピーンときた。
これはイケるんじゃなかろうか、と。
●別れと未来と
「エルフレアさんは、つらくても、途中でやめる事はしなかったんですね‥‥」
キャメロットに戻る日。村の出入り口まで見送りに来たエルフレアに、セレンが述べた。
「俺は――言葉を、種族を超えた音を紡ぎたくて楽士になりました。でもまだまだ超えられない壁があって‥‥時々、やっぱり無理なのかなって落ち込むことがあります」
彼の耳は人間のように丸くはなく、エルフほど尖ってもいない。はざまに生まれた者として彼がどんな境遇で生きてきたのか‥‥エルフレアは尋ねないし、彼とて好んで話したくもないだろう。けれど彼女はやはりどこかずれていて、故にセレンをセレンとしてしか扱わない。
セレンは愛用の横笛を握り締め、顔を上げた。
「俺、貴女に会いに来て良かったと思います。この音がいつか誰の心にも届く日を信じて、頑張っていきます」
「‥‥はい、わたしも応援しています。またいつか、あなたの演奏で踊ってみたいです」
握手を交わす二人。他の面々も別れを惜しむ中でひとり、ロイシャはそわそわしている。どうかしたのかとフォーレが声をかけようとしたその時。向こうのほうからソノマが全速力で走ってやってきた。
「よかったーっ、まだいたーっ! はぁっ、はぁ‥‥ロイシャさん、見ててくださいっ!!」
「はいっ、待ってました! しっかりばっちりこの目で見届けます!!」
いつの間にやらコンタクトをとっていたらしいソノマとロイシャ。
ソノマは大きく唾を飲み込むと、額にうっすら滲んだ汗もそのままに、エルフレアの手をとった。そして自分の持っていたアンクレットベルを渡すと、急いで呼吸を整えた。
「‥‥エルフレア。これは先日冒険者の人からもらった物だけど‥‥キミに贈るよ。これと、この前贈った物をつけて、今度‥‥踊ってくれないか。僕のためだけに」
僕も、キミのためだけに下手な笛を吹くから。
まっすぐな眼差しを受けて、エルフレアは何を想っただろう。こくん、と頷いた。
「キミがたきつけたのねっ!?」
我が事のように喜ぶロイシャを、アリシアががくがく揺さぶっていた。