凄惨なるは骨肉の争い

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:3人

冒険期間:10月08日〜10月13日

リプレイ公開日:2005年10月18日

●オープニング

「はあああああぁぁ‥‥」
 市民街の一角にあるエールハウス。冒険者ギルドに勤める年上趣味の受付嬢は、隅のテーブルをひとりで陣取り、盛大にため息をついていた。エールの入っていたカップは既に空。何杯飲んだかも覚えていない。
 やる気のなさが全面に出まくりのそんな彼女のところへ、ひとりの青年が歩み寄ってくる。
「どうした、お姉。また限定ランチセット食べ逃したか?」
「‥‥んん? なんだ、あんたかぁ」
 受付嬢は仕方なく体を起こすも、その表情は変わらない。体面を繕わなくていい相手だからだ。
 その青年は、彼女の弟。彼女と少し歳が離れているが、外見的特徴は似通っている。髪の色、瞳の色、目や鼻や唇の形、ふとした所作まで。下手をすると双子だと勘違いしてしまうくらいに。
「人を食い意地がはっているみたいに言わないで」
「じゃあ何だよ」
「‥‥仕事で怒られた。それだけよ」
「ふ〜ん? ま、なんとなく想像はつくさ」
 青年は受付嬢の隣席に断りなく座ると、最近切っていない邪魔な前髪を弄りながら、姉の顔を覗き込んだ。
「お姉は感情のまま行動して、後になって死ぬほど悔やむタイプだから」
 おでこをこつんとぶつけ、静かに囁く。
 それはまるで恋人に愛を伝えるような仕草だったので、受付嬢の背中を何かが走り抜ける。奥歯を噛みしめた受付嬢は、次の瞬間、弟の顔を力いっぱい掴んだ。ぎちぎち。めりめり。そんな音が聞こえてきそうなほどに。
 あまりの痛さに青年は顔を歪め、慌てて立ち上がり、受付嬢から距離をとった。
「何すんだよっ」
「あんたが変な事するからでしょう!」
 つい今しがたまでふて腐れていた姿は幻かとも思えるほどに、受付嬢の体からは雄々しく何かの気配が立ち上っていた。
「そういう事は付き合ってる彼女にしてあげなさいと、何度言えばわかるの!!」
 ジャパンでは仁王立ちと言うらしいポーズで受付嬢は吼えた。
 怒っている。明らかに怒っている。身内だからこそ、手加減無しにキレている。
「あんたがそんなんだからねえ、私はあんたの彼女から涙ながらの相談を受けてるのよ! 何とかしなさいよ!」
「ちっ‥‥めんどくせぇ」
「なんですってぇ!?」
 受付嬢のおでこに浮かぶ青筋はひとつやふたつではない。もはやオーガの形相である。
 しかし青年は怯まない。産まれた時から、姉の垂れ流す雰囲気や表情を経験してきているため、ある程度の耐性がついてしまっているのだ。
「説明すんのはめんどくさい事この上ないんだよ」
「じゃあ説明はしなくてもいいから、彼女のほうにさっきの行動をしてあげなさいよ」
「やだね。俺のガラじゃない」
「私にはしたくせにっ」
「お姉は俺にとって特別だし」
「普通なら恋人が一番特別な存在であるべきなのよ!?」
 はぁ、とまたもため息をつく受付嬢。
 するとどこからか、ぴしっ、という音が聞こえた。
「‥‥はっ! 現在絶賛恋人募集中なお姉に恋人について語られるとはねぇ?」
 どっちかと言うと爽やか系だった青年の表情は、その音がした瞬間に、ゴゴゴゴゴ‥‥という効果音を発しそうなものへと変化を遂げる。本当に姉弟そっくりである。こんなところまで似なくていいのに。この二人を育てた親御さんはさぞ大変だったろう、もしくはこの二人以上の強者であるはずだ。
 まあ姉弟の家庭の事情なんて今は関係ない。
 重要なのは、姉が例の雰囲気を纏うだけでも運悪く周囲にいた人が泣きながら逃げ出すところを、弟まで同規模で同様の雰囲気を纏っているというこの事態。単純計算で2倍、いや、相乗効果で3倍以上か。
「いっつもいっつも夢見すぎなんだよ。男はそんなに甘いもんじゃないっての。いい加減にわかれよ、ガキじゃあるまいし!」
「んなっ‥‥‥‥い、いいじゃない、私の勝手でしょう!? 年下のあんたにガキなんて言われたくないわっ」
「そんな事言うなら、俺だってどうしようと俺の勝手だろ! 部外者が俺とあいつの問題に首突っ込むなっ!」
「部外者じゃないわよ、相談受けちゃってるんだから!」
「お姉に相談するくらいなら俺に言えって突き放せばいいだろ!」
「あんたには言えないから私のところに来てるんでしょうが! 少しは女心を理解してみたらどうなの!?」
 弟はともかく、姉のほうが感情的になりやすいタチゆえ、姉弟喧嘩も実は日常茶飯事である。
 しかし今日の喧嘩はどちらも怒り最高潮で絶好調。相手の意見を尊重して勝ちを譲る気配もなければ、ごめんなさいの一言でさえ彼らの語彙から削除されてしまっているようだ。
 こうなってくると、もうどうしようもない。
「ふたりともこんなところで喧嘩しないで! 他のお客さんが見てるよっ、お店の人も睨んでるしっ」
 青年の恋人であり受付嬢の同僚でもある女性が、他人の目を気にせず口論する彼らの仲裁に入るも――
「「うるさいっ!!」」
 ――姉弟は口をそろえて彼女の言葉を一蹴した。

 ◆

 その後、姉弟は冷戦状態に入る。
 同じ屋根の下で暮らす彼らだが、極力互いを避け、たとえすれ違ってもまるで存在していないかのように振る舞う。片方と話しているときに、もう片方の話題を出す事はタブーとなった。
 一番の被害者は青年の恋人だ。姉弟の剣呑な空気に揉まれて、きりきり痛む胃に悩まされるようになってしまった。
 彼女にとって、恋人である青年も、親友である受付嬢も、どちらもかけがえのない存在なのだ。大好きなふたりが一世一代の大喧嘩続行中であるなんて、彼女は嫌で嫌でたまらない。そして何より、これ以上とばっちりをくらい続けるのはごめんだ。
 こうして彼女は、依頼を出すことを決意した。

●今回の参加者

 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb2962 凍扇 雪(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3234 フェリシア・フェルモイ(29歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3520 フェミナ・フェノミナ(64歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

龍星 美星(ea0604)/ ライント・レオサイド(ea3905)/ レオパルド・キャッスル(eb3351

●リプレイ本文

●こじれたのは、大切な人だから
「だってさ、いっつも二言目には『お姉が』って言うのよ!? お姉がどうした、お姉がああした、って‥‥あの人の目の前にはあたしがいて、あの人が愛しているはずなのはあたし! そうでしょう!?」
「ああ‥‥いや、その‥‥」
 アザート・イヲ・マズナ(eb2628)は正直、辟易していた。まずは対象についてよく知るべきだろうと、喧嘩中の姉弟の話を依頼人シャロンから聞こうとしたのだが、彼の予想通り不平不満がかなり溜まっていたようだ。一滴も酒を飲んでいないのに、まるで樽を丸ごと飲み干したかのような興奮具合で、彼女は日頃考えないようにしている数多くの愚痴を彼にぶちまけてきた。
 姉弟ゲンカ‥‥いい響きだな。そんな安直な考えでこの依頼を受けた事をほんのわずかに後悔するのも仕方ない事かもしれない。胸倉つかまれゆさゆさと揺さぶられながら、アザートは、この依頼人は胃を病んでいるという話ではなかったのかと、ぼんやり思った。
「あたしはあの人の一番になりたいの! ていうか恋人なんだからあたしが一番のはずなの! でもあの人見てるとそうは思えないのよおおおっ」
「‥‥あの姉が嫌いなのか」
「そんなわけないじゃないっ。私と彼女は友達だもの! 友達! 親友! むしろ心の友!」
「‥‥そうなのか」
「そうなのよ! けどね、仲がいいからこそ気になる事ってあると思うの! 違う!?」
「‥‥さあ‥‥どうだろうな」
 聞くことしかできないアザートは、とにかく小一時間ほど、適当に相槌を打ち続けた。

「弟さんと喧嘩してるらしいですね〜」
 果敢にも、年上趣味の受付嬢ことアイラに真正面から突撃したのは、凍扇雪(eb2962)。休日だからと昼間からエールハウスに入り浸っていたアイラは機嫌最悪なのに、そんな彼女による最大出力の睨みをものともしない。雪は何を考えているのか探る事のできない微笑を浮かべた。
「私でよければ愚痴聞きますよー」
「いいわよ、別に。あなたに言っても仕方ないじゃないの」
「でも、誰かに話したほうがすっきりしません? ひとりで悶々としてるより、よっぽどいいと思うんですけどねぇ」
 お気楽な調子で誘ってくる雪を、アイラは一瞥する。一拍おいてからそっぽを向くと、これ見よがしに息を吐き出した。
 彼女のつれない対応に、そっちがその気ならと雪は荷物袋を漁り始める。どん、とテーブルに置いたのはなんとワインの瓶。
「‥‥お酒には強いみたいですけど、飲みたくないですか、これ」
 向こうから店長が「持ち込みはご遠慮ください」的な視線を送ってくる。だが雪はその視線を軽ーく無視。それでも店長は負けじと視線を送り続けてくるため、仕方なく雪はほんの一瞬だけ、視線を返してやった。それがどんなものだったかは不明だが、以降、店長は彼らのほうを見ようとはしなくなった。
 さて。アイラはというと‥‥瓶を前に総毛立っていた。イギリスではなかなかお目にかかることのないワイン。その味を想像し、実は結構な酒豪かもしれないアイラの喉が鳴る。
 ――十数分後。
「私だって、弟のことは大好きよ?」
 雪が持っていた二本のワインのうち、1本は既にカラ。酒が回って頬の赤いアイラは、重くなってきた体から力を抜き、並んで座る雪の肩に預けていた。
「寂しい思いや辛い思いはさせたくないし、幸せになってほしいとも思う。でも‥‥」
「『でも』、何ですか?」
「‥‥でもそれは姉として弟に抱く想いであって、決して恋愛感情とは繋がらないの。でもあの子の私への想いは限りなく恋愛感情に近いのよ。だからとても危うくて、シャロン‥‥あの子の恋人だって、どうしても不安がってしまうのよ」
 カップの中で揺れる液体は、不安定な彼女の胸の内を表しているかのようだった。

●今回の黒幕
「いいコト思いついちゃったっ」
 龍星美星から渡された香り袋ふたつを手に、フェミナ・フェノミナ(eb3520)は大きく明るく、背中の羽を震わせた。
「フェミナ様、どうかしました?」
 その様子にすかさずフェリシア・フェルモイ(eb3234)が問いかける。こちらは現在、パンやお茶などの弁当セットを準備中である。パン焼きを生業としているだけあって、焼きたてのパンからはつまみ食いを誘ういい香りが漂ってくる。
「フェリシア君はこれから弟君のところに行くのよね。これを渡してくれないかな」
 言いながらその辺の布切れを引っ張り出し、手早く香り袋の片方を包んでしまう。
「あたしは姉君のほうに行ってくるからさ。よろしくね〜っ」
 そしてそそくさと飛び去るフェミナ。
 フェリシアは理解が及ばないながらも、行ってらっしゃいませ、と去り行く背中を見送った。

 昼食時を狙ったので、受付嬢アイラの弟、記録係のセティは、素直にフェリシアの後をついてきた。人で賑わう広場、そこにある噴水の縁に腰掛けて弁当を広げる。よほど空腹だったのか、用意された弁当の大半があっという間にセティの胃に送り込まれた。
「‥‥87点」
 パンくずのついた指をぺろりと舐めて、セティが弁当を添削した。
「パンは文句なしにうまい。プロの味って言うのか、こういうの。けど、こっちの肉は焼きがいまいち」
 タダで食わせてもらっておいてこの言いよう。一般的な精神の持ち主ならば笑顔にヒビが入っている事だろう。だが相手は許容範囲の広いフェリシア、私もまだまだ精進が足りませんわねと、自分もパンを齧るのみ。
 もきゅもきゅと咀嚼する彼女を横目に、セティはお茶をすする。
「で、何だよ。俺に話あるんだろ?」
 あくまでも目を合わさずに、呟く。
「‥‥貴方様と御姉様が大変ひどい喧嘩をなさっておいでと小耳に挟みまして。もしわたくしに話して楽になるのでしたら、どうかお話いただけませんでしょうか」
「ただの姉弟喧嘩だ。知らん奴が口を挟むことじゃないぜ。――ありがとな、メシ一食分の金が浮いた」
 カップを置き、まるで逃げるように立ち上がる。
 そんな彼の表情を覗き込むようにして、フェリシアも呟いた。
「‥‥心ここにあらずといった風情でいらっしゃいますね」
 ストーンの魔法をくらったかのごとく、セティの動きはぴたりと止まる。逡巡。
「お互いに本当に気安い仲だからこそ、大喧嘩が出来るのでしょうね‥‥喧嘩する肉親がいるというだけで、羨ましいです」
 絶えず帯帽し、耳を隠している彼女にとってそれはおそらく確かな本音。
「でも、そろそろ仲直りをしてもよろしいのではないでしょうか。貴方様の大切な方も、心配なさっておられますよ」
 差し出したのは、預かっていた香り袋の包み。
 セティは沈黙のまま包みを解き‥‥『女性用』と書かれた香り袋を見てもう一度固まった。
「あら? 男性用もあるというお話でしたのに‥‥フェミナ様、間違えたのかしら」
「‥‥謀ったな」
 眉をひくつかせるセティだったが、謀ったのはフェミナである。フェリシアは使われただけ。
「だーっ! わかったよっ、お姉のところに行けばいいんだろ!?」
 急に叫びだしたのも、単なる照れ隠しだったのかもしれない。

●きっかけさえあれば
 セティが自宅のドアを勢いよく開けると、二日酔いのアイラ、それを介抱する雪、アイラに香り袋を渡しに来たフェミナの三人の視線が一斉に彼へと降り注いだ。しかし勿論怯まない。それどころか大切な姉の肩に雪の手が置かれている事に気づき、ぷっつん寸前。
「お姉に触るなっ、離れろよ!」
 吼えるセティを、共に来たフェリシアが必死で止めようとするも、激昂した青年を抑えきる事はできない。セティは拳を振りかぶる。雪も首を鳴らし、半眼になって拳を持ち上げる。
 そこへ、シャロンが両手を左右に開き、立ち塞がった。
「やめて、あたしの依頼を請けてくれた人達なのよ!」
「!?」
 彼女は告白する。大好きな二人の喧嘩なんて見ていたくなかった事。自分ではどうしたらいいかわからなくて、冒険者ギルドに依頼を出し、喧嘩を止めてくれる人を募った事。
 涙ながらに語る彼女の頭を、アザートが撫でた。
「‥‥どうしたら仲直りできる?」
「そうよ、どうしてこんなにこじれちゃってるわけ? 君達がギスギスしてると、周りの人も迷惑なのよ?」
 アザートのまっすぐな問いに、フェミナも続ける。奥歯を噛みしめセティは拳を下ろし、俯いた。
「‥‥シャロン」
「はっ、はい!」
「俺とお姉が喧嘩してると、――つらいか?」
「‥‥‥‥うん‥‥」
「わかった」
 なんとも情けない表情だと、その表情をしているセティ以外の誰もが思った。まだまだ多分に子供っぽさを残しているのだろう。だからこそ年上の女性に惹かれるのかもしれないが。
「お姉」
 姉に歩み寄ったセティは、女性用と書かれた香り袋を突きつけた。
「俺が悪かった。言い過ぎた。いくらでも謝る。だから、喧嘩はもうやめようぜ。俺はシャロンが苦しんでるなんて嫌だ」
「セティ‥‥」
 アイラも複雑な表情を浮かべる。弟が可愛くて仕方ないけれど、素直に頭を下げるには歳をとりすぎたのかもしれない。ぶっきらぼうな仕草で香り袋を受け取ると、今度は反対に、男性用と書かれた香り袋をセティに提示した。
「私だって、親友を苦しめ続けてまで喧嘩をしたいわけじゃないわよ」
 唇を尖らせ、斜め下を向きながら。瞳が潤んでいるのは、やはり仲直りできたことが嬉しいからだろうか。

 ――だが、あくまでも綺麗には終わらない。

 アイラの涙を拭おうとした雪に対してセティがまた、離れろと吼える。
 シスコン絶好調の恋人に対して改めてショックを受けたシャロンが、アザートの胸倉つかんで愚痴を語りだす。
 するとセティ、今度はアザートに対し、俺のシャロンから離れろと吼え始める。
「‥‥もしかしてこれは――」
「一種の三角関係‥‥って呼んじゃっていいのかしらねぇ」
 呆然と立ちすくむフェリシアの元に飛んできて、フェミナはそう結論付けた。巻き込まれた男性陣は可哀想だが、今はしばし、あの三人が胸に溜まったものを全て吐き出すまで、我慢してもらわねば。