泉に住む精霊
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月21日〜11月27日
リプレイ公開日:2005年11月27日
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●オープニング
その村のはずれには、澄んだ泉がある。
その村の言い伝えでは、泉には精霊が住んでいるのだという。
精霊はとても悪戯好きな性分で、自分が仕出かした悪戯によって村人達が困る顔を見るのが、何よりの楽しみなのだそうだ。だから村では毎年決まった時期になると、村人の中から一人の踊り手を選び、泉で舞うという儀式を行う。踊りで精霊の気を紛らわし、悪戯する気を失わせるのが目的だ。
おかげで村は、ここ何十年かの間、水に困る事はなかった。日照りもなければ大雨もない。精霊が手を貸してくれてきたからだ。
◆
「今日もいい天気だねぇ」
晴天の下、ふっくらした奥さんは布団を抱えていた。その布団を干そうというのである。
ふかふかした布団で寝る事は至福である。奥さんは旦那さんと子供達に至福を味合わせてあげるため、家の中から布団を持ち出しては、風に揺れる洗濯物の隣へ、せっせと干していた。
そこへ忍び寄る、緑色の影。開きっぱなしのドアに隠れている影に、奥さんは気づきもしない。影はどこから持ってきたのか花の活けてある花瓶を抱えている。おもむろにその花を引き抜き地面に放ると、何事かを呟いた。
すると花瓶から水が飛び出し、一目散に布団へと向かっていく。奥さんは鼻歌を歌っている。
――びしゃぁっ。
「な、なんだいっ!? ああっ、布団がびしょ濡れじゃあないかっ!」
折角のふかふかになる予定の布団を濡らされて、奥さんはショックを受けた。だがその怒りに浸る暇もなく、今度は花瓶が粉々に割れる音が聞こえた。奥さんが何事かと振り向いても、そこには花と花瓶の欠片が散らばっているだけだった。
ただ隣の家の陰にさっと消えていく、緑色をした姿が視界の端の端に映った。
村長は呻いていた。ここ数日で、緑色の何かにタチの悪い悪戯をされたという文句が、村人達の間から幾つも上がってきているのだ。それも背丈からして子供ではない。ある程度成熟した、しかも女性であろうという事だ。
「むぅ‥‥やはり巫女がいなくてはダメなのか‥‥」
「お爺ちゃん、どうかした?」
手指を組んで悩む村長へ、彼の孫であるソノマが声をかけた。村長は孫の顔をじぃっと見つめ、それから決心したように息を整えた。
「そうさなぁ、お前も将来はわしの後を継いで皆を率いる立場になるんじゃ。知っておいてもよかろうて」
「え、何、難しい話? だったら嫌だよ、僕はこれからエルフレアと――」
「うむ。エルフレアにも話をせねばならんな」
「‥‥お爺ちゃん?」
エルフレアが村長の元に呼ばれたのは、それからすぐ後だった。
◆
その村には昔、精霊のために巫女を選ぶ風習があった。
緑の肌をした精霊は若い娘の姿をしており、自分と共に踊り明かしてくれる者がいれば、悪戯をする事はなくなると言われたからだ。ただし精霊に認められるほどにうまく踊れる者でなければ、その任を務める事はできないそうだ。わざわざ特別な席を設けて、精霊と1対1で踊りを競わなければならないらしい。
今は廃れたその風習。だが風習が廃れる事によって、言い伝えは真実であったらしい事が明らかになった。となれば、風習を復活させ、巫女を立てなければ、精霊の悪戯もどんどんエスカレートしていくばかりだろう。
今回選ばれたのは、村一番の踊り手、エルフレア。
彼女が精霊に認められるため、彼女の技術と心を磨いてくれる者を、冒険者という存在を気に入っている彼女の緊張を解きほぐすという意味でも、冒険者から募集する事になった。
●リプレイ本文
●今回の一番乗りは
一行が村に到着すると、エルフレアが出入り口で待っていた。
「お久しぶりです〜〜♪」
早速ユーリユーラス・リグリット(ea3071)が抜け駆けして飛んでいく。自慢の羽で、エルフレアに一番乗りだ。
「まぁ‥‥可愛らしいシフールさん、また来てくれたのねぇ」
母親のように暖かく迎えてくれる彼女。ユーリの頭を景気よく撫でている。
彼女は一行を一人ずつ確認して、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「見知った方も、初めての方も‥‥よろしくお願いしますね」
まるで緊張とは程遠く感じられるのんびりとした口調に、一行は「なんだ、結構大丈夫そうじゃないか」と各自胸の内で呟いた。
●まずは技磨き
「ふ、下々の者はこんな事で萎縮してしまうとはな」
全身青ずくめのヴルーロウ・ライヴェン(eb0117)は、言うなりリュートを構えた。名工バリウスの作品とされるものだ。
こんな事、と彼は言うが、エルフレアが泉の精霊の巫女になれるかどうかは、この村の一大事なのだ。彼女が失敗した途端、村が存続の危機に晒されるかもしれない。何せこの村は精霊の加護によって支えられているのだから。
流れ始める高音域。ヴルーロウ――ブルーはその自信満々の態度とは裏腹に、切ないメロディーを奏でている。聞く者が聞けばすぐにわかっただろう、彼は恋をしていて、その想いを曲に乗せているのだと。
そこにユーリの竪琴の音色が加わる。シフール用の竪琴はサイズが小さく、故に音量も人間用の半分程度しか出せないが、それがまたちょうどいい。ブルーのリュートによるメインのメロディーを邪魔することなく、逆に広がりを持たせている。おそらくは即興だろう。しかしふたりの腕前が見事なものだから、互いが次に出す音程を知っているかのように、スムーズで高レベルな合奏になっている。
エルフレアはリアナ・レジーネス(eb1421)が連れてきた飼い猫アクティアを膝に抱いていた。猫を撫でつつ、最初は大人しく聞いていたのだが――そのうち、耐え切れなくなったのか、うずうずそわそわして猫を撫でるどころではなくなったようだ。
そんな彼女より先に、アリシア・ファフナー(eb2776)が前に出た。曲はちょうど恋の情熱を表したところで、アリシアの踊りにはとてもよく合うものだった。たとえ消そうとしても誰にも消せやしない、ますます燃え盛る恋の炎。それをアリシアは見事に表現してみせる。激しく動く肢体と、恋の相手にのみ向ける熱い視線。次第に滲む汗すらも、想いの激しさを語るひとつの役目を負っている。
エルフレアの踊りにはないものが、アリシアの踊りにはある。
「エルの踊りとあたしの踊り、これが合わさってまったく新しいものができたら、きっと素敵よね」
はっとエルフレアが我に返ると、踊り続けながらアリシアが話しかけてきていた。
「だって、あたし達の友情の何よりの証なんだもの。絶対泉の精霊さんも気に入ってくれると思うわ。だから――一緒に踊りましょう。あたしの踊りを、あなたの役に立てて。いいえ、きっと役に立ってみせるから!」
差し伸べられる手。エルフレアは猫をリアナに返し、アリシアの手をとった。
●次に心を
村の中心にある広場に集まった冒険者一行、そしてエルフレア。彼らは一様に四角い布と墨を持っている。つまりそれはお手軽な画材であり、村人から不用品としていただいてきたものだ。
「テーマは『村』‥‥始め」
発案者である武楼軒玖羅牟(eb2322)が宣言する。対象は同じでも、見る者によって受け取り方は異なるという、真理とも言うべき事実を肌で感じてもらう事で、心、ひいては表現力を養おうというのだ。技巧的な上手い下手は関係ない。見たものを見たままに。まっすぐに対象を見つめる事で心に平穏をもたらし、エルフレアの気分転換も兼ねようという寸法なのだ。
アリシアはエルフレアとの同行を望んだが、玖羅牟がやんわりと止めた。誰もがひとりで描くべきだ、と告げて。
それでも描きたい場所が重なる時は重なるもので、山本修一郎(eb1293)と酒井貴次(eb3367)などはなぜか黙々と、畑と畑を耕す男性を描いている。ただし理由はそれぞれで異なるが。修一郎は男性が農具を振り下ろす角度などに剣術と通じるものを見たからのようだし、貴次はのんびりした雰囲気に浸りたかったからのようだ。
ともあれ、皆が思い思いの場所に散っていった。もちろんセピア・オーレリィ(eb3797)も。但し彼女の場合、目的は絵を描く事ではなくソノマを探す事だったのだが。
――果たしてソノマは、村長の家、つまり自宅にいた。薬草を薬液に漬けるための入れ物を用意しているところだった。
「あなたがソノマさんね?」
「はあ‥‥えーと、格好からして冒険者さんですよね。エルフレアが出した依頼でいらした人でしょうか」
突然現れた初対面の訪問者に驚きつつ、それでもソノマは一旦手を休めて、訪問者を歓迎した。
「毎年の儀式にもそれほど緊張しなかった彼女ですが‥‥今回は精霊本人と1対1ですからね。さぞかし気が張り詰めてると思います」
数分後にはセピアとソノマで、テーブルを挟んで薬草茶を飲んでいた。先日冒険者に手伝ってもらって採集した薬草を煎じた物だという。苦味に顔をしかめたセピアに、ソノマは苦笑した。
「今回の事は村の一大事です。けれどそれ以上に、エルフレアの自信に繋がるはずです。そしてそれは後進の踊り手の育成がしやすくなるという事でもあります。――彼女ひとりの問題ではありませんが、確かに彼女の問題でもあるんですよね」
カップを両手で包んで、その中をじっと覗き込むソノマの表情は、厳しくも優しいものだ。
しばらくセピアの反応はなく、ソノマが顔を上げると、彼女はぽかんと口を開けていた。
「‥‥どうかしました?」
「違いすぎるわ」
「はい?」
「道中にアリシアさんから聞いた話とはかなり」
「‥‥はは、あの人ですか‥‥」
再び苦笑するソノマに、セピアは何となく察した。この人はこの人でまだ成長途中であり、一歩を踏み出すには勢いが必要な類であるのだと。
「ねえ、手紙を書いてみない?」
「誰にですか」
「エルフレアさんよ。‥‥私はね、彼女の緊張を解く支えになるのはあなただと思ってるから」
じっと目を見て。逸らさずに。ともすれば逃げてしまいそうなソノマを捕まえる。
しばらく沈黙が続く。
その後、観念したソノマは肩をすくめた。
「それでは‥‥品評会の開始だ」
各自が描いた絵を一斉に広げる。どれひとつとして同じ絵はなく、人によって見ているもの、見る角度がどれだけ異なるかを再認識する結果となった。
「そういえば、ユーリ。おまえは絵を描かなかったようだが」
「僕が描いても小さすぎちゃって、あんまり見えないかなと思ったのですよ」
適当にリュートをかき鳴らしながら問いかけるブルーに、ユーリはあっけらかんと答えた。もっともな答えだが、それはそれで面白かったかもしれない。
彼女は続けてこう言った。
「みんなが絵を描いている間、僕は精霊さんを探していたのです♪ そしたら、それっぽい姿を見かけたのです〜」
お友達になりたかったのに逃げられてしまったのですよ〜、と残念そうに口を尖らせる。
「リアナ殿。これは何の絵だ?」
ふと友人の絵を手にとって、玖羅牟は首を傾げていた。
「何って‥‥わかりませんか。村の子供達の、踊りの練習風景ですけど」
「わからない。これは、子供達なのか?」
「そんなに下手でしょうか――って、上下が逆さまです!」
素でボケてしまった玖羅牟に、リアナからツッコミが飛ぶ。うっかり聞いていた貴次が笑いを堪えるのに必死だ。そしてそんな貴次にも「なんで笑うんです!?」というツッコミが容赦なく飛んでいき、今度はブルーが隠そうともせずに笑い出した。騒がしくなってきた広場を、ユーリの演奏が更に賑やかにする。
思いがけず始まったお祭り騒ぎに、セピアからエルフレアへ一通の手紙が渡された事には、誰も気づかなかった。
●そして落ち着きを〜競合の場へ
「エルフレアさん」
リアナは道具袋からアンクレットベルを取り出し、エルフレアに差し出した。貸す、という事らしいが、エルフレアは首を横に振った。そして既にアンクレットベルがはめられている自分の足首を、指で示した。
「先日、ソノマからもらったんです。だから大丈夫」
微笑む彼女に、リアナも微笑みを返す。ただしアリシアは苦々しい表情になっていた。彼女が大事そうに持っている手紙が誰からのものか、察しがついたのだ。差出人に会った時には絶対認めないと宣告するつもりだったのだが、彼はアリシアを恐れてか顔を見せる事はなかった。
「ええ、私もきっと大丈夫ではないかと。あなたの踊りには思いを感じられますし」
修一郎が告げると、張り詰めていた場の雰囲気が多少和らぐ。そこで、ここぞとばかりに貴次が占い道具を取り出した。
出てきた結果は、可もなく不可もなく‥‥一行は多少落胆しているが、占った本人である貴次はさも当然という顔つきをしている。
「緊張や迷いがある場合、得てして占いの結果は芳しくないもの。まあ占いはあくまで占いで、絶対的なものではありません。たぶん、エルフレアさんが『悔いは無い』って思えるのなら、未来は絶対良いものになると思いますよ」
新米が何言ってるのって思われるかなと頭をかく。それでもエルフレアは頬を弛ませ、ありがとう、と言った。
「景気づけに、精霊さんも聞き惚れた歌を贈るのです〜♪」
フェアリーベルを鳴らしながら歌い出すユーリ。ブルーのリュートが音を重ねていく。
それは 今に続く物語
水の舞手 人の巫女
競い凌ぎ 舞い踊る
嘗ての想い 身に秘めて
楽しき想い 優しき記憶
抱きしめ舞い踊れ
祈りは歌に 感謝は舞に
込めて捧げよ 全ての想い
込めて捧げよ 全てのものに
歌に見送られ、彼女は泉に向かった。
――そして後日。エルフレアは無事に巫女になったとの報が、ギルドに届いた。