母娘の繋がり、あたたかなもの

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月06日〜12月11日

リプレイ公開日:2005年12月17日

●オープニング

「あら‥‥お久しぶりですね♪」
 その訪問者を確認した途端、年上趣味の受付嬢はにっこりと極上のスマイルを浮かべた。持っていた羊皮紙の束を、つい一瞬前まで職務上必要でかなり真面目な会話をしていた後輩の受付員に押し付けながら。物影に引っ込んでそっと目尻の涙を拭う後輩など見なかったことにして、受付嬢は訪問者に向き直る。
 訪問者の名は、ラルフ・パーセライト。受付嬢の守備範囲ど真ん中だが、悲しいかな、奥さんとひとりの娘がいる。
「ええ、お元気そうで何よりです。――依頼の申し込みをしてもよろしいですか」
「勿論です! どうぞどうぞ♪」
 いつかのようにラルフへ椅子を勧める受付嬢。その椅子は、やはり先程まで後輩が座っていた物である。
 そろそろ苛められる姿も堂に入ってきた後輩受付員――最も不憫なのは、彼が受付嬢に並々ならぬ想いを抱いていることである。

 まあそれはいいとして。

 ラルフが出そうとしている依頼の概要は、妻と娘の間にいまだ横たわる溝の修復作業だった。彼が言うには、娘のほうは過去に受けた心の傷を克服した様子なのだそうだが、妻は継続して頑なに、自室から出てこようとはしないのだそうだ。
 足が不自由になってしまったのだから、移動という行為が億劫になってしまうのは仕方がないのかもしれないが、問題はそこではない。妻と娘がお互いに気を遣いすぎているということにある。母の動かない足を見ないようにして、不自然に視線を逸らす娘。対して、そんな娘に何を言えばいいのか、何をしたらいいのかがわからず、その微妙な表情から逃げるように扉を閉ざしてしまう母。
 間に挟まれる形のラルフとしては、いたたまれないことこの上ない。
 しかし娘が過去を克服したのなら、もしかしたらそこから関係を修復できるかもしれない。互いに嫌いになってしまったのではないのだから。
「‥‥なかなかに難しそうですね」
「何しろ8年くらい経つでしょうか、妻がああなってしまってから。時が過ぎれば過ぎるほど、妻と娘は後に引けなくなっていったようで‥‥私ではこの状況がどうにも当たり前になってしまっていて、解決策が思いつかないのです」
「それで、冒険者に頼もうと?」
「はい。強さに憧れる娘だけでなく、妻も、娘に心からの笑顔を思い出させてくれた冒険者達を快く思っているようですから」
 溝を埋めてくれる糸口に、きっとなっていただけると信じています。と、ラルフは続けた。

●今回の参加者

 ea0604 龍星 美星(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0665 アルテリア・リシア(29歳・♀・陰陽師・エルフ・イスパニア王国)
 ea7869 シノ・クレスフェルト(24歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb3349 カメノフ・セーニン(62歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

●口裏合わせ
「すみません、こんな所からで」
 ラルフ・パーセライトが冒険者を招き入れたのは、裏門、そして勝手口だった。心なしか潜めたような声で、苦笑しながら謝罪を述べるラルフに、彼と面識のある龍星美星(ea0604)は首を横に振った。
「気にしないでいいネ、お父さん。何か考えあっての事‥‥違うカ?」
「その通りです。妻と娘に気づかれないうちに、方針をお伺いしておこうと思いまして」
 ラルフは一行を速やかに応接室まで通すと、使用人を二人呼んだ。一人には茶の用意を、もう一人には部屋に誰も近付かせないようにと命じた。
 ソファに座り、ローテーブルを囲む。改めて冒険者の面々を確認するラルフは、まず娘が慕う美星を見て、それから彼とは初見となるカメノフ・セーニン(eb3349)、アルテリア・リシア(ea0665)、シノ・クレスフェルト(ea7869)を見た。
「わしとセレナちゃんは、あの青い花、あれを一緒に採りに行ったのが最初じゃ」
「ああ、あの時の‥‥。娘がご迷惑をおかけしまして」
「いや何、セレナちゃんには助けてもらったりもしておるんじゃよ」
 ほっほ、とカメノフが自慢の髭を撫でる。会話が一段楽したのを受けて、今度はアルテリアとシノが頭を垂れた。
「『太陽の娘(イハ・デル・ソル)』ことエルフのジプシー、アルテリア・リシアよ。『アル』でいいわ♪」
「シノ・クレスフェルトです。僕達は、パーティの盛り上げ役として来ました」
「パーティ?」
 竪琴を抱きながら挨拶するシノに、ラルフは身を乗り出した。
 母と娘の関係の修復が目的の依頼ではあるが、それが当人達にばれてしまってはよろしくない。そう考えた冒険者達は、ラルフが主催するパーティに参加するいう名目で、このパーセライト邸に滞在する事にしたのだ。
「だから、お父さんにも口裏を合わせてもらいたいネ」
「いつも娘が世話になっている冒険者の労をねぎらう、くらいの理由でお願いできんかのぅ」
「わかりました。早速用意させましょう」
 その後。茶を運んできた使用人に、今度はパーティの準備をするように告げるラルフに、一同は一人ずつ、自分の望む行動を進言した。

●複雑で、一筋縄ではいかない
 セレナの髪は銀色をしているが、それは母親譲りなのだろう。少々強張った表情で振り向いた母ティアの手には、歩行を補助する杖が握られている。娘を庇って受けた傷がもとで上手く歩くことができなくなってからというもの片時も手放す事がないという杖は、まるでそれが彼女の第三の足であるかのような印象を与えてくる。
 ラルフに連れられて自室にまでやってきた美星とカメノフに、具合がよくないからと言い訳をして一度は奥の寝室に逃げ込もうとしたティアだったが、「九月頃にも一度お邪魔したネ」と美星が頭を下げたので、そういうわけにもいかなくなってしまった。
「アタシとセレナの出会い‥‥思い起こせばもう四ヶ月近く前ヨ。アタシは偶然、御父御からの依頼を受けて、それから何度もセレナと会って来たヨ」
 美星はセレナとの思い出を語る。ゴブリンと戦った話。青い花を採るために盗賊と戦った話。円卓の騎士と肩を並べ戦った話。どうしても戦闘の話ばかりになるのはご愛嬌だが、それでもティアの興味をひくには充分だったようだ。自分の知らないところで娘が何をしてきたのか、母として気にならないわけがない。もちろん、ティアと並んで座っているラルフも。
 徐々に熱を帯びていく語り口に、両親揃ってどきどきはらはらしながら耳を傾ける。前傾姿勢と手に汗握る拳が、彼らの心情を如実に物語っている。
「アタシの使った魔法でオーラを帯びたナックルを構えて、セレナは果敢にスケルトンへ立ち向かったアル!」
「ああ‥‥」
「まず一撃、そして続く二撃目は軌道を変えて、敵を翻弄したアルよ!」
「おお‥‥」
「ほっほっほ。セレナちゃんはご両親に愛されとるんじゃなぁ」
 盛り上がる彼らの様子を眺めながら、カメノフは自慢のヒゲを撫で上げた。そしてそれから、こう言い放った。
「ところでティアちゃん。その足はどうしたんじゃ?」
 打って変わって場が凍りつく。
 詳しい話を知らないからこその問いかけだったのだろうが、ティアにとっては最も聞かれたくない質問である。ラルフも苦虫を噛み潰したような顔つきをしている。
 そんな周囲の反応に困惑するカメノフの様子に、美星は重い息を吐いた。
「アタシは‥‥セレナから色々と‥‥その、聞いたアル」
 カメノフと違って、自分は詳しい話を聞いている、と告白する。しかもセレナ本人からだというので、ティアだけでなくラルフも驚いた。
 ラルフは以前美星がこのパーセライト邸を訪れた際、ティアが怪我をした経緯を説明してある。その過去がどのように、セレナに影響しているのかも。それはあくまで娘のフォローをしてもらおうと考えたからなのだが――その娘は彼の予想した以上に美星を慕い、頼ったということなのだろう。
「セレナはとっても頑張ってるヨ。アタシは何度も見てきたネ。だから‥‥お母サン、そんなセレナに、一言、言ってあげて欲しいネ」
 お願いヨ、と美星が頭を下げる。だがティアはすっかり表情を固くしてしまっていた。
「堂々としておればええんじゃよ」
 カメノフの言葉にも、それは変わらなかった。

●経験不足
 同じ時、セレナは何をしていたのかというと――
「はああああっ!!」
 ぼすううぅっ!
 ――大きな熊のぬいぐるみの腹部に拳を打ち込んでいた。ぬいぐるみの身ではその勢いを受け止めきれず、宙を舞い、壁にぶつかってようやく床に落ちる。
 ここのところ技に磨きがかかってきているのだが、セレナ本人はまだまだ満足できず、更なる高みを目指して訓練に励んでいるのだ。円卓の騎士ルーカン・バトラーの戦う姿を目の当たりにし、なおかつその人こそ自分と母を助けてくれた人だとわかった以上、彼女の目標は前にも増して確かなものになった。
 ルーカン・バトラーのように、誰かを守れる強さを得る事。これこそ、彼女が今現在欲しているもの。
「はぁっ‥‥はぁ‥‥」
 ダメだ。まだ動きに無駄が多い。もっと‥‥もっと軽やかに動けるようにならなくては。鍛えて鍛えて鍛えて、身体も心もとことんまで鍛えて、そうした先にきっと道は見えてくるはずだ――と、彼女は信じていた。少なくとも、彼女が接してきた冒険者から、そうであるはずだと感じ取っていた。
 肩が激しく上下する。喉が、肺が、空気を求めて大きく開く。
 滴る汗を拭い取り、拳を保護する布が弛んでいる事に気づいた。片方の端を器用に口でくわえながら、今度ははずれないようにときつく巻きつけていく。
「女性の汗というのも素敵なものですね」
「‥‥っ!?」
 突然声をかけられて、セレナがびくりと震える。ここは彼女の部屋であるが、いつの間にやら扉を開けて、シノが立っていた。
「無断で入ってしまってすみません。ノックはしたんですけど‥‥」
「あ、いえ、それはかまいません。こちらこそ気づかなくてすみませんでした」
 いかにも礼儀正しく答えるセレナだったが、視線はシノの顔から離れない。シノが小首を傾げて見つめ返すと、慌てて後ずさり、頬を赤らめた。
「‥‥ご、ごめんなさ‥‥その、失礼ですけど、男の人ですよねっ!?」
 どうもシノが女性であるかのように見えたらしい。
 だがシノはセレナのそんな勘違いをさして気にする風もなく、柔らかく微笑んだ。そして開いた距離をゆっくりと歩み寄り、互いの息遣いさえも感じる距離で、囁いた。
「綺麗なお嬢さん、あなたのようなひとは笑っているのが一番ですよ。僕の歌声でどうか心を和ませてください」
「ふぇっ!? ――え、あ、は、はいっ、光栄です!」
 男女の間に起こりうる色々な物事には無関心で生きてきたセレナには、どうも刺激が強すぎるらしい。先程までとはまったく違う意味での汗をかき、顔を耳まで赤く染め、喋る言葉にも可愛らしい反応が混じる。また、そんな反応をした自分を恥ずかしく思い、うろたえる。
 シノはますます微笑んで‥‥
「何をしてるのかしらぁ?」
 アルの茶々入れですっと体を引いた。
「ほらほら、シノさんは広間で準備しててね。セレナさんにはおめかししてもらうんだから」
 初対面であるセレナへの挨拶もそこそこに、アルはシノを部屋から追い出そうとする。
 何がなんだかわからないセレナは疑問符を浮かべるものの、「あなたのお父さんがパーティを開くから、あたし達が呼ばれたのよ」という適当で簡潔な説明で、とりあえずは自分を納得させたようだ。
「さて‥‥あなたのこと、占わせてくれないかな?」
 シノの背中を押し出し、扉を閉めて、きっちり鍵まで閉めた後。アルは占い用のカードをどこからともなく広げてみせた。

 満を持して広間に登場したセレナの姿を一番喜んだのは、他の誰でもない、ラルフだった。
 薄い水色のドレスを着て、薄く化粧を施して、髪を高い位置でひとつにまとめ、非の打ち所のないレディとなったセレナは、はにかみながら父のエスコートの手をとった。

●一方その頃
 セレナの準備を終えたアルは、彼女を送り出した後、今度はティアの部屋にやってきて、こちらでも占いをした。
 何か悩み事はあるか。それはセレナにしたものと同じ質問だ。セレナの悩みは将来に関する事と自分の思い描く将来に関して両親がどのように思うかという事だった。正直に心を明かすべきだとアルが言うと、セレナも笑みで返してくれた。
 直感だが、セレナはもう大丈夫だとアルは考えた。問題なのはどんどん内側に篭っていってしまうティアのほうだ。占いの結果も散々なものだった。現状のままでいけば、いずれ崩壊に繋がってしまうと出た。
「ティアさん」
 占い道具を片付け始めながら、アルは言った。
「最後にセレナさんを抱きしめてあげたのはいつかしら」
 この問いに、占いの結果を伝えられて思考に耽っていたティアは、はっと息をのんだ。自分の両手を見て、自分の腕の中にいる娘を思い出そうとして、結局幼い娘しか思い出せない事に愕然とする。
 それから彼女はアルを見た。アルはティアに微笑みかけた。
「想いを伝えるのは言葉だけじゃない。母親のあなたにしか、出来ないこともあるでしょ?」
 道具の片付けが終わる。立ち上がるアルに、しかしティアは立つ事を躊躇った。
「行きましょう。きっとセレナさんも待ってるわ」
 介添えにと手が伸びて――なおも逡巡した後、その手をとるティアだった。

●吐露
 竪琴の音色に乗せて、シノの歌声が広間に響く。パーティといってもさほど賑やかでない催しなれど、テーブルに並んだ料理はなかなかに素晴らしい。慣れないドレスで動きにくそうなセレナのために、美星が料理を小皿に取り分けている。
「ねえ、セレナ‥‥」
「はい。何でしょうか」
「お母サンに、ちゃんと謝った事ある?」
「え‥‥」
 あちらで酒を片手にカメノフと談笑しているラルフには聞こえないよう、声のトーンを落としての会話。だがそれもすぐに意味を失う。セレナがだんまりになってしまったからだ。
 おそらくこの母子は、どこかでひとつだけ、何かがずれてしまっただけなのだ。ひとつずれれば、そこから全てがずれていく。だから一番最初を直せば、自然と他の部分も直っていくはずなのだ。
「想いを、はっきりと口にして伝えるのって、大事と思うヨ」
「‥‥‥‥」
 きっかけさえあれば、後はうまくいくはずなのに。
「セレナ。こっちへいらっしゃい」
 シノの演奏を止めさせ、広間を静まり返らせるには充分な声だった。杖とアルを頼りに立つティアは、きりりと引き締まった表情をしている。
「いらっしゃい」
 同じ言葉を繰り返す母に、セレナは皿を置き、彼女の言う通りにした。
 その瞬間。
 ぱちいいぃぃぃぃん!!
「美星さんからお話は聞いたわ。ずいぶんと危ない事ばかりしていたのね」
 誰もが目を疑った。杖を放り出したその手で、ティアは、セレナの頬を勢いよく叩いたのだ。
「あなたは女の子なのよ。私のただひとりの可愛い娘なの。あなたに傷がつくなんて我慢ならないの」
「おかあ‥‥さん‥‥?」
「あなたがこの足を見たら気に病むんじゃないかと思って、今まで表には出ないようにしてきたけれど‥‥逆よね。この占い師さんが教えてくれたわ。まずはあなたを抱きしめてあげなければならないという事に」
 愛情深い眼差しで娘を包み‥‥ティアはセレナを抱き寄せた。
「あなたを愛してるわ。この足はね、あなたを守る事ができたという証の勲章なのよ‥‥」
 母の柔らかさ、言葉の優しさが、じんわりと沁みていく。
 互いのぬくもりが伝わる頃には、セレナは折角の化粧を涙でぐしゃぐしゃにしてしまっていた。