●リプレイ本文
●まずは材料をゲットしよう
人で賑わう市場を練り歩く料理人ご一行の腕には、既に幾つかの重たそうな袋が抱えられていた。
「やっぱりプロの方は見るところが違いますね。値下げ合戦繰り広げる俺とは大違いですよ」
ヲーク・シン(ea5984)が肉類の新鮮さに納得していると、尾花満(ea5322)はふっと笑みをこぼした。
「いや、拙者にはヲーク殿のその態度こそ羨ましい。新鮮さに目を奪われて、金に糸目をつけなくなる時があるのでな」
「私としても、お金はあんまりかからないほうが嬉しいなぁ。美味しいにこした事はないけどねぇ」
依頼人であるティア・カーウェンも財布としてついてきているが、彼女は何一つ荷物を持っていない。一応持とうとはしたのだが、ヲークが自ら進んで、彼女が持とうとした荷物を引き受けていた。
「ねぇねぇティア、お鍋も買ってもらっていいかなぁ?」
彼らの後を追いかけて、愛らしい女の子ティズ・ティン(ea7694)が駆け寄ってきた。――ただし、豚丸ごと一頭をその細腕で引きずりながら。
「大きいお鍋がほしいんだぁ」
「いいけど‥‥どうするの?」
「ふふっ、それは秘密だよっ♪」
快諾の返事にはしゃぐ少女。しかしその笑顔と豚はやはり不釣合いで、市場を行きかう人々の視線を釘付けにしている。いい話の種にされるだろう。――調理が始まるともっと多くの視線を集める事になるのだが。
それはさておき、紅茜(ea2848)は各露店を覗き込みながら歩いていた。
「とろみ‥‥とろみ‥‥とろみがつけられるもの‥‥うーん、見当たらないなあ」
季節の野菜が数多く詰まった袋を抱えている茜、作成する料理の方針は決定しているものの、どうやら思うような材料が見当たらないらしい。その服装から華国出身である事は容易にうかがえるので、料理も華国風を目指しているのだろう。目的のものが見つからなくとも、他の何かで代用するつもりだが、果たして良い代替品が思いつくだろうか。
そして最後尾には、荷物が邪魔だろうにリカルド・シャーウッド(ea2198)とアリア・バーンスレイ(ea0445)がしっかり寄り添っていた。
「え? アリア、今日は食べる側なんですか?」
「審査員があのティアちゃんだけじゃ心配だからね‥‥」
それにリカルドさんが勝利した時は、あたしが思いっきりキスを――などとアリアが考えているとは露知らず、リカルドは苦笑しつつ両手にひとつずつある紙袋を抱えなおした。
「うーん‥‥これは下手なモノ作れないですねぇ」
「おいしい料理、期待してるねー♪」
「‥‥わかりました。待っていてくださいね。すぐにその頬っぺた落として見せますから」
温かく微笑みあうふたりに、なぜか先を行くヲークの歩みが早歩きに変わった。
一方同じ頃。キャメロット近くの森では、ピノ・ノワール(ea9244)がひとりで茸や山菜類を採集していた。最初は山に入ろうとしていたのだが、さすがに単独でそれは危険だろうと、ティアが行きつけのポイントを教えてくれたのだ。だがそれでよかったのだ。彼が頼りにしようとしていた土地勘は、森林に対するもののみだったのだから。
「あっ、あれは‥‥見るからに毒々しい」
要するに毒茸を発見して、ぺいっと放るピノ。知識を活用し、食べられる物と食べられない物の判別をしていく。
「他には、っと。ああ、あんな所に群生しているのは――よし、良い出汁が取れそうだ」
野菜や魚などは買い物組に頼んである。今は、目の前に広がる森の恵みに心を奪われ、そしてそれらを授けてくれる神に感謝しつつ、ティアから借りた採集籠をいっぱいにしていくのだった。
●調理開始!
会場はキャメロット内のどこかにある空き地。時にはある少年の独唱会に使われる場所なのだが、今回に限っては調理人の人数分のかまどが設置されている。
「ティア特製のかまどだよーっ♪ ある程度の火力は保証するから、あたし――じゃなかった、あたしたち審査員のために頑張ってねーっ!!」
寒空の下、ティアが元気を振りまくも「おーっ!」と応えたのは調理人達ではなく、審査員でもなく、いつの間にやら集まってきた野次馬的観客だった。
まあ住宅街も近い所で騒ぎ始めれば、おのずと人も集まろう。彼らの存在を、調理人も審査員も、内心はノリノリなのか意に介さず、茜にいたっては「やあやあ、どうもどうも!」と観客に手を振っている。
「というわけで――すたーとぉっ♪」
カーン!
お玉で叩かれた鍋が戦いの始まりを知らしめる。それを合図として、調理人達は一斉に行動を開始した。
「さて‥‥黙って待っているのも勿体無いですし、実況でもしてみますかぁ?」
審査員そのいち、小首を傾げた倉城響(ea1466)が、ぽけぽけとした調子で提案する。
「うーん、そうだねぇ。今回は世界中から料理人がきてるから、色んな料理が出来ると思うし、各国に伝わるテクを盗んでおきたいなぁ。特にジャパンと華国の料理はなかなか味わえないし。作り方とか色々聞いてみたいな、今後の参考になるかも」
審査員そのに、料理を生業とするアリアが、とても彼女らしい返事をした。常に精進を怠らず、より高みを目指そうとする姿勢がそこにある。だがしかし。
「審査は公平に、なんだけど‥‥リカルドさんが作ってるからなぁ‥‥。うぅ、贔屓してあげたいけど、料理人のプライドでそれは出来ないし‥‥」
「ティアさんはどうですかー?」
独り者にとっては羨ましいんだか羨ましくないんだかよくわからない苦悩を抱え、ひとりでうんうん唸っているアリアは放っておいて。というかさして気にかける風もなく、響はティアに向き直った。
勿論そんな楽しそうな誘いを断る理由はない。響とティアは両脇からアリアを抱きかかえると、そのままかまど群に突撃した。
「よっ!」
気合と共に粉を練っているヲークの姿からは、普段のおちゃらけた態度はかけらも感じられない。むしろそこにあるのは熱意のみ‥‥に思えるのだが、アリアは一応尋ねてみた。
「中に何か入ってるの?」
「まず愛情が。そして煩悩が。さらには下心が。垂れ流さんほどに入ってます」
至極真面目な顔で言い切られ、アリアの表情が固まる。熱意といえば熱意だが、どうにも不純な熱意である。しかし彼の前に取り揃えられた材料は結構本格的なもので、買い出し中にプロとの違いがどうこうと言っていたわりにはプロ顔負けである。下味をつけた後、馴染ませるために放置されている兎のモモ肉が、嫌でも完成品への期待を抱かせる。
「あら‥‥ティアさん、よだれ」
「はわっ!?」
響に指摘されて、ティアは唇の端を拭った。一人目からこれでは、最後には一体どうなっているのやら。
次に審査員ご一行が向かったのは茜のところだった。ちょうど鶏肉のだしをとり終えて、煮崩れ防止で大きめに切った野菜を投入、煮込み始めたところだ。
「ふんふふーん、ふふんふー♪」
作詞作曲、紅茜。鼻歌を唄いながらアクとり作業をしている彼女を見ていると、真に楽しんで料理をしているのだという事がよくわかる。楽しそうな茜につられて自分も楽しくなってきた響がそれを茜に伝えると、茜はびしっと親指を立ててこう宣言した。
「極食会の名は伊達じゃない! ってね♪」
極食会って何でしょう、と響がアリアに耳打ちする。さあ‥‥、とアリアは首を傾げた。ふたりはティアを見やったが、彼女も同じく首を傾げた。茜曰くどうも料理人集団らしいのだが。
「ゆっくりじっくり〜」
茜の料理の腕は悪くない。その腕を披露していけば、自然と極食会の名も広まっていくだろう。
今まで比較的静かに見守っていた野次馬的観客たちが一斉に沸いた。
「そぉーれぇーいっ♪」
彼らの注目はティズに注がれている。小さな体でラージクレイモアを軽々と振るい、自分よりも大きな魚や豚を次々と粉砕しているのだ。もはや包丁など彼女には必要なかった。エプロンの代わりにカラフルなローブを着込んだ彼女の、なんとも華麗で豪快なパフォーマンスである。
「ロシア出身の私にとって鍋は得意中の得意! 皆のぶんまでたぁっくさん作るから、待っててねー♪」
おねだりして買ってもらった鍋に材料を入れながらティズは言い、観客が一際大きな歓声を上げる。
どうも彼女は観客が集まる事を予想していたようだ。でなければこんなに大きな鍋をねだりはしなかっただろう。
「うーん‥‥行動を読まれてたみたいでちょっと悔しい‥‥でもたくさん食べられるって事だし、ま、いっかぁ」
どうにも食い気が最優先になるティアのおなかから、くぅ、と可愛い音がした。
だしに使った昆布と小魚を取り出し、鶏がらでとったもうひとつのだしと混ぜる満。魚醤を使うつもりでいたのだが市場に出回っている数は多くなく、ようやく見つけた物もそれなりのお値段だったため、ティアの財布では手が出せなかった。苦笑しながら謝る彼女をしかし咎める事もできず、逆に料理人の腕の見せ所と奮起していた。
「鶏だけじゃなくて魚まで‥‥これからもいいだしが出そうね」
アリアが一口大の鶏肉、及び魚肉の塊――つくねとつみれを興味深げに覗きこむ。
「だしが出るだけじゃなくて、味もしみこみやすいんですよ。一口噛んだ時にじわっと出てくる汁が美味しいんです」
ジャパン人である響には、満の料理は懐かしく感じるもののようだ。記憶にある味を思い出して、もともと笑みを浮かべている顔をさらに綻ばせる。
その横で、火加減を調節する満にティアは話しかけていた。
「そういえば満さん。彼女さんは?」
「あぁ、残念ながら外せぬ依頼があってな。そちらへ行っておる。宜しく伝えてくれと言っておったぞ」
「ちぇっ。ふたりをからかってあげたかったんだけどなー」
「‥‥‥‥じ、実はその‥‥先日、求婚を請けて貰ってな」
朱に染まる満と驚くティア。会話が耳に入ってきたアリアは、聖夜祭の頃に式を挙げるという彼らのロマンチックな展開に、自分も誰かさんとの式を想像してみて、しばらく夢見がちに呆けていた。
「なんで包丁を使わないの?」
ぎこちないながらも丁寧に茸を裂いていたピノに、ティアは問いかけた。
「こうやると美味しくなるそうです。理由はもちろんわかりません」
するとこのようにきっぱり言い放ってくれた。
料理の知識や技術は持ち合わせておらず、以前教わったという作り方を思い出しながらの、今回の参加である。茸を裂く理由を決めるとすれば、そう教わったから、となるだろう。アクを取るのにお玉ですくうだけでなく、布を浸しているあたり、調理法を教わった人からは同時に生活の知恵も教えてもらったようだ。
アク取りを繰り返すうちにスープは徐々に澄んでいき、つみれが投入される。手から滑り落ちて転がっていくつみれもいたが、その辺は初心者ゆえにご愛嬌で済まされた。
延々とアクを取り続けるリカルドの額には玉の汗が浮かんでいた。万が一にもその汗が鍋の中に落ちないよう、時々上着の袖口で拭き取っている。
「リカルドさん‥‥素敵‥‥」
一心不乱な婚約者の様子に、きゅんと胸を高鳴らせるアリア。
「ねえティアさん。かまどってすぐ作れる?」
「道具は揃ってるから、ほんとに小さいのでよければあっという間に出来るけど‥‥?」
「あらあら、アリアさんの料理人魂に火がついてしまったんですね」
美味しい料理の予感をかぎつけて、ティアは早速アリア用のかまどを作り始める。その間にアリア本人は、ティアから財布を借りて市場に走るのだった。
●勝利のキスは誰に
開始から何時間が経っただろう。審査員ご一行はようやく試食を始めた。
「いやーんっ、何これ、美味しいーっ!」
一口ごとに大騒ぎするティア。
「あら‥‥あらあら‥‥あらあらあら」
コメントするつもりが、料理のどれもが美味しすぎてそれどころではない響。
「どうかな、体があったまるものを作ったつもりなんだけど」
「そうですね‥‥貴女の愛を感じられて、心まで温かくなりますよ?」
「や、やだぁ、リカルドさんってばぁっ」
思いつきで作ったホットポットにより、違う意味でそれどころではないアリア。
「やっぱり鍋は皆で楽しくたべなくっちゃね。まだもらってない人、いますかーっ!?」
審査の事すら忘れて、観客に自分の作った料理を振舞うティズの、元気のよい声が冬の空に響く。彼女の先程のパフォーマンスもあり、彼女の名は観客の心にしかと刻み込まれた。
そんなこんなで、試食タイムは終了。結果は――
「3人の女の子による勝利のキスは、ヲークさんに贈られまーすっ♪」
ひそひそ話し合った結果をティアが宣言する。途端、いよっしゃあああああ! と、ヲークが熱い涙を流して歓喜の叫びを上げた。
「何種類ものハーブを始め、具沢山で凝った味、寒い日にはつい食べたくなりそうなミルク仕立て、しかもおろそかになりがちな後片付けもしっかり終わってる! 素敵な旦那様になりそうで、将来ヲークさんのお嫁さんになる人は幸せ者だねぇ」
ひとり頷きながら、ティアはまた食べ始めた。代わりに響が解説を続ける。
茜と満は材料の都合で最後の一味を決められなかったのが敗因。それがなくとも充分に美味しいのだが、優劣をつけなくてはならない以上、どうしてもそこを焦点にせざるをえなかった。
ピノの場合は今後に乞うご期待というところか。称えられてしかるべき健闘は、残念ながらプロとプロ顔負けの技術と経験の前に敗北してしまった。
リカルドについては、もったいないからとオートミールを足してしまったのがいけなかった。美味しい上におなかに溜まるお粥へと変貌を遂げたのだが、優劣のつけがたい料理が提出されるなか、先に提示したルールに抵触する行動が足を引っ張った。
そしてティズ‥‥最終的には彼女の料理とヲークの料理とで意見が割れたのだが、ミルクでコクを出したヲークの勝利と相成った。
「ヲークさん、おめでとうございます」
ちゅっ。
「約束だし‥‥リカルドさん、ごめんっ」
ちゅっ。
「機会があったらまた作ってね♪」
ちゅっ。
髭を嫌がられるかと思った。生きてて良かった。なおも涙を流しながら、ヲークは唇の感触を胸の中で反芻するのだった。