人生の岐路
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■ショートシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:12月18日〜12月25日
リプレイ公開日:2005年12月27日
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●オープニング
「僕の村には、結婚の申し込みをしようとする男は、その決心を泉の精霊へ報告するという習わしがあるんです」
冒険者ギルドにやってくるなり、ソノマという名の青年は、年上趣味の受付嬢にそう切り出した。
「そうなんですか」
唐突な展開ながらも、この青年の話はいつもそんなものだと、受付嬢は華麗に受け流す。途中になっている事務処理を再開しようと羊皮紙をめくる。
だがソノマはくらいついてくる。――いや、受け流されている事にすら気づいていないだけかもしれないが。
「で、僕も数日前、報告に行ったんです」
「そうなんですか‥‥‥‥‥‥って、なんですってぇ!?」
さらりと述べられた衝撃の事実。さすがの受付嬢も気が動転して立ち上がる。手にしていた羊皮紙を握りつぶしながら。
「何でそこで驚くんですか」
「だって、ほら、あなただし!」
「‥‥‥‥いいですよ、もう‥‥‥‥」
目尻に滲んだ涙を静かに拭いながら、めげそうになる自分に気合を入れて、話を続けるソノマだった。
◆
夜の帳がおりきった頃。
ソノマはカンテラで足元を照らしながら、ひとりで泉に向かった。月は明るく輝いていたが木で囲まれている泉の周囲にその光は届かず、押し寄せてくる闇が彼の緊張と不安を煽った。
泉は静かに佇んでいた。カンテラをかざしてみても、誰かいる気配はなかった。だが精霊は確かにそこにいるはずで、彼もここまで来て後には引けなくなっていた。張り付く喉を唾液でなんとか潤わせ、彼は宣言した。
「僕は‥‥‥‥エルフレアに求婚します!」
しん、とした空気に響く彼の声。彼の決意。
次の瞬間、それをかき消すように、強い雨が降り始めた。
おかしい。雨が降るような天気ではなかったはずなのに――ソノマは思う。この時期にずぶ濡れになっては凍えてしまうと、慌てて木の下へ走りこむ。すると雨がやんだ。
「‥‥え?」
木の下から一歩出てみる。じきにまた雨が降り出した。
そして彼は気づいた。雨が降ったりやんだりする時に、ぼんやりと青い光が泉の上に灯る事に。
「まさか、精霊!?」
改めてカンテラをかざしてみると、泉の中央にひとりの女性が立っていた。髪が長く体型も整った美しい女性。ただし、碧色をした肌が彼女が人外の存在である事を告げていた。
「‥‥‥‥本物‥‥?」
この期に及んでまだボケた事をほざくソノマ。しかしこれでも次期村長、とりあえず村の守護者とも言える存在に対し、姿勢を正した。
精霊は冬の冷え切った水のように冷たい瞳でソノマを見据えた。値踏みした、と表現してもいいかもしれない。ねっとりと。視線をソノマの体中に這い回らせて。――見られている事に落ち着かなくなったソノマが自分の肩を抱くと、精霊は思い切り、鼻で笑い飛ばした。
「おぬしなんぞに我が巫女はやらぬ」
宣言だけして、精霊の姿は再びどこかに消えた。あとには、呆然と立ちすくむソノマが残された。
◆
「僕はどうも精霊に認められていないようなんです」
悔しそうに、かつ残念そうに拳を握り締めるソノマを眺めつつ、受付嬢は「まあそれはそうだろう」と頬杖をついた。
「なんでですかねぇ‥‥」
「なんででしょうねぇ‥‥」
どれだけ悩んだところで、本人がその理由に気づく事は未来永劫ありえないだろう。ソノマがソノマである限り。
さて。
今までのソノマならば、ここでうなだれて終わりだった。現状を受け入れて、その中でやりくりしていた。ところが今日のソノマは違った。何が違うのかと明言するのは難しいが、とにかく何かが違った。それはもう、受付嬢が思わず目を皿のようにしてしまうくらいの熱の入り様で、依頼の内容を言葉にした。
「立派な村長になるために、そしてエルフレアに胸を張って求婚するために、僕はあの精霊に認められなければなりません。認められる手段の第一は踊りですが、僕はエルフレアとは違って踊りの修練は積んでいません。かろうじてできる事といえば、これくらいでして」
ちゃきっ、と彼が取り出したのは古ぼけた横笛。
「思わず踊りたくなるような演奏をすれば、精霊だって僕を認めざるを得なくなると思うんです。だからお願いです。僕に笛を教えてください。技を叩き込んでください!」
●リプレイ本文
●行動、及び心情
村に到着後、早速男同士の熱い抱擁をかわ‥‥そうとして、ソノマはヲーク・シン(ea5984)に避けられた。
「いかに魂の親友といえど、野郎ときつく抱き合う趣味は俺にはありません」
「折角久しぶりに会えたというのにそれですか。でもヲークさんらしいです」
きっぱり言い放つヲークだったが、ソノマは気を悪くする事なくそう答えてのけた。それから他の冒険者の顔を確認して、ひとりの女性を見つけた途端に「げっ」と呻いた。その女性の名はアリシア・ファフナー(eb2776)。ソノマが求婚しようとしているエルフレアの踊り仲間であり友でもある。
「いいご挨拶ねぇ、ソノマさん‥‥?」
「あ、いや、その」
そしてアリシアは、ソノマがエルフレアに想いを寄せている事を良しとしていない。勿論結婚にも絶対反対だ。エルフレアの無限の可能性を潰してしまうのではないか、今のソノマはエルフレアにとっての重荷にしかならない、と判断したからだ。
ソノマも何となくわかっている、アリシアに自分がよく思われていない事を。とかく悪意というものは好意よりも相手に伝わりやすいものだ。
「なんであなたが――」
「言わなければわからない? 納得できないからよ、あなたの行動が」
眼光きかせて睨みつけてくるアリシアには、さすがのソノマもたじたじ。
「ほらほら皆さん、触らぬアリシアさんに祟りなしですからねー」
場の空気に呑まれつつある冒険者一行だったが、そんな彼らを酒井貴次(eb3367)がてきぱきと村の中へ誘導していく。一度彼女のすがすがしい笑顔を見た事のある貴次には、彼女に逆らう気も邪魔をする気も毛頭なかった。
●大きな懐
「ああああぁ‥‥」
家に入るなり、ソノマはテーブルに突っ伏した。
キミのエルへの愛がどれ位なものか、あたしが確かめてあげる。あたしの魂を揺さぶるだけの演奏をしてみせなさい――アリシアはそう告げた後、エルフレアに会うため、ひとり泉へ行ってしまった。常日頃のたゆまぬ努力こそ結果を出すためには必要だというのに、付け焼き刃で精霊に認められようだなんて、とも。
まさにアリシアの言う通りだと思ってしまったソノマには、反論ができなかった。
「でも、ソノマさんは今まで別の事を頑張ってきたんでしょう? 薬草師っていう立派なお仕事をしてるんだし」
貴次がテーブル上にあった飲用の茶の葉入り容器の蓋を開け、覗く。微妙なにおいが室内に漏れ出し、ディーネ・ノート(ea1542)は思わず鼻をつまんだ。
「いい薬は苦いって聞くけど‥‥これは」
「‥‥飲んでみます?」
「いいのいいの、気を遣わないで!」
悲壮な表情を持ち上げたソノマの申し出を、しかしディーネは慌てて辞退した。
「においと同レベルで大変な味だったら‥‥吐き出しそうだし」
「ディーネ、汚いよ」
その理由を、誰にも聞こえないようにぼそりと呟くも、すぐ隣にいたグラディ・アトール(ea0640)にはばっちり聞かれていたのだった。
「ソノマさん。壁に当たらねば気付かない事もありますわ‥‥」
いつまでたっても練習を始めようとしないソノマを奮起させようと、明王院未楡(eb2404)が静かに語りかける。ソノマの手に自分の手を重ね、包み込むような微笑を浮かべている。
「試練を課してくれる彼女に感謝して‥‥受けるべきです」
実はソノマ、両親を早くに亡くしている。未楡を母と呼ぶには年齢が近すぎるけれども、彼女が纏う母性にはそう感じてしまうだけのものがあった。不思議とソノマは落ち着きを取り戻し、立ち上がると、棚から古ぼけた横笛を取り出した。そして冒険者一行に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
やる気を取り戻したソノマは、きりっと引き締まった顔つきになっていた。
それを見て、自分の出番が来たとセルフィー・アレグレット(ea0943)が身を乗り出す――ただし、長寿院文淳(eb0711)の着物の合わせ目の中から。セルフィーが楽器を持とうとすると防寒具が邪魔になるため、寒さを凌ごうとそうしているのだろう。
「あのあのっ‥‥ソノマさんの演奏‥‥まずは、聞かせてもらえますか?」
自身の緊張をほぐし、同時に上達に向けての課題を模索しようと、セルフィーはもじもじしながら願い出た。だがそのもじもじが文淳には少々こそばゆいらしく、彼女が動くたびに必死で堪えている。
まずはセルフィーが文淳の着物から出てきても平気なように部屋を暖める事が先決と、ソード・エアシールド(eb3838)は暖炉にどんどん薪を放り込んでいった。
●精霊の思惑
練習の始まった部屋を抜け出し、未楡と貴次はエルフレアの家に向かった。ちょうどアリシアとふたりで泉に向かうところのエルフレアと出会い、挨拶を交わす。
他愛もない会話を楽しみながらも泉に到着すると、そこはしんと冷え切った静けさを保っていた。誰もいない。巫女以外の者がいては、精霊は姿を現してくれないのだろうか。誰もが思ったが、冷たい水に躊躇う事なくエルフレアが細い足首を浸した瞬間、彼女の目の前に碧色の肌をした女性が立っていた。
「‥‥なんだ、そやつらは」
不機嫌さを隠そうともせず、精霊は冒険者達を見渡す。エルフレアが彼らを紹介しても、ふんと鼻を鳴らすばかり。
「お伺いしたい事がありまして」
未楡が一歩前に出る。察したアリシアが止める暇もなく彼女は話し始めようとした。
しかし、精霊本人がその話を拒否した。呆れているのが見てとれた。
「今この状況で、我がその件について話すと思うてか」
よりによってエルフレアの目の前で、ソノマが彼女に求婚するのを認めない理由を尋ねるというのか。言外に含みを持たせた物言いで、未楡の愚を指摘する。
ぐっと息をつまらせる未楡からアリシアへと、精霊は視線を移動させた。
「おぬしの話は我が巫女から聞いておる。巫女とは異なる舞をするそうだな、舞ってみぬか」
「えっ、え、あ‥‥はいっ!」
思ってもみなかった誘いに紅潮するアリシアから視線はなおも移動し、貴次へと向けられる。
「そこの子供。おぬしの占いの腕も聞いておる。我を占ってみるか?」
「いいんですかっ!? うわー、うわー!」
盛り上がる、ふたりと精霊。泉の淵はにわかに活気付く。
その光景に唇を噛む未楡の肩を、エルフレアはそっと叩いた。
「‥‥ごめんなさいねぇ、悪気はないと思うの」
「いえ‥‥」
浅慮でしたわね‥‥と、未楡はこれからどうすべきか、しばし思考に耽った。
●どこかにしまってあるはずの思い出
かくして数日が経ち、ソノマは見事にへばっていた。
「あのっ、ソノマさん‥‥頑張ってください!」
「が、頑張りたいんですけど‥‥体が‥‥」
セルフィーが自分と同じくらいの大きさの太鼓をぽこぽこ叩くも、ソノマには起き上がる元気すらない。ぜひゅーぜひゅーと嫌な音と友に息切れをしているし、腕もつりそうで、何より腹筋が痛い。
実際のところ、セルフィーの授業はかなり厳しかった。彼女の高度な演奏技術がソノマに妥協を許さず、情熱があるならばきっと上達するはずだという純粋な想いが、まだいけるとソノマの尻を叩く。一番最初に演奏した時、リズム感は素晴らしいと判明したソノマだったが、長年練習していなかったツケはたっぷりと残っており、指の動きがどうにもぎこちないままなのだ。
「いけませんね‥‥これではソードさんのほうが上手になってしまうかも‥‥」
「オカリナなど俺には似合わないと思っていたが、こうして真面目に習ってみるとなかなかどうして、面白くなってくるものだな」
ソノマを奮い立たせようとするセルフィーの隣では、文淳がソードに授業を行っていた。自分もセルフィーに教わりたいと言っていた文淳の技術は、しかし彼が考えているほど拙いものでもなかった。
「何のために笛を吹くのか、何故認められたいのかを忘れていないのならば、まだまだ頑張れるだろう?」
にやりと笑うソード。続いて吹いたオカリナは、しっかりと音がはずれていたが。
「あーあー、ダメねぇふたりとも。ちょっと肩に力は入りすぎてると思うわよ。リラックスリラックス♪」
椅子に逆から座り、背もたれにもたれかかりながらディーネが応援する。と、ソノマが彼女をじっと見た。じーっと。恥ずかしくなったディーネがグラディの背後に隠れてしまうほどに。
「何っ? 何なの!?」
「‥‥似たような台詞を、どこかで聞いた覚えが‥‥」
「案外、自分で言ったセリフなんじゃないか」
びくびくしているディーネの頭を撫でつつ、グラディはソノマに言ってみた。天井を眺め始めたところからして、ソノマは記憶を穿り返しているようだが――思い出せなかったらしく、嘆息するばかり。
「ソノマさん‥‥村長というものも夫婦というものも‥‥楽しい事ばかりでは‥‥ありません。むしろ‥‥辛い事の方が多いと思います‥‥責任も重くなるでしょう。それらから逃げ出さず‥‥対処する『覚悟』があるでしょうか‥‥? その中ででも‥‥相手を思いやる事が‥‥出来るでしょうか‥‥?」
その辺りが鍵かもしれない、と文淳は語りかけるのだが、もはや生ける屍状態のソノマには難しすぎたらしく、頭から煙を出していた。
とにかく自然体で演奏する事が大事だと、お茶会が開始される。菓子類は未楡が作ったなかなかの物、ただし肝心のお茶が苦い薬草茶。においから想像される味に、皆カップへ口をつける事を躊躇ったのだが、「肌が綺麗になりますよ」という一言で女性陣は一気にそれを飲み干し、結果、悶絶する羽目に陥った。
「あの、ソノマさん‥‥そろそろ、練習の続きを――」
「ソノマさん、いますか!? あっ、休憩時間ですね、ちょうどいい!」
特訓を再開しようとするセルフィーを遮るようにして、ヲークが室内に飛び込んできた。なにやら興奮している様子だ。
「あれ、ヲークさん。どこに行ってたんです?」
「ふふふ‥‥そろそろ限界に達している頃だと思いましてね。俺がソノマさんの緊張を解いてあげますよ」
どんと自分の胸を叩くが早いか、ヲークはソノマの腕を引っ張り、外に連れ出した。おろおろしつつも追いかけようとしたセルフィーだったが、暖かい室内から防寒着も着ずに寒い外に出たものだから、くしゅんくしゅんとくしゃみを連発。駆けつけた文淳の懐で温まっているうちに、ヲークとソノマは逃げおおせたのだった。
――しばらくすると。
「困るじゃない。ちゃんと管理しておいてくれなきゃ」
恐ろしいくらいにすがすがしい笑みを浮かべたアリシアによって、ぼろぼろになったふたりが届けられた。
一部始終を見ていたらしい貴次によると、エルフレアの着替えを覗きにやってきて、アリシアに見つかり、お仕置きを受けたのだそうだ。
こんな時に一体何をやっているのかと呆れる一行だったが、目を覚ましたソノマは妙に元気になっていた。
●最終日
流れる旋律。奏でられる想い。高く澄み渡る空に響く、切ないメロディ。
横笛から唇を離したソノマは、すっかり立派な男性になっていた。
「‥‥ええと、どうでしょうか」
「はい、はいぃ‥‥頑張ったかいがありましたぁ‥‥っ」
相変わらず文淳の懐にもぐりこみながらも、教え子の成長を我が事のように喜ぶセルフィーに、ソノマも照れて頬をかく。数日前とは比べ物にならない腕前を、自分でも信じられないという風に。
他の者も軒並み喜んでいたが、一方で面白くないのはやはりアリシアである。
まさかこれほどまでに上達するとは予想していなかったのだろう。悔しそうに拳を握り締めている。
「アリシアさん、その‥‥」
「何よ! 演奏ばかり上手になったって仕方ないんだから!」
そのままずかずかとどこかに行ってしまう。どうしても認めたくないらしい。
彼女のそんな様子に、ソノマは苦笑した。
「僕としては、精霊だけでなく、アリシアさんにも認めてもらいたいんですけどね‥‥。エルフレアの友人ですし」
とは言うものの、そうなるためにはまだ時間が必要だろうと、とりあえずは諦める。セルフィーに頭を下げて、この数日の礼を述べた。
「で、いつにするんだ、最後の関門は」
「今夜、ひとりで泉に行くつもりです。皆さんが明朝出発する前に結果をお知らせしたいので」
「おひとりで‥‥? 私達が付き添いしては‥‥いけないのでしょうか」
ソードの問いに対するソノマの返答。その返答に対する文淳の反応は、心配だからついていきたいと述べていた。
だがソノマは首を左右に振って、申し出を辞退した。誰かと共に行ったなら、それだけで不合格が確定してしまうでしょう、と。
「大丈夫だって。今まであんだけ練習してきたんだからな。‥‥ソノマさん、自信もって行けよ。あんたの笛で今度こそ、精霊を認めさせてやるんだ」
今まで言葉少なかったグラディは、ここに来て気持ちのこもった言葉をソノマに贈った。ぶっきらぼうだが優しさを感じられるその言葉に、ソノマは彼にも礼を述べた。グラディとソノマ、そしてグラディとは長い付き合いだというヲークとの三人で、ひそかに裸の付き合いをした時間もいい思い出になった。
「要は、これからどう行動し、どう決断するか‥‥ですから。人の道に外れていないなら、過信無く、確固たる信念と、自信と、想いを持って事に当たって頂けたら、きっと上手くいきますよ。迷った時は協力しますし」
月の下で占った夜を思い出して貴次は言う。情強ければ動く、と出た。流れはソノマに味方しているのだ。
こうして一行は、明け方、まだ薄暗い頃、嬉し涙で顔をぐっしゃぐっしゃにしたソノマのその泣き声で目を覚ます事になるのだった。