●リプレイ本文
●心
かの人を想う、恋の曲。調べは透明で、いささかの曇りもみられない。
‥‥演奏し終え、古びた横笛を唇から離すと、ソノマは師匠であるセルフィー・アレグレット(ea0943)に照れ笑いを向けた。
「ええと、どうでしょう」
「あのっ、素敵です‥‥素敵ですっ、ソノマ様っ!」
青い羽を震わせ、セルフィーは我が事のように手を叩く。早くも目尻に涙が浮かんだが、これにはソノマも苦笑した。
「泣くのはまだ早いですよ。明日にとっておいてください」
「そうですよセルフィーさん。ソノマさんの事だから、本番でどんな失敗を仕出かすかわかりませんからね」
ソノマの肩口からロイシャ・ヘムリアル(eb2744)がひょいと顔を出す。勿論、会話に茶々を入れるためだ。
確かにそんな気がしないでもない、とすぐさまセルフィーが泣き止んだのを見て、今度は逆にソノマがショックを受ける。
「何ですか、ふたりして‥‥」
「式の最中に転んだりしたら、イリュージョンで羽をいっぱい出してくすぐりの刑です‥‥」
「ああ、エルフレアさんのドレスの裾、踏みそうですよねぇ」
「踏みませんってば」
「おや、ソノマさんはドジだったのですか? 気弱なところはあるものの、歳の割にしっかりしていると思っていたのですが」
紅双葉(ea4011)がわざとらしくも残念そうな表情を見せると、今度はロイシャが不満そうに頬を膨らませた。
「まあ人というものは、強い部分も弱い部分も、時と場所に応じて色々な姿を見せるから面白いのですよね」
「そう、そうですよねっ!」
「でもソノマさんってどこか抜けてるんですよねぇ」
「ロイシャさんに言われたくないですよ!」
「‥‥あの、そういえばさっきの演奏‥‥一箇所だけ、音、はずしましたよね‥‥?」
ソノマ弄りはしばらく続き、結婚式前日という緊張は、じきにソノマの中から消えてなくなっていた。
「精霊さーんっ、出てきてくださぁーいっ!」
村はずれにある、泉。明日の結婚式が行われる場でもある。
ソノマから精霊はご機嫌ナナメだと聞き、話をしようと集まった者達を代表して酒井貴次(eb3367)が呼びかけてみたが――水面は穏やかなまま。精霊が現れないどころか、水音ひとつしない。
「困ったね。一緒にお祝いしよう、って言いたかったんだけど」
精霊とは会った事のないチェルシー・ファリュウ(eb1155)。意地をはっているだけだと予測し、話だけでもと考えてついてきた。
同じく初対面になる片東沖すみれ(eb0871)も落胆している。酒を飲み交わし、愚痴や悩みを聞けたなら、精霊の気も晴れるのではないかと思っていたのだ。しかし、その精霊が現れないのではどうにもならない。折角持ってきた酒をどうしようかと頭をひねり、ひとつの結論に達した。精霊の住むこの泉に酒を注げば、精霊が酒を飲んだ事にならないか、と。
「‥‥やってみてもいいでしょうか」
言うが早いか、酒壷の栓を抜く。すると。
「泉を汚す気か、この愚か者が」
泉の中央。渦を描く水を従わせ、碧色の肌をした美しい女性がようやく姿を現した。波打つ髪が蛇のようにうねって見えるのは、彼女――精霊の不機嫌さを嫌でも感じ取ってしまうからだろう。そうでなくとも精霊の表情は苦々しく、眉間に皺が寄り、目もすわっている。
まるで村に来てからまだ一言も発していないアリシア・ファフナー(eb2776)のように。
「出てきてくださり、ありがとうございます。あなたの言うような愚か者になるところでした」
「‥‥ともかく、我はそんなもの飲まぬ。巫女にでもくれてやるがいい」
すみれは悪びれる風もなく酒壷を差し出したが、精霊は冷たい素振りで断った。場が再び静まりかえる。本当にただ泉が汚れるのを嫌って出てきただけなのだろう。
「先日は浅慮な行動で‥‥不愉快な思いをさせてしまい‥‥すいませんでした」
このままでは愚痴聞きも何もあったものではないと顔を見合わせるチェルシーと貴次の横を、明王院未楡(eb2404)が進み出た。深々と頭を垂れて前回における自らの非を詫びる。
「どうか‥‥式にご参列ください‥‥。貴方が彼の音に心動かされたのは‥‥きっと巫女への愛という共通する想いがあればこそ‥‥想いとは‥‥それ程偉大な物‥‥なのですわ」
垂れた頭を元の位置に戻したその口で、未楡は自分の考えを述べた。
意図するところは精霊にもすぐに伝わったらしく、はっ、と鼻で笑い、腕を組んだ傲慢な態度で未楡を見下ろした。
「なるほど、我を説得に来たというわけか。あの頼りない次期村長にでも頼まれたか? 生憎だな。確かに不覚にもあの者個人を認めはしたが、我はあの者と我が巫女との婚姻など認めておらぬ」
――説得失敗か。
くるりと向けられた背はそれ以上の追随を許さず、冒険者達が即刻この泉から立ち去る事を要求していた。どうすれば話を聞いてもらえるのか、その取っ掛かりがわからず、いっそエルフレアを呼んでこようかと彼らが考え始めた時。
「‥‥あたしも、あいつとの事は認める気はありません」
無理やり喉から搾り出した、苦々しげな声。アリシアがようやく喋りだしたのだ。
「でも、エルがあいつと結婚するって決めたんです。親友としてその気持ちを否定することはできません。だから‥‥だから、涙を飲んで、エルの未来を祝福するために来ました。どうか、エルの決断を解ってやってください‥‥」
そう、彼女は決してソノマを認めたわけではない。今でもソノマなぞエルフレアには相応しくないと思っている。だが仕方がない。他ならぬエルフレア自身が、ソノマを選んでしまったのだから。
「まあ、素直に祝えない気持ちは僕も多少わかりますし」
と貴次が苦笑すれば、
「でもおめでたい事なんだよ? こうして次代が生まれていくんだし」
チェルシーがそっと誰かさんに思いを馳せる。
少しでも場が和めばと、担いできた袋からすみれが三味線を取り出す。精霊のために作ったという曲を奏でるが、彼女の演奏の腕は少々かじった程度。長年素晴らしい演奏を聞き続け、耳の肥えている精霊の心には届くはずもない‥‥かと思いきや。
「あははははは!!」
「え?」
すがすがしいほど腹を抱えて笑い出した精霊に、慌てるすみれ、他の者達も何事かとざわめいた。アリシアだけが、お世辞にも上手とは言えない演奏に精霊が呆れたのではないかと予測を立てて身構える。
しかし、すべて杞憂だった。精霊はぴしりとすみれを指差した。
「そのような演奏で我を動かそうなどと。まだ次期村長のほうが上手だわ‥‥だが、逆に面白いか。よかろう。おぬしのその演奏に免じて、明日は大人しくしてやろうではないか」
明日はな、と意味ありげに付け加えるが、この際そんな事どうでもいい。とりあえずは式が無事に済めばいいのだ。
「余興だ、そのまま演奏を続けろ。アリシア、踊れ。貴次、明日の天気でも占え。‥‥たとえ雨が降っても、我が快晴にしてくれるがな」
泉の淵にチェルシーが設えた席、と言っても小石をどけたくらいだが、そこに精霊は腰を下ろした。皆がほっと胸を撫で下ろす。
エルフレアが日課のために訪れるまで、この余興は続けられた。
●宴
この村に教会はないが、年老いたクレリックならひとりいる。この老人によって泉は結婚式場となり、いつにも増して厳かな雰囲気を漂わせていた。
村人達と冒険者達に見守られて、この日、新たに一組の夫婦が誕生した。
礼服に身を包んだソノマとお針子達の努力の結晶であるドレスで装ったエルフレア、ふたりの左手薬指には、貴次が長寿院文淳から預かってきた誓いの指輪が光っている。エルフレアは他にも、フォーレからのエメラルドのかけら、チェルシーからの銀のネックレス、未楡からのアーモンド・ブローチを身に付け、幸せに顔を綻ばせながら、これから先を共に歩むと誓ったソノマの腕と自分の腕を絡めていた。
「おめでとー。エルフレアさん。ソノマさんもおめでとー♪」
フォーレ・ネーヴ(eb2093)がにっこりと酒の入ったカップを差し出した。ありがとう、とエルフレアは自分の持っていたカップを、フォーレのカップにかちんとぶつけた。
「‥‥あの、まるで僕はついでで祝われているように感じるんですけど」
「あははー、そうかもねー?」
底なしに明るいフォーレの底なしに明るい返答に、ソノマの表情も、折角のはれの日だというのに芳しくなくなってしまう。
「ダメですよソノマさん、そんな顔したら。花嫁さんが心配しちゃうじゃないですかぁ」
「ロイシャさん‥‥って、うわぁ、お酒くさいっ」
ふらふら近寄ってきたロイシャは、すっかり出来上がっていた。誰ですかこんなに飲ませたのは、と慌てて水を探そうとするソノマを、しかしがっちりと捕まえて、酔っ払いソノマの語りが始まった。
「ソノマさんと初めて会ったのは、キャメロットを案内する依頼での事でした。恥ずかしながら俺もその時が依頼初経験で、右も左も分らず‥‥した事と言えばソノマさんの背中を押すくらい。でも今では、ソノマさんは初めて会った時よりも大きく、そして広くなっていて、自分の事のように嬉しいです。俺も大切な人と添い遂げたいと、これほど思った事はありません‥‥改めてご結婚おめでとうございます!」
かわりにエルフレアが水を持ってきて、ロイシャに飲ませる。
と、その背後にアリシアがゆらりと現れた。
「そうよ‥‥あの時キミがあんな事しなければ‥‥」
ひぃっ、と一気にロイシャの酔いもさめる。それほどアリシアの表情はすさまじかった。
「アリシア」
「エル‥‥幸せに、なるのよ」
「ええ、もちろん‥‥もちろんよ、アリシア」
もしかしたら祝ってもらえないかもしれない。親友に祝ってもらえないほど悲しい事はないと、エルフレアはここ数日それだけを心配していた。
けれど親友はちゃんと式に来てくれて、祝いの言葉をくれた。喜びと感謝の気持ちを表現しようと、彼女は親友に泣きながら抱きついた。
「ソノマさん?」
「なっ、何でしょうかアリシアさん!?」
「もしエルに少しでも悲しい想いをさせるようだったら、あたしはキミを絶対許さない。どこにいても必ずここに来て、キミに思い知らせるからね。心しておきなさい!」
エルフレアが彼女の胸に顔を埋めているのをいい事に、アリシアはぎっ、とソノマを睨みつけた。そこに表れている断腸の思いを無碍にするほど、ソノマも愚かではない。わかってます、と苦笑しながら、吐き気を訴え始めたロイシャの介抱にまわった。
「花嫁さんを離してはダメですよ、ソノマさん」
アリエス・アリア(ea0210)がチェルシーと共にやってくる。チェルシーは手作りのパンを持って皆に振舞っていた。
「人は、孤独には耐えられないんです。誰だって大切な人と離れてひとりではいたくないっていう気持ちは同じです。‥‥私はあなたを応援してますよ」
女性と見紛う外見なれど、チェルシーを守るように寄り添うその姿はやはり男性のそれ。自分ももっと男としての株を上げなければならないと奮起するソノマだったが――
「あのっ、今から村の皆さんと演奏します‥‥おふたりもどうぞこちらへ‥‥」
「私が腕によりをかけた料理も‥‥取り揃えておりますわ‥‥」
セルフィーと未楡が、宴を更に盛り上げる催しへと今日の主役を誘いに来た。周囲の視線を釘付けにして。‥‥なぜなら、セルフィーが未楡の懐へ、彼女の豊満な胸に挟まれるようにして潜り込んでいたからだ。
「あの、その、私、おふたりのために曲を‥‥あぅ、未楡様、動かないでください‥‥苦しいです‥‥」
「あらあら‥‥ごめんなさいね‥‥でもこちらもあなたに動かれると‥‥くすぐったくて‥‥」
ご多分に漏れず、ソノマの視線もそこへ釘付けになる。
「あなたという人は、言ったそばから‥‥!」
ごくりと唾を飲み込んだソノマに、アリシアの堪忍袋の緒が切れて、宴の場だというのに悲鳴が響き渡った。ソノマだけでなく、巻き込まれたロイシャのものまで。
水源から湧き出す澄んだ水が海へと向かう様を表現した曲、とセルフィーは先に説明した。テンポも曲調も順に変わる曲だが、いつの間に練習したのやら、村の楽士も見事についていっている。
過去、現在、未来‥‥水と生きる者が紡ぐ調べ。
「さあ、踊ろう、エル!」
アリシアがエルフレアの手を引いて、皆の前に飛び出した。ふたりが共に得意とする踊り、それが最も彼女達を強固に繋ぐものだ。今も、これからも、どんなに離れてもずっと。
「ソノマさん、これを」
「これは‥‥文淳さんの笛」
こんなに大事なものをいいのかと言うソノマに、貴次は頷いた。あなたに持っていてもらいたいからと、僕が預かってきたんです、と告げて。
「わかりました。確かに受け取りましたと、お伝えください」
ソノマは楽士の輪に混ざった。師匠の隣に陣取って、一層透明感のある響きを生み出していく。
「うー、もう我慢できない‥‥私も踊るー!!」
フォーレが彼女なりの踊りを披露し始めると、他の村人達も我こそはとどんどん参戦する。
三味線を持ってうずうずしているすみれのもとには双葉が近付き、自分の芸と合わせた曲を演奏してくれるように求めた。求めながら、次々と球を宙に投げては受け取っている。
「あの、先に言っておきますけど私は男で」
「大丈夫ですよ。私はどちらでもいけますから」
本気っぽい微笑を浮かべつつ、冷や汗を垂らすすみれもまた可愛いかもしれないと思う双葉だった。
各人が奏で踊り歌うのに一生懸命で、彼らの中に精霊が混ざっている事に気づく者は、誰もいなかった。ましてや、精霊の指に誓いの指輪がはまっている事になど。
●夜
暗闇の中、蝋燭片手に、女性冒険者達にあてがわれた寝所へ忍び込む者がいた。アリエスだ。
彼は思う。自分には大切な人がいる、しかし自分はその人に相応しいのだろうか、と。
「綺麗な寝顔ですね‥‥」
覗きこんだ寝台にはチェルシーが横たわっていた。大好きな姉との夢でも見ているのか、楽しそうに頬を緩めている。その頬にかかる髪をアリエスはそっと手にとり、愛しげに口づけた。
「ね、チェルシーさん‥‥私はひどい秘密を貴女にしてます。それでも‥‥許してくれますか?」
夢の中にいる彼女は答をくれない。寝言で姉の名を呼ぶ彼女の手に、彼はローズリングをはめる。もうひとつの贈り物も枕元に置こうとしたが、残念、同室の誰かの声が近付いてくる。
「さすがに、このままここにいてはまずいでしょうか‥‥」
最後にもう一度、今度は額に唇を落としてから、アリエスはそっと部屋を後にした。
●友
「受け取って、アリシア」
「香り袋ね‥‥いいの?」
「ソノマに頼んで香りのいい薬草を分けてもらって、私が作ったの。‥‥ありがとう、アリシア」
「エル‥‥いいえ‥‥私こそ、ありがとう‥‥」